素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

文字の大きさ
27 / 45
第二話 恋は空回り

12・推しには甘いわたし

しおりを挟む
 忍野くんの言う通りだと思いながら、わたしはあのときの自分の気持ちを正直に話した。

「……忍野くんの電話の声暗かったから、役者を辞めるって打ち明けられるのかと思ったの。元同僚がカミングアウトしてアイドルの話をして来たら、わたしも俳優忍野薫について存分に語れるし、そっちのほうがいいかなって」

 熱狂的なファン──オタク、クラスタ、河童、なんでもいいけど──同士の会話はキャッチボールにならない。
 互いに自分の推しについて語り続けるだけだ。
 でもどちらも楽しんでいるし、相手へのリスペクトもちゃんと存在するのである。
 『ムーンドール』の舞台の帰り、友達同士らしきふたりが夢中で話してるのを見て羨ましかったな。
 わたしも左右の席の人にでも話しかけてみれば良かったんだろうけど、俳優忍野薫の演技が素晴らし過ぎて、休憩中も口を開く余裕がなかったのよね。
 頭の中で何度も何度も反芻して……売店で買ったお茶を飲むのも忘れてたっけ。

「でも本当は、あの人とプライベートで会うの悩んでたの。わたしに話しかけてきたのを見てほかの人が、一緒に食事に行ったりすると財布忘れた振りしてお金出そうとしないから気をつけなよって忠告してくれてたから」
「はあ? なんだそれ」
「んー。当時のわたしは、大好きな推しがいる人間がそんなことするわけない、誤解か偏見じゃないかって思ってたんだけど、それでもちょっと引っかかるところがあって……」

 わたしがトイレに行こうと席を外す前に、喫茶店での注文は届いていた。
 当たり障りのない話をしながら食事をして、これからコーヒーでも飲みながらじっくり話すのかなと思っていたら、忍野くんが来たのだ。
 逃げ出した元同僚は自分のぶんの代金を残してはいなかったし、翌日以降もそれについて口にすることはなかった。
 忍野くんが傷つけたのなら仕方がないと、深く気にしてはいなかったのだけど──
 それらのことを話すと、忍野くんは溜息を漏らした。

「なんだなんだ、情けねぇヤツだなあ。最近よく聞く、アイドルに貢ぐために強盗や万引きしてる輩のライト版かよ。裏川やさっきの女に声かけたのは……同担だっけ? 同じ人間を推してる振りをしたら相手が気を許すと思ったからなんだろうな」
「そういうことだろうね。そんなだったから、忍野くんの話がいいニュースだってわかれば、あの人と喫茶店に行くようなことはなかったよ」

 ちなみにカミングアウトされる前に(まあたぶんする気はなかったのだろうけれど)逃げられてしまったが、わたしは元同僚がガチ恋勢だと知っている。
 前の会社で資料室の前を通ったとき、彼がアイドルに対する愛の言葉を囁いているのが聞こえてきたからだ。生写真でも見ていたんだろう。
 たぶん前の会社の人間全員聞いている。
 ……好きなら好きでいい、隠すなら隠せばいい。
 しかしファンの端くれなら、推しを貶めるようなことはするな!

「電話の声が暗かったのは、二年もブランクが開いた後でオーディションを受けるのが怖かったからだよ。裏川の顔見て話せたら元気出せると思ったんだ。……ふふっ」

 忍野くんは吹き出した。

「どうしたの?」
「いや、思い出しちまって。お前同行者がいなくなったってのに、オーディションの話を聞いた途端笑顔になって……俺の体や食生活心配して、最後には裏社会の人間の演技ができていると褒め称えてくれたんだよな」
「だって忍野くん、ホントにすごかったもの。だからあの人も怯えちゃったんだよ」
「どうかな。俺の演技より、上手く騙してタダ飯食おうとしてたのを見抜かれたように感じてビビッてたんじゃねぇの?」
「それもあるかもねー」
「あのときの会話はボイスレコーダーに録音してるし、今日のは一緒にいた女が証言してくれるだろう。あんま気にしないことにしようぜ」
「録音してたの?」
「……アイツが裏川の悪口言ったら聞かせて、仲を引き裂こうと思って」
「忍野くんはバカだねえ。連続ドラマがあるんだから、知られたら足を引っ張られるようなことはしないでね」
「足を引っ張られないために証拠を残しておくんだろ」
「なるほど」

 それも一理あるか、とわたしは頷いてしまった。
 なんだかんだ言って、俳優忍野薫の命を支える忍野くんに、わたしは甘い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処理中です...