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第三話 かっぱっぱ
12・河童二号@メール
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間接キスなど気にせずキャラメルバナナ入りのプリンを食べるわたしに、忍野くんが溜息をつく。
「可愛くねぇ女。少しは照れるとか赤くなるとかしてみろよ」
「……明日は卵サンドを作ってこようかと思っていたんだけど……」
「お、わかってんじゃねぇか。褒美に今日も俺の素晴らしい演技を見せてやるよ」
「うん、楽しみ! 早く食べて演技して!」
仕方ねぇなあ、と笑う忍野くんの額には汗が光ってる。
わたしが来る直前まで、基礎体力をつけるための運動をしていたのだろう。
演劇には体力が必要だ。
部活での練習に参加しないからといって、彼が演劇に対して誠実でないとは言えない。
むしろ演劇に真剣だからこそ、高校生的な感情の虜になって応対してくるほかの部員たちと軋轢を生まないよう、裏庭でひとり稽古をしているのだ。
大人から見ればバカな意地かもしれない。
それでも集団行動をするべきだと思うかもしれない。
でもわたしは、どんなに普段チャラくて要領よく生きていても、本当の本当は不器用で好きなことに対して真っ直ぐな彼が好きだった。
もちろん好きなのは演技をしている彼だけだ。
役者としての彼が好きなのだ。
だから同じスプーンを使っても間接キスなんて気にしない。
可愛くねぇ女と言われてもかまわない。
「……どうか私の気持ちを信じてください。本当に貴女を愛しているのです……」
文化祭で上演するためにストーカー部長の後の新しい部長が書き下ろした舞台劇『源氏物語』のセリフを紡ぐ忍野くんの声を聞いても、胸を弾ませたりしていない──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俳優忍野薫の撮影を見学に行った翌日、日曜日の朝、わたしは最悪の夢を見て目を覚ました。
わたしの気分を反映しているかのように、窓の外はどしゃ降りだった。
空の底が抜けたような激しい雨音が耳を打つ。
感覚的に朝だとわかるものの、部屋は真夜中のように真っ暗だ。
布団の中でひとりごちる。
「……当たり前じゃない」
高校生の女の子が、顔が良くてスタイルが良くて背が高くて、だれにも真似できない才能を持ってる男子高生に恋しないはずがない。
わたしの初恋は忍野くんだ。
裏庭で稽古を見学できるのはわたしだけだった。
忍野くんはそのことを秘密にしていた。
ほかの人間が来ると、ふたりでこっそり隠れてた。
ときおり少女漫画みたいに抱き寄せられて、校舎の隅に隠れたりもした。
自分が特別なんじゃないかと自惚れたこともある。
でもわたしの家にも鏡があるし、彼がほかの女の子にわたしのことを『可愛くねぇ女』と言っているのも聞いてしまった。
直接言われたのも一度も二度じゃない。
……だから思い込むしかなかった。
わたしが好きなのは忍野くんじゃない。
忍野くんは忍野くんでも演技をしているときの彼だけ。
俳優忍野薫しか好きじゃない、と。
本当は今だって、彼のことが好きなのに。
招木さんはきっと最初から、そんなわたしを見抜いていたんだ。
過激な後押しは、忍野くんのためじゃなくてわたしのためだったのかもしれない。
ちょっとお節介が過ぎるけど。
「でもねえ……」
溜息をついたとき、忍野くんから電話がかかってきた。
今日の忍野くんはオフだ。
招木さんに例のハムレット映画のDVDを借りたから、観に来ないかという。
「いつもご馳走になってるから、今日は俺が手料理ご馳走してやるよ」
「ありがとう」
一瞬断ろうかと思ったが、わたしは誘いを受けることにした。
本当は今でも彼を好きだという気持ちは消えていない。
そうでなければ、あんなに世話できるものか。
でもわたしも年を取った分落ち着いてきた。
というか、三十歳に近づくごとに恋愛沙汰が面倒くさくなってきた。
元同僚と結婚するだなんてふざけたことを考えたのは、俳優忍野薫がいなくなるかもしれないという悲しみと、二十五歳という若さのせいだ。
二十九歳にもなると、忍野くんの求婚や告白が本気でも喜びより鬱陶しさが勝る。
高校の同級生なんかじゃなくて、最初から壁で隔てられた俳優とファンだったら良かったのにと、心から思う。
忍野くんの気持ちが冷めるまで、ちょっと特別な付き合いをして一生の思い出にする。
「うん、それで十分だ……」
忍野くんがアパートまで迎えに来るのには、まだ間がある。
手料理のお礼にプリンでも作って行こうかな。
台所に立ったとき、今度はスマホがメールの着信を告げた。──河童二号からだった。
「可愛くねぇ女。少しは照れるとか赤くなるとかしてみろよ」
「……明日は卵サンドを作ってこようかと思っていたんだけど……」
「お、わかってんじゃねぇか。褒美に今日も俺の素晴らしい演技を見せてやるよ」
「うん、楽しみ! 早く食べて演技して!」
仕方ねぇなあ、と笑う忍野くんの額には汗が光ってる。
わたしが来る直前まで、基礎体力をつけるための運動をしていたのだろう。
演劇には体力が必要だ。
部活での練習に参加しないからといって、彼が演劇に対して誠実でないとは言えない。
むしろ演劇に真剣だからこそ、高校生的な感情の虜になって応対してくるほかの部員たちと軋轢を生まないよう、裏庭でひとり稽古をしているのだ。
大人から見ればバカな意地かもしれない。
それでも集団行動をするべきだと思うかもしれない。
でもわたしは、どんなに普段チャラくて要領よく生きていても、本当の本当は不器用で好きなことに対して真っ直ぐな彼が好きだった。
もちろん好きなのは演技をしている彼だけだ。
役者としての彼が好きなのだ。
だから同じスプーンを使っても間接キスなんて気にしない。
可愛くねぇ女と言われてもかまわない。
「……どうか私の気持ちを信じてください。本当に貴女を愛しているのです……」
文化祭で上演するためにストーカー部長の後の新しい部長が書き下ろした舞台劇『源氏物語』のセリフを紡ぐ忍野くんの声を聞いても、胸を弾ませたりしていない──
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俳優忍野薫の撮影を見学に行った翌日、日曜日の朝、わたしは最悪の夢を見て目を覚ました。
わたしの気分を反映しているかのように、窓の外はどしゃ降りだった。
空の底が抜けたような激しい雨音が耳を打つ。
感覚的に朝だとわかるものの、部屋は真夜中のように真っ暗だ。
布団の中でひとりごちる。
「……当たり前じゃない」
高校生の女の子が、顔が良くてスタイルが良くて背が高くて、だれにも真似できない才能を持ってる男子高生に恋しないはずがない。
わたしの初恋は忍野くんだ。
裏庭で稽古を見学できるのはわたしだけだった。
忍野くんはそのことを秘密にしていた。
ほかの人間が来ると、ふたりでこっそり隠れてた。
ときおり少女漫画みたいに抱き寄せられて、校舎の隅に隠れたりもした。
自分が特別なんじゃないかと自惚れたこともある。
でもわたしの家にも鏡があるし、彼がほかの女の子にわたしのことを『可愛くねぇ女』と言っているのも聞いてしまった。
直接言われたのも一度も二度じゃない。
……だから思い込むしかなかった。
わたしが好きなのは忍野くんじゃない。
忍野くんは忍野くんでも演技をしているときの彼だけ。
俳優忍野薫しか好きじゃない、と。
本当は今だって、彼のことが好きなのに。
招木さんはきっと最初から、そんなわたしを見抜いていたんだ。
過激な後押しは、忍野くんのためじゃなくてわたしのためだったのかもしれない。
ちょっとお節介が過ぎるけど。
「でもねえ……」
溜息をついたとき、忍野くんから電話がかかってきた。
今日の忍野くんはオフだ。
招木さんに例のハムレット映画のDVDを借りたから、観に来ないかという。
「いつもご馳走になってるから、今日は俺が手料理ご馳走してやるよ」
「ありがとう」
一瞬断ろうかと思ったが、わたしは誘いを受けることにした。
本当は今でも彼を好きだという気持ちは消えていない。
そうでなければ、あんなに世話できるものか。
でもわたしも年を取った分落ち着いてきた。
というか、三十歳に近づくごとに恋愛沙汰が面倒くさくなってきた。
元同僚と結婚するだなんてふざけたことを考えたのは、俳優忍野薫がいなくなるかもしれないという悲しみと、二十五歳という若さのせいだ。
二十九歳にもなると、忍野くんの求婚や告白が本気でも喜びより鬱陶しさが勝る。
高校の同級生なんかじゃなくて、最初から壁で隔てられた俳優とファンだったら良かったのにと、心から思う。
忍野くんの気持ちが冷めるまで、ちょっと特別な付き合いをして一生の思い出にする。
「うん、それで十分だ……」
忍野くんがアパートまで迎えに来るのには、まだ間がある。
手料理のお礼にプリンでも作って行こうかな。
台所に立ったとき、今度はスマホがメールの着信を告げた。──河童二号からだった。
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