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9・侍女を亡霊にはさせません!④
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ヴェルデ王国の初代勇者王の聖なる剣で邪悪な魔神が倒されても、二代目の賢者王が魔神の核を見つけ出すまで、大陸は乱れていた。
妖魔によって増幅された人間の邪気がモンスターを狂わせ、暴れさせていたせいだ。
狩人は存在していたものの、彼らの力だけでは足りなかった。
今でもそうと言えばそうなのだけれど、そのころ魔術師になれるのは生まれつき強い魔力を持つものだけだったのだ。
魔術に関する知識と技術は隠匿され、血筋や能力で選ばれたものにのみ伝えられた。
賢者王自身も、大陸全土に散らばった賢者と呼ばれる魔術師をひとりひとり訪ねて魔術を継承したという。
しかし賢者王は得た魔術を独占しなかった。
自らが魔神の核を見つけて封印した後、いずれまたモンスターが脅威となる時代が来ると考えて王立魔術学院を設立し、その知識と技術を生徒たちに分け与えたのだ。
王立魔術学院の入学資格は十五歳以上であることだけ、性別も国籍も関係しない。
とか言いつつ学費は高額だし、最低限の魔力は必要なんだけど。
大陸全土から生徒が集まる魔術学院は、王立と冠していてもヴェルデ王国固有のものではない。世界を危険から守るためのものなのだ。
……まあ本当は、人間はそんなに清廉潔白な生き物ではない。
学院内には出身国や身分による派閥があるし、卒業後の魔術師たちは雇われた国に忠誠を誓う。
強い魔力を持っていても身分が低ければ評価されない、なんて話を聞いたこともある。乙女ゲームの中と今と、どっちでだったかしら。
今は禁止されているけれど、国同士の争いに魔術師が加担していた時代もあった。
そもそも今の魔術師は世界を危険から守るためではなく、高価な素材を求めてモンスターを狩るために存在している。
柄の悪くない狩人、ってところかしら。
奨学金制度はあるものの、基本的に王立魔術学院の学費は高くて貴族か豪商でもないと払えないから、結果的に名家の子弟子女ばかりが集まる。
──なんてことを、クリームと果物を巻いた二枚目のパンケーキを食べながら、わたしは考えていた。
一枚目のパンケーキを食べ終わった後お茶ばかり飲んでいるリートを見つめていたら、前世の乙女ゲームで体験した王立魔術学院での生活が蘇ってきたのだ。
画面越しにヒロインを操作するプレイヤー視点でだけどね。
それにしてもリートは、やっぱりゲームのときより幼いなあ。
ゲームでは腰まであったサラサラの金髪も肩までしかない。オカッパ頭だ。
魔力は血液や髪の毛に多く宿る。
魔力の強さを尊ぶヴェルデ王国において、長髪の男性は珍しくなかった。
ルビーノも大きくなったら髪を伸ばす。
おでこを出して後ろでまとめているから、ちょっと見は短髪みたいだったっけ。
魔術を武器と道具に丸投げしている父さまは基本短髪で、前髪だけ伸ばしているのを上げて額を見せているので、それを意識しているのかもしれない。
ルビーノの魔力はわたしやリートほどではないけれど、ゲーム内の王立魔術学院ではトップクラスだった。
武芸にも優れていて、学問にも長けている。
なぜか王子でありながら、盗賊的なスキルも身につけていたのよね。
それも父さまへの憧れからかしら。
狩人にはモンスターからアイテムを盗む技がある。
ゲームの中では加工されたアイテムを盗んでいたけれど、この前父さまに聞いた話によるとこの世界では、モンスターを構成する魔力を凝固させて宝石に変える技らしい。
乙女ゲームの世界といっても画面越しに見ているのと中で生活するのでは、まるで違うってことなんだろうな。
とにかく、ルビーノもリートのようにお役立ち攻略対象だった。
ただ隠し攻略対象のルビーノを登場させると、本人かザッフィロ王太子殿下(弟とともに隠し攻略対象。ルビーノルートからの派生で分岐)、リート(ルビーノ自身が彼のルートからの派生)の三人いずれかのエンディング確定(フラグを立てられなければバッド一直線)だったから、気軽にパーティメンバーにすることができなかったのよね。
前世のわたしはルビーノがお気に入りだったけど、自分に似た悪役令嬢ラヴァンダを不幸にしてしまうのが悲しくて、彼のエンディングを数回しか見ていない。
なお、ザッフィロさま目当てだったのがパラメータや好感度が足りず、分岐しきれなかったときも含む。
……まあ、だれのエンディングでも悪役令嬢ラヴァンダは不幸になるのだけど。
攻略本を食い入るように読んだのと、ストーリーに大きく絡む悪役令嬢ラヴァンダの許婚だったから攻略対象でなくても現れるときがあるのと、気がつくとリートのルートに入っていて友達として紹介されたことが多々あるので、メインヒーローの隣国から来た留学王子さまとは違ってルビーノに関する記憶は鮮明なんだけどね。
そう、わたしは知っている。
ルビーノは、明るく元気で笑顔の似合う女の子が好き──
「……ラヴァンダ?」
「な、なぁに、ルビーノ」
「すまない」
「え?」
「本当は君も腸詰を食べたかったんだな? さっきからずっと、俺を睨みつけているじゃないか」
「睨んでません。えっと……ほっぺにソースがついているのを見つめていただけです。わ、わたしの目つきが悪いのは、昔からよくご存じでしょう?」
頷いたルビーノは、頬についたソースを拭き取って照れくさそうに微笑んだ。
今のわたし、六歳の大公令嬢をずっと支えてくれていた同い年の第二王子。
前世のわたしと同じように、今のわたしにとってもお気に入りの男の子。
大切な大切な従弟で幼なじみ。
だからこそ恋に落ちたり婚約したりしないよう気をつけて、彼が本当に本当に好きな女の子と幸せになれるよう、力になりたいと思うのだ。
わたしは……わたしはとにかく、なにがなんでも魔神復活を阻止したい。
なにより今は、リモーネを亡霊にしないよう頑張らなくっちゃ。
……でも、どうしたらいいのかなあ。
わたしは二枚目のパンケーキの残りを頬張って、リートに視線を戻した。
彼は、さっきからずっとお茶を飲み続けている。
もしかしてパンケーキが口に合わなかったのかしら。
体調を崩しているのでなければいいのだけれど。
頭に浮かんだゲームの中の面影を、目の前の少年と重ねる。
よくここから、あのグラフィックまで成長したものだわ。
彼は攻略対象内で一番大柄で長身だったのに、小食って設定だった。
顔立ちが繊細だから違和感はなかったけど。
子どものころからそうだったのね。
どこか浮世離れした感情表現の薄い青年だったから、血肉になる食べ物じゃなくて世界に流れる魔力を吸収して成長したのかもしれない。前世で聞いた霞を食べるという仙人みたいに。
そのせいかリートは恋愛状態になっても、ほとんど態度が変わらなかった。
ほかの攻略対象のイベントが起こらないとき確認してみると、リートのルートに入っているってことがよくあったっけ。
気がつくとルートに入っていて、ルート自体は盛り上がりなく淡々と進むことから、プレイヤーには『静かなる罠』と呼ばれて怖れられていた。
でも彼をパーティから外すと、途端に戦闘の難易度が上がってしまうのよね。
王都の外れの貧民街、そのさらに端にある廃墟で亡霊になったリモーネと戦うときも、いつもリートが一緒にいたわ。
悪役令嬢ラヴァンダと幼なじみということで、彼とリモーネにも面識があったのか、戦闘前にセリフがあった。
感情表現が薄く浮世離れした、恋愛状態になっても態度が変わらない攻略対象にしては珍しく、とても悲しげな憐れむような声で──
「……典型的なドライアドの灰の中毒患者だ」
思い出したセリフが、唇からこぼれ出た。
妖魔によって増幅された人間の邪気がモンスターを狂わせ、暴れさせていたせいだ。
狩人は存在していたものの、彼らの力だけでは足りなかった。
今でもそうと言えばそうなのだけれど、そのころ魔術師になれるのは生まれつき強い魔力を持つものだけだったのだ。
魔術に関する知識と技術は隠匿され、血筋や能力で選ばれたものにのみ伝えられた。
賢者王自身も、大陸全土に散らばった賢者と呼ばれる魔術師をひとりひとり訪ねて魔術を継承したという。
しかし賢者王は得た魔術を独占しなかった。
自らが魔神の核を見つけて封印した後、いずれまたモンスターが脅威となる時代が来ると考えて王立魔術学院を設立し、その知識と技術を生徒たちに分け与えたのだ。
王立魔術学院の入学資格は十五歳以上であることだけ、性別も国籍も関係しない。
とか言いつつ学費は高額だし、最低限の魔力は必要なんだけど。
大陸全土から生徒が集まる魔術学院は、王立と冠していてもヴェルデ王国固有のものではない。世界を危険から守るためのものなのだ。
……まあ本当は、人間はそんなに清廉潔白な生き物ではない。
学院内には出身国や身分による派閥があるし、卒業後の魔術師たちは雇われた国に忠誠を誓う。
強い魔力を持っていても身分が低ければ評価されない、なんて話を聞いたこともある。乙女ゲームの中と今と、どっちでだったかしら。
今は禁止されているけれど、国同士の争いに魔術師が加担していた時代もあった。
そもそも今の魔術師は世界を危険から守るためではなく、高価な素材を求めてモンスターを狩るために存在している。
柄の悪くない狩人、ってところかしら。
奨学金制度はあるものの、基本的に王立魔術学院の学費は高くて貴族か豪商でもないと払えないから、結果的に名家の子弟子女ばかりが集まる。
──なんてことを、クリームと果物を巻いた二枚目のパンケーキを食べながら、わたしは考えていた。
一枚目のパンケーキを食べ終わった後お茶ばかり飲んでいるリートを見つめていたら、前世の乙女ゲームで体験した王立魔術学院での生活が蘇ってきたのだ。
画面越しにヒロインを操作するプレイヤー視点でだけどね。
それにしてもリートは、やっぱりゲームのときより幼いなあ。
ゲームでは腰まであったサラサラの金髪も肩までしかない。オカッパ頭だ。
魔力は血液や髪の毛に多く宿る。
魔力の強さを尊ぶヴェルデ王国において、長髪の男性は珍しくなかった。
ルビーノも大きくなったら髪を伸ばす。
おでこを出して後ろでまとめているから、ちょっと見は短髪みたいだったっけ。
魔術を武器と道具に丸投げしている父さまは基本短髪で、前髪だけ伸ばしているのを上げて額を見せているので、それを意識しているのかもしれない。
ルビーノの魔力はわたしやリートほどではないけれど、ゲーム内の王立魔術学院ではトップクラスだった。
武芸にも優れていて、学問にも長けている。
なぜか王子でありながら、盗賊的なスキルも身につけていたのよね。
それも父さまへの憧れからかしら。
狩人にはモンスターからアイテムを盗む技がある。
ゲームの中では加工されたアイテムを盗んでいたけれど、この前父さまに聞いた話によるとこの世界では、モンスターを構成する魔力を凝固させて宝石に変える技らしい。
乙女ゲームの世界といっても画面越しに見ているのと中で生活するのでは、まるで違うってことなんだろうな。
とにかく、ルビーノもリートのようにお役立ち攻略対象だった。
ただ隠し攻略対象のルビーノを登場させると、本人かザッフィロ王太子殿下(弟とともに隠し攻略対象。ルビーノルートからの派生で分岐)、リート(ルビーノ自身が彼のルートからの派生)の三人いずれかのエンディング確定(フラグを立てられなければバッド一直線)だったから、気軽にパーティメンバーにすることができなかったのよね。
前世のわたしはルビーノがお気に入りだったけど、自分に似た悪役令嬢ラヴァンダを不幸にしてしまうのが悲しくて、彼のエンディングを数回しか見ていない。
なお、ザッフィロさま目当てだったのがパラメータや好感度が足りず、分岐しきれなかったときも含む。
……まあ、だれのエンディングでも悪役令嬢ラヴァンダは不幸になるのだけど。
攻略本を食い入るように読んだのと、ストーリーに大きく絡む悪役令嬢ラヴァンダの許婚だったから攻略対象でなくても現れるときがあるのと、気がつくとリートのルートに入っていて友達として紹介されたことが多々あるので、メインヒーローの隣国から来た留学王子さまとは違ってルビーノに関する記憶は鮮明なんだけどね。
そう、わたしは知っている。
ルビーノは、明るく元気で笑顔の似合う女の子が好き──
「……ラヴァンダ?」
「な、なぁに、ルビーノ」
「すまない」
「え?」
「本当は君も腸詰を食べたかったんだな? さっきからずっと、俺を睨みつけているじゃないか」
「睨んでません。えっと……ほっぺにソースがついているのを見つめていただけです。わ、わたしの目つきが悪いのは、昔からよくご存じでしょう?」
頷いたルビーノは、頬についたソースを拭き取って照れくさそうに微笑んだ。
今のわたし、六歳の大公令嬢をずっと支えてくれていた同い年の第二王子。
前世のわたしと同じように、今のわたしにとってもお気に入りの男の子。
大切な大切な従弟で幼なじみ。
だからこそ恋に落ちたり婚約したりしないよう気をつけて、彼が本当に本当に好きな女の子と幸せになれるよう、力になりたいと思うのだ。
わたしは……わたしはとにかく、なにがなんでも魔神復活を阻止したい。
なにより今は、リモーネを亡霊にしないよう頑張らなくっちゃ。
……でも、どうしたらいいのかなあ。
わたしは二枚目のパンケーキの残りを頬張って、リートに視線を戻した。
彼は、さっきからずっとお茶を飲み続けている。
もしかしてパンケーキが口に合わなかったのかしら。
体調を崩しているのでなければいいのだけれど。
頭に浮かんだゲームの中の面影を、目の前の少年と重ねる。
よくここから、あのグラフィックまで成長したものだわ。
彼は攻略対象内で一番大柄で長身だったのに、小食って設定だった。
顔立ちが繊細だから違和感はなかったけど。
子どものころからそうだったのね。
どこか浮世離れした感情表現の薄い青年だったから、血肉になる食べ物じゃなくて世界に流れる魔力を吸収して成長したのかもしれない。前世で聞いた霞を食べるという仙人みたいに。
そのせいかリートは恋愛状態になっても、ほとんど態度が変わらなかった。
ほかの攻略対象のイベントが起こらないとき確認してみると、リートのルートに入っているってことがよくあったっけ。
気がつくとルートに入っていて、ルート自体は盛り上がりなく淡々と進むことから、プレイヤーには『静かなる罠』と呼ばれて怖れられていた。
でも彼をパーティから外すと、途端に戦闘の難易度が上がってしまうのよね。
王都の外れの貧民街、そのさらに端にある廃墟で亡霊になったリモーネと戦うときも、いつもリートが一緒にいたわ。
悪役令嬢ラヴァンダと幼なじみということで、彼とリモーネにも面識があったのか、戦闘前にセリフがあった。
感情表現が薄く浮世離れした、恋愛状態になっても態度が変わらない攻略対象にしては珍しく、とても悲しげな憐れむような声で──
「……典型的なドライアドの灰の中毒患者だ」
思い出したセリフが、唇からこぼれ出た。
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