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第一話 恋敵は『俺』
7・日本では銃の携帯は許されていませんから
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わたしは慌ててスマホを手に取った。
「招木さん! 夜分遅くにメールしてすみませんでした」
招木さんは忍野くんの所属する小さな芸能事務所の社長で、彼のマネージャーでもある。
四十代後半の小太りで温和な雰囲気の男性だ。
常に、陽だまりでまどろむ猫のような表情を浮かべている。
「いいんですよ、裏川さん。僕はまだ事務所で仕事中でしたから。家に戻ってもだれもいませんしね。……実は、忍野くんからも電話がかかってきたんです。彼のメールを着拒したんですって?」
「ええ。忍野くんのマンションからわたしのアパートへ帰るまでの間にメールが数十通届いたので、これは頭を冷やさせたほうがいいなと思って」
招木さんが吹き出す声が、スマホの向こうから聞こえてきた。
「……っ。それはスゴイ。忍野くん前に、やたらとメールを要求する女性は嫌いだと宣言してたんですけどねえ。僕にも滅多にメールや電話はしてきませんよ。だからさっきかかってきたときは驚きました」
「そうなんですか?」
「裏川さんにはよく送ってるんですか?」
「よくってほどじゃないですけど、月に一回くらいはオムライスやカルボナーラを作りに来いってメールが来ます。後、『キラーナイト』のクランクインやアップの報告とか、昔は舞台稽古が始まったときにもメール寄越してましたね」
Vシネ『キラーナイト』のDVD発売日や予約特典も教えてくれる。
忍野くんは、俳優忍野薫の情報源として役立つ男性だった。
「ほほう……」
「そもそも大学のときに忍野くんからメールをもらわなかったら、彼が大学で撮った自主製作映画を観に上京したりしませんでしたよ」
演劇部が全国大会で優勝したのを機に招木さんにスカウトされたことは聞いていたから、待っていればそのうちテレビで彼の演技が見られるようになるのだと、わたしはなんの疑いもなく信じていたのだ。
でも大学の文化祭でしか観られない映画があると言われたら行くしかない。
おまけに演技修行の一環として劇団に所属していて、その劇団の公演が東京の劇場でしか行われないと聞いてしまったら、そのたびにお金を貯めて上京するしかないじゃないか。
大学を卒業したわたしが東京近郊の会社に就職を決めたのも当然のことだった。
まあ最初の会社は、ある意味忍野くんのせいで辞めたわけなんだけど。
……そういえば、わたしいつ忍野くんにメールアドレス教えたんだっけ?
「ははあ。たぶん忍野くんが裏川さんに送ったメールの数は、僕にくれたメールの数の百倍近くありますね」
「それはないでしょう。……ところで、メール以外のことも聞きましたか?」
「はい。裏川さん、忍野くんのプロポーズ断ったんだそうですね」
「断りますよ! 招木さんがどんなに忍野くんの才能に惚れ込んでても、彼が招木さんの娘さんにプロポーズしたら反対するでしょう?」
「……射殺しますね」
招木さんは、部外者のわたしにもいつも優しかった。
こんなに冷たい声で話すのを聞くのは初めてだ。
忍野くんが五年前にスキャンダルを起こしたときも、それでいいの? と思うくらいやんわりと注意していた。
そもそも招木さんが奥さんと離婚して娘さんと離ればなれになったのは、忍野くんを始めとする所属のタレントたちに入れ込み過ぎて家庭生活を疎かにしたからだ。
それでも娘さんが忍野くんの魔の手にかかることを考えるだけで、こんな声になるのか。
「招木さん……」
「あはは、冗談ですよ。日本では銃の携帯は許されていませんから」
……招木さん。
今ぼそっと、刺殺か撲殺ですよ、って呟きましたよね?
「でも裏川さんは十三年間も忍野くんの面倒を見ていて、俳優忍野クラスタとしては僕の二年以上先輩じゃないですか。彼のモチベーションのために結婚するという選択肢はなかったんですか?」
「本人にも言ったんですが、わたしにとっては俳優忍野薫と高校の同級生の忍野くんはべつの人間なんです。まあ、忍野くんが死んじゃったら俳優忍野薫も消えるってことは否定できませんから、わたしにできる支援はしていたんですけど」
「結婚は無理ですか」
さっきの冷たい声がウソのように、忍野くんを案じる優しい声に聞かれる。
それでも、わたしの答えは決まっていた。
「無理です」
「招木さん! 夜分遅くにメールしてすみませんでした」
招木さんは忍野くんの所属する小さな芸能事務所の社長で、彼のマネージャーでもある。
四十代後半の小太りで温和な雰囲気の男性だ。
常に、陽だまりでまどろむ猫のような表情を浮かべている。
「いいんですよ、裏川さん。僕はまだ事務所で仕事中でしたから。家に戻ってもだれもいませんしね。……実は、忍野くんからも電話がかかってきたんです。彼のメールを着拒したんですって?」
「ええ。忍野くんのマンションからわたしのアパートへ帰るまでの間にメールが数十通届いたので、これは頭を冷やさせたほうがいいなと思って」
招木さんが吹き出す声が、スマホの向こうから聞こえてきた。
「……っ。それはスゴイ。忍野くん前に、やたらとメールを要求する女性は嫌いだと宣言してたんですけどねえ。僕にも滅多にメールや電話はしてきませんよ。だからさっきかかってきたときは驚きました」
「そうなんですか?」
「裏川さんにはよく送ってるんですか?」
「よくってほどじゃないですけど、月に一回くらいはオムライスやカルボナーラを作りに来いってメールが来ます。後、『キラーナイト』のクランクインやアップの報告とか、昔は舞台稽古が始まったときにもメール寄越してましたね」
Vシネ『キラーナイト』のDVD発売日や予約特典も教えてくれる。
忍野くんは、俳優忍野薫の情報源として役立つ男性だった。
「ほほう……」
「そもそも大学のときに忍野くんからメールをもらわなかったら、彼が大学で撮った自主製作映画を観に上京したりしませんでしたよ」
演劇部が全国大会で優勝したのを機に招木さんにスカウトされたことは聞いていたから、待っていればそのうちテレビで彼の演技が見られるようになるのだと、わたしはなんの疑いもなく信じていたのだ。
でも大学の文化祭でしか観られない映画があると言われたら行くしかない。
おまけに演技修行の一環として劇団に所属していて、その劇団の公演が東京の劇場でしか行われないと聞いてしまったら、そのたびにお金を貯めて上京するしかないじゃないか。
大学を卒業したわたしが東京近郊の会社に就職を決めたのも当然のことだった。
まあ最初の会社は、ある意味忍野くんのせいで辞めたわけなんだけど。
……そういえば、わたしいつ忍野くんにメールアドレス教えたんだっけ?
「ははあ。たぶん忍野くんが裏川さんに送ったメールの数は、僕にくれたメールの数の百倍近くありますね」
「それはないでしょう。……ところで、メール以外のことも聞きましたか?」
「はい。裏川さん、忍野くんのプロポーズ断ったんだそうですね」
「断りますよ! 招木さんがどんなに忍野くんの才能に惚れ込んでても、彼が招木さんの娘さんにプロポーズしたら反対するでしょう?」
「……射殺しますね」
招木さんは、部外者のわたしにもいつも優しかった。
こんなに冷たい声で話すのを聞くのは初めてだ。
忍野くんが五年前にスキャンダルを起こしたときも、それでいいの? と思うくらいやんわりと注意していた。
そもそも招木さんが奥さんと離婚して娘さんと離ればなれになったのは、忍野くんを始めとする所属のタレントたちに入れ込み過ぎて家庭生活を疎かにしたからだ。
それでも娘さんが忍野くんの魔の手にかかることを考えるだけで、こんな声になるのか。
「招木さん……」
「あはは、冗談ですよ。日本では銃の携帯は許されていませんから」
……招木さん。
今ぼそっと、刺殺か撲殺ですよ、って呟きましたよね?
「でも裏川さんは十三年間も忍野くんの面倒を見ていて、俳優忍野クラスタとしては僕の二年以上先輩じゃないですか。彼のモチベーションのために結婚するという選択肢はなかったんですか?」
「本人にも言ったんですが、わたしにとっては俳優忍野薫と高校の同級生の忍野くんはべつの人間なんです。まあ、忍野くんが死んじゃったら俳優忍野薫も消えるってことは否定できませんから、わたしにできる支援はしていたんですけど」
「結婚は無理ですか」
さっきの冷たい声がウソのように、忍野くんを案じる優しい声に聞かれる。
それでも、わたしの答えは決まっていた。
「無理です」
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