素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

文字の大きさ
10 / 45
第一話 恋敵は『俺』

10・推しの引退だなんて考えるだけで涙が出ます。

しおりを挟む
 スマホから聞こえてくる招木さんの言葉に、向こうに見えないとわかりながらも首を横に振る。
 招木さんは忍野くんがわたしを好きだと思ってるみたいだけれど、好きな相手にほかの女の子が来る前の部屋を掃除させるとかないですから。

「俳優忍野薫のファンなのをいいことに、こき使われてただけですよ」
「どうでしょうかね、ふふ。……話を戻しましょうか。忍野くんにとって俳優忍野薫は演技という形で露わにした本当の自分なんだと思います。人間にはいろいろな面がある。それを役を演じるという建前で見せているんですよ。彼がどんな役を演じても、どんな自分を見せても、すべて受け入れて認めてくれているのは裏川さんだけなんです」
「全部の演技を褒め称えてるわけじゃないですよ。それに、招木さんだって俳優忍野薫の才能には惚れ込んでるんでしょう?」
「惚れ込んではいますが、どんなに見守っても芽が出ないとなったら見捨てますよ。商売ですからね。でも裏川さんは、いつまでも見守り続けるんでしょう?」
「……」

 わたしは言葉に詰まった。
 俳優忍野薫は絶対に役者を辞めないと、どんなにわたしが言ったって意味はない。
 決めるのは忍野くんだ。
 もしかしたら本当に辞めてしまうかもしれない。
 わたしがプロポーズを断ったくらいでそんなことありえないと思うけど、ほかの悩みから逃げるためにプロポーズしてきたのかもしれないし。
 俳優忍野薫の演技が見られなくなるなんて……イヤだ。

「裏川さん」

 招木さんが静かに言葉を紡ぐ。

「土曜日の映画鑑賞の後で、少々お時間をいただけませんか? 結婚というのは論外ですが忍野くんにはあなたが必要です。彼にとってなにが一番いいのか、一緒に考えてもらえないでしょうか」
「……はい」

 わたしたちは映画の後で招木さんの事務所の近くにあるショッピングモールのオープンカフェで会う約束をして、電話を切った。
 ショッピングモールは東京に近いけれど、ギリギリこの田舎町の範疇にある。

 ──去年の『ムーンドール』の舞台は五年前ほどの評価は受けられなかった。
 ちなみにわたしは、去年は初日と千秋楽、五年前は全上演を観ている。
 俳優忍野薫を締め出した舞台監督の名前は最近聞かない。
 当事者である件の女優は数年前に、忍野くんでも舞台監督でもない男性と結婚していた。
 その際、舞台監督と恋人だったことはないとも宣言していたっけ。
 忍野くんは、とばっちりを食っただけだったのかもしれない。
 といってもスケベな本人が悪いのに変わりはないのだけど。
 あのときは烈火のように彼を怒鳴りつけたものだが、それでも心のどこかで俳優忍野薫は消えないと信じて安心していた。
 本人も、干されようとどうしようと自分は役者を辞めないと言っていた。

 ……なんで今回は辞めるなんて言ったの。

 わたしは押し入れから布団を出して敷き、頭までかぶって泣いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた

せいめ
恋愛
 伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。  大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。  三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?  深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。  ご都合主義です。  誤字脱字、申し訳ありません。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

処理中です...