転生先は殺ル気の令嬢

豆狸

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第五話 結婚式

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 学園の卒業式から一年後、王都の下町にある神殿で、カラベラとフェルナンドの結婚式が開催されていた。
 マレル伯爵邸で開かれなかったのは招待に応じてくれた客が少な過ぎるからだ。
 使用人もいない。

 神殿なら神官や併設された孤児院の子ども達が手伝ってくれるし、酒を振る舞えば見知らぬ人間も参列してくれる。表面だけでも盛り上がっているように見せかけられるのだ。

 わずかな招待客の中にムニョス子爵家の人間はいない。
 フェルナンドはパウリーナがホセファと姿を消した直後に、実の両親から勘当されているからだ。
 理由はもちろん、正式な婚約者より愛人の娘を選んだ息子を認めることで、お家乗っ取りの嫌疑をかけられたくないからである。

(あの青年はだれだったんだ……)

 彼が美しかったことは覚えているのに、それ以外は一切思い出せない。
 四人で何度話し合っても、顔立ちどころか髪や瞳の色さえ定かでない。
 幻だったのではないかと思っては、パウリーナの署名入りの書類を確認して現実だったと確かめる日々だ。

 エレーラ商会には跡取りなどいない。
 嵐で貿易船団が沈んだ後、この王国の浜辺に会頭と子息の遺体が流れ着いている。
 多くの雇用人と船乗り、使い物にならなくなった商品も。

 そのときの貿易では運ぶ予定のなかった商品の入った倉庫は残りの雇用人を道連れにして全焼し、エレーラ商会は完全に消滅したのだ。

 しかし一年前、あのときのマレル伯爵はすっかりそのことを忘れていた。
 いや、忘れていたのとは少し違う。
 あのときのマレル伯爵はエレーラ商会が健在だったころの気持ちになっていたのだ。愛人を囲って賭博をし、好き勝手するためには正妻の実家の機嫌を取らなくてはいけない、という。

 マレル伯爵が思い出した──今の状態に意識が戻ったときは、もうパウリーナの姿はなかった。
 エレーラ商会の跡取りが彼女を迎えに来たという話を絶縁の書類の提出時に語ってしまった後だった。
 今王都では、マレル伯爵は愛人の娘に家を継がせるために正妻の産んだ正式な跡取りを殺したのではないか、そう噂されている。

 存在しないエレーラ商会の人間が迎えに来るはずがないのだから、と。

 カラベラは実家に勘当されて平民となったフェルナンドとは結婚したくないと言ったし、マレル伯爵も娘を金にならない相手と結婚させたくはなかったのだが、学園在学中にずっと異母姉の婚約者フェルナンドと睦み合っていたカラベラのもとへ婿入りしたいという人間はいなかった。
 マレル伯爵家には金銭的な魅力もない。
 伯爵は子爵家がフェルナンド次男への情に流されて、いつか勘当を解いて自家を援助してくれることを期待してカラベラとの結婚を強行したのだった。

 カラベラも伯爵もフェルナンドの意思は最初から気にしていない。
 気にする必要もない。
 パウリーナとの婚約を破棄し、家族に見限られた彼にはもう行けるところはないのだ。

 大神官の前で誓いを交わしたら、神殿の中庭で軽く酒宴を楽しんで終わりだ。
 人脈を作れるかもしれない貴族街の神殿ではなく、マレル伯爵家の得にはならない下町の神殿で結婚式をしているのは、寄進が少なくて貴族街の神殿には断られたからだった。
 本来なら酒宴は神殿から移動して伯爵邸でするものだ。その余裕のない伯爵家には、平民用に庭を貸してくれる下町の神殿で良かったのかもしれない。

 酒宴会場の庭へ出て、マレル伯爵は眉間に皺を寄せた。
 孤児院の子ども達がカラベラとフェルナンドを花で祝福しているのは良いけれど、いつの間にか入り込んだ貧民街の男達が飲み放題の酒樽にしがみ付いている。
 しかも何人もいる。この神殿は下町の中でも貧民街に近い場所にあった。

 目配せをすると、結婚式の警備をしてくれている神殿兵が男達に近寄っていく。
 伯爵と同じくらいの年ごろの男と伯爵の父親くらいの年ごろの老人が、酒樽から顔を上げた。
 同年代の男は帽子を深く被っていて顔はわからない。老人はすでに赤ら顔だったものの、若いころは女性にモテたのではないかと思わせるような端正な顔だった。

 老人が伯爵のほうを向いて、ニタリと笑った。
 不快に感じると同時に、隣にいる後妻が息を呑むのに気づいた。老人が見たのは伯爵ではなく後妻だったようだ。
 老人の視線が花嫁に移動する。

「俺の孫が伯爵家の当主かあ。父親のピラールも冥府で喜んでるだろうなあ」
「なにを……」

 言っているんだと口にしようとして、伯爵は気づいた。
 確かに老人はカラベラと似ている。
 これまでは髪と瞳の色で誤魔化されていたけれど、よく見ればカラベラは伯爵にも後妻にも似ていない。隣の後妻が真っ青になって俯いている。

(……ピラールだと? どこかで聞いたことがあるぞ)
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