転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸

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アリの巣殲滅編

61・転生錬金術師の復活(気絶してただけですが)

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 ──わたしの目の前で、シオン君がひとりで器用に全身鎧を身に着けていく。
 白い鎧は聖剣カリバーンと同じミスリル銀製で、通気性が良く着心地も悪くないそうだ。
 わたしの黒いローブと同じ感じかな。

「葉菜花、マントを取ってくれ」
「うん。毛布代わりにしちゃってごめんね」
「俺が決めたことだ。貴様の世界では床に布団を敷いて寝ていたというから、救護テントからベッドを持って来るよりいいかと思った。向こうの毛布より俺のマントのほうが肌触りも良いからな」
「ありがとう。すべすべで気持ち良かったよ」

 『黄金のケルベロス亭』のベッドに勝るとも劣らなかった。

「そういえばシオン君、ラケルは? あの子興奮して人前でしゃべっちゃったんだけど大丈夫かなあ?」

 神獣ケルベロス様の息子だと気づかれて、みんなに揉みくちゃにされているかもしれない。……モフモフされるの好きだから喜んでるかな。

「ラケル殿はこのテントの前で見張りをしてる。人語を話したことなら気にするな。聖女が上手く誤魔化してくれた」
「ベルちゃんが?」
「ああ。自分は怪我人の治療で助けに行けなかったので、女神様にお願いして一番近くにいたモンスターにケルベロス様を宿してもらった、とな」
「ベルちゃん……」

 ありがたいけど、そんなこと言ったら聖女様としての格が上がって、なかなか辞められなくなっちゃうんじゃないかな。

「起きたのなら椅子に座っていても大丈夫だな? そろそろ殲滅が終わったころだ。貧血の人間にだけローストビーフを振る舞って、ラーメンや褒美は後日ということにして解散させてくる」
「『異世界料理再現錬金術』なら大丈夫だよ。HPは減ってないってシオン君も言ってたでしょ?」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫。元気になったらお腹も空いてきたし」
「わかった。だが今日はもう俺から離れるなよ」
「え?……うん」

 そうしてシオン君と一緒にテントを出たわたしだけど、外で見張りをしてくれていたラケルが飛びついてくるのはいいとして、救護係の三人の神官少女がわたしを見るなり祈り始めたのには困ってしまった。
 あまり接点のなかったヴェロニカさんまで祈ってくれたのは、わたしの体を心配してくれたからなのかな。

★ ★ ★ ★ ★

 ヴェロニカは人間が嫌いだった。
 ヒト族はもちろん、ドワーフもエルフも全部嫌いだ。
 だってだれもヴェロニカの村を救ってくれなかったから。

 彼女の村はインウィ都市同盟に属する小さな島にあった。
 漁業しか産業のない小さな村だ。
 島にあるダンジョンから上がる利益は、すべてその地域を治める役人のものだった。

 インウィはラトニー王国と違って、神獣との仲が良好ではない。
 むしろ神獣カーバンクルはインウィを嫌っているのではないかと噂されている。
 インウィに聖女がいたとしても、神獣カーバンクルは自分の客のもてなしを頼んだりはしなかっただろう。

 それでも神獣はインウィの元首に忠告をくれた。

 ──ダンジョンアントは危険だと。

 けれどインウィは金を崇める商人の国だ。
 ダンジョンアントの魔石は金にならないのに、どうして行動するだろう。
 国や役人が討伐依頼を出さないし魔石も引き取らないのだから、ダンジョンアントは無尽蔵に増えていった。

 気のいい冒険者が無報酬で倒してくれても焼け石に水。
 そもそも制圧されたダンジョンに巣食うダンジョンアントの数は平気で万を越える。
 数人の冒険者でなんとかできるものではない。

 ヴェロニカの村は近くのダンジョンにダンジョンアントが増えていくことに危機感を覚え、何度もその地域の領主に助けを求めた。
 しかし助けは来なかった。

 ダンジョンアントしかいなくなったダンジョンには、資源としての値打ちがない。
 領主は損切りをしたのだ。
 増え過ぎたダンジョンアントはダンジョンからあふれ、はぐれなんて言葉では表現できないほどの大群になり、ヴェロニカの村を襲った。

 暴走スタンピード──

 機転を利かせた母がヴェロニカを壺に入れて海へ流してくれなければ、ヴェロニカも食われて死んでいただろう。
 だからヴェロニカは人間が嫌いだ。
 好きだった人はみんな死んでしまった。

 神殿に拾われて神官となれたが、いつまで経っても気持ちは変わらない。
 属した派閥の人間は、神の威を利用して自分達がほかの人間の上に立ちたいと望んでいるが、ヴェロニカは違う。
 神の威の下にすべての人間が滅ぼされればいいと思っている。

 太陽神アルバでも月の女神ヌエバでもいい。
 人間を滅ぼしてくれさえすれば。

 ヴェロニカは聖女イザベルを仲間に引き入れたかった。
 女神によって聖女となった彼女なら、女神と接触する方法も知っているかもしれない。

 そんな気持ちで参加したアリの巣殲滅で、ヴェロニカは錬金術師と会った。
 魔石を変成して食べ物にするなんて信じられなかった。

(……美味しいですけど。特にチョコレートが美味しいですけど。救護係のあとで休憩用のテントへ行ったとき、聖女の『アイテムボックス』で保管してくれていたパフェとか最高だったですけど!)

 初日の朝にたこ焼きを食べるなり錬金術師に懐いたドロレスや昼にパエリア(同じインウィ出身なのにヴェロニカはまるで知らない料理だった)を食べて泣いていたパウリーナと同じにはならない。
 聖女を巡る敵対派閥の尖兵を骨抜きにしてくれたことには感謝する。

 そう思いながら巡ってきた五日目、奇跡が起こった。
 ダンジョンから飛び出した女王ダンジョンアントを錬金術師が食べ物に変えたのだ。

 ヴェロニカは聖女やパウリーナと一緒に救護テントで治療に当たっていたが、ちょうど自分の担当が終わったので入り口から外を覗いていたのである。
 それは好奇心よりも、どす黒い期待に満ちた行動だった。

(……みんな死ねばいい。お父さんやお母さんと同じように、ダンジョンアントに食われて死ねばいい)

 だけどヴェロニカの期待は裏切られた。
 女王ダンジョンアントに食われたものはいない。
 逆にこれから女王ダンジョンアントだったものがみんなに食われてしまうのだ。

 錬金術師は女王ダンジョンアントを食べ物に変えたあとで倒れてしまった。
 『鑑定』持ちのコンセプシオンは彼女のHPは減っていない、ただの魔力酔いだと説明したが、本当なのだろうか。

 ヴェロニカは彼女に心を許すつもりなどない。
 人間は嫌いだ、大嫌いだ。
 自分の村はだれも助けてくれなかったのに、ここにいる人間は救われたことに腹が立つ。

 だけど腹立たしく思う心の底で、良かったとも思っていた。
 ヴェロニカはドロレスやパウリーナとともに、コンセプシオンの専用テントの前で錬金術師を待った。
 『回復』魔術を必要とする状態ではないという。

 同じようにテントの前で待っている黒い毛玉が人語を話したのは聖女が神獣を呼んで宿らせたという話だが、今は気にならなかった。
 ここへ来る前のヴェロニカならおそらく、神獣に近づいて人間を滅亡させてくれと頼んでいただろうに。
 やがて錬金術師がテントから現れて、ヴェロニカは夢中で神に感謝を捧げている自分に気づいた。

(……太陽神様月の女神様、この方を助けてくださってありがとうございます)

 ドロレスやパウリーナも同じように祈っている。
 錬金術師の葉菜花は、なんだかとても困惑したような顔をしていた。
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