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34・悪役令嬢は魔神復活を応援しません!①
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「ラヴァンダ……」
わたしの部屋の前で、父さまが悲痛な嘆きをこぼす。
「悪かった、俺が悪かった。だから、この扉を開けてくれええぇぇぇっ!」
「イヤです」
夏も完全に終わって、すっかり涼しくなってきた。
窓から吹き込む風も秋の気配を含んでいる。
ほんのりと、甘く美味しそうな匂いも感じた。
視界に入る花壇で咲き誇っているのも秋の花々だ。
部屋側の扉の前には普段使っていない家具を積み重ねて、出入りができないようにしている。積み重ねた家具の一番上には、きゅーちゃんが鎮座していた。
今日のきゅーちゃんは、ウルラートがなんか妙な方向に走って作り上げた銀の鎧を纏っている。ひよこの騎士だ。
「きゅーっ!」
「ラヴァンダあぁぁっ!」
「明日はちゃんと王宮へ参りますのでご安心ください。大公令嬢ですもの」
「そんな冷てぇ言い方すんなよ。確かに俺が悪ぃ。でも仕方ねぇだろ? お前ぇがどんなに俺を好いてくれたって、親子なんだ、結婚はできねぇ。それに、隣国からの申し出を断る理由が必要だったんだ」
ドライアド事件の解決後、将軍は隣国マローネへ戻った。
短時間でも国王の記憶がなくなってはダメだろうと、先生が作ってくれた専用の中毒治療薬を持ってだ。先生が銀の賢者だということは将軍には伝えていない。地下通路で意識を取り戻したとき、銀に煌めく瞳を見て気づいていそうではあるけれど。
将軍が罰を受けたり、隣国を追われるようなことはなかった。
彼は今もマローネで隣国の王家に忠誠を捧げている。
嘘をつけるような性格には見えなかったので、ラーモ殿下や王妃殿下がすべて承知の上の演技だったとしてあげたのかもしれない。
大公邸への侵入についても、麻薬組織の情報と引き換えに不問にしている。
そんな将軍が帰ってしばらくして、わたしに隣国マローネからのラーモ殿下との縁談が舞い込んだ。
婚約などすっ飛ばして、結婚の申し込みである。
互いに六歳児ではあるものの、貴族社会では珍しくはなかった。
「俺ぁイヤだったんだよう。そりゃあお前ぇが惚れた相手なら認める、認めようとは思うけどよう、マローネは遠いだろ? 国内じゃないんだぞ、隣国だぞ隣国!」
父さまが扉の向こうで雄叫びを上げる。
その気持ち自体は嬉しい。
わたしだって、父さまや母さま、来年生まれる予定の弟妹と一緒にいたいもの。
それにラーモ殿下は、わたしが好きなわけではないと思う。
あのとき考えてたみたいに、心臓の動悸を恋と勘違いしたわけでもない。
強い魔力を持ち身分的にも申し分のないわたしと接点ができた(誘拐されていた彼を見つけたことは公式には発表されていない。誘拐の件自体が闇に葬られている)のを利用して、自国の魔術技術を発展させようと思っているだけだ。乙女ゲームの中でのヒロインとの恋愛は、純粋なものだったと思うけどね。
おまけにわたしの母さまはエルフだから、治外法権と言いつつヴェルデの大公領にあり他国が干渉できなかったエルフの森とのつながりも持てるわけだものね。
「だから許婚がいるって返して断ろうとして、でも兄貴がウソはいけないっていうから」
父さまは伯父さま、国王陛下が大好きだ。
ルビーノもザッフィロさまが大好き。
まだ見ぬ弟妹は、わたしを好きになってくれるかしら。
「ザッフィロとは六歳も違うし、未来の王妃ってのも大変そうだし。……義姉上はすごくお元気な方だったんだが。でもルビーノなら第二王子で大公家に婿入りしてもいいわけだし、それにお前ぇら前から仲良かっただろ? ホントは……そりゃあホントはよう、結婚なんかしてほしかねぇけど、形だけ! 形だけの婚約だから!」
というわけで、明日はわたしとルビーノの婚約式だ。
公式行事に立ち入り禁止だった暴走魔力令嬢だけど、国王陛下王太子殿下、大公閣下、エルフの森の長などそうそうたる面々のご尽力で、出席を許されることになりました。
まあ婚約式で当人がいないのってどうよ、という話。
お爺さまはわたしがイヤならエルフの強者を集めて王宮に攻め込むぞ、と満面の笑顔でおっしゃったので、逆にわたしから婚約成立への協力をお願いしてしまった。
そう、もう承諾はしているのだ。
父さまが言う通り、形だけのものだともわかってる。
明日の婚約式には遅刻もせず、ちゃんと出席するつもりだ。
だけど……どうしても心がモヤモヤする。
「……あなた」
「ラディーチェ! お前ぇもラヴァンダを説得して部屋から出すんだ。って! 痛っ、痛たたたたたたっ! ちょ、俺ぁお前ぇほど長くねぇんだから、耳つかむな!」
「たとえ形だけのものでも、結婚や婚約を前に女の子が繊細になるのは当たり前のことです。……私だって、心から愛するあなたとの結婚でも前夜は憂鬱な気分でした」
「……ラディーチェ」
「ラヴァンダをそっとしておいてあげましょう、ね?」
「わかっ痛たたたたたっ! わかったから、自分で歩くから! もう耳から手ぇ離してくれよ、お前ぇなんか怒ってねぇか?」
「……確かにラヴァンダは可愛い娘ですが……私だって、二度目の妊娠で不安なのに」
「……父さま」
「ラヴァンダっ!」
「母さまを大切にしない父さまは嫌いです。母さま、お体を大切にしてくださいませね」
「ありがとう、ラヴァンダ。本当に婚約がイヤなら私に言いなさいね」
「はい」
「お前ぇらだけ仲良しでズッリぃーの。って! わかったから! いい加減耳、離してくれえぇぇっ!」
父さまが大公邸の廊下を引きずられる音が遠ざかっていく。
エルフの母さまの腕力は、結構強い。
父さまには負けるとおっしゃっていたけれど、本当かな。
部屋の前から完全に人の気配が消えると、開いた窓に人影が現れた。
「ラヴァンダ、お芋焼けましたよ」
「ありがとう」
わたしはリートの手を借りて窓から庭に出た。
本格的に引き籠っているわけではないのである。
……六歳児だもの。
ある日いきなり許婚が決まったぞ、なんて言われたら拗ねてもいいと思うの。
その上相手は前世の乙女ゲームと同じ、第二王子のルビーノ。
一番避けたかった相手だわ。
ので、父さまにだけ絶賛八つ当たり中のわたしなのだった。
アルベロに甘えているんだね、と先生には笑われてしまった。
「きゅーちゃんもいらっしゃいよ」
「きゅー♪」
庭に置かれたテーブルの上にお芋があった。
先生の授業を受けにきたリートへの課題、炎の魔術で焼かれた、ほくほくのお芋。
前世でいうところのサツマイモだ。
エルフの森からお爺さまが送ってくれたもので、金色の蜜がたっぷり入っていてとっても美味しい。この前お邪魔した家の裏にある畑で作ったらしい。
椅子に座った先生は、わたしが来る前に齧り始めていた。
「うん……はふ、これは、全体が等分に火が通っている。クリゾリートも魔術の腕を上げたね」
「ありがとうございます」
隠し通路で魔術師を倒したとき、次はわたしたちにモンスターの核を壊してもらう、みたいなことを言っていた先生だけど、当時はまだ暑さがぶり返す日もあった。
気候が良くなったからそのうち、とか言っているものの、このままズルズルとご自宅で役に立つお手軽魔術講座が続くんじゃないかと思う。
寒いのも嫌い、ってこの前ぼやいてたし。
思いながら、わたしも椅子に座ってお芋を齧る。……はふはふ。
きゅーちゃんにもこの美味しさ、味あわせてあげられたらいいのにな。
「お芋はむせるでしょう。お茶をお淹れしましたよ」
窓からリモーネが顔を出す。
彼女はさっきから、部屋の控室にいた。
護衛の控室のほうにはウルラートとテーディオもいる。
わたしの引き籠りごっこは、勝手に婚約を決めた父さま限定だ。
リモーネからお茶を受け取り、代わりにお芋をいくつか渡して帰ってきたリートが、わたしの横の椅子に腰かけて、溜息を漏らす。
「明日はラヴァンダとルビーノの婚約式ですね。僕のほうが先に求婚したのに残念です」
「へえ、そうだったのか。失恋だね、クリゾリート。やーいやーい、失恋小僧」
……なにを考えているのだろう、うちの先生は。
「べつに本気じゃなかったでしょう?」
「そんなことないですよ。僕はラヴァンダも大公家のみなさんも大好きですもん」
「……お家のほうはどう?」
ドライアドの灰事件解決後、被害者たちの素性など多くのことは隠蔽されたけれど、結界石碑修繕を請け負ったと公式に記録されている伯爵家は、罪を免れることはできなかった。
子爵家に名前を貸しただけといっても大罪である。
本当になにも知らなかったのを加味されて、子爵夫人の長年の友達であった伯爵夫人が友情ゆえにおこなったとして、彼女が伯爵領で隠居することで手が打たれた。
実際は誘惑された伯爵の仕業なのだが、伯爵夫人は自分が罪をかぶる代わりにリートを跡取りとして正式に発表させたのだった。
最高の結果とは言い難いし、結局伯爵夫人の自己満足にも見える。
だけど彼女は彼女なりに息子を思っていたのだと、そう考えることにしたらしい。
リートはなんだか変わった気がする。
軽いといえば軽い裁きだが、ヴェルデ王国内の貴族勢力図は大きく変化した。
一方伯爵は、隠居した伯爵夫人の代わりに愛人と庶子を王都の館に住まわせている。
前にテーディオが言っていたように、なんというか、まあ、とことんアレな伯爵なのだろう。
わたしの質問に、リートは乙女ゲームに出てきたときのように感情の薄い顔になった。
「鬱陶しいです。あの女、すっかり伯爵夫人気取りなんですよ。母上と父上は離縁したわけではないのに。でもね、それはまだいいんです。あの女に毒を飲まされそうになったら、なんのためらいもなく告発できますから。だけどこの状況で、父上が新しい愛人を作ったんです!」
「浮気の病は治らないっていうからねー」
さすがの先生も同情に満ちた表情を浮かべる。
「言い争う父上とあの女の間に挟まれている異母弟、オーロっていうんですけど」
知ってる。
前世の乙女ゲームに出てきた、魅力パラメータ対応の攻略対象でした。
ルビーノほど鮮やかな赤ではないけれど、リートの金髪とも違うストロベリーブロンドのあざと可愛い美少年で、ルートに入るとヤンデレだった。
前世のわたしはヤンデレが苦手だったから、ルートに入らないよう気を遣ってプレイしてたっけ。ルートに入る前の可愛い弟分みたいな彼は、結構好きだったんじゃないかな。
「昔の僕を思い出して構ったら懐かれちゃったんです。その子が……すごく重くて。ラヴァンダもこの前はすみませんでした」
「……いいえぇ」
構われたことでヤンデレの対象が異母兄になったらしく、先日わたしはオーロに、リートに近づくなという手紙をもらった。
でも乙女ゲームの中の彼に比べたら全然マシだったわ。
乙女ゲームの中では、王立魔術学院入学の少し前にリートの母親が亡くなって愛人が家に入ったはず。伯爵夫人が自然死だったのかどうかは深く考えないでおこう。
リートと出会うのが早くなって、リート自身もドライアドの灰の後遺症から解放されていたから、オーロの運命はいいほうに変わるかもしれない。
変わると、いいなあ。
リートには悪いけれど、怖いのでオーロとはなるべく会わないようにしたい。
庶子で貴族社会とは関係ないから、今のところ会う機会もないしね。
「あの……リート、いつでも遊びに来てね」
「ありがとうございます」
ドライアドの灰事件ではほかに、魔術師の父親である豪商も捕まっていた。
娘のしていたことなどなにも知らないと言っていたが、かなり深くまで関与していたのではないかと思われている。最初から偽名で結界石碑修繕に関わってたしね。
子爵はやっぱり魔術師に殺されたようだ。
領主不在の子爵領は隣の大公領に吸収された。
子爵の親族が継承を拒み、領地と爵位をヴェルデ王国に返還したのだ。
理由は不明。
父さまや母さま、先生なんかが関与したりはしてないと思う、たぶん。
亡くなった人を悪く言うのもどうかと思うが、子爵の強い魔力は本当に、領民を苦しめることにしか使われていなかった。採算が取れる産業がまるでなく、元子爵領の領民たちは傷つけられた上にあらゆることで税を取られて飢え死に寸前だった。
大公領を管理してくれている優秀な従僕が、これから子爵領も立て直してくれるだろう。
「ねえラヴァンダ」
先生が、無駄に美しい顔で笑う。
しばらく一緒に暮らして実感したけど、中身はただのチャラいにーちゃんなのよね。
「なんでしょう」
「アルベロに拗ねてるくらいじゃすっきりしないだろ? せっかく魔術の勉強もしてることだし、怒られない程度に婚約式を引っ掻き回してやらない? クリゾリートもどう?」
「面白そうですね」
「……先生が言うことですか」
とは言ったものの、胸のモヤモヤを落ち着かせるためにはそれもいいかと、わたしは思った。
わたしの部屋の前で、父さまが悲痛な嘆きをこぼす。
「悪かった、俺が悪かった。だから、この扉を開けてくれええぇぇぇっ!」
「イヤです」
夏も完全に終わって、すっかり涼しくなってきた。
窓から吹き込む風も秋の気配を含んでいる。
ほんのりと、甘く美味しそうな匂いも感じた。
視界に入る花壇で咲き誇っているのも秋の花々だ。
部屋側の扉の前には普段使っていない家具を積み重ねて、出入りができないようにしている。積み重ねた家具の一番上には、きゅーちゃんが鎮座していた。
今日のきゅーちゃんは、ウルラートがなんか妙な方向に走って作り上げた銀の鎧を纏っている。ひよこの騎士だ。
「きゅーっ!」
「ラヴァンダあぁぁっ!」
「明日はちゃんと王宮へ参りますのでご安心ください。大公令嬢ですもの」
「そんな冷てぇ言い方すんなよ。確かに俺が悪ぃ。でも仕方ねぇだろ? お前ぇがどんなに俺を好いてくれたって、親子なんだ、結婚はできねぇ。それに、隣国からの申し出を断る理由が必要だったんだ」
ドライアド事件の解決後、将軍は隣国マローネへ戻った。
短時間でも国王の記憶がなくなってはダメだろうと、先生が作ってくれた専用の中毒治療薬を持ってだ。先生が銀の賢者だということは将軍には伝えていない。地下通路で意識を取り戻したとき、銀に煌めく瞳を見て気づいていそうではあるけれど。
将軍が罰を受けたり、隣国を追われるようなことはなかった。
彼は今もマローネで隣国の王家に忠誠を捧げている。
嘘をつけるような性格には見えなかったので、ラーモ殿下や王妃殿下がすべて承知の上の演技だったとしてあげたのかもしれない。
大公邸への侵入についても、麻薬組織の情報と引き換えに不問にしている。
そんな将軍が帰ってしばらくして、わたしに隣国マローネからのラーモ殿下との縁談が舞い込んだ。
婚約などすっ飛ばして、結婚の申し込みである。
互いに六歳児ではあるものの、貴族社会では珍しくはなかった。
「俺ぁイヤだったんだよう。そりゃあお前ぇが惚れた相手なら認める、認めようとは思うけどよう、マローネは遠いだろ? 国内じゃないんだぞ、隣国だぞ隣国!」
父さまが扉の向こうで雄叫びを上げる。
その気持ち自体は嬉しい。
わたしだって、父さまや母さま、来年生まれる予定の弟妹と一緒にいたいもの。
それにラーモ殿下は、わたしが好きなわけではないと思う。
あのとき考えてたみたいに、心臓の動悸を恋と勘違いしたわけでもない。
強い魔力を持ち身分的にも申し分のないわたしと接点ができた(誘拐されていた彼を見つけたことは公式には発表されていない。誘拐の件自体が闇に葬られている)のを利用して、自国の魔術技術を発展させようと思っているだけだ。乙女ゲームの中でのヒロインとの恋愛は、純粋なものだったと思うけどね。
おまけにわたしの母さまはエルフだから、治外法権と言いつつヴェルデの大公領にあり他国が干渉できなかったエルフの森とのつながりも持てるわけだものね。
「だから許婚がいるって返して断ろうとして、でも兄貴がウソはいけないっていうから」
父さまは伯父さま、国王陛下が大好きだ。
ルビーノもザッフィロさまが大好き。
まだ見ぬ弟妹は、わたしを好きになってくれるかしら。
「ザッフィロとは六歳も違うし、未来の王妃ってのも大変そうだし。……義姉上はすごくお元気な方だったんだが。でもルビーノなら第二王子で大公家に婿入りしてもいいわけだし、それにお前ぇら前から仲良かっただろ? ホントは……そりゃあホントはよう、結婚なんかしてほしかねぇけど、形だけ! 形だけの婚約だから!」
というわけで、明日はわたしとルビーノの婚約式だ。
公式行事に立ち入り禁止だった暴走魔力令嬢だけど、国王陛下王太子殿下、大公閣下、エルフの森の長などそうそうたる面々のご尽力で、出席を許されることになりました。
まあ婚約式で当人がいないのってどうよ、という話。
お爺さまはわたしがイヤならエルフの強者を集めて王宮に攻め込むぞ、と満面の笑顔でおっしゃったので、逆にわたしから婚約成立への協力をお願いしてしまった。
そう、もう承諾はしているのだ。
父さまが言う通り、形だけのものだともわかってる。
明日の婚約式には遅刻もせず、ちゃんと出席するつもりだ。
だけど……どうしても心がモヤモヤする。
「……あなた」
「ラディーチェ! お前ぇもラヴァンダを説得して部屋から出すんだ。って! 痛っ、痛たたたたたたっ! ちょ、俺ぁお前ぇほど長くねぇんだから、耳つかむな!」
「たとえ形だけのものでも、結婚や婚約を前に女の子が繊細になるのは当たり前のことです。……私だって、心から愛するあなたとの結婚でも前夜は憂鬱な気分でした」
「……ラディーチェ」
「ラヴァンダをそっとしておいてあげましょう、ね?」
「わかっ痛たたたたたっ! わかったから、自分で歩くから! もう耳から手ぇ離してくれよ、お前ぇなんか怒ってねぇか?」
「……確かにラヴァンダは可愛い娘ですが……私だって、二度目の妊娠で不安なのに」
「……父さま」
「ラヴァンダっ!」
「母さまを大切にしない父さまは嫌いです。母さま、お体を大切にしてくださいませね」
「ありがとう、ラヴァンダ。本当に婚約がイヤなら私に言いなさいね」
「はい」
「お前ぇらだけ仲良しでズッリぃーの。って! わかったから! いい加減耳、離してくれえぇぇっ!」
父さまが大公邸の廊下を引きずられる音が遠ざかっていく。
エルフの母さまの腕力は、結構強い。
父さまには負けるとおっしゃっていたけれど、本当かな。
部屋の前から完全に人の気配が消えると、開いた窓に人影が現れた。
「ラヴァンダ、お芋焼けましたよ」
「ありがとう」
わたしはリートの手を借りて窓から庭に出た。
本格的に引き籠っているわけではないのである。
……六歳児だもの。
ある日いきなり許婚が決まったぞ、なんて言われたら拗ねてもいいと思うの。
その上相手は前世の乙女ゲームと同じ、第二王子のルビーノ。
一番避けたかった相手だわ。
ので、父さまにだけ絶賛八つ当たり中のわたしなのだった。
アルベロに甘えているんだね、と先生には笑われてしまった。
「きゅーちゃんもいらっしゃいよ」
「きゅー♪」
庭に置かれたテーブルの上にお芋があった。
先生の授業を受けにきたリートへの課題、炎の魔術で焼かれた、ほくほくのお芋。
前世でいうところのサツマイモだ。
エルフの森からお爺さまが送ってくれたもので、金色の蜜がたっぷり入っていてとっても美味しい。この前お邪魔した家の裏にある畑で作ったらしい。
椅子に座った先生は、わたしが来る前に齧り始めていた。
「うん……はふ、これは、全体が等分に火が通っている。クリゾリートも魔術の腕を上げたね」
「ありがとうございます」
隠し通路で魔術師を倒したとき、次はわたしたちにモンスターの核を壊してもらう、みたいなことを言っていた先生だけど、当時はまだ暑さがぶり返す日もあった。
気候が良くなったからそのうち、とか言っているものの、このままズルズルとご自宅で役に立つお手軽魔術講座が続くんじゃないかと思う。
寒いのも嫌い、ってこの前ぼやいてたし。
思いながら、わたしも椅子に座ってお芋を齧る。……はふはふ。
きゅーちゃんにもこの美味しさ、味あわせてあげられたらいいのにな。
「お芋はむせるでしょう。お茶をお淹れしましたよ」
窓からリモーネが顔を出す。
彼女はさっきから、部屋の控室にいた。
護衛の控室のほうにはウルラートとテーディオもいる。
わたしの引き籠りごっこは、勝手に婚約を決めた父さま限定だ。
リモーネからお茶を受け取り、代わりにお芋をいくつか渡して帰ってきたリートが、わたしの横の椅子に腰かけて、溜息を漏らす。
「明日はラヴァンダとルビーノの婚約式ですね。僕のほうが先に求婚したのに残念です」
「へえ、そうだったのか。失恋だね、クリゾリート。やーいやーい、失恋小僧」
……なにを考えているのだろう、うちの先生は。
「べつに本気じゃなかったでしょう?」
「そんなことないですよ。僕はラヴァンダも大公家のみなさんも大好きですもん」
「……お家のほうはどう?」
ドライアドの灰事件解決後、被害者たちの素性など多くのことは隠蔽されたけれど、結界石碑修繕を請け負ったと公式に記録されている伯爵家は、罪を免れることはできなかった。
子爵家に名前を貸しただけといっても大罪である。
本当になにも知らなかったのを加味されて、子爵夫人の長年の友達であった伯爵夫人が友情ゆえにおこなったとして、彼女が伯爵領で隠居することで手が打たれた。
実際は誘惑された伯爵の仕業なのだが、伯爵夫人は自分が罪をかぶる代わりにリートを跡取りとして正式に発表させたのだった。
最高の結果とは言い難いし、結局伯爵夫人の自己満足にも見える。
だけど彼女は彼女なりに息子を思っていたのだと、そう考えることにしたらしい。
リートはなんだか変わった気がする。
軽いといえば軽い裁きだが、ヴェルデ王国内の貴族勢力図は大きく変化した。
一方伯爵は、隠居した伯爵夫人の代わりに愛人と庶子を王都の館に住まわせている。
前にテーディオが言っていたように、なんというか、まあ、とことんアレな伯爵なのだろう。
わたしの質問に、リートは乙女ゲームに出てきたときのように感情の薄い顔になった。
「鬱陶しいです。あの女、すっかり伯爵夫人気取りなんですよ。母上と父上は離縁したわけではないのに。でもね、それはまだいいんです。あの女に毒を飲まされそうになったら、なんのためらいもなく告発できますから。だけどこの状況で、父上が新しい愛人を作ったんです!」
「浮気の病は治らないっていうからねー」
さすがの先生も同情に満ちた表情を浮かべる。
「言い争う父上とあの女の間に挟まれている異母弟、オーロっていうんですけど」
知ってる。
前世の乙女ゲームに出てきた、魅力パラメータ対応の攻略対象でした。
ルビーノほど鮮やかな赤ではないけれど、リートの金髪とも違うストロベリーブロンドのあざと可愛い美少年で、ルートに入るとヤンデレだった。
前世のわたしはヤンデレが苦手だったから、ルートに入らないよう気を遣ってプレイしてたっけ。ルートに入る前の可愛い弟分みたいな彼は、結構好きだったんじゃないかな。
「昔の僕を思い出して構ったら懐かれちゃったんです。その子が……すごく重くて。ラヴァンダもこの前はすみませんでした」
「……いいえぇ」
構われたことでヤンデレの対象が異母兄になったらしく、先日わたしはオーロに、リートに近づくなという手紙をもらった。
でも乙女ゲームの中の彼に比べたら全然マシだったわ。
乙女ゲームの中では、王立魔術学院入学の少し前にリートの母親が亡くなって愛人が家に入ったはず。伯爵夫人が自然死だったのかどうかは深く考えないでおこう。
リートと出会うのが早くなって、リート自身もドライアドの灰の後遺症から解放されていたから、オーロの運命はいいほうに変わるかもしれない。
変わると、いいなあ。
リートには悪いけれど、怖いのでオーロとはなるべく会わないようにしたい。
庶子で貴族社会とは関係ないから、今のところ会う機会もないしね。
「あの……リート、いつでも遊びに来てね」
「ありがとうございます」
ドライアドの灰事件ではほかに、魔術師の父親である豪商も捕まっていた。
娘のしていたことなどなにも知らないと言っていたが、かなり深くまで関与していたのではないかと思われている。最初から偽名で結界石碑修繕に関わってたしね。
子爵はやっぱり魔術師に殺されたようだ。
領主不在の子爵領は隣の大公領に吸収された。
子爵の親族が継承を拒み、領地と爵位をヴェルデ王国に返還したのだ。
理由は不明。
父さまや母さま、先生なんかが関与したりはしてないと思う、たぶん。
亡くなった人を悪く言うのもどうかと思うが、子爵の強い魔力は本当に、領民を苦しめることにしか使われていなかった。採算が取れる産業がまるでなく、元子爵領の領民たちは傷つけられた上にあらゆることで税を取られて飢え死に寸前だった。
大公領を管理してくれている優秀な従僕が、これから子爵領も立て直してくれるだろう。
「ねえラヴァンダ」
先生が、無駄に美しい顔で笑う。
しばらく一緒に暮らして実感したけど、中身はただのチャラいにーちゃんなのよね。
「なんでしょう」
「アルベロに拗ねてるくらいじゃすっきりしないだろ? せっかく魔術の勉強もしてることだし、怒られない程度に婚約式を引っ掻き回してやらない? クリゾリートもどう?」
「面白そうですね」
「……先生が言うことですか」
とは言ったものの、胸のモヤモヤを落ち着かせるためにはそれもいいかと、わたしは思った。
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