素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

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第二話 恋は空回り

4・推すも自由、推さぬも自由

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「いらない」

 俳優忍野薫沼へ引きずり込もうとするわたしを、茜ちゃんはあっさりと切り捨てる。
 同担を迫った河童は押し出しで沼へ落とされた。
 電話の向こうで、淡々と言葉を続ける茜ちゃん。

「そもそも『キラーナイト』はこっちの映画館にはかかってない。そして沙英、あんたひとり暮らしなんだから、自腹を切ってまで仲間を増やそうとするのはやめなさい」

 しかし! 河童は慣れ親しんだ沼に落とされても溺れたりはしない。
 最初から俳優忍野薫に溺れているからね。

「わたしは同担歓迎派なの。一緒に俳優忍野薫を語れる相手が欲しいんだよ」
「何年か前の舞台のときは一気にファンが増えてたんじゃない?」

 ──五年前の舞台『ムーンドール』は、人気の同名乙女ゲームが原作だった。
 禁酒時代のアメリカっぽい世界で、カジノとその周辺の治安の悪い下町で繰り広げられる恋と裏切りの物語。
 舞台監督は以前にもゲームや漫画の舞台化に携わって成功していたから、前評判も大きかった。
 『ムーンドール』のヒロインは記憶喪失という設定で、幕の終わりに観客が振るペンライトのカラーで次の展開が決まるという形式。
 カラーチェンジできるペンライトは物販でも売っていたし、個人で持ち込んでも良かった。
 わたしは悩んだ末、劇場に行って物販で買ったっけ。
 ……あのライト、どこに仕舞ったかな。

 本来の攻略対象は三人、謎を秘めたカジノのオーナー、陽気なギャンブラー、ヒロインに冷たく当たるバーテンダー。
 ルートによって正体が変わり、ゲームでは本人のルート以外でも恋愛エンドがあったという。
 それぞれにペンライトのカラーが決められていて、ゲーム本編のように選択肢を選ぶのではなく観客席から推しへの愛を訴えることでルートへ進んでもらうことになっていた。
 だれのルートに進むかによって記憶喪失のヒロインの正体も変わってしまう。
 ……出演した役者さん、稽古が大変だったろうな。

 俳優忍野薫が演じたのは、カジノのオーナー(ルートによって違うが大体下町を支配するギャングのボスの隠し子という設定。メインヒーロー)の命を狙う暗殺者。
 ほんの脇役で、本編でも続編でも攻略対象ではなかった。
 たぶんゲームでは立ち絵も顔グラフィックもなかったはずだ。
 それが妙に……まあ俳優忍野薫なんだから当然だけど? 人気が出て、幕の終わりの観客席は攻略対象に定められた以外のカラーが乱舞した。
 暗殺者のカラーは決まっていなかったから、みんなそれぞれに好きなカラーを灯したのだ。
 ……千秋楽ではなんとなく紫に決まっていたっけ。

「観客のほとんどは原作の乙女ゲーファンだったから、本来攻略対象じゃない暗殺者役の俳優忍野薫が話題になるのイヤだったみたい。もちろん流れてきてくれる人もいたんだけど……」

 当時は嬉しかったものの複雑な気分だった。
 同担がイヤだったわけじゃない。
 俳優忍野薫を好きになってくれるだけで嬉しい。
 嬉しいんだけど……恋愛をテーマにした舞台でありながら、あのときの俳優忍野薫はまだ恋愛の演技が微妙だった。
 暗殺者としての危険な雰囲気を評価してくれていたのなら、是非熱く語り合いたかったと思う。
 三年前『キラーナイト』の主役に選ばれたのも、あのときの演技を評価されたからだろうしね。

 でもどっちにしろ、あのときの人たちは──

 茜ちゃんも気づいたようだ。

「スキャンダルで干されちゃったから、新しいファンはいなくなっちゃったのね」

 おまけに所属してたところ退団しちゃったからね、劇団で修行してたころからのファンも消えちゃったんですよ、茜ちゃん。
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