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葉菜花、旅立ちました編

35・ラーメン大好きマルコさん

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 旅に出て二日目の朝は塩ラーメン。

 街道脇に馬車を停めてテーブルを囲む。
 まとめてお鍋に作って、それぞれのコップに取ってもらう形式。
 お鍋は、『アイテムボックス』を持たないシオン君が『黄金のケルベロス亭』のわたしの部屋に置いていった大きなものを使っています。

 一々『浄化』するのは大変なので、飲み物用のコップはラケルの影で運んでもらったものです。
 旅先で陶器のコップは割れそうで怖いって話をしたら、シオン君が木製のコップを持って来てくれたのです。……代金は受け取ってくれませんでした。
 お皿も木製のものが欲しいんだけど相談したらすぐ用意してくれそうで、うーん、友達だからこそ甘え過ぎないようにしたいのにな。

「あ、あ、あ……夢にまで見たラーメン!」

 マルコさんが感極まったように叫ぶ。
 ロレッタちゃんと旦那様との顔合わせの日にも作りましたよね?
 そんなに間が開いてないと思う。

 魔石ごはんに中毒性とか……ないよね?

 イサクさんの『アイテムボックス』から出されたテーブルの上には、大きなお鍋だけでなく大皿も二枚並んでいる。
 肉まんとシューマイのお皿だ。

「同じものばっかり食べてちゃダメですよ、マルコさん。肉まんとシューマイも食べてくださいね」

 同じものばかり食べてても魔石ごはんだから大丈夫なんだけど、やっぱり気になる。それにセットだと、ラーメンのHP自然回復率上昇の効果が大きくなるし。

 バルバラさんが微笑んだ。

「ラトニー人って、みんなそれ言うね」

 ルイスさんが頷く。

「あんまり食事に興味ないジュリアーノでさえ、肉ばっかり食べてないで野菜も食べろって言うもんな」
「そのほうが美味しいじゃないですか。……そう思うでしょう?」

 ジュリアーノさんに見つめられて、わたしは頷いた。
 まあ部活帰りのDKセットBラーメン(HP自然回復率上昇)+肉まん(防御力上昇)+シューマイ(攻撃力上昇)は、肉とか野菜とかいう組み合わせじゃないんですけどね。
 これも全部主食じゃん! って言われる組み合わせだと思う。

「マルコのヤツ、本当に夢にまで見てたんだぜ? 寝言でラーメンって言ってた」

 ニコロ君が溜息をつきながら肉まんを齧った。

「あ、肉入ってる。前にイサクにもらったパンに似てるけど、こっちのが皮が柔らかいな」
「……うん、美味い」

 イサクさんも肉まんを頬張っている。

「ジュリアーノも今日は結構食べるんだね」
「ええ。葉菜花さんに作っていただいたウーロン茶を飲むと、口の中がさっぱりしてフォークが進むんです」

 バルバラさんの質問にジュリアーノさんが答えている。
 ウーロン茶を飲むと脂を吸収しにくくなるからダイエットに良いって、前世で聞いたなあ。でも歌う前に飲むのはダメなんだよね。
 ジャスミン茶も作れます。

 ウーロン茶はそれ以外の冷たい飲み物と同じで状態異常耐性上昇の付与効果を持つ──が、セットメニューと一緒に食べるとそれは無効になる。
 その代わりセットメニューで組み合わされた付与効果は消えない。
 昨夜屋台の出店セットを食べたあと、味の濃い料理で喉が渇いたシオン君がウーロン茶を飲んで発見したのだ。

 ウーロン茶以外の飲み物でも同じ効果。
 セットメニューの付与効果を打ち消すには十分以上の冷却期間が必要みたい。
 単品の食べ物と飲み物の場合は最後に口にしたほうの付与効果が残るんだけどね。

「わふわふ!」

 ラケルは大喜びで肉まんを食べている。

 一緒にコンビニへ行って肉まんを買って帰る途中、よく足をカリカリされたっけ。
 中身は香辛料が効いててわんこ向きじゃなさそうな気がしたから皮だけ千切ってあげると、すっごいがっかりした顔してたなー。
 普通の犬だと思ってたんだもん。人間の食べ物はあげられないよ。

 自分の取り皿に肉まんとシューマイを載せたロレッタちゃんが笑顔で言う。

「葉菜花ちゃん、シューマイ可愛い。ケーキみたいなのよ」

 わたしが魔石で変成したのは、冷凍食品でお馴染みの白い皮に包まれてて上にグリーンピースが載ったシューマイです。
 言われてみたらケーキみたい?

「ラーメンは美味しいですねえ。なんだか創作意欲が沸いてきます」

 旦那様の言葉に、わたしは首を傾げた。
 そんな付与効果はないはずなんだけど……HP自然回復率が上昇するから元気が出て、意欲も沸いて来たってことかな?

「もっと羊皮紙を持ってくれば良かったですねえ」
「……ロレンツォの旦那、俺が持ってきたのを譲ろう」
「ありがとう、イサク君」

 イサクさんは鍛冶師の修行はしていないのですが、ドワーフは子どものころから気になるものを絵に描いて、未来の作品の参考にするため保管しておくのだそうです。

「葉菜花、食べてるか?」
「はい」
「作ったヤツが食べ損ねて体壊してたら意味ないからな。ちゃんと食べろよ」

 ルイスさんが気遣ってくれる。

「わかりました」

 魔石ごはんのおかげか、それほど疲れは感じていない。
 ……まだまだ先は長いんだけどね。

 これからを乗り切るため、わたしも部活帰りのDKセットBを食べた。
 うん、美味しい。
 でも……本当に付与効果ってあるのかな。

 シオン君を疑うわけじゃないし、セットメニューの組み合わせを考えるのはゲームみたいで楽しい。
 でもなんか実感がないんだよね。わたし『鑑定』持ってないし。
 ベルちゃんにもらった苺のマカロンで上がったステータスも確かめようがない。

「ごちそう様、葉菜花。食器はどうしたらいい?」

 バルバラさんに言われて答える。

「テーブルに置いておいてください。『浄化』してラケルの影に入れておきます。必要なときに言ってくれたら出しますよ」
「そうかい。ありがとう、美味しかったよ。……隊長、今はみんな揃ってるから、ちょっと離れていいかい? 軽く体を動かしておきたいんだ」
「そうですね。いいですか、ロレンツォさん」

 旦那様が頷いたので、バルバラさんは茂みに消えていった。
 前世でも長時間同じ姿勢でいると良くないって言われてたよね。
 イサクさんやルイスさんは御者したりするけど、バルバラさんはあんまり動かないからな。さりげなくロレッタちゃんとわたしを見守ってくれてるからなんだけど。

「……ふふふ。残りのラーメンの割り当てが増えました」

 呟くマルコさんを見て、ニコロ君は溜息をついてからシューマイを口に運んでいた。

「葉菜花ちゃん、きな粉ミルクのお代わりをちょうだい」
「わふわふ」

 ロレッタちゃんのコップできな粉ミルクを作り、ラケルのお皿に肉まんを追加する。

「……隊長。バルバラ姐さんが帰って来たら、俺、狩りに行っていいか?」

 イサクさんが急に言い出して、周りの人間がぽかんとした表情を浮かべた。

「イサク? 今回の旅の間は葉菜花さんが魔石ごはんを作ってくれるから食材は必要ありませんよ? この辺りにはぐれモンスターが現れたという話も聞きませんし」
「……あー……そう、だよな。……悪い。なんか血が騒いで」
「あー俺も俺も。なんか暴れたい気分なんだよな」

 ルイスさんがイサクさんの発言に頷く。

 ……もしかして、シューマイの攻撃力上昇のせい?
 攻撃性の上昇じゃないんだけど。
 でも元から強い人は自分の能力が上昇したのを敏感に感じ取って、試してみたいと思ったりしちゃうのかな。

「今回が初仕事でもないのにどうしたんですか、ふたりとも。……まあふたりが食事を終えるのなら、残りのラーメンは責任を持って僕が食べますが」
「……マルコ……」

 朝から何度も溜息をついて、ニコロ君も大変です。

「葉菜花さんがいらっしゃるからじゃないでしょうか、隊長。同じ年ごろの可愛い女の子が一緒だから浮かれているのですよ」

 そう言って、ジュリアーノさんがメガネの奥から微笑みかけてくる。
 うわあ。ラトニーの王侯貴族は褒め殺しが上手だなあ。
 ……継承権は放棄しているけれど、ジュリアーノさんはとある伯爵家の次男なのだそうです。

 ルイスさんが真っ赤になる。

「はあ? なに言ってんだよ、ジュリアーノ。そんなんじゃないし」
「……そうかもな。葉菜花は可愛い」

 イサクさんはベルちゃんのように、さらっと褒め殺しに加担してくる。

「わふわふ!」
「むー。ルイスはともかくイサクは危ないのよ。葉菜花ちゃんはロレッタが守ってあげるわ!」
「なんか青春ですねえ」

 旦那様がしみじみと言う。

 ルイスさんとイサクさんはバルバラさんが戻って来たあと、お鍋とテーブルを片付けた場所で対戦式の訓練を始めた。
 狙撃手のルイスさんは接近戦では短剣を使ってました。
 エルフだからといって、直接矢を持って刺しに行ったりはしないようです。

 それにしても……はあ、びっくりした。
 苺のマカロンで上がった魅力の影響……じゃないよね?
 からかわれたかお世辞を言われただけだよね、うんうん。
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