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第三話 かっぱっぱ
※13・ひとり多い……(忍野視点)
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日曜日の朝、俺は最悪の夢を見て目を覚ました。
今よりもっと、百倍以上バカだった高校時代の夢を見た。
女をアクセサリーや抱き枕くらいにしか思ってなくて、裏川への気持ちへ気づいていなかった、気づこうとしなかったクズ男子高校生のころの想い出だ。
ベッドに横たわったまま、腕を伸ばして人差し指を回す。
アイツのおでこをつついた指先は、唇に重ねる唇の代わりだった。
裏川といると楽しくて、幸せで、満たされて──
なによりも大切な存在だということから、俺はずっと目を逸らしていた。
高校卒業後、解釈の違うハムレットに魅せられて上京したものの、情熱は一年ともたなかった。
役者としての仕事なんてすぐには来なかったし、招木マネの勧めで入った劇団では自分より実力のある先輩たちがゴロゴロしてた。……先輩たちが確かな実力を持ってるのに、『イケメン鑑賞会』なんて顔だけみたく言われてんのがイヤだったんだよなあ。
俺はすぐにアイツの顔が見たくて、声が聞きたくてたまらなくなった。
それで大学の文化祭でしか観られない映画をエサに誘き寄せたんだ。
映研の会長との関係を清算できてなかったせいで、せっかく来てくれた裏川にイヤな思いをさせちまったけど。
アイツは翌年の練習見学のことくらいしか口にしないが、一年のときの文化祭でもグダグダ言われてたみたいだからな。
「……今度はバカやらないようにしねぇと」
欲しいのはいつも裏川だったくせに、ほかの女子がアイツに危害を加えないように発した『可愛くねぇ女』という言葉に、いつしか自分自身が騙されていた。
役者としての俺しか好きじゃないなんていうアイツへの意趣返しのつもりだったのかもしれない。……俺の無意識バカすぎる。
「よし」
今日はオフだ。
窓の外は昨日の予報通りのどしゃ降りだが、室内で過ごせば問題ないだろう。
部屋を掃除して──
「グラタンとピザ、どっちがいいかな? やっぱピザかな。DVD観ながら食えるもんな。アイツ酒は……俺より強かったか。つっても甘いほうが好きだからー」
例のハムレットのDVDは、昨夜事務所に車を返しに行ったとき、招木マネから借りていた。
車内で裏川が観たがってくれたから、夕食のときに電話しておいたのだ。
いろいろあって退団したものの最後まで、
活動休止にしといて、あのアホ(『ムーンドール』の舞台監督)が失脚したらなに食わぬ顔で復帰したらいいのに。
と言ってくれていた団長や今も尊敬する先輩たちのために磨いたカクテル作りの腕にも自信がある。
まあそんなこと裏川に言ったら、女の子口説くために身につけたんでしょ、って苦笑されそうだけど。
ピザの生地を作って冷蔵庫に入れて、俺は裏川に電話した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わあ、このピザすごく美味しーい」
隣で輝く満面の笑顔を前に、俺は戸惑っていた。
ここは俺のマンション、俺の部屋。
DVDを鑑賞するための巨大ディスプレイの前に置かれたソファーの上だ。
裏川は俺の誘いを一度受けてくれたが、一度電話を切った後、しばらくしてからかけ直してきた。
アパートまで迎えに来るのではなく、駅前で待ち合わせたいというのだ。
俺に異論はなかった。
裏川も忙しい社会人だ。
貴重な土日の休みにしなくてはいけないこともあるだろう。
ここんとこずっと、俺のために潰させちまってたし。
本当は一緒に買い物したかった。
東京の映画館に行ったときみたいに騒がれることはないと思うし……ふたりで買い物って、なんか新婚みたいだし。
でも女には男に秘密にしておきたい買い物があるだろうしな。
自前の車で駅前に向かった俺を迎えたのは、裏川だけではなかった。
「忍野さんって、なんでも上手なんですね!」
きゃぴりん☆ てな感じでポーズを取るのは、ヒーロードラマ『文具戦士ペンケースV』で共演する予定の片桐仁王だ。
去年の『ムーンドール』の舞台では酷評の嵐だったが、DVD発売後、一般からの再評価が相次ぎ、今ではそれなりに認められている若手俳優だ。
招木マネに拾い上げてもらった俺と違い、なんとかボーイコンテストのファイナリストとやらで、結構大手の事務所に所属している。
「……そうか、ありがとな」
一応褒められた礼は言っておく。
ちゃんとしないと裏川に怒られるからな。
当の裏川は片桐仁王の隣で、ふむふむと頷いている。
「このハムレットは女性が演じてるけど、それだけじゃなくて劇中のハムレットも女性っていう設定なのかな?」
さすが裏川、と俺が口を開くより早く、
「さっすがササエルさん。なるほどー、そう考えるとこの映画全体に流れる悲壮感が理解できますよね。男装女子なのか、精神だけが女性なのかはわからないけれど、中世の男尊女卑社会でそうなら、とても生き難いと思いますよ」
「うんうん。オフィーリアへの態度も、自分と違って性別を偽らなくても生きられる相手への複雑な気持ちの吐露と思えば納得できる感じよね」
「これ、忍野さんが演じたらすごいだろうなあ。この役者さんも上手ですけど、たまに素の自分が出てるんですよね」
「それは上手く演出で利用してるからいいんじゃないかな。もちろんこの解釈を忍野くんの演技で観たいっていうのはあるけど」
ふたりは俺の隣で、俺を無視して、楽しげに俺の話をしている。
ってか片桐仁王! お前ひとり用のソファーへ移れよ!
なんで俺と裏川の間に入り込んでんだよ!
「あ、忍野くんがクローディアスで、片桐さんがハムレットでもいいかも」
「えー、僕にできますかねえ。でもササエルさんにそう言ってもらえると嬉しいなあ。忍野さん目当てで『文具戦士ペンケースV』を観たとき、ついででいいから僕の演技の感想も書いてくださいね」
「うん、書くよ。昨日の素顔アクションも良かったね。『ムーンドール』のときとはまるで印象が違って。昨日のことはブログに書けないから、残念に思ってたの」
「だったらメールくださいよ。そうだ、電話番号も交換しませんか? メールもいいけど、こうしてわーって話したいじゃないですか」
「そうだねえ」
なんだよ、それ。
高二のときにメアドは交換したけど、電話番号は何年も教えてもらえなかった俺へのあてつけかよ。
ってか裏川、本当にコイツに推し変する気はねぇんだろうな?
……クソ。どうせなら、素顔の俺に推し変してくれよ!
今よりもっと、百倍以上バカだった高校時代の夢を見た。
女をアクセサリーや抱き枕くらいにしか思ってなくて、裏川への気持ちへ気づいていなかった、気づこうとしなかったクズ男子高校生のころの想い出だ。
ベッドに横たわったまま、腕を伸ばして人差し指を回す。
アイツのおでこをつついた指先は、唇に重ねる唇の代わりだった。
裏川といると楽しくて、幸せで、満たされて──
なによりも大切な存在だということから、俺はずっと目を逸らしていた。
高校卒業後、解釈の違うハムレットに魅せられて上京したものの、情熱は一年ともたなかった。
役者としての仕事なんてすぐには来なかったし、招木マネの勧めで入った劇団では自分より実力のある先輩たちがゴロゴロしてた。……先輩たちが確かな実力を持ってるのに、『イケメン鑑賞会』なんて顔だけみたく言われてんのがイヤだったんだよなあ。
俺はすぐにアイツの顔が見たくて、声が聞きたくてたまらなくなった。
それで大学の文化祭でしか観られない映画をエサに誘き寄せたんだ。
映研の会長との関係を清算できてなかったせいで、せっかく来てくれた裏川にイヤな思いをさせちまったけど。
アイツは翌年の練習見学のことくらいしか口にしないが、一年のときの文化祭でもグダグダ言われてたみたいだからな。
「……今度はバカやらないようにしねぇと」
欲しいのはいつも裏川だったくせに、ほかの女子がアイツに危害を加えないように発した『可愛くねぇ女』という言葉に、いつしか自分自身が騙されていた。
役者としての俺しか好きじゃないなんていうアイツへの意趣返しのつもりだったのかもしれない。……俺の無意識バカすぎる。
「よし」
今日はオフだ。
窓の外は昨日の予報通りのどしゃ降りだが、室内で過ごせば問題ないだろう。
部屋を掃除して──
「グラタンとピザ、どっちがいいかな? やっぱピザかな。DVD観ながら食えるもんな。アイツ酒は……俺より強かったか。つっても甘いほうが好きだからー」
例のハムレットのDVDは、昨夜事務所に車を返しに行ったとき、招木マネから借りていた。
車内で裏川が観たがってくれたから、夕食のときに電話しておいたのだ。
いろいろあって退団したものの最後まで、
活動休止にしといて、あのアホ(『ムーンドール』の舞台監督)が失脚したらなに食わぬ顔で復帰したらいいのに。
と言ってくれていた団長や今も尊敬する先輩たちのために磨いたカクテル作りの腕にも自信がある。
まあそんなこと裏川に言ったら、女の子口説くために身につけたんでしょ、って苦笑されそうだけど。
ピザの生地を作って冷蔵庫に入れて、俺は裏川に電話した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わあ、このピザすごく美味しーい」
隣で輝く満面の笑顔を前に、俺は戸惑っていた。
ここは俺のマンション、俺の部屋。
DVDを鑑賞するための巨大ディスプレイの前に置かれたソファーの上だ。
裏川は俺の誘いを一度受けてくれたが、一度電話を切った後、しばらくしてからかけ直してきた。
アパートまで迎えに来るのではなく、駅前で待ち合わせたいというのだ。
俺に異論はなかった。
裏川も忙しい社会人だ。
貴重な土日の休みにしなくてはいけないこともあるだろう。
ここんとこずっと、俺のために潰させちまってたし。
本当は一緒に買い物したかった。
東京の映画館に行ったときみたいに騒がれることはないと思うし……ふたりで買い物って、なんか新婚みたいだし。
でも女には男に秘密にしておきたい買い物があるだろうしな。
自前の車で駅前に向かった俺を迎えたのは、裏川だけではなかった。
「忍野さんって、なんでも上手なんですね!」
きゃぴりん☆ てな感じでポーズを取るのは、ヒーロードラマ『文具戦士ペンケースV』で共演する予定の片桐仁王だ。
去年の『ムーンドール』の舞台では酷評の嵐だったが、DVD発売後、一般からの再評価が相次ぎ、今ではそれなりに認められている若手俳優だ。
招木マネに拾い上げてもらった俺と違い、なんとかボーイコンテストのファイナリストとやらで、結構大手の事務所に所属している。
「……そうか、ありがとな」
一応褒められた礼は言っておく。
ちゃんとしないと裏川に怒られるからな。
当の裏川は片桐仁王の隣で、ふむふむと頷いている。
「このハムレットは女性が演じてるけど、それだけじゃなくて劇中のハムレットも女性っていう設定なのかな?」
さすが裏川、と俺が口を開くより早く、
「さっすがササエルさん。なるほどー、そう考えるとこの映画全体に流れる悲壮感が理解できますよね。男装女子なのか、精神だけが女性なのかはわからないけれど、中世の男尊女卑社会でそうなら、とても生き難いと思いますよ」
「うんうん。オフィーリアへの態度も、自分と違って性別を偽らなくても生きられる相手への複雑な気持ちの吐露と思えば納得できる感じよね」
「これ、忍野さんが演じたらすごいだろうなあ。この役者さんも上手ですけど、たまに素の自分が出てるんですよね」
「それは上手く演出で利用してるからいいんじゃないかな。もちろんこの解釈を忍野くんの演技で観たいっていうのはあるけど」
ふたりは俺の隣で、俺を無視して、楽しげに俺の話をしている。
ってか片桐仁王! お前ひとり用のソファーへ移れよ!
なんで俺と裏川の間に入り込んでんだよ!
「あ、忍野くんがクローディアスで、片桐さんがハムレットでもいいかも」
「えー、僕にできますかねえ。でもササエルさんにそう言ってもらえると嬉しいなあ。忍野さん目当てで『文具戦士ペンケースV』を観たとき、ついででいいから僕の演技の感想も書いてくださいね」
「うん、書くよ。昨日の素顔アクションも良かったね。『ムーンドール』のときとはまるで印象が違って。昨日のことはブログに書けないから、残念に思ってたの」
「だったらメールくださいよ。そうだ、電話番号も交換しませんか? メールもいいけど、こうしてわーって話したいじゃないですか」
「そうだねえ」
なんだよ、それ。
高二のときにメアドは交換したけど、電話番号は何年も教えてもらえなかった俺へのあてつけかよ。
ってか裏川、本当にコイツに推し変する気はねぇんだろうな?
……クソ。どうせなら、素顔の俺に推し変してくれよ!
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