彼女を殺してはいけません。

豆狸

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第十話 彼の訪れ

 東の帝国からアザール公爵がデュピュイ王国を訪れることになった。
 元ヴィダル侯爵の処刑を見届けるためだ。
 はっきりと言葉には出さないが、先に処刑された元リッシュ伯爵がニセモノではないかと疑っているようだ。ロドルフがデスティネ 愛人 に泣きつかれて、顔を潰した男を身代わりにしたのではないかと思っているのだろう。

(どうして次から次に……!)

 ロドルフは苛立っていた。
 元ヴィダル侯爵一派の件の後始末で疲労困憊なせいもある。王妃レアがいつまでも死人の目をしていることが苦しいからでもある。
 しかし一番の理由は、アザール公爵がレアに求婚をしたことのある男だからだ。

 レアはアザール公爵の顔も知らないと言った。
 実際彼は愛情からレアに求婚したのではないかもしれない。
 それでもロドルフは自分の意思でレアに求婚をしたアザール公爵に嫉妬をしていた。

 彼女の死人の目を悲しく思い、婚礼のときの初夜の床の、遠い記憶の中の光り輝くレアの瞳を思い出しているうちに、ロドルフの心には初恋が蘇っていたのだ。
 いや、病弱な王のただひとりの子どもとして幼いころから王太子として厳しい教育を受けてきたロドルフが、心の拠りどころとして縋りついていた初恋の少女への想いとは違う。
 自分と同じように悲しみ傷つくひとりの人間として、レアを愛するようになっていたのである。悲しみ傷つくひとりの人間だとわかったからこそ、自分の愚行が許せなかった。デスティネに騙されていたとはいえ、あの髪飾りを握り潰す必要などどこにもなかった。

 ──今の状況でアザール公爵の訪問を拒むことなど出来ない。
 悪いのはデュピュイ王国のほうなのだ。
 罪人を処刑したことを広く知らしめ、新しくなった王国を見せなければならない。帝国の皇帝の従兄でもあるアザール公爵を迎えるのだから、いくら向こうが処刑の見学だけで良いと言っても、それなりのもてなしをする必要もあった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「レア」
「……はい、陛下」

 今夜はアザール公爵の訪問を歓迎する夜会の夜だ。
 明日の早朝に元ヴィダル侯爵の処刑がおこなわれる。
 もう爵位をはく奪されている彼は、長く死体を晒すための絞首刑に処されることになっていた。

 アザール公爵の訪問で、ロドルフを喜ばせたものがあった。
 レアが夜会のためのドレスを新調したのだ。
 死人の目は相変わらずだが、賓客にやつれた姿を見せてはいけないと、侍女に世話を焼かれることを受け入れるようになった。元ヴィダル侯爵一派以外の派閥貴族から選ばれた侍女達はレアに誠心誠意尽くしているようだ。

 ロドルフは自分の手でレアの手を支え、夜会の会場でアザール公爵を待った。
 デスティネの姿はない。
 実の父親を殺した彼女は、さすがにこのまま野放しにしておけないと、王家の罪人を収容する北の塔に軟禁されている。レアもそれには納得せざるを得なかった。

 アザール公爵の訪れが告げられて、会場の扉が開く。
 東の帝国からの賓客を歓迎するために、楽団が演奏を始める。
 こちらへと歩いてくるアザール公爵はいつもとは違った。そして──

(レアの瞳に光が戻った?)

 なぜかアザール公爵はいつもの仮面を外していた。
 仮面を外すと帝国風の整った美貌の持ち主だ。
 何度か聞いたことのあるくぐもった声ではなく、低くてもよく響く澄んだ声で彼はロドルフ達に挨拶をした。

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