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17・賢者な家庭教師はいりません!②
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窓の外を見つめていたリートが、わたしの溜息に気づいてこちらを見る。
「ラヴァンダ、緊張してるんですね」
「……うん」
彼の緑色の瞳が、馬車の外に広がるエルフの森の朝靄に霞んだ緑よりも煌めいた。
「ですよね! だってラヴァンダは、あの銀の賢者アルジェントさまに家庭教師を頼みにいくんですから。……あのう、僕もご挨拶してもいいですか?」
「……うん」
──アイツ。
銀の髪に銀の瞳。
魔光で銀に染まった瞳は、エルフの森で一番強い魔力を持っているという証。
その魔力を見込まれて賢者王が見つけ出した魔神の核をその身に封じ、エルフとしても長過ぎる千年を越える寿命を生きている男、銀の賢者アルジェント。
賢者王亡き後、賢者という称号を許されているのは彼ひとり。
前世の乙女ゲームの中で、銀の賢者アルジェントは家庭教師として大公家にやって来た。
ヒロインの家庭教師として。
強い魔力を持つヒロインは、王立魔術学院の実技の授業では最初から優等生だった。
しかし生まれも育ちも平民のヒロインは満足な教育を受けたことがなく、座学の授業にはついていけなかった。
というか、学力パラメータが低過ぎた場合に登場するのがアイツなわけだ。
ほかの攻略対象は対応パラメータが高いときに登場するので、なかなか登場させる方法がわからなかった。前世のわたしは、乙女ゲームの中でも勉強はちゃんとしなくてはならないと考えてしまう真面目な女の子だったのよね。
大公邸を訪れ、悪役令嬢ラヴァンダ(そのときはまだ大して悪いこともしていなかったけど)と顔を合わせたアイツは、言った。
『君は、生まれてこないほうが良かったね』
アイツは賢者と呼ばれるほどの強い魔力で、悪役令嬢ラヴァンダの未来を感じ取ったのだろう。
ゲームの行く末を暗示し、悪役令嬢の代わりに怒った優しいヒロインの株も上がる大事なイベントだ。
そのセリフを聞いて、プレイヤーである前世のわたしの心は凍てついた。
そろそろ攻略対象がコンプリートできそうな状態だった。
自分に似た悪役令嬢ラヴァンダを救いたくて頑張りつつも、それが無理なんじゃないかと気づき出していたころだった。
前世のわたしはアイツの声をミュートし、極力画面から目を逸らして攻略本やネット情報の指示する通りに選択肢を選んでゲームを進めた。
だけど、転生してなお、わたしの中には鮮明なアイツの記憶がある。
憐れむような嘲るような微笑みと、優しささえ感じる掠れた声が。
前世のわたしと今のわたしは別人だけど、アイツに関してだけは同じ気持ちだった。
……大っ嫌い!
乙女ゲームの攻略対象なんだからシナリオ通りの行動を取るのは仕方がない、と思う気持ちはあるものの、嫌いになってしまったものはどうしようもない。
いや、嫌いという強い感情を持たなくては、自分を保てないのだ。
あの声が頭に蘇ると、二年前に暴走したことを思い出して背筋が冷たくなる。
家庭環境を改善しリモーネも救えたなんて思い込みに過ぎないんじゃないか、なにをしようとも未来は決まっているんじゃないか、そう、悪役令嬢ラヴァンダとして世界を滅ぼすか自分が滅ぼされるかする未来しかないのではないか、そもそも今生きていること自体が間違いではないか、と──
「お嬢さま、できました!」
ウルラートの声に、重く沈みかけていた意識が浮上する。
前世の乙女ゲームには登場しなかったわたしの専属護衛の手には、今わたしが着ているのと大きさ以外は全く同じドレスがあった。
「わあ、すごいですねえ」
リートの意識もドレスに向かう。
わたしはウルラートからドレスを受け取り、きゅーちゃんが今着ているドレスを脱がして吹き出した。
「きゅ?」
「どうしたんですか、ラヴァンダ」
「うふふ。きゅーちゃんはぬいぐるみだし、ウルラートが服を作り出すまでは裸だったのに一度着たドレスを脱がすと、なんだか照れくさいって思って」
「きゅきゅー!」
わたしの言葉に自分もそんな気分になったのか、きゅーちゃんは恥ずかしそうに布の翼を振り回した。
──前世のわたしは今のわたし、というかゲームの中の悪役令嬢ラヴァンダと似た外見でさほど人好きのしない女の子だった。
でも友達はいたし、家族とも仲が良かった。
前世の世界は基本平和で、悪意に晒されることも少なかった。
だからこそ、悪役令嬢ラヴァンダの運命を重く受け止めてしまったのだろう。
妖魔に煽られた周囲の負の感情を浴びせられて傷つき苦しみ、間違った方法に進むしかなくなってしまった悪役令嬢と、その破滅しかない末路。
変えたくて苦しむ前世のわたしにとどめを刺すようなアイツの言葉が、まるで自分に投げつけられたように感じて──
「……リート」
「なんですか、ラヴァンダ。きゅーちゃんのドレス、とっても似合ってますよ。お揃いでふたり……? とも可愛いです」
「ありがとう。……あのね、リート。あの……良かったら、本当に良かったらなんだけどね?」
「はい、なんでしょう」
「……リートも、一緒に賢者の生徒になってくれない?」
「いいんですか?」
喜色満面のリートに、わたしは頷いた。
ゲームの中でも彼は賢者に師事するヒロインを羨ましがっていたのよね。
その気持ちを利用するなんて卑怯かもしれない。
だけど、アイツとふたりっきりになるなんて絶対にイヤだった。
あの笑っていても感情のない銀の瞳に射られたら、ウルラートがドレスを渡してくれる前まで胸を満たしていた負の感情が蘇って、今度は抜け出せなくなる気がする。
前世のわたしより今のわたしのほうがアイツへの恐怖は深い。
だって悪役令嬢ラヴァンダ本人なんだもの。
ここで生きていくしかない。このゲーム、この世界から逃げる道はないのだ。
わたしとリートを見つめて、ウルラートが言う。
「アルベロ兄貴は最初からそのつもりでお連れしたんだと思いますよ」
「え? そうなの?」
今、馬車の外で母さまと、木々の枝から枝へと飛び移る競争に興じている父さまが?
「お? ラディーチェ、今猿がいたぞ」
「この辺りに猿なんかいませんわ。この程度で疲れて見間違いですか?」
「んなことねぇよ。いたって、猿」
わたしも母さまに賛成。
乙女ゲームの中で王立魔術学院の実習に来たとき、この森に猿型のモンスターはいなかった。というか、森を跳び回る父さまと母さまのほうが猿みたいだわ。
馬車の外の夫婦の会話はさておき、ウルラートがわたしの問いに答えてくれる。
「はい。暴れ姫は違うそうですが、エルフの森の女の子はみんな、銀の賢者が初恋らしいんです。だからアルベロ兄貴は心配して、お嬢さまひとりでは賢者に会わせるなと」
そういえば『エルフの森の暴れ姫』についてウルラートに聞くのを忘れていたわ。
……もうわかってるから、いいけど。
わたしは彼に、べつの質問を投げかけた。
「あなたは賢者と会ったことあるの? 狩人見習いのとき、この森に来たんでしょう?」
「いえ、耳が尖っている以外は人間と変わらないエルフには興味なかったので、師匠と一緒に挨拶しに行った長さまと道具屋の主人以外とは会っていません。向こうも十八歳以上の巨乳美少女以外には自主的に会おうとしなくて」
「……そんな人なんですか?」
リートが絶望に染まった声を上げた。
……そんな人だったっけ。
賢者のルートって、選択肢で止まるとき以外は全部スキップしてたからなあ。
あの乙女ゲームはオプションで未読スキップが設定できた。
前世のわたしが覚えていないことは、今のわたしもわからない。
とりあえず、乙女ゲームの中の悪役令嬢ラヴァンダは巨乳だった。
ヒロインが貧乳設定だったから、対比のための設定だろう。
……うん。
リートが生徒にしてもらえなかったら、ウルラートが言ったことを理由にわたしも生徒になるのは断ろう。
エルフの森に通うのは大変だから、賢者に封じられた魔神の核がもっと弱体化して、彼が森を出られるようになってから家庭教師になってもらうってことでもいい。
こちらから話を持ち出して、一方的にご破算にするのは失礼だものね。
わたしの魔術の勉強については、王立魔術学院のほうに話を持ちかけてみてもいいんじゃないかしら。
今はまだみたいだけど、リートは十五歳での入学前から学院の教師や元教師を招いて勉強していたはず。
──そのときのわたしは気づいていなかった。
このときのエルフの森にはアイツだけではなく、もうひとり……もう一体の攻略対象もいることに。
「ラヴァンダ、緊張してるんですね」
「……うん」
彼の緑色の瞳が、馬車の外に広がるエルフの森の朝靄に霞んだ緑よりも煌めいた。
「ですよね! だってラヴァンダは、あの銀の賢者アルジェントさまに家庭教師を頼みにいくんですから。……あのう、僕もご挨拶してもいいですか?」
「……うん」
──アイツ。
銀の髪に銀の瞳。
魔光で銀に染まった瞳は、エルフの森で一番強い魔力を持っているという証。
その魔力を見込まれて賢者王が見つけ出した魔神の核をその身に封じ、エルフとしても長過ぎる千年を越える寿命を生きている男、銀の賢者アルジェント。
賢者王亡き後、賢者という称号を許されているのは彼ひとり。
前世の乙女ゲームの中で、銀の賢者アルジェントは家庭教師として大公家にやって来た。
ヒロインの家庭教師として。
強い魔力を持つヒロインは、王立魔術学院の実技の授業では最初から優等生だった。
しかし生まれも育ちも平民のヒロインは満足な教育を受けたことがなく、座学の授業にはついていけなかった。
というか、学力パラメータが低過ぎた場合に登場するのがアイツなわけだ。
ほかの攻略対象は対応パラメータが高いときに登場するので、なかなか登場させる方法がわからなかった。前世のわたしは、乙女ゲームの中でも勉強はちゃんとしなくてはならないと考えてしまう真面目な女の子だったのよね。
大公邸を訪れ、悪役令嬢ラヴァンダ(そのときはまだ大して悪いこともしていなかったけど)と顔を合わせたアイツは、言った。
『君は、生まれてこないほうが良かったね』
アイツは賢者と呼ばれるほどの強い魔力で、悪役令嬢ラヴァンダの未来を感じ取ったのだろう。
ゲームの行く末を暗示し、悪役令嬢の代わりに怒った優しいヒロインの株も上がる大事なイベントだ。
そのセリフを聞いて、プレイヤーである前世のわたしの心は凍てついた。
そろそろ攻略対象がコンプリートできそうな状態だった。
自分に似た悪役令嬢ラヴァンダを救いたくて頑張りつつも、それが無理なんじゃないかと気づき出していたころだった。
前世のわたしはアイツの声をミュートし、極力画面から目を逸らして攻略本やネット情報の指示する通りに選択肢を選んでゲームを進めた。
だけど、転生してなお、わたしの中には鮮明なアイツの記憶がある。
憐れむような嘲るような微笑みと、優しささえ感じる掠れた声が。
前世のわたしと今のわたしは別人だけど、アイツに関してだけは同じ気持ちだった。
……大っ嫌い!
乙女ゲームの攻略対象なんだからシナリオ通りの行動を取るのは仕方がない、と思う気持ちはあるものの、嫌いになってしまったものはどうしようもない。
いや、嫌いという強い感情を持たなくては、自分を保てないのだ。
あの声が頭に蘇ると、二年前に暴走したことを思い出して背筋が冷たくなる。
家庭環境を改善しリモーネも救えたなんて思い込みに過ぎないんじゃないか、なにをしようとも未来は決まっているんじゃないか、そう、悪役令嬢ラヴァンダとして世界を滅ぼすか自分が滅ぼされるかする未来しかないのではないか、そもそも今生きていること自体が間違いではないか、と──
「お嬢さま、できました!」
ウルラートの声に、重く沈みかけていた意識が浮上する。
前世の乙女ゲームには登場しなかったわたしの専属護衛の手には、今わたしが着ているのと大きさ以外は全く同じドレスがあった。
「わあ、すごいですねえ」
リートの意識もドレスに向かう。
わたしはウルラートからドレスを受け取り、きゅーちゃんが今着ているドレスを脱がして吹き出した。
「きゅ?」
「どうしたんですか、ラヴァンダ」
「うふふ。きゅーちゃんはぬいぐるみだし、ウルラートが服を作り出すまでは裸だったのに一度着たドレスを脱がすと、なんだか照れくさいって思って」
「きゅきゅー!」
わたしの言葉に自分もそんな気分になったのか、きゅーちゃんは恥ずかしそうに布の翼を振り回した。
──前世のわたしは今のわたし、というかゲームの中の悪役令嬢ラヴァンダと似た外見でさほど人好きのしない女の子だった。
でも友達はいたし、家族とも仲が良かった。
前世の世界は基本平和で、悪意に晒されることも少なかった。
だからこそ、悪役令嬢ラヴァンダの運命を重く受け止めてしまったのだろう。
妖魔に煽られた周囲の負の感情を浴びせられて傷つき苦しみ、間違った方法に進むしかなくなってしまった悪役令嬢と、その破滅しかない末路。
変えたくて苦しむ前世のわたしにとどめを刺すようなアイツの言葉が、まるで自分に投げつけられたように感じて──
「……リート」
「なんですか、ラヴァンダ。きゅーちゃんのドレス、とっても似合ってますよ。お揃いでふたり……? とも可愛いです」
「ありがとう。……あのね、リート。あの……良かったら、本当に良かったらなんだけどね?」
「はい、なんでしょう」
「……リートも、一緒に賢者の生徒になってくれない?」
「いいんですか?」
喜色満面のリートに、わたしは頷いた。
ゲームの中でも彼は賢者に師事するヒロインを羨ましがっていたのよね。
その気持ちを利用するなんて卑怯かもしれない。
だけど、アイツとふたりっきりになるなんて絶対にイヤだった。
あの笑っていても感情のない銀の瞳に射られたら、ウルラートがドレスを渡してくれる前まで胸を満たしていた負の感情が蘇って、今度は抜け出せなくなる気がする。
前世のわたしより今のわたしのほうがアイツへの恐怖は深い。
だって悪役令嬢ラヴァンダ本人なんだもの。
ここで生きていくしかない。このゲーム、この世界から逃げる道はないのだ。
わたしとリートを見つめて、ウルラートが言う。
「アルベロ兄貴は最初からそのつもりでお連れしたんだと思いますよ」
「え? そうなの?」
今、馬車の外で母さまと、木々の枝から枝へと飛び移る競争に興じている父さまが?
「お? ラディーチェ、今猿がいたぞ」
「この辺りに猿なんかいませんわ。この程度で疲れて見間違いですか?」
「んなことねぇよ。いたって、猿」
わたしも母さまに賛成。
乙女ゲームの中で王立魔術学院の実習に来たとき、この森に猿型のモンスターはいなかった。というか、森を跳び回る父さまと母さまのほうが猿みたいだわ。
馬車の外の夫婦の会話はさておき、ウルラートがわたしの問いに答えてくれる。
「はい。暴れ姫は違うそうですが、エルフの森の女の子はみんな、銀の賢者が初恋らしいんです。だからアルベロ兄貴は心配して、お嬢さまひとりでは賢者に会わせるなと」
そういえば『エルフの森の暴れ姫』についてウルラートに聞くのを忘れていたわ。
……もうわかってるから、いいけど。
わたしは彼に、べつの質問を投げかけた。
「あなたは賢者と会ったことあるの? 狩人見習いのとき、この森に来たんでしょう?」
「いえ、耳が尖っている以外は人間と変わらないエルフには興味なかったので、師匠と一緒に挨拶しに行った長さまと道具屋の主人以外とは会っていません。向こうも十八歳以上の巨乳美少女以外には自主的に会おうとしなくて」
「……そんな人なんですか?」
リートが絶望に染まった声を上げた。
……そんな人だったっけ。
賢者のルートって、選択肢で止まるとき以外は全部スキップしてたからなあ。
あの乙女ゲームはオプションで未読スキップが設定できた。
前世のわたしが覚えていないことは、今のわたしもわからない。
とりあえず、乙女ゲームの中の悪役令嬢ラヴァンダは巨乳だった。
ヒロインが貧乳設定だったから、対比のための設定だろう。
……うん。
リートが生徒にしてもらえなかったら、ウルラートが言ったことを理由にわたしも生徒になるのは断ろう。
エルフの森に通うのは大変だから、賢者に封じられた魔神の核がもっと弱体化して、彼が森を出られるようになってから家庭教師になってもらうってことでもいい。
こちらから話を持ち出して、一方的にご破算にするのは失礼だものね。
わたしの魔術の勉強については、王立魔術学院のほうに話を持ちかけてみてもいいんじゃないかしら。
今はまだみたいだけど、リートは十五歳での入学前から学院の教師や元教師を招いて勉強していたはず。
──そのときのわたしは気づいていなかった。
このときのエルフの森にはアイツだけではなく、もうひとり……もう一体の攻略対象もいることに。
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