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2.平穏な村のプロローグ
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「こんにちわ」
エリカは広場からさらに下って、村の南端までやってきました。
「こんにちは、エリカさん」
エリカが声をかけたのはイヌの門番さんです。門番さんは犬種でいうところのブルドックのような姿をしておりました。
「あなたは相変わらずね」
門番さんは村がこんなことになっているのにも関わらず、門の前からまったく動いていません。
「私は門番ですから」
門番さんはとても真面目な性格をしておりました。
「ふーん」
エリカは気のない返事をしました。
「ここから見ていましたけど、皆さん何処かに行ってしまいましたね」
「ええ」
「エリカさんは行かなくていいのですか?」
「わたしは隊長だからいいのよ」
エリカは門番さんにそう返事をしながら、おもむろにポシェットから花を一輪取り出しました。
「隊長?」と門番さんは首を傾げます。
エリカが花を放り投げると、花はポンッと音を立てて木の丸椅子に変わりました。
「よいしょっ」
エリカは丸椅子を持ち上げて、門番さんの隣に運んでゆきます。
「そうよ、隊長は動かなくていいのよ。あなたみたいにね、動かないのが仕事なの」
そんなことを言いながら椅子を運び終えたエリカは、椅子にちょこんと腰かけました。
「そうですか……」
「それより落とし物はある?」
「今は何もありませんね」
エリカの突然の問いかけに、門番さんは慣れた調子で答えました。
「そっ」
そっけなく返事をしたエリカは、履いていた靴を放るように脱ぎ捨てて、足をぶらぶらとさせました。
村に落とし物があって持ち主がわからないときは、大方イヌの門番さんの下に届けられます。自分のものがあったらびっくりしますし、持ち主がわかるものがあったら、エリカは届けてあげることにしていました。なので、エリカは門番さんに会うと、まずはじめに落とし物があるかどうかを聞くのです。
「きれいね」
エリカはすっかりと変わってしまった長閑な村の光景をしみじみと眺めていました。なんせ、ここは村の端っこなのですから村の景色がよくみえるものです。
「そうですね」
門番さんも、エリカと同じようにしみじみと村を眺めて言いました。
「はぁ」
それは感嘆のため息でした。
エリカはこんなにも素敵になった村が自分のものだなんてまだ信じられないでいたのです。
正確にはこの村の村長さんであるエリちゃんの村なのですが、エリカはエリちゃんの妹で、そのエリちゃんはもう村に訪れていないのですから、自分のものと言っても間違いではないのです。少なくともエリカはそう思っていました。
ヒュー
風が吹いていました。エリカの後ろからです。風はエリカの足首を撫でて村の中に入ってきています。外開きの門の下には小さな隙間があるのですが、そこから風が入ってきているようです。それはとてもおかしなことでした。
「んー、なんだかよく見えないわね」
エリカは椅子から降りて四つん這いになると、地面にベタッと顔をつけて門の下の隙間を覗き込みました。
「なにがです?」
門番さんは突拍子もない行動を取るエリカに、怪訝な顔をして問いかけました。
「お外」
「外?」
門番さんはエリカの返答に首を傾げました。
どうぶつ村の正門。この門はお友だちの村に遊びに行ったり、お友だちが遊びに来るときに使われる門で、外に世界が広がっているというわけではないのです。なんといっても、やはりここは箱庭の世界なのですから。
そして、エリカにとってこの門は特に意味のないものでした。今までだって、一度としてこの門が開かれたことはありません。なんせ、エリカには現実に友だちがいないのですから。
エリカは立ち上がって手のひらや膝についた砂をはらいます。そうして門を見上げたエリカは「あっ!」と何かに気付いたように声を上げました。
門の上部は柵のような装飾が施されており、エリカはそこからならもっとよく門の向こう側を覗くことができる。そう思ったのです。
「よいっ……しょ」
エリカは靴下の裏についた砂を払いながら椅子の上に乗ると、すっくと立ち上がりました。それでも少しだけ背が足らなかったので、エリカは両手を上げて柵を握って、ぐっと背伸びをするのです。
「んっー!」
椅子の上で靴下姿のまま背伸びをするエリカに、門番さんは慌てた様子で声をかけます。
「危ないですよ!」
そうしてエリカにそそくさとかけ寄って、脇を掴んで支えてあげました。
「なにか見えるのですか!」
門番さんがエリカに問いかけます。しかし、返事はありません。エリカはただじっと、柵の隙間から夢中で外を覗き込んでいました。
しばらくの間外を覗いていたエリカは、突然門番さんの手を振りほどいて椅子から跳び下りました。そうして地面にお尻をつけて、忙しない様子で靴を履き始めるのです。
「どうかしましたか?」
門番さんが再びエリカに問いかけます。しかし、またまた返事はありません。
エリカはまだ最後まで靴を履けていないのにもかかわらず、つんのめりそうになりながら門の正面に立ちました。
エリカの目も、耳も、そして心も、既に門の外へと向いてしまっていました。今のエリカにはもう、誰の声も届かないのです。
一度きちんと靴を履き直したエリカは、ゆっくりと門を開いてゆきます。
エリカは一人分の隙間を開けると、ひょっこりと顔だけを出して、こっそりといった様子で外を覗き込みました。
門の外には森が広がっていました。
辺りには白い霧がかかり、不自然に左右に別れた木々が、緩やかに下る道をつくっていました。道はどこまでも続いているようで先に何があるのか伺いしれません。
しっとりと湿った風がヒュルヒュルと鳴いて、森はまるで誘うようにざわめいていました。
森の中には、身の毛もよだつような陰鬱な雰囲気が立ち込めていたのです。
「お出かけできるようになったんだわ……」
エリカは森の雰囲気なんて気にもとめませんでした。
村の外へお出かけできる。村があんなふうなったときもエリカはこんなにも素敵なことは他にないと思ったものですが、村の外にお出かけだなんて、今度こそ、こんなにも素敵なことは他にない、そんなふうに思ったのです。
「やったわ!」
エリカは赤いリボンをぴょんぴょんと弾ませながら、村の外へとかけてゆくのでした。
エリカは広場からさらに下って、村の南端までやってきました。
「こんにちは、エリカさん」
エリカが声をかけたのはイヌの門番さんです。門番さんは犬種でいうところのブルドックのような姿をしておりました。
「あなたは相変わらずね」
門番さんは村がこんなことになっているのにも関わらず、門の前からまったく動いていません。
「私は門番ですから」
門番さんはとても真面目な性格をしておりました。
「ふーん」
エリカは気のない返事をしました。
「ここから見ていましたけど、皆さん何処かに行ってしまいましたね」
「ええ」
「エリカさんは行かなくていいのですか?」
「わたしは隊長だからいいのよ」
エリカは門番さんにそう返事をしながら、おもむろにポシェットから花を一輪取り出しました。
「隊長?」と門番さんは首を傾げます。
エリカが花を放り投げると、花はポンッと音を立てて木の丸椅子に変わりました。
「よいしょっ」
エリカは丸椅子を持ち上げて、門番さんの隣に運んでゆきます。
「そうよ、隊長は動かなくていいのよ。あなたみたいにね、動かないのが仕事なの」
そんなことを言いながら椅子を運び終えたエリカは、椅子にちょこんと腰かけました。
「そうですか……」
「それより落とし物はある?」
「今は何もありませんね」
エリカの突然の問いかけに、門番さんは慣れた調子で答えました。
「そっ」
そっけなく返事をしたエリカは、履いていた靴を放るように脱ぎ捨てて、足をぶらぶらとさせました。
村に落とし物があって持ち主がわからないときは、大方イヌの門番さんの下に届けられます。自分のものがあったらびっくりしますし、持ち主がわかるものがあったら、エリカは届けてあげることにしていました。なので、エリカは門番さんに会うと、まずはじめに落とし物があるかどうかを聞くのです。
「きれいね」
エリカはすっかりと変わってしまった長閑な村の光景をしみじみと眺めていました。なんせ、ここは村の端っこなのですから村の景色がよくみえるものです。
「そうですね」
門番さんも、エリカと同じようにしみじみと村を眺めて言いました。
「はぁ」
それは感嘆のため息でした。
エリカはこんなにも素敵になった村が自分のものだなんてまだ信じられないでいたのです。
正確にはこの村の村長さんであるエリちゃんの村なのですが、エリカはエリちゃんの妹で、そのエリちゃんはもう村に訪れていないのですから、自分のものと言っても間違いではないのです。少なくともエリカはそう思っていました。
ヒュー
風が吹いていました。エリカの後ろからです。風はエリカの足首を撫でて村の中に入ってきています。外開きの門の下には小さな隙間があるのですが、そこから風が入ってきているようです。それはとてもおかしなことでした。
「んー、なんだかよく見えないわね」
エリカは椅子から降りて四つん這いになると、地面にベタッと顔をつけて門の下の隙間を覗き込みました。
「なにがです?」
門番さんは突拍子もない行動を取るエリカに、怪訝な顔をして問いかけました。
「お外」
「外?」
門番さんはエリカの返答に首を傾げました。
どうぶつ村の正門。この門はお友だちの村に遊びに行ったり、お友だちが遊びに来るときに使われる門で、外に世界が広がっているというわけではないのです。なんといっても、やはりここは箱庭の世界なのですから。
そして、エリカにとってこの門は特に意味のないものでした。今までだって、一度としてこの門が開かれたことはありません。なんせ、エリカには現実に友だちがいないのですから。
エリカは立ち上がって手のひらや膝についた砂をはらいます。そうして門を見上げたエリカは「あっ!」と何かに気付いたように声を上げました。
門の上部は柵のような装飾が施されており、エリカはそこからならもっとよく門の向こう側を覗くことができる。そう思ったのです。
「よいっ……しょ」
エリカは靴下の裏についた砂を払いながら椅子の上に乗ると、すっくと立ち上がりました。それでも少しだけ背が足らなかったので、エリカは両手を上げて柵を握って、ぐっと背伸びをするのです。
「んっー!」
椅子の上で靴下姿のまま背伸びをするエリカに、門番さんは慌てた様子で声をかけます。
「危ないですよ!」
そうしてエリカにそそくさとかけ寄って、脇を掴んで支えてあげました。
「なにか見えるのですか!」
門番さんがエリカに問いかけます。しかし、返事はありません。エリカはただじっと、柵の隙間から夢中で外を覗き込んでいました。
しばらくの間外を覗いていたエリカは、突然門番さんの手を振りほどいて椅子から跳び下りました。そうして地面にお尻をつけて、忙しない様子で靴を履き始めるのです。
「どうかしましたか?」
門番さんが再びエリカに問いかけます。しかし、またまた返事はありません。
エリカはまだ最後まで靴を履けていないのにもかかわらず、つんのめりそうになりながら門の正面に立ちました。
エリカの目も、耳も、そして心も、既に門の外へと向いてしまっていました。今のエリカにはもう、誰の声も届かないのです。
一度きちんと靴を履き直したエリカは、ゆっくりと門を開いてゆきます。
エリカは一人分の隙間を開けると、ひょっこりと顔だけを出して、こっそりといった様子で外を覗き込みました。
門の外には森が広がっていました。
辺りには白い霧がかかり、不自然に左右に別れた木々が、緩やかに下る道をつくっていました。道はどこまでも続いているようで先に何があるのか伺いしれません。
しっとりと湿った風がヒュルヒュルと鳴いて、森はまるで誘うようにざわめいていました。
森の中には、身の毛もよだつような陰鬱な雰囲気が立ち込めていたのです。
「お出かけできるようになったんだわ……」
エリカは森の雰囲気なんて気にもとめませんでした。
村の外へお出かけできる。村があんなふうなったときもエリカはこんなにも素敵なことは他にないと思ったものですが、村の外にお出かけだなんて、今度こそ、こんなにも素敵なことは他にない、そんなふうに思ったのです。
「やったわ!」
エリカは赤いリボンをぴょんぴょんと弾ませながら、村の外へとかけてゆくのでした。
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