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第五話 貴方の愛した彼女
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時間の流れは速いもので、気がつくと学園の卒業パーティの日が訪れていた。
あれから、あの夢は見ていない。
きっと私は未来を変えられたのだろう。あるいはスクリヴァ公爵家の血とは関係のない、ただの悪夢だったのかもしれない。
思いながら卒業パーティの会場についた私は、ダンスが始まるまでの間、女友達との談笑に興じた。
もう卒業だし、私もすぐに結婚相手を見つけるから、今夜は好きなだけ惚気てもいいわよ、と言うと、みんな笑いながら話してくれた。
婚約者の惚気にときどき愚痴が混じるのを、今夜だけ私のパートナーを務めてくれている第二王子殿下が、途方に暮れた顔で聞いている。世代が違ってまだ学園に入学していないから、女友達の婚約者達のように友人のところへ逃げられないのよね。ごめんなさい。
ヨアニス殿下とプセマ様は、今夜もふたり寄り添っている。
私との婚約を解消して、正式に婚約なさったのだから当たり前ね。
王族籍から抜けてハジダキス伯爵家へ婿入りするのはこれからなので、殿下の後ろにはいつものように近衛騎士のアカマースがいる。彼は私に気づいて、片目を閉じて見せた。あれから何度か菓子店で会ったせいか、王太子の婚約者と王太子の護衛という立場で過ごしていたときよりも親しくなれた気がする。
やがて、会場にダンス曲が流れ始めた。
話し相手だった女友達はそれぞれの婚約者が迎えに来て、踊り始めた。
私も第二王子殿下と一曲だけ踊る。ヨアニス殿下と婚約していたときも、学園主催の夜会で踊るのは一曲だけだった。ダンスの時間は、普段はふたりきりになれない殿下とプセマ様が一緒に過ごせる数少ない時間だったから。
「義姉上、なにかお飲み物を持ってきましょうか?」
「ありがとうございます、殿下。でも飲み物は自分で取りに行きますわ。……私に付き合って知らない方ばかりの中で緊張なさったでしょう? ヨアニス殿下とお話になってはいかがかしら?」
「え、でも……」
「気になさらないで。私とヨアニス殿下は円満に婚約を解消したのですから」
「そう、ですか? では少しだけ」
私がそんなことを言ったのは、ヨアニス殿下がひとりで所在なげにしているのが目に入ったからだ。
殿下とプセマ様は一曲踊った後で離れ離れになっていた。
プセマ様は仲の良いサマラス子爵家のご令嬢と会話している。サマラス子爵家は薬草栽培で知られている家だ。プセマ様は儚げな外見の通り、体が丈夫ではないのかもしれない。
などと思いながら、ヨアニス殿下と談笑する第二王子殿下を確認して飲み物の場所へ向かう。
この国の貴族子女は、学園の卒業をもって成人と見做される。
並んだ飲み物の中にはお酒もあった。血のように赤い葡萄酒だ。少し興味はあったけれど、酔っぱらうのが怖くて果実水の入った杯を選ぶ。今さら酔っぱらったからといって、ヨアニス殿下への想いを叫び出すようなことはないと思うのだけれど、ね。
話していて喉が渇いたのか、私が離れるのと入れ代わりに、プセマ様とサマラス子爵令嬢が飲み物の場所へ行くのが見えた。
私は殿下方に視線を向ける。ヨアニス殿下と第二王子殿下の会話は続いている。
この場にいらっしゃらない第三王子殿下も含めて仲の良い三兄弟なのだ。一時は私の妹がヨアニス殿下の心変わりに怒っていたために、第二王子殿下までヨアニス殿下と仲違いしそうになっていて困ったものだ。
……心変わりではない。
最初からヨアニス殿下の運命はプセマ様だった。
私がそこに割り込んだだけだ。婚約解消を言い出したのも私なのだから、ヨアニス殿下が責められることはない。
「きゃあああぁぁっ!」
ぼんやりと果実水の杯を傾けていたら、いきなり女性の叫び声が響き渡った。
ずっとダンス曲を奏でていた楽団の手が止まる。
一瞬会場が静寂に包まれた後で、一斉にざわめきが巻き起こる。
「なんだ? なにが起こったんだ?」
「今の悲鳴は? だれの声だ?」
「叫び声の前になにかが倒れる音が聞こえたぞ!」
「硝子の杯が割れる音も聞こえませんでした?」
「さっきの悲鳴はサマラス子爵令嬢ではないかしら?」
サマラス子爵令嬢なら飲み物の場所にいた。
もう王太子殿下の婚約者でない私が出張る必要はないけれど、なにが起こったのかと見てみれば、サマラス子爵令嬢の前に倒れている人物がいる。
彼女の持っていたと思しき杯が床に転がり、真っ赤な葡萄酒に濡れた破片が煌めいていた。
──倒れていたのはプセマ様だった。
あれから、あの夢は見ていない。
きっと私は未来を変えられたのだろう。あるいはスクリヴァ公爵家の血とは関係のない、ただの悪夢だったのかもしれない。
思いながら卒業パーティの会場についた私は、ダンスが始まるまでの間、女友達との談笑に興じた。
もう卒業だし、私もすぐに結婚相手を見つけるから、今夜は好きなだけ惚気てもいいわよ、と言うと、みんな笑いながら話してくれた。
婚約者の惚気にときどき愚痴が混じるのを、今夜だけ私のパートナーを務めてくれている第二王子殿下が、途方に暮れた顔で聞いている。世代が違ってまだ学園に入学していないから、女友達の婚約者達のように友人のところへ逃げられないのよね。ごめんなさい。
ヨアニス殿下とプセマ様は、今夜もふたり寄り添っている。
私との婚約を解消して、正式に婚約なさったのだから当たり前ね。
王族籍から抜けてハジダキス伯爵家へ婿入りするのはこれからなので、殿下の後ろにはいつものように近衛騎士のアカマースがいる。彼は私に気づいて、片目を閉じて見せた。あれから何度か菓子店で会ったせいか、王太子の婚約者と王太子の護衛という立場で過ごしていたときよりも親しくなれた気がする。
やがて、会場にダンス曲が流れ始めた。
話し相手だった女友達はそれぞれの婚約者が迎えに来て、踊り始めた。
私も第二王子殿下と一曲だけ踊る。ヨアニス殿下と婚約していたときも、学園主催の夜会で踊るのは一曲だけだった。ダンスの時間は、普段はふたりきりになれない殿下とプセマ様が一緒に過ごせる数少ない時間だったから。
「義姉上、なにかお飲み物を持ってきましょうか?」
「ありがとうございます、殿下。でも飲み物は自分で取りに行きますわ。……私に付き合って知らない方ばかりの中で緊張なさったでしょう? ヨアニス殿下とお話になってはいかがかしら?」
「え、でも……」
「気になさらないで。私とヨアニス殿下は円満に婚約を解消したのですから」
「そう、ですか? では少しだけ」
私がそんなことを言ったのは、ヨアニス殿下がひとりで所在なげにしているのが目に入ったからだ。
殿下とプセマ様は一曲踊った後で離れ離れになっていた。
プセマ様は仲の良いサマラス子爵家のご令嬢と会話している。サマラス子爵家は薬草栽培で知られている家だ。プセマ様は儚げな外見の通り、体が丈夫ではないのかもしれない。
などと思いながら、ヨアニス殿下と談笑する第二王子殿下を確認して飲み物の場所へ向かう。
この国の貴族子女は、学園の卒業をもって成人と見做される。
並んだ飲み物の中にはお酒もあった。血のように赤い葡萄酒だ。少し興味はあったけれど、酔っぱらうのが怖くて果実水の入った杯を選ぶ。今さら酔っぱらったからといって、ヨアニス殿下への想いを叫び出すようなことはないと思うのだけれど、ね。
話していて喉が渇いたのか、私が離れるのと入れ代わりに、プセマ様とサマラス子爵令嬢が飲み物の場所へ行くのが見えた。
私は殿下方に視線を向ける。ヨアニス殿下と第二王子殿下の会話は続いている。
この場にいらっしゃらない第三王子殿下も含めて仲の良い三兄弟なのだ。一時は私の妹がヨアニス殿下の心変わりに怒っていたために、第二王子殿下までヨアニス殿下と仲違いしそうになっていて困ったものだ。
……心変わりではない。
最初からヨアニス殿下の運命はプセマ様だった。
私がそこに割り込んだだけだ。婚約解消を言い出したのも私なのだから、ヨアニス殿下が責められることはない。
「きゃあああぁぁっ!」
ぼんやりと果実水の杯を傾けていたら、いきなり女性の叫び声が響き渡った。
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一瞬会場が静寂に包まれた後で、一斉にざわめきが巻き起こる。
「なんだ? なにが起こったんだ?」
「今の悲鳴は? だれの声だ?」
「叫び声の前になにかが倒れる音が聞こえたぞ!」
「硝子の杯が割れる音も聞こえませんでした?」
「さっきの悲鳴はサマラス子爵令嬢ではないかしら?」
サマラス子爵令嬢なら飲み物の場所にいた。
もう王太子殿下の婚約者でない私が出張る必要はないけれど、なにが起こったのかと見てみれば、サマラス子爵令嬢の前に倒れている人物がいる。
彼女の持っていたと思しき杯が床に転がり、真っ赤な葡萄酒に濡れた破片が煌めいていた。
──倒れていたのはプセマ様だった。
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