8 / 45
第一話 恋敵は『俺』
8・アイツのスキャンダル①
しおりを挟む
忍野くんとの結婚を拒むわたしに溜息を漏らして、招木さんが言葉を続ける。
「忍野くん、プロポーズを断られたショックで俳優業を引退するかもしれませんよ?」
「招木さんにまで、そんなふざけたこと言ったんですか?」
「結構本気だと思いますよ?」
「そんなの……困ります。それに忍野くん、役者を辞めるなんてできないと思います」
忍野くん本人にも言ったものの、それが俳優忍野薫ファンであるわたしの願望であることはわかっていた。
彼の本当の気持ちは、彼にしかわからない。
「どうでしょうね。彼が引退したら、お父さんが嬉々として生前分与してくださるんじゃないですか? お父さんの奥さんにしても、夫の不義の証拠が衆目に晒されることを思えば多少の出費も受け入れることでしょう」
「でも……忍野くんは俳優を辞めないと思います。これくらいで辞められるなら、とっくの昔に辞めてましたよ。わたしは、俳優忍野薫は天才だと思ってます。だけど天才だからって最初っからなんでもできるはずがないし、役者である以上周囲に合わせて演技しなくちゃいけないし、監督やプロデューサーの意向にも沿わなくてはいけない」
「ええ、そうですね。はは、忍野くんが大学生のときに主演した自主製作映画は酷かったですねえ」
わたしは、招木さんの言葉に大きく頷いた。
必死でバイトして貯めたお金で観に行った自主製作映画の惨憺たる内容が蘇る。
映画研究会を仕切っていた女性会長が忍野くんとつき合っていたのよね。
言っちゃ悪いけど、相手が望んでいることではなく自分の思い込みを押しつけて感謝を強要するタイプの自称『尽くす女』だった。
「ですよね。ほかの登場人物がみんな忍野くんをマンセーするだけの映画だったせいで、せっかくの彼の演技が薄っぺらくなっちゃって。……招木さん、どうして止めてくれなかったんですか?」
「期待しちゃったんです。裏川さんたちの高校の演劇部が全国大会で優勝した『源氏物語』のときのように周囲の演者が忍野くんに引き上げられて、結果名作が生まれることを。失敗したとしても学生のお遊びに過ぎませんし、ちゃんとした演技修行は当時所属していた劇団のほうでやってもらえばいいと思って」
柔らかな物腰に騙されそうになるが、招木さんはかなりのスパルタだ。
放任主義ともいう。
それでいて必要なときにはちゃんと手を差し伸べてくれるのだから、俳優忍野薫はいい事務所に入ったものだ。
「もう……とにかく、いろいろ辛いことがあっても彼は続けてきたんです。整った顔とお父さんのお金で楽に生きるより、苦しんでも俳優忍野薫として生きる道を選んで……」
「どんなに好きな道でも、認められないのは苦しいものですよ」
「俳優忍野薫は認められてきてます。『キラーナイト』シリーズは映画化したし、テレビの連続ドラマだって決まってるんですよ? 来年の今ごろには、きっと日本中のだれもが彼の演技を見たいと思ってます」
「だったら僕も嬉しいんですけどねえ」
招木さんが諦観を込めた苦笑を漏らした。
「間違いありません!」
思わず熱く断言したけれど、招木さんの声は諦観を含んだままだ。
「でもね、裏川さん。これまでの忍野くんは、あなた以外には認められてなかったんですよ」
「五年前の『ムーンドール』の舞台での暗殺者役のとき、大絶賛されてたじゃないですか!」
「スキャンダルが明らかになるまでの間だけ、ですね」
「忍野くん、プロポーズを断られたショックで俳優業を引退するかもしれませんよ?」
「招木さんにまで、そんなふざけたこと言ったんですか?」
「結構本気だと思いますよ?」
「そんなの……困ります。それに忍野くん、役者を辞めるなんてできないと思います」
忍野くん本人にも言ったものの、それが俳優忍野薫ファンであるわたしの願望であることはわかっていた。
彼の本当の気持ちは、彼にしかわからない。
「どうでしょうね。彼が引退したら、お父さんが嬉々として生前分与してくださるんじゃないですか? お父さんの奥さんにしても、夫の不義の証拠が衆目に晒されることを思えば多少の出費も受け入れることでしょう」
「でも……忍野くんは俳優を辞めないと思います。これくらいで辞められるなら、とっくの昔に辞めてましたよ。わたしは、俳優忍野薫は天才だと思ってます。だけど天才だからって最初っからなんでもできるはずがないし、役者である以上周囲に合わせて演技しなくちゃいけないし、監督やプロデューサーの意向にも沿わなくてはいけない」
「ええ、そうですね。はは、忍野くんが大学生のときに主演した自主製作映画は酷かったですねえ」
わたしは、招木さんの言葉に大きく頷いた。
必死でバイトして貯めたお金で観に行った自主製作映画の惨憺たる内容が蘇る。
映画研究会を仕切っていた女性会長が忍野くんとつき合っていたのよね。
言っちゃ悪いけど、相手が望んでいることではなく自分の思い込みを押しつけて感謝を強要するタイプの自称『尽くす女』だった。
「ですよね。ほかの登場人物がみんな忍野くんをマンセーするだけの映画だったせいで、せっかくの彼の演技が薄っぺらくなっちゃって。……招木さん、どうして止めてくれなかったんですか?」
「期待しちゃったんです。裏川さんたちの高校の演劇部が全国大会で優勝した『源氏物語』のときのように周囲の演者が忍野くんに引き上げられて、結果名作が生まれることを。失敗したとしても学生のお遊びに過ぎませんし、ちゃんとした演技修行は当時所属していた劇団のほうでやってもらえばいいと思って」
柔らかな物腰に騙されそうになるが、招木さんはかなりのスパルタだ。
放任主義ともいう。
それでいて必要なときにはちゃんと手を差し伸べてくれるのだから、俳優忍野薫はいい事務所に入ったものだ。
「もう……とにかく、いろいろ辛いことがあっても彼は続けてきたんです。整った顔とお父さんのお金で楽に生きるより、苦しんでも俳優忍野薫として生きる道を選んで……」
「どんなに好きな道でも、認められないのは苦しいものですよ」
「俳優忍野薫は認められてきてます。『キラーナイト』シリーズは映画化したし、テレビの連続ドラマだって決まってるんですよ? 来年の今ごろには、きっと日本中のだれもが彼の演技を見たいと思ってます」
「だったら僕も嬉しいんですけどねえ」
招木さんが諦観を込めた苦笑を漏らした。
「間違いありません!」
思わず熱く断言したけれど、招木さんの声は諦観を含んだままだ。
「でもね、裏川さん。これまでの忍野くんは、あなた以外には認められてなかったんですよ」
「五年前の『ムーンドール』の舞台での暗殺者役のとき、大絶賛されてたじゃないですか!」
「スキャンダルが明らかになるまでの間だけ、ですね」
34
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました
鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」
そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。
王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。
私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。
けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。
華やかな王宮。
厳しい王妃許育。
揺らぐ王家の威信。
そして――王子の重大な過ち。
王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。
離縁を望んでも叶わない義妹。
肩書きを失ってなお歩き直す王子。
そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。
ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。
婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる