彼女を殺してはいけません。

豆狸

文字の大きさ
9 / 15

第九話 残滓

「レアがデスティネを殺すなと言うのは、余への復讐なのだろうか」
「……」

 新しい側近はすぐには答えなかった。
 かつての忠臣に紹介されたこの男は少し喋るのが苦手だ。考えて結論を出すのにも時間がかかる。
 しかしその言葉に嘘はなく、彼が出す結論は独創的ながらも納得出来るものであることが多かった。

「……復讐ならば良かったですね」
「なに?」

 首を傾げたロドルフに側近はゆっくりと言葉を返す。

「復讐ならば生きる希望になります。異教の民に売られる前に元ヴィダル侯爵一派に弄ばれ、彼らの処刑を待ち望んでいる女性達のように」

 異教の民にとって奴隷は財産だ。
 だからこそ大切に扱う。
 借金奴隷や犯罪奴隷でないことを知られないように、領民達の言葉を奪っていたのは元ヴィダル侯爵一派だ。南の山岳地帯まで運ばれる前に、彼らの気まぐれで殺されてしまった人間もいた。最近は異教の民が女性や子どもの奴隷を求めていないことに気づき、近隣の若い男を攫おうとしていたことが調査で判明していた。

 処刑の後で生きる気力を失わなければ良いのですが、と小さく呟いて側近は言葉を続ける。

「妃殿下には生きる希望がないように思われます。ご自身がもうすぐお亡くなりになることをご存じであるかのように」
「……ああ」

 ロドルフにもわかる。
 レアは死人の目をしている。なんの希望も光もない瞳だ。
 大精霊とやらが本当に罰を与えるのか、それともレアにほかの心当たりがあるのか、ロドルフにはわからない。わかるのは彼女の発言がこの国を救ったということだけだ。気づかぬまま元ヴィダル侯爵一派を野放しにしていたら、どんなにロドルフが尽力しても小さな匙で桶に水を汲むような果てしない状況に陥っていただろう。

(レアの言った通り、彼女の死とともに東の帝国が攻め込んできたかも知れない)

 帝国や大公からの苦情が奸臣に握り潰されていたなんて、言い訳にならないのだ。
 どんなに元ヴィダル侯爵の所業に怒っていても、国王のロドルフが動かなければ他国にはなにも出来ない。
 レアへの求婚を戦争の理由にするのも無理があるものの、帝国は彼女が王妃として大切に扱われていれば、ラブレー大公の協力を得てデュピュイ王国が浄化されるかもしれないと期待したのだろう。

「デスティネ嬢を殺させないのは、妃殿下の残滓のように私は思います」
「……残滓?」
「妃殿下は陛下とのご結婚をとてもお喜びでした。私は家族と妃殿下の花嫁行列を見たのです。遠目から妃殿下のお顔を拝見するだけでも、妃殿下がどれだけ陛下を愛しく思われているのかがわかりました」
「……」
「今の妃殿下からは、その……」
「わかっている。彼女はもう余を愛していない」

 ロドルフがあの髪飾りを砕いた瞬間に、レアの瞳からは光が消えた。

「それでも残滓は残っているのではないでしょうか。かつて陛下を愛していた妃殿下のお気持ちの残滓が、陛下のお幸せを祈っていらっしゃるのです」
「デスティネと幸せになど……」

 レアとの結婚前、彼女との婚約を破棄してデスティネを王妃にしたいと何度言っても、ほかならぬデスティネの父や元ヴィダル侯爵に止められていた。
 国際問題だから、と言われたが、実際はレアを人質にして彼女の後見人であるラブレー大公を搾り上げたかっただけだろう。
 デスティネ自身にも愛人で良いと言われた。今にして思えば、彼女の瞳に輝いていたのはロドルフへの愛ではなかった。

(残滓なら良いな。ほんのひとかけらでも余への想いを彼女が持っていてくれるのなら、いつか……)

 ロドルフがわずかな希望を抱いたとき、べつの側近が真っ青な顔で飛び込んできて、デスティネが牢へ侵入して自分の父を殺したという話を告げた。
 衛兵を脅して奪った剣で駆け寄ってきた父を鉄格子越しに殴り、体勢を崩したところを繰り返し殴りつけたのだという。
 彼女の父、元リッシュ伯爵の頭は血塗れになり、顔も酷い有様になっているらしい。

あなたにおすすめの小説

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

これは一周目です。二周目はありません。

基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。 もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。 そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

婿入り条件はちゃんと確認してください。

もふっとしたクリームパン
恋愛
<あらすじ>ある高位貴族の婚約関係に問題が起きた。両家の話し合いの場で、貴族令嬢は選択を迫ることになり、貴族令息は愛と未来を天秤に懸けられ悩む。答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく……そんな話です。*令嬢視点で始まります。*すっきりざまぁではないです。ざまぁになるかは相手の選択次第なのでそこまで話はいきません。その手前で終わります。*突発的に思いついたのを書いたので設定はふんわりです。*カクヨム様にも投稿しています。*本編二話+登場人物紹介+おまけ、で完結。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。