転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸

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アリの巣殲滅編

57・愛する人のために

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 ──人間には人生の目的がある。

 ワリティア共和国のドワーフならば、それは鉱石。
 特にミスリル銀、アダマンタイト鉱、オリハルコン水晶などの希少な鉱石を追い求めるために彼らは生きている。

 アケディア王国のエルフであれば、それは昼寝。
 夜眠るのは当然として、昼下がりの柔らかな日差しの中、心地良く眠れる場所を見つけ出すために彼らは生きている。

 インウィ都市同盟の商人の場合、それは金。
 いかに他人を出し抜いて金を得るかだけを考えて、彼らは生きている。

 神聖スペルビア教国の敬虔な信徒達は信仰のために。
 ルクステリア女王国の魔道士達は魔術の真髄を極めるために。
 ラース帝国の戦士達は強さの頂点に達するために。

 みなそれぞれの目的を目指して生きている。
 美味しいものを食べるという目的のために生きているラトニー王国のラトニー人食いしん坊達は、他国人に嘲笑を向けられがちな存在だ。
 どの国の料理も食材も取り入れて、ときに伝統を受け入れ、ときにラトニー自分達に合わせて改造し愛おしんでいく姿は、他国から見ると理解不能なものだったのである。

 もっともそれは、異世界から転生した葉菜花から見ると、とてつもなく馴染みやすく既視感のある生き方であった。

「アリの巣殲滅が始まって、今日で五日目だったよな」

 頷いた傭兵に、冒険者が問いかける。

「今日中に女王ダンジョンアントが倒せると思うか?」
「倒せる。なにしろ『闇夜の疾風』が荒れ狂ってる」

 ふたりとも普段はべつの人間と組んでいる。
 今回はお互いの相棒が欠席のため、たまたま行動をともにしているのであった。

「そういや今日はバルバラがいなかったな。とうとうジュリアーノが年貢を納めたか」
「バルバラはロンバルディ商会に行ってるんだろう。今回のアリの巣殲滅で回収した魔石はあそこに卸すと聞いている。そのうち覗きに来るのではないか?」
「所属している隊がロンバルディ商会みたいな豪商とつながりがあるといいよなー」
「それだけの実力が必要だ」

 『闇夜の疾風』は一騎当千の強者揃いとして知られていた。
 ラトニーの傭兵ギルドに属するもので、その名と隊員達を知らないものはいない。
 バルバラとジュリアーノの関係も面白おかしく語られている。

「まあな。俺は冒険者だからモンスター相手なら勝てるかもって思ってたけど、全然ダメなんだもんな。なんなの、アイツ。なんで一日に千匹近くのダンジョンアントを倒せるんだよ」
「同じ傭兵でもわからん。そもそもアイツらは港町マルコスへ行くたびに盗賊を捕まえてるんだぞ? 俺らだって全滅させることくらいならできるが、自分は無傷で相手を生かしたまま全員捕縛するなんて、よほどの実力差がない限り不可能だ」
「目の前にダンジョンアントがいて、隣に風が吹いたなーと思ったらダンジョンアントが消えてるんだよな。んで、どこからともなく出現したマルコが魔石を拾ってるんだ」

 『隠密』スキルで存在感を消したマルコが風のように走って来て、ダンジョンアントを倒して魔石を持って行ったのである。
 ダンジョンアントの魔石に含まれる魔力量は少ないものの、一瞬『隠密』を阻害する程度の力はあった。

「おかげでラーメンが食べられそうだがな」
「それよそれ! あのマルコが執着するって、どんな食いもんなんだろうな?」

 これまでマルコの実力を知るものは少なかった。
 それが今回明らかになって、なお且つ彼が実力を隠さず見せているのが打ち上げでラーメンが食べたいからだとわかったので、だれもがその謎の料理に興味津々だ。

「美味いことは間違いなかろう。これまで配布されてきたパン、どれも美味かった」
「見せてもらって選びたいけど、それやってたら時間かかるからな。毎回五百人予定で三百人集まれば御の字だったのが七百人だぜ? ラトニー人俺らどれだけ食い意地が張ってんだ」
「……食は生命の基本だ。疎かにはできんぞ……」
「ああ、お前初日に土産のパン全部食っちまって嫁に怒られたんだっけ」
「身重なのだから暴れるなというのに!」
「寝床で退屈してる嫁のために土産のひとつも持って帰らなかったお前が悪い」
「どれもひと口だけのつもりだったのだ! あのパンが美味し過ぎたのが悪い!」
「いや、悪いのはお前だよ」
「お前の家はもう生まれたんだったな」

 傭兵に言われた途端、冒険者の顔色が青ざめた。

「どうした? 母子ともに健康なんだろ? なによりじゃないか」
「……今日中に女王ダンジョンアントを倒せなかったら、明日から嫁が来る」

 アリの巣殲滅への参加は開始してからでも可能だ。

「さすがに無理だろう」
「うちの嫁、産後の肥立ちが良いんだよ! 上の子のときも翌日から剣の修行始めてた」
「夫として止めろ、それは」
「俺、魔術師だぞ! 吸精術に期待して魔道士ギルドへ行ったら、最大MPが少なすぎると鼻で笑われて、なけなしの金で魔術式買うしかなかった男なんだぞ? 王軍の女性騎士隊に憧れて、もの心ついたときから剣振ってたヤツに勝てるか!」
「幼なじみだったか」
「幼なじみなんだよ。アイツうちのお袋と仲良いからさあ、俺が止めても女三人に押し切られちまうんだ」
「上の子は女の子か」
「そうそう。俺が言うのもなんだが可愛くてなあ。毎日土産のパンを受け取って、お父さんすごーい大好きーって言ってくれてたんだ。でも嫁が参加したら土産のパンが倍になると聞いた途端、向こうの味方よ」

 うちの子はどちらだろう、傭兵は思った。
 女の子は可愛いが、そうでなくても自分は嫁に弱い。
 これ以上嫁の勢力が強まってはたまらない。

「お前の嫁が参加しないで済むよう、俺達も頑張って女王ダンジョンアントを倒すぞ」
「それしかないよな。……女王ダンジョンアントって一匹だよな」
「不吉なことを言うな」
「いや、うちは上の子と嫁とお袋で、女王が三人いるようなもんだと思って」
「……女王は普通一匹だが、ダンジョンアント自体は昆虫のアリと一緒でメスばかりだぞ。オスは繁殖期にだけ生まれてきて、すぐ死ぬ」
「それは、それで……まあ頑張りますか」
「おう。『闇夜の疾風』には敵わないが俺達だって今回の戦いで成長してる」
「そんな気はするな」

 今日のところは食のためでなく愛するもののために戦おうと思う冒険者と、女王ダンジョンアントを退治してラーメンが出るのはいいが土産のパンはなくなるのかな、と不安に思う傭兵はダンジョンを進んでいった。
 葉菜花の魔石ごはんによる付与効果は一時的なものに過ぎないが、体は能力が上がった状態での動きを覚えていく。
 参加者はアリの巣殲滅が始まる前よりも確実に成長していた。
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