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第二話 恋は空回り
12・推しには甘いわたし
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忍野くんの言う通りだと思いながら、わたしはあのときの自分の気持ちを正直に話した。
「……忍野くんの電話の声暗かったから、役者を辞めるって打ち明けられるのかと思ったの。元同僚がカミングアウトしてアイドルの話をして来たら、わたしも俳優忍野薫について存分に語れるし、そっちのほうがいいかなって」
熱狂的なファン──オタク、クラスタ、河童、なんでもいいけど──同士の会話はキャッチボールにならない。
互いに自分の推しについて語り続けるだけだ。
でもどちらも楽しんでいるし、相手へのリスペクトもちゃんと存在するのである。
『ムーンドール』の舞台の帰り、友達同士らしきふたりが夢中で話してるのを見て羨ましかったな。
わたしも左右の席の人にでも話しかけてみれば良かったんだろうけど、俳優忍野薫の演技が素晴らし過ぎて、休憩中も口を開く余裕がなかったのよね。
頭の中で何度も何度も反芻して……売店で買ったお茶を飲むのも忘れてたっけ。
「でも本当は、あの人とプライベートで会うの悩んでたの。わたしに話しかけてきたのを見てほかの人が、一緒に食事に行ったりすると財布忘れた振りしてお金出そうとしないから気をつけなよって忠告してくれてたから」
「はあ? なんだそれ」
「んー。当時のわたしは、大好きな推しがいる人間がそんなことするわけない、誤解か偏見じゃないかって思ってたんだけど、それでもちょっと引っかかるところがあって……」
わたしがトイレに行こうと席を外す前に、喫茶店での注文は届いていた。
当たり障りのない話をしながら食事をして、これからコーヒーでも飲みながらじっくり話すのかなと思っていたら、忍野くんが来たのだ。
逃げ出した元同僚は自分のぶんの代金を残してはいなかったし、翌日以降もそれについて口にすることはなかった。
忍野くんが傷つけたのなら仕方がないと、深く気にしてはいなかったのだけど──
それらのことを話すと、忍野くんは溜息を漏らした。
「なんだなんだ、情けねぇヤツだなあ。最近よく聞く、アイドルに貢ぐために強盗や万引きしてる輩のライト版かよ。裏川やさっきの女に声かけたのは……同担だっけ? 同じ人間を推してる振りをしたら相手が気を許すと思ったからなんだろうな」
「そういうことだろうね。そんなだったから、忍野くんの話がいいニュースだってわかれば、あの人と喫茶店に行くようなことはなかったよ」
ちなみにカミングアウトされる前に(まあたぶんする気はなかったのだろうけれど)逃げられてしまったが、わたしは元同僚がガチ恋勢だと知っている。
前の会社で資料室の前を通ったとき、彼がアイドルに対する愛の言葉を囁いているのが聞こえてきたからだ。生写真でも見ていたんだろう。
たぶん前の会社の人間全員聞いている。
……好きなら好きでいい、隠すなら隠せばいい。
しかしファンの端くれなら、推しを貶めるようなことはするな!
「電話の声が暗かったのは、二年もブランクが開いた後でオーディションを受けるのが怖かったからだよ。裏川の顔見て話せたら元気出せると思ったんだ。……ふふっ」
忍野くんは吹き出した。
「どうしたの?」
「いや、思い出しちまって。お前同行者がいなくなったってのに、オーディションの話を聞いた途端笑顔になって……俺の体や食生活心配して、最後には裏社会の人間の演技ができていると褒め称えてくれたんだよな」
「だって忍野くん、ホントにすごかったもの。だからあの人も怯えちゃったんだよ」
「どうかな。俺の演技より、上手く騙してタダ飯食おうとしてたのを見抜かれたように感じてビビッてたんじゃねぇの?」
「それもあるかもねー」
「あのときの会話はボイスレコーダーに録音してるし、今日のは一緒にいた女が証言してくれるだろう。あんま気にしないことにしようぜ」
「録音してたの?」
「……アイツが裏川の悪口言ったら聞かせて、仲を引き裂こうと思って」
「忍野くんはバカだねえ。連続ドラマがあるんだから、知られたら足を引っ張られるようなことはしないでね」
「足を引っ張られないために証拠を残しておくんだろ」
「なるほど」
それも一理あるか、とわたしは頷いてしまった。
なんだかんだ言って、俳優忍野薫の命を支える忍野くんに、わたしは甘い。
「……忍野くんの電話の声暗かったから、役者を辞めるって打ち明けられるのかと思ったの。元同僚がカミングアウトしてアイドルの話をして来たら、わたしも俳優忍野薫について存分に語れるし、そっちのほうがいいかなって」
熱狂的なファン──オタク、クラスタ、河童、なんでもいいけど──同士の会話はキャッチボールにならない。
互いに自分の推しについて語り続けるだけだ。
でもどちらも楽しんでいるし、相手へのリスペクトもちゃんと存在するのである。
『ムーンドール』の舞台の帰り、友達同士らしきふたりが夢中で話してるのを見て羨ましかったな。
わたしも左右の席の人にでも話しかけてみれば良かったんだろうけど、俳優忍野薫の演技が素晴らし過ぎて、休憩中も口を開く余裕がなかったのよね。
頭の中で何度も何度も反芻して……売店で買ったお茶を飲むのも忘れてたっけ。
「でも本当は、あの人とプライベートで会うの悩んでたの。わたしに話しかけてきたのを見てほかの人が、一緒に食事に行ったりすると財布忘れた振りしてお金出そうとしないから気をつけなよって忠告してくれてたから」
「はあ? なんだそれ」
「んー。当時のわたしは、大好きな推しがいる人間がそんなことするわけない、誤解か偏見じゃないかって思ってたんだけど、それでもちょっと引っかかるところがあって……」
わたしがトイレに行こうと席を外す前に、喫茶店での注文は届いていた。
当たり障りのない話をしながら食事をして、これからコーヒーでも飲みながらじっくり話すのかなと思っていたら、忍野くんが来たのだ。
逃げ出した元同僚は自分のぶんの代金を残してはいなかったし、翌日以降もそれについて口にすることはなかった。
忍野くんが傷つけたのなら仕方がないと、深く気にしてはいなかったのだけど──
それらのことを話すと、忍野くんは溜息を漏らした。
「なんだなんだ、情けねぇヤツだなあ。最近よく聞く、アイドルに貢ぐために強盗や万引きしてる輩のライト版かよ。裏川やさっきの女に声かけたのは……同担だっけ? 同じ人間を推してる振りをしたら相手が気を許すと思ったからなんだろうな」
「そういうことだろうね。そんなだったから、忍野くんの話がいいニュースだってわかれば、あの人と喫茶店に行くようなことはなかったよ」
ちなみにカミングアウトされる前に(まあたぶんする気はなかったのだろうけれど)逃げられてしまったが、わたしは元同僚がガチ恋勢だと知っている。
前の会社で資料室の前を通ったとき、彼がアイドルに対する愛の言葉を囁いているのが聞こえてきたからだ。生写真でも見ていたんだろう。
たぶん前の会社の人間全員聞いている。
……好きなら好きでいい、隠すなら隠せばいい。
しかしファンの端くれなら、推しを貶めるようなことはするな!
「電話の声が暗かったのは、二年もブランクが開いた後でオーディションを受けるのが怖かったからだよ。裏川の顔見て話せたら元気出せると思ったんだ。……ふふっ」
忍野くんは吹き出した。
「どうしたの?」
「いや、思い出しちまって。お前同行者がいなくなったってのに、オーディションの話を聞いた途端笑顔になって……俺の体や食生活心配して、最後には裏社会の人間の演技ができていると褒め称えてくれたんだよな」
「だって忍野くん、ホントにすごかったもの。だからあの人も怯えちゃったんだよ」
「どうかな。俺の演技より、上手く騙してタダ飯食おうとしてたのを見抜かれたように感じてビビッてたんじゃねぇの?」
「それもあるかもねー」
「あのときの会話はボイスレコーダーに録音してるし、今日のは一緒にいた女が証言してくれるだろう。あんま気にしないことにしようぜ」
「録音してたの?」
「……アイツが裏川の悪口言ったら聞かせて、仲を引き裂こうと思って」
「忍野くんはバカだねえ。連続ドラマがあるんだから、知られたら足を引っ張られるようなことはしないでね」
「足を引っ張られないために証拠を残しておくんだろ」
「なるほど」
それも一理あるか、とわたしは頷いてしまった。
なんだかんだ言って、俳優忍野薫の命を支える忍野くんに、わたしは甘い。
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