どうぶつ村のエリカと妖艶なデーモン

あめ野コッキー

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3.交差する世界

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夏の暑さを内包ないほうした山間に、トロロントという物静かな町があった。

石畳いしだたみの通りに煉瓦れんが造りの家々が建ち並んでおり、それはヨーロッパ然とした町並みであった。

町に人の姿はまばらであり、通りに沿って行儀よく並んだ家々からは、ほとんど人の気配が感じられなかった。窓ガラスが割れている家や、外壁や屋根が崩れている家まである。
しかしながら、いくつかの家にはまだ人の気配があり、わずかに営業している店も散見される。少ないながらもまだ住民がいる様子であった。

そんな閑散かんさんとした町の通りを二人の男女が足早に歩いていた。

「クソっ!」

女は歩きながら不機嫌そうに悪態をつく。
背が高く、細身で程よく筋肉の付いたモデル体型、背中には大振りの剣を背負い、女が歩を進める度に、長く垂れ下がった栗色くりいろのポニーテイルがふらふらと揺れていた。
そんな女の少し後ろを、男が追うようにしてついてきている。
女に比べると、華奢きゃしゃで背も低い、なよっとした体型の男は、女に置いていかれないように必死に歩いていた。

女はそんな男を振り返ることもなく、大きく手を前後に振って、大股でズンズンといった調子で歩いている。

女は焦っていた。今まさに後ろをついてくる男の口から、森の城館を根城にしているボスモンスターが、他のプレイヤーの手によって倒されようとしている。という情報を聞かされたからだ。

「先に死んで戻ってきたやつの話によると! なんでも左目を潰してやったとか! 自滅覚悟だったそうだよ!」

「そんなことはどうでもいい! 奴が倒されたか倒されてないのか! それだけだ!」

あせっても結果はかわらないよー! ねー薫姉かおるねえーもっとゆっくり歩こうよ~!」

「大介! お前はなんでそんなに冷静でいられるんだ! この3ヶ月! やつに挑んできた時間が全部無駄になるんだぞ?!」

「そうだけどさ~」

姉のかおる、そして弟の大介だいすけ。二人は実の姉弟であった。
このゲーム「STELLAステラ」がリリースされてから半年、6ヶ月の月日が経っていた。二人はそのうち3ヶ月もの期間をこの町で過ごしてきたのだ。それはひとえに城館に住むボスモンスター、デーモンを倒すためであった。
そして、ここ数日の間にデーモン退治が終幕を迎えようとしていることを、二人を含めこの町に居座るプレイヤーの誰しもが理解していた。あとは、誰がデーモンを倒すのか、ただそれだけであった。

「レベルは上がったじゃん」

「レベルなんて飾りだ!」

「STELLA」はアクションRPGでありレベルが存在する。レベルが上がる毎に攻撃力、防御力、基礎体力(HP)などは上昇するが、個人の運動神経が上昇するわけではない。素早く動けるようになるわけでもなく、動体視力が向上するわけでもなかった。このゲームのアバターは、現実の自分自身の身体能力が完全に再現されている。つまるところ、たかだか一般人の身体能力で、基礎身体能力からして人間の粋を遥かに脱するボスモンスターを相手にするのは簡単なことではなかった。
必然的にプレイヤーは武器や防具を装備してボスモンスターに挑むことになる。またそれらを強化してさらなるステータスの上昇に努めるのだ。
もちろん、勝つ確率を少しでも上げるために、現実において基礎身体能力の向上に努めるストイックな者も存在する。薫もその一人であった。

「そもそも3人で挑むなんてずるい! 報酬の分け前が減るだけじゃないか!」

「でも上限は4人だし、あの子たちって大学生なんでしょ? 勉強のかたわらでよく頑張ってる方だと思うけどねー、無職で毎日STELLAにログインしている僕らとは違ってさ」

ボスモンスターであるデーモンに挑むパーティの上限人数は4人であった。しかし、ボスモンスターに最大人数で挑むパーティはさほど多くはなく、できるだけ少人数のパーティで挑むのがスタンダードとなっていた。その理由は、一人分の報酬が少なくなってしまうことに他ならない。数ヶ月もの期間、幾度も挑み続けて得られた報酬が微々たるものではやりきれないというものであった。特に、同じ効果を持つアイテムは世界に2つとないと言われているレアアイテム、ユニークアイテムと呼ばれるアイテムは自ずと取り合いになる。それは現実で、凄惨せいさんな殺人事件が起きた前例があるほどであった。
事実、そのような揉め事を嫌ってソロでボスモンスターに挑む者も少なくない。

「私は無職じゃない!」

「はいはい、フリーターね」

薫は現在、アイスクリーム屋で週3日のアルバイトをしていた。

「それにあいつらは今夏休みだ! 大学生の夏休みなんて家で寝るか酒呑むかセックスするかの毎日なんだよ!」

「それは偏見へんけんがすぎるよ……薫姉……」

薫と大介がそんなやり取りをしていると、突然、二人の横を何やら奇っ怪なものが通り過ぎていった。

それは、補助輪付きの自転車を、チリンチリンとベルを鳴らしながら運転する、黄色いヘルメットを被った小さな少女であった。

二人はその場で思わず立ち止まり、ポカーンと口を開けて少しずつ遠ざかっていく自転車を見つめていた。

自転車に乗る少女は石畳の道をガタガタと揺れながら、一生懸命に自転車をいで進んでいく。

「待て!」

しばらくの間呆然ぼうぜんとしていた薫は、はたと我に返ると、思わずといった様子で少女を呼び止めていた。

突然と呼び止められた自転車に乗る少女は、驚いたように一度体をビクッと跳ねさせて自転車を止めた。そして、ゆっくりと薫たちへ振り返ると「なにかよう?」とでも言いたげに首をかしげた。

薫たちは足早に少女へと近寄る。

そして、一度まじまじと少女と、その少女の乗っている自転車を見回した。

ピンクのフレームに黄色いハンドル、前輪の上部に備え付けられた水色のカゴ。そして、補助輪。
黄色のヘルメットを被りパステル調の子供用自転車に乗る少女は、いかにも近所の公園辺りを走り回っていそうな姿であり、その姿はあまりにも現実的・・・で、このゲーム「STELLA」の世界には似つかわしくないものと薫たちには思えた。

「えっと……」

薫はそのあまりにも現実・・離れした光景を目の当たりにして、三度呆気あっけに取られてしまった。
それはさっきまでデーモンの生死のことで頭に血が上っていた薫に、そのことを一時的にでも忘れさせるほどであった。

薫が改めて少女に目を向けると、少女はなぜ呼び止められたのかわからない様子で、キョトンとした顔をして薫たちを見上げていた。

「あぁ! えっと……いきなり呼び止めてすまない! つかぬことを聞くが、その自転車はどうやって手に入れたんだ?」

現在「STELLA」において自転車の存在は確認されていない。情報を広めず隠し持っているプレイヤーが存在する可能性はあるが、ともかく、自転車のような便利な移動手段が手に入れば、このゲームの攻略効率が飛躍的に上がるのではないか。薫はそう考えていた。

「買ったの……」

少女は少しだけ声を震わせながらそう答えた。

「いや! 取ろうとかそういうんじゃないぞ! 私もちょうどそういうのが欲しいなーって思っていたんだ!」

薫はおびえた様子で返事をした少女を見て、ひどく慌てた。

大介は少女に怯えられている薫の慌てた様子を見てクスクスと笑う。

「黙れ! 大介!」

突然と怒鳴り声をあげた薫に驚いた少女は、三度体をビクッと跳ねさせて、さらに怯えた表情をした。

「あっ! すまない! こいつが笑うもんだから、つい……それで、その自転車をどこで手に入れたのか教えてくれないか?」

薫は慌てて取りつくろいながら少女に問いかける。

「私の村……」

少女は声を震わせながら答えた。

「あ~あ、完全に嫌われちゃったね薫姉」

「お前のせいだろ! 村……?」

薫はこの町の周辺にある村はすべてくまなく探索したつもりであった。まだマッピングできていない未知の村があるのか……それとも探索が甘かったのか……。薫はそのように考えた。

「薫姉は子どもが好きなのに、子どもには全然好かれないよね~」

「そんなことはどうでも……よくはないが……! 今はどうでもいい! 村で自転車が売ってるなんて情報聞いたことがあるか?」

「ないよ、あったら真っ先に薫姉に言ってるさ」

「そうだよな……なあ、えっと、お前、名前はなんていうんだ?」

薫は少女に向き直ってたずねた。

「エリカです……6歳です……」

怯えた少女は震えた声で答える。

「エリカか……私は薫っていうんだ。そして、こっちが私の弟の大介だ」

薫はパンパンと大介の肩を叩いて紹介した。

「よろしくエリカちゃん」

少女は大介に顔を向けるとこくんと頷いた。

「エリカ、お前の村について詳しく聞かせてほしい。ジュースでもおごってやるからついてきてくれ」

「誘拐だ」 

大介は冗談めかして薫を茶化ちゃかした。

「ジュースを奢るだけだ。別にいいだろ?」

「現実だったらそれだけでも捕まりかねないよ?」
 
「何言ってんだ? ゲームのNPC・・・・・・・相手に日本の法律が通用するかよ」

薫はあきれた声でそう言うと「当たり前だろ?」と言葉を続ける。

「プレイヤーだったりして」

「バカ、子どものプレイヤーがSTELLAにいるわけないだろ……」

そう、この世界に未成年の、それもこんなにも幼い子どものプレイヤーはいるはずがなかった。
このゲーム「STELLA」は、フルダイブ型VRゲームが発売されて以降、より一層の規制により未成年者のプレーが固く禁止されている。




Z指定ゲームなのだから。

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