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28・誘拐犯には負けません!③
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「きゅーちゃんきゅーちゃん」
「きゅ?」
わたしはきゅーちゃんを呼び寄せて、さっきシャボン玉が消えた辺りに戻った。
「お嬢さま、あまり離れないでくださいませ」
「きゅーちゃんがいるから大丈夫よ」
気づいたのだ。
ほかのシャボン玉は、まだ消えていない。
きゅーちゃんの重さ(といっても布のぬいぐるみだから大したことはないのだけれど)に耐えかねるか、木々や草にぶつかるかしない限り、前世のわたしが文化祭のために製法を探し求めたこのシャボン玉は壊れない。
つまり、ここにはなにかがあるのだ。
幽かな歌声も、その辺りに近づくと鮮明になる気がした。
母さまが茎を唇から離して……あら? 単に新しいシャボン玉を続々作っていたから、減っているように見えなかっただけかしら……首を傾げる。
「この辺りに冬しか使っていない炭焼き小屋があると聞いていたのだけれど、見当たらないわねえ」
「炭焼き小屋になにかご用事でも? 俺が探してきましょうか」
「ウルラートさん、護衛のあなたがおふたりから離れてはダメです。奥方さま、私が探してまいります」
「いいのよ、ふたりとも。冬しか使わないと言っても、ひとかけらくらいは残ってるかと思ったの。みんなでなにか勝負をして、負けた人の顔に落書きしたら楽しいかと思って」
きゅーちゃん入りと怪しい場所に飛んだシャボン玉以外壊れていないと思ったのは勘違いだとしても、あるはずの炭焼き小屋がないのは異常事態よね。
それに……やっぱり歌声が聞こえてくる。
知る人間は限られる、乙女ゲームの中でヒロインが人形に歌った歌だ。
ウルラートが知っていたのは、ヒロインと生活していたことがあるからだろう。
ヒロインは、彼と父さまの師匠の娘だ。
師匠──
わたしの師匠、家庭教師の先生になる予定の、銀の賢者の顔が頭に浮かぶ。
そろそろ夏も終わりだが、厳しい残暑が続いている。
木々に守られた森の中は涼しいものなのに、賢者はお爺さま経由で授業延期の連絡を寄こしていた。まだ暑いから、体温の高い子どもと過ごしたくないというのだ。
彼に会うのはできるだけ避けたいわたしではあるものの、魔術の勉強自体は早く開始したかった。
ちゃんと勉強するまでは、ノリで魔術まがいのことをしたくはない。
したくはない、のだけど……
わたしは、きゅーちゃんにそっと囁いた。
「……わたしがおかしくなったら、母さまたちをお願いね。今度はきゅーちゃんを眠らせるようなことはないと思うわ」
「きゅ!」
とはいえ、母さまからきゅーちゃんを取り除いたときも大丈夫だったから、今度も大丈夫、なはず。
わたしは全身の魔力を瞳に集中させた。
瞳が、熱い。
ここにあるのは不可視の魔術。
『ある』と気づいて見ようとしなければ、絶対に見つけられない。
だれかが『ある』と気づいて見ることで周囲にも見えるようになるものだけど、不可視の力が強い場合には、その限りではなかった。
きゅーちゃんだって、ぬいぐるみを脱いだら(ぬいぐるみから出たら?)わたしの血縁以外には感知されないだろう。
「……あ」
わたしは、思わず尻もちをついた。
炭焼き小屋が見えるようになるのは予想していたけれど、歌っている人間がこんなに近くにいたとは気づいていなかったのだ。
キスしそうなくらい近くにいたのは真っ黒な髪に青い瞳、整った美貌という表現自体は同じになってしまうものの、ルビーノともリートとも違う顔立ちの少年。
成長したときの精悍な姿が頭に浮かびあがる。
……やっぱり面影がある。
半月前、人形と会ったときは思い出しもしなかった前世の記憶が蘇った。
一度しかクリアしていなくても、入学式のイベントで毎回会っている。
乙女ゲームのプロローグである入学式のイベントは二回目以降スキップできた。
でも必ず出会う隣国王子との会話で、初期パラメータが変化したの。
ヒロインの初期パラメータは平均的だったから、その会話で無理矢理学力を引き下げておかないと、賢者は登場させられなかったのよ。
前世のわたしは悪役令嬢ラヴァンダを救うために、攻略対象を全員出して攻略対象同士の会話をチェックしたりとかしていたのよね。
「なにかが変わった。……そこのお前、私が見えているのだな」
幼い声が、ゲームと同じ口調で語りかけてくる。
わたしは暗い気分で頷いた。
予想はしていたけれど、やっぱりなのね。
ここは父さまの土地、大公領だ。
この少年はこんなところで発見されていい人間ではない。
隣国の王子さま、ラーモ殿下はそれ以上近づいてこなかった。
炭焼き小屋を囲むようにして、半円形の見えない壁がある。
不可視の魔術を破っても結界魔術は消えていないのだ。
「早くここから出せ! 将軍まで裏切っていたのだ。父上の命が危ない!」
ラーモ殿下が、見えない壁を殴りながら叫ぶ。
一年間人形に魂を封じ込められて体は寝たきりで、半月前に目覚めたばかりにしては元気な王子さまである。
「あらあら、結界? ラヴァンダが不可視の魔術を破ったのね?」
「母さま……」
母さまを筆頭に、リモーネとウルラートも近づいてくる。
わたしが不可視の魔術を破ったことで、みんなにも炭焼き小屋が見えているようだ。
ラーモ殿下は息を呑み、真っ青な顔で後ずさった。
銀髪エルフの母さまと銀の賢者が重なって見えたのだろう。
いや、人形には目がなかったから、エルフの魔力を同一視したのかな。
その辺り難しいわよね。
前世世界でも国が違うと色の感覚が違うとかあったみたいだし。
どちらにしろ人形だった時のことははっきり覚えていないはずだから、ぼんやりと印象が残ってるだけなんだろうな。
怯えるラーモ殿下を瞳に映し、母さまは悲しげな表情を浮かべる。
「まあ、ラヴァンダと同じくらいの子どもじゃないの。こんな子どもを結界魔術で閉じ込めるなんて、ひどいことをするものがいるのね」
「ラヴァンダ?……あの、魔神の愛し子、ヴェルデ王国大公令嬢ラヴァンダのことか?」
──ぴきん。
形の良い眉が吊り上り、母さまの美しく端正な顔が凍りついた。
紫色の瞳で銀の魔光が煌めく。
負の感情が悪役令嬢ラヴァンダの魔力を暴走させたように、感情と魔力は密接につながっている。
「あなた、なにを言っているの? ラヴァンダは私とアルベロの娘です。魔神なんて関係ありません」
「う……だって、二年前暴走して大公邸を吹き飛ばしたのだろう?」
「そ、そんなことしてないわ」
「そうです! お嬢さまは子ども部屋の家具を壊しましたが、その破片で傷つけたのはご自分だけです。私がお側に上がったときもまだ傷跡が残っていて……」
リモーネが走り寄ってきて、わたしを抱きしめてくれる。
ウルラートも走ってきて、ラーモ殿下を睨みつけた。
「俺たちにあんたは見えなかった。あんたの存在に気づいて、俺たちにも見えるようにしてくれたのはお嬢さまだと思うんだが、あんたはどう思う?」
「それは……感謝、する。一国の王子として、くだらない噂を考えもせずに口から出したことも謝ろう。ただ父上が、大公令嬢の噂に怯えて対抗するための魔術師をマローネに招いたことがすべての始まりだったから、つい……」
「マローネ……あなたは隣国の子ども、王子なのね。隣国の魔術師は、国王と王子の病を治すために雇われたと聞いていたけれど」
「順番が逆だ。魔術学院が大陸全土に門戸を開いていても、やはりほかの国の魔術技術ではヴェルデに敵わない。魔術師が国同士の争いに関与することを禁じられたといっても、実際はどうにでもなる。だから父上は……よりによってあんなヤツを」
母さまは溜息をついて、見えない壁に向けて手を伸ばした。
「結界を破るのは得意だけど、自己流だから荒っぽいのです。殿下、地べたに這いつくばってくださいませ」
「なんだと?」
ラーモ殿下が這いつくばるのを待たず、母さまは見えない壁に指を踊らせる。
さっききゅーちゃんをシャボン玉に閉じ込めるために傷つけた指先から流れ出した血が、空中に魔術文字を描いた。
「はあっ!」
母さまが気合いを放った瞬間、炭焼き小屋が崩れ落ちた。
なにか衝撃波が発生しているのだろう。
炭焼き小屋を中心に、地面の草がこちらに向かって倒れ込む。
見えない結界の壁も消えたらしく、ラーモ殿下が前のめりに転がる。
わたしは慌てて彼に近寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、だい、大丈夫だ。……怖い、エルフ怖い……」
母さま……わたしのことで怒ってくださったのは嬉しいけれど、もうちょっとやり方があるのではないかしら。
これではラーモ殿下のヴェルデ王国に対する偏見が悪化するだけよ。
それと、エルフに対する恐怖もね。
「暴れ……奥方さま……これから、どうされますか?」
ウルラート、言い直したのは偉いわ。
でもそこで切っちゃったら、『暴れ姫』が『暴れ奥方』になるだけよ。
……間違っていないけれど。
暴れ母さまが答える。
「関わったら国際問題になりそうだから、本当はひとりで隣国へ帰ってもらいたいのだけれど、そういうわけにもいかないでしょう。まだ年端もいかない子どもだもの。……ラヴァンダ、ごめんなさい。遊びは切り上げましょう。館へ戻って手紙を書くわ。きゅーちゃんに頼んでアルベロに届けてもらえる?」
「はい、母さま」
「きゅー!」
きゅーちゃんは、わたしと血のつながった父さまと母さまなら、どんなに離れていても見つけることができる。
試してないけど、ルビーノやお爺さまでも可能かも。
「さっき摘んだ花は、まだ押し花にはなっていないわよねえ……残念だわ」
「奥方さま、花の汁を絞ってなにか絵を描いたらどうでしょうか」
「あらリモーネ、素敵な考えね。なにを描こうかしら。うふふ、ラヴァンダに描いてもらおうかしらね」
「じゃあわたし、父さまと母さまとわたしが、三人でいるところを描きます」
「……」
「……失礼します」
ウルラートが、陰鬱な表情で口を閉ざしたラーモ殿下を抱き上げた。
わたしの言葉で、家族のことを思い出させてしまったのかもしれない。
隣国では王子が寝たきりになるのと同時期に、国王も病床に伏していた。
今、隣国マローネの政治は王妃が代行しているという。
その王妃を支えているのが国王に忠誠を誓う成り上がりものの将軍で──
これは、今のわたしが王宮へ遊びに行ったとき得た知識。
前世の乙女ゲームが始まったときには、隣国の事件はすべて解決していた。
だから今回もちゃんと解決する、といいなあ。
「きゅ?」
わたしはきゅーちゃんを呼び寄せて、さっきシャボン玉が消えた辺りに戻った。
「お嬢さま、あまり離れないでくださいませ」
「きゅーちゃんがいるから大丈夫よ」
気づいたのだ。
ほかのシャボン玉は、まだ消えていない。
きゅーちゃんの重さ(といっても布のぬいぐるみだから大したことはないのだけれど)に耐えかねるか、木々や草にぶつかるかしない限り、前世のわたしが文化祭のために製法を探し求めたこのシャボン玉は壊れない。
つまり、ここにはなにかがあるのだ。
幽かな歌声も、その辺りに近づくと鮮明になる気がした。
母さまが茎を唇から離して……あら? 単に新しいシャボン玉を続々作っていたから、減っているように見えなかっただけかしら……首を傾げる。
「この辺りに冬しか使っていない炭焼き小屋があると聞いていたのだけれど、見当たらないわねえ」
「炭焼き小屋になにかご用事でも? 俺が探してきましょうか」
「ウルラートさん、護衛のあなたがおふたりから離れてはダメです。奥方さま、私が探してまいります」
「いいのよ、ふたりとも。冬しか使わないと言っても、ひとかけらくらいは残ってるかと思ったの。みんなでなにか勝負をして、負けた人の顔に落書きしたら楽しいかと思って」
きゅーちゃん入りと怪しい場所に飛んだシャボン玉以外壊れていないと思ったのは勘違いだとしても、あるはずの炭焼き小屋がないのは異常事態よね。
それに……やっぱり歌声が聞こえてくる。
知る人間は限られる、乙女ゲームの中でヒロインが人形に歌った歌だ。
ウルラートが知っていたのは、ヒロインと生活していたことがあるからだろう。
ヒロインは、彼と父さまの師匠の娘だ。
師匠──
わたしの師匠、家庭教師の先生になる予定の、銀の賢者の顔が頭に浮かぶ。
そろそろ夏も終わりだが、厳しい残暑が続いている。
木々に守られた森の中は涼しいものなのに、賢者はお爺さま経由で授業延期の連絡を寄こしていた。まだ暑いから、体温の高い子どもと過ごしたくないというのだ。
彼に会うのはできるだけ避けたいわたしではあるものの、魔術の勉強自体は早く開始したかった。
ちゃんと勉強するまでは、ノリで魔術まがいのことをしたくはない。
したくはない、のだけど……
わたしは、きゅーちゃんにそっと囁いた。
「……わたしがおかしくなったら、母さまたちをお願いね。今度はきゅーちゃんを眠らせるようなことはないと思うわ」
「きゅ!」
とはいえ、母さまからきゅーちゃんを取り除いたときも大丈夫だったから、今度も大丈夫、なはず。
わたしは全身の魔力を瞳に集中させた。
瞳が、熱い。
ここにあるのは不可視の魔術。
『ある』と気づいて見ようとしなければ、絶対に見つけられない。
だれかが『ある』と気づいて見ることで周囲にも見えるようになるものだけど、不可視の力が強い場合には、その限りではなかった。
きゅーちゃんだって、ぬいぐるみを脱いだら(ぬいぐるみから出たら?)わたしの血縁以外には感知されないだろう。
「……あ」
わたしは、思わず尻もちをついた。
炭焼き小屋が見えるようになるのは予想していたけれど、歌っている人間がこんなに近くにいたとは気づいていなかったのだ。
キスしそうなくらい近くにいたのは真っ黒な髪に青い瞳、整った美貌という表現自体は同じになってしまうものの、ルビーノともリートとも違う顔立ちの少年。
成長したときの精悍な姿が頭に浮かびあがる。
……やっぱり面影がある。
半月前、人形と会ったときは思い出しもしなかった前世の記憶が蘇った。
一度しかクリアしていなくても、入学式のイベントで毎回会っている。
乙女ゲームのプロローグである入学式のイベントは二回目以降スキップできた。
でも必ず出会う隣国王子との会話で、初期パラメータが変化したの。
ヒロインの初期パラメータは平均的だったから、その会話で無理矢理学力を引き下げておかないと、賢者は登場させられなかったのよ。
前世のわたしは悪役令嬢ラヴァンダを救うために、攻略対象を全員出して攻略対象同士の会話をチェックしたりとかしていたのよね。
「なにかが変わった。……そこのお前、私が見えているのだな」
幼い声が、ゲームと同じ口調で語りかけてくる。
わたしは暗い気分で頷いた。
予想はしていたけれど、やっぱりなのね。
ここは父さまの土地、大公領だ。
この少年はこんなところで発見されていい人間ではない。
隣国の王子さま、ラーモ殿下はそれ以上近づいてこなかった。
炭焼き小屋を囲むようにして、半円形の見えない壁がある。
不可視の魔術を破っても結界魔術は消えていないのだ。
「早くここから出せ! 将軍まで裏切っていたのだ。父上の命が危ない!」
ラーモ殿下が、見えない壁を殴りながら叫ぶ。
一年間人形に魂を封じ込められて体は寝たきりで、半月前に目覚めたばかりにしては元気な王子さまである。
「あらあら、結界? ラヴァンダが不可視の魔術を破ったのね?」
「母さま……」
母さまを筆頭に、リモーネとウルラートも近づいてくる。
わたしが不可視の魔術を破ったことで、みんなにも炭焼き小屋が見えているようだ。
ラーモ殿下は息を呑み、真っ青な顔で後ずさった。
銀髪エルフの母さまと銀の賢者が重なって見えたのだろう。
いや、人形には目がなかったから、エルフの魔力を同一視したのかな。
その辺り難しいわよね。
前世世界でも国が違うと色の感覚が違うとかあったみたいだし。
どちらにしろ人形だった時のことははっきり覚えていないはずだから、ぼんやりと印象が残ってるだけなんだろうな。
怯えるラーモ殿下を瞳に映し、母さまは悲しげな表情を浮かべる。
「まあ、ラヴァンダと同じくらいの子どもじゃないの。こんな子どもを結界魔術で閉じ込めるなんて、ひどいことをするものがいるのね」
「ラヴァンダ?……あの、魔神の愛し子、ヴェルデ王国大公令嬢ラヴァンダのことか?」
──ぴきん。
形の良い眉が吊り上り、母さまの美しく端正な顔が凍りついた。
紫色の瞳で銀の魔光が煌めく。
負の感情が悪役令嬢ラヴァンダの魔力を暴走させたように、感情と魔力は密接につながっている。
「あなた、なにを言っているの? ラヴァンダは私とアルベロの娘です。魔神なんて関係ありません」
「う……だって、二年前暴走して大公邸を吹き飛ばしたのだろう?」
「そ、そんなことしてないわ」
「そうです! お嬢さまは子ども部屋の家具を壊しましたが、その破片で傷つけたのはご自分だけです。私がお側に上がったときもまだ傷跡が残っていて……」
リモーネが走り寄ってきて、わたしを抱きしめてくれる。
ウルラートも走ってきて、ラーモ殿下を睨みつけた。
「俺たちにあんたは見えなかった。あんたの存在に気づいて、俺たちにも見えるようにしてくれたのはお嬢さまだと思うんだが、あんたはどう思う?」
「それは……感謝、する。一国の王子として、くだらない噂を考えもせずに口から出したことも謝ろう。ただ父上が、大公令嬢の噂に怯えて対抗するための魔術師をマローネに招いたことがすべての始まりだったから、つい……」
「マローネ……あなたは隣国の子ども、王子なのね。隣国の魔術師は、国王と王子の病を治すために雇われたと聞いていたけれど」
「順番が逆だ。魔術学院が大陸全土に門戸を開いていても、やはりほかの国の魔術技術ではヴェルデに敵わない。魔術師が国同士の争いに関与することを禁じられたといっても、実際はどうにでもなる。だから父上は……よりによってあんなヤツを」
母さまは溜息をついて、見えない壁に向けて手を伸ばした。
「結界を破るのは得意だけど、自己流だから荒っぽいのです。殿下、地べたに這いつくばってくださいませ」
「なんだと?」
ラーモ殿下が這いつくばるのを待たず、母さまは見えない壁に指を踊らせる。
さっききゅーちゃんをシャボン玉に閉じ込めるために傷つけた指先から流れ出した血が、空中に魔術文字を描いた。
「はあっ!」
母さまが気合いを放った瞬間、炭焼き小屋が崩れ落ちた。
なにか衝撃波が発生しているのだろう。
炭焼き小屋を中心に、地面の草がこちらに向かって倒れ込む。
見えない結界の壁も消えたらしく、ラーモ殿下が前のめりに転がる。
わたしは慌てて彼に近寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、だい、大丈夫だ。……怖い、エルフ怖い……」
母さま……わたしのことで怒ってくださったのは嬉しいけれど、もうちょっとやり方があるのではないかしら。
これではラーモ殿下のヴェルデ王国に対する偏見が悪化するだけよ。
それと、エルフに対する恐怖もね。
「暴れ……奥方さま……これから、どうされますか?」
ウルラート、言い直したのは偉いわ。
でもそこで切っちゃったら、『暴れ姫』が『暴れ奥方』になるだけよ。
……間違っていないけれど。
暴れ母さまが答える。
「関わったら国際問題になりそうだから、本当はひとりで隣国へ帰ってもらいたいのだけれど、そういうわけにもいかないでしょう。まだ年端もいかない子どもだもの。……ラヴァンダ、ごめんなさい。遊びは切り上げましょう。館へ戻って手紙を書くわ。きゅーちゃんに頼んでアルベロに届けてもらえる?」
「はい、母さま」
「きゅー!」
きゅーちゃんは、わたしと血のつながった父さまと母さまなら、どんなに離れていても見つけることができる。
試してないけど、ルビーノやお爺さまでも可能かも。
「さっき摘んだ花は、まだ押し花にはなっていないわよねえ……残念だわ」
「奥方さま、花の汁を絞ってなにか絵を描いたらどうでしょうか」
「あらリモーネ、素敵な考えね。なにを描こうかしら。うふふ、ラヴァンダに描いてもらおうかしらね」
「じゃあわたし、父さまと母さまとわたしが、三人でいるところを描きます」
「……」
「……失礼します」
ウルラートが、陰鬱な表情で口を閉ざしたラーモ殿下を抱き上げた。
わたしの言葉で、家族のことを思い出させてしまったのかもしれない。
隣国では王子が寝たきりになるのと同時期に、国王も病床に伏していた。
今、隣国マローネの政治は王妃が代行しているという。
その王妃を支えているのが国王に忠誠を誓う成り上がりものの将軍で──
これは、今のわたしが王宮へ遊びに行ったとき得た知識。
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だから今回もちゃんと解決する、といいなあ。
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