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初めての指名依頼編

28・葉菜花とアリの巣殲滅作戦

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「……それでも八日間は長い。私達が葉菜花に会ってからこれまでの約三倍」

 地図について説明してもらったあとで、ベルちゃんが溜息をついた。

「まあな。考えてみると長い」

 シオン君も少し沈んだ表情になる。
 彼もわたしがいないと寂しいって思ってくれてるのかな。

「……でしょう? そもそもマルテス行きで、どうして八日もかかるの。向こうに一泊するとしたって、四日もあれば行って帰れるはず」
「ロンバルディ商会のロレッタ嬢はまだ小さい。大事を取ってゆっくり進むんだ」
「……港町のマルテス周辺は危険」
「ほかの町へ行くときの護衛なら良かったんだが、そうそう上手くは行かない。ロンバルディ商会の馬車が盗賊に襲われたことはないし、馬も本気になれば速く走れる逞しい馬を選んでいると聞く」

 わたしは黙ってふたりの会話を聞いていた。

 今夜地図を持って来てくれたこともそうなんだけど、シオン君はたぶんわたしに伝える情報を調整してくれている。
 彼自身の都合もあるだろう。
 でもわたしのことを考えてくれているのも事実だ。

 おかげでまだ三日しか経っていないのに、すっかりこの世界に馴染めている……よね?

「どこへ行っても、ごしゅじんは俺が守るぞー」

 膝の上から見上げてくるラケルを抱き上げる。
 ……そうでした。
 わたしが異世界でなんとか過ごせている一番の理由は、ラケルがいるからだよー。

「葉菜花」
「なぁに?」

 真っ直ぐ見つめてくるシオン君を、わたしも真っ直ぐ見つめ返す。

「一昨日、貴様の力が世界を救うなどと言っておきながら、詳しい説明もせず妙な指示ばかり出してすまなかったな」
「そんなことないよ。この世界には身寄りもないし冒険者になれて良かったよ」

 シオン君から冒険者ギルドのマスターへの口添えがなかったら、冒険者登録すらできなかった気がする。
 ネット小説の異世界転生者は、みんな上手くやってて羨ましいよ。
 わたしとは転生の仕方が違ったり、前世で成人してたりするのもあるんだろうけど。

「俺が貴様に頼みたいのは、アリの巣殲滅計画の看板だ」

 ……またアリだー!

「看板?」
「そうだ。王都では年に数回、ダンジョンを制圧したダンジョンアントの殲滅をおこなっている。そうしないとエサになるモンスターのいなくなったダンジョンを出たダンジョンアントが、外で狩りをするようになる」

 それは怖い。だって人間くらいあるアリなんだよね?

 ──女王アリはダンジョンが制圧されるまでモンスター化しない。
 ダンジョン近くの地中に巣穴を作って、小さな昆虫の姿で待っている。
 数が少ない間にダンジョンアントを狩っても、昆虫サイズの女王アリが退治できないので殲滅させられないのだという。

「今回のように聖女と大神官に昼夜問わずダンジョンに『聖域』を張らせて内部のダンジョンアントを弱らせ、最後は一気に冒険者達を送り込んで殲滅している」

 ベルちゃんが聖女になる前は、大神官さんがひとりでずっと『聖域』を張り続けていたから大変だったらしい。

「ダンジョンアントの魔石では報酬にならないので、このときは王家から賃金を支払っているのだが……集まりが悪い。はぐれの暴走スタンピードのときのように強制参加にすればラトニーから冒険者が消えるのは目に見えているし、騎士団や衛兵隊にはべつの任務があるので全員を参加させることは不可能だ」

 だから俺は、と言葉を止めて、シオン君が自前のコップを差し出してきた。
 まあ、しゃべってたら喉が渇くよね。

 すぐ飲めるようアイスコーヒーを作ってコップを戻す。
 ついで? に、ベルちゃんとラケルにきな粉ミルク、自分にほうじ茶も変成しました。

「傭兵の投入を考えた。そもそもダンジョンアントは二足歩行で、ほかのモンスターと違って人間相手と同じ体勢になるから、冒険者には戦い難い相手だったんだ」

 冒険者は対モンスター、傭兵は対人という区分けは厳密なものではない。
 そうだよね。はぐれモンスターとの戦闘中に盗賊が出てくることもあるだろうし、その逆もあると思う。
 旅の護衛とかしてたら、場所によって危険な存在が変わってくるのは当然だよね。

「アリの巣殲滅計画の際だけは傭兵をダンジョンに入れてもいいという許可を議会と冒険者ギルド本部から得ているのだが、傭兵ギルドに依頼を出しても受けるものがいない。……実入りが少ないからな」

 シオン君の話を聞きながら、わたしは夕食の用意をしていた。
 きな粉ミルクを飲んだら空腹が激しくなったようで、ベルちゃんとラケルが見つめてくるので仕方がない。
 お話はちゃんと聞いてるよ?……うん。

「しかし、これ以上の予算は組めない。アリの巣殲滅は自衛の手段だ。利益をもたらすものではない。アリの巣殲滅計画に金をつぎ込み過ぎれば、ほかの計画がとん挫する。来月は王都の下水道掃除もあるからな。……葉菜花、俺にもくれ」

 わたしは大きめのお皿に載せたハンバーガーとフライドポテトをシオン君に渡す。
 ベルちゃんとラケルには渡し済みだよ!
 シオン君のコップに残っているのはアイスコーヒーだから、イケるんじゃないかな?

 お皿の上の料理を一瞬で食べ、コーヒーを飲みながらシオン君が言う。

「ふん。新しい組み合わせが見つかったようだな」
「やっぱり?」

 ハンバーガー+サイドディッシュ+ドリンクでセット付与効果になります。

 ──とりあえず、

 ハンバーガー(攻撃力上昇)+フライドポテト(防御力上昇)+アイスコーヒー(精神系状態異常耐性上昇)の組み合わせが確定しました。

「ラケル殿と聖女が食べているほうも、飲み物を変えれば良さそうな気がするぞ」
「だよね!」

 きな粉ミルクは美味しいけど、ファストフードのセットメニューに組み込むには尖り過ぎてる気がする。

「そういうわけで、俺はロンバルディ商会にダンジョンアントの魔石の利用法を見つけろと依頼している。ダンジョンアントの魔石が金になれば、アリの巣殲滅計画は自給自足で賄えるからな」
「そっかー。えっと、わたしがダンジョンアントの魔石で作る魔石ごはんを売るってこと?」
「少し違う。貴様は冒険者として、ギルド経由で来た依頼を受ければいい。俺や聖女は忠告をさせてもらうが、最終的に選ぶのは貴様だ。それに、貴様の魔石ごはんを売ってアリの巣殲滅の賃金を上げたところで人間は集まらない。金なら、ほかにいくらでも稼ぐ手段がある。俺が貴様の魔石ごはんに望んでいるのは特別性だ」

 ……特別性?

「貴様には、アリの巣殲滅時に支給する料理を作って欲しい。かなり数が多くなると思うが良いか? どうしても無理そうなら、ダンジョンアントの討伐数が多いものにのみ褒美として出してもいい」
「うーん。いくつでも大丈夫だと思うよ? 毎日少しずつ作ってラケルの影に入れてもらっててもいいし」

 膝から降りて床でごはんを食べていたラケルが、お皿から顔を上げた。

「ん? 俺、ごしゅじんのお役に立つぞ!」
「ありがとう、ラケル」
「そうだな。貴様は魔石ごはんをいくつ作っても一向にMPが減らないからな。……どうなっているんだ?」

 わたしも知りたいです。

「貴様の魔石ごはんなら、それを目当てに計画に参加する人間がいる」
「そ、そうかなー?」

 自分が汗水流して作ってるわけじゃないから、ちょっと罪悪感。

「そうだ。とはいえ、だれも存在を知らないものを売りにしても意味がない。だから俺は貴様を冒険者登録させ、『闇夜の疾風』に指名依頼させたんだ。本当に食べたという確証がなければ、傭兵ギルドで美味いと噂をバラ撒かせても信じるものがいない」

 そういえば、と空のお皿を突き出しながらシオン君が言う。

「冒険者ギルドの職員や門番をしている衛兵にも魔石ごはんを振る舞ったようだな」
「う、うん。もちろん付与効果のことは言ってないし、作れる数やかかる時間のことはシオン君が考えてくれた設定で話したよ」
「責めているわけではない。実証なしで信じてもらえるような力ではないから、人前で作って見せろと言ったのは俺だ。おかげで冒険者や衛兵の間でも噂になりつつある。……十分な人数が集まれば、衛兵隊にまで参加してもらう必要はないんだが」

 衛兵隊のお仕事は王都の治安維持です。前世の警察みたいな役目もするみたい。
 シオン君へのお代わりは、照り焼きチキンバーガー(防御力上昇)と明太マヨポテト(攻撃力上昇)に、レモンサイダー(精神系状態異常耐性上昇)です。
 同じ付与効果が重なると打ち消し合っちゃうんじゃないかって思ったのと、シオン君は刺激の強いものが好きだから、この組み合わせにしてみました。

「ふん。これも上書きされない組み合わせだな」

 やったー!

「葉菜花。マルテスから戻ったら『聖域』保持の現場での食事係の指名依頼も受けてもらいたい。旅の疲れが取れてから、貴様の良いと思うときに冒険者ギルドへ行ってくれ。うちの団員経由で貴族連中にも噂を流したいのでな」
「……大丈夫? 葉菜花の魔石ごはんについて知ったら、囲い込もうという貴族が出てくるかもしれない」
「だから冒険者にならせたんだ。問題のありそうな依頼は冒険者ギルドに頼んで断ればいい」
「……葉菜花本人に突撃されたら?」
「この『黄金のケルベロス亭』はラトニーの王城以上の警備を誇っている」

 いいの? ラトニーの王城はそれでいいの?
 王城の人達は自分で身を守れるってことかな。
 確かに『黄金のケルベロス亭』に泊まっている外国の要人になにかあるほうが問題な気もするよね。

「貴族といえど冒険者ギルドで勝手はできない。通りを横断するときは『白銀のダークウルフ亭』にいる『闇夜の疾風』に気を配らせる。ロンバルディ商会の護衛の任務でもない限り、だれかがロビーで暇を潰しているからな。まあ目の前の通りでなにかあれば、ギルドからホセも飛び出してくるだろう。薬草採取のときは門番の衛兵が見張っている。王都の治安維持のため王家に雇われている衛兵は貴族の部下ではない」
「……騎士団員は? 実家に強く言われたら逆らえないでしょう?」

 ラトニー王国を守るガルグイユ騎士団の団員は、この国の貴族の子弟達である。
 昔は北にあるワリティアのドワーフを雇っていたのだという。
 でも昨今はドワーフがあまり国から出なくなって、ラトニー国内でも国防を他国の人間に任せるのはどうなのか、という意見があって改革されました。

 団長は今も昔も聖剣カリバーンに選ばれた王家の人間です。
 神様に与えられた神具を国王以外に持たせることで、ラトニーでは国王の独裁を防いでいるのだとか。
 ……この王国に独裁しようなんて考える国王が生まれるのかな? あ、美味しいものを独占するため?

 ガルグイユには大酒呑みという意味がある。
 共同訓練に来ていたエルフの勇士隊(アケディアにおける騎士団のようなもの)が、お酒好きなドワーフの騎士団を揶揄して付けた名前だそうです。
 ラトニーって国際色豊かというか……自由な国だなあ。

 貴族出身の今の騎士団員を疑うベルちゃんの言葉に、シオン君は事もなげに答える。

「ヤツらが俺に逆らえるとでも?」

 聖神殿内の問題がありそうな人物については、大神官さんが抑えてくださるそうです。
 聖女は聖神殿の事務や人事には関わらないとのこと。
 名誉職みたいなものなのかな?

 まあベルちゃんの場合は聖女になった原因的に、前世の海外ドラマに出てくる学校で問題を起こしてボランティアをさせられている人感が強いんだけど。
 シオン君がわたしを見る。
 まだお代わりではないようだ。

「貴様の力と魔石ごはんの美味しさについての噂は流すが、だれにでも手に入るようなものにはしたくない。冒険者ギルドで大金を出して貴様を雇うか、人の集まり難い公共事業でのみ振る舞われるという特別性を生み出したいんだ」
「……だからお店を出すのに反対したのね」
「いや、葉菜花に店舗経営は無理だ。俺達が要求するままにお代わりを出す女なんだぞ? ツケや割引を強請る図々しい客に勝てるわけがない。店員にだって舐められる」

 シ、シオン君とベルちゃんの言うこと聞くのは、いつも助けてもらってるからだよ?

「ごしゅじーん。俺、唐揚げ食べたーい」

 ラケルにも助けてもらってるからね、好きなだけ食べさせちゃうよね。
 魔石ごはんは普通の食品と違って副作用や悪影響がないからね!
 ……でも、量はもう少し加減させたほうがいいのかな、全員。
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