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5.ふれあい

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「あなた外には出られないって言わなかった?」

それは当然とうぜん疑問ぎもんでした。デーモンさんは外には出られないと言っていたのにもかかわらず、今は屋外おくがいに出ているのです。そこは、城館じょうかん中庭なかにわでした。

「中庭は中と付いているから外ではない」

「まあ、あなたってかしこいのね!」

「フフン!」

エリカの称賛しょうさんに、デーモンさんはこしに手を当ててむねり、得意とくいげにわらいました。
字型じがたの城館の中庭は広場になっていました。広場にはシロツメクサが咲く草原くさはらが広がっており、そのまわりはモザイクタイルりの床とアーチの列柱れっちゅうが美しい、回廊かいろうかこまれておりました。そんな回廊には花壇かだん行儀ぎょうぎよくならんでおり、城外じょうがいの庭とは打って変わって、色とりどりの花々が咲きほこっておりました。

「きれいね」

「そうだろ、私の一番好きな場所だ」

そう言ったデーモンさんの顔を、エリカがちらりと横目で見ると、その顔はとても慈愛じあいちた表情をしておりました。その表情からは、この中庭の花たちを自身の手でが子のように育ててきたことがうかがえました。

「だからって外の庭をほったらかしにしていいとは思わないわ」

エリカはデーモンさんから視線をはずして庭に目をけると、ひとごとのようにそう言いました。

「わかってる」

エリカの言葉にデーモンさんは目をせて、かなしげな表情をしました。

エリカはふたたびデーモンさんをちらりと横目で見ると、また余計よけいなことを言ってしまったと思ったのか、気まずい表情をしました。

「ねーねー、広場の中心に木をえたらどう?」

エリカは話題を変えようと「そのほうがもっと良くなると思うの!」と言葉を続けて、提案ていあんしました。

「でも私は外に出られないから木なんて手に入らないぞ?」

「わたしにまかせなさいな」

そう言うとエリカはポシェットに手を入れて、エリカの身長ほどはありそうな大ぶりのスコップを取り出しました。
エリカはスコップを持ってドスドスと草原の広場へと入っていきます。

「何をする気だ?」

デーモンさんは心配しんぱいそうな表情をしながらエリカのあとをついていきます。

「もちろん木を植えるのよ」

エリカは広場の中心まで来ると「この辺でいいかしら?」と言いながら、おもむろに草原にスコップを入れてこしました。

「あっー!」

「大丈夫! 悪いようにはしないわ!」

そう言ってあせった様子のデーモンさんをなだめたエリカは、ポシェットから今朝けされたばかりの新鮮しんせんなリンゴを取り出します。

「これを植えるのよ!」

「そんなものを植えてどうするんだ?」

「まあ見てて」

エリカはそう言って、取り出したリンゴを掘り起こした穴の中へとほうり投げました。そうして、スコップで穴をめ直すのです。すると、埋め直したところからひょっこりと小さなが顔を出しました。

「うお!」

デーモンさんは突然生えてきた芽におどろいてります。
エリカはポシェットの中から、今度はジョウロを取り出して芽に水をやりました。すると、芽はどんどんと空に向かってばしていきます。

「うおー!」

三度みたび驚いたデーモンさんは、後ずさりして草原にしりもちをつきました。

木はみるみるうちに成長していきます。深くざした太いみき、たくさんの枝葉えだは、そして、これまたたくさんの果実かじつりました。
それは、とても立派りっぱなリンゴの木でした。

「……」

デーモンさんは尻もちをついたまま、口をポカーンと開けてリンゴの木を見上げていました。

「思ったより大きくなったわね……リンゴもいつもよりたくさんあるわ……10はあるわね!」

「いや、ゆうに30はあるぞ……」

「あらそう」

エリカは木に近寄ちかよって、木の幹を両手で持ってすってリンゴを落とそうとこころみますが、深く根をる太く大きな幹はびくともしません。

「リンゴが落とせないわ」

エリカはデーモンさんに目を向けると、こまったような顔をして言いました。

「ちょっと待っていろ」

デーモンさんはつばさを広げると、一度大きく翼をばたかせて、一息ひといきに飛び上がりました。そして、枝に成ったリンゴをひとつもぎ取ると、草原の上に着地ちゃくちしました。

「ほら」

「ありがとう、あなたって本当にすてきね、やさしいし顔もきれいだし。今まで出会った中で1番よ」

「そんなことははじめて言われた……」

エリカの言葉にデーモンさんはいたく感動した表情をしました。

「あなたも食べてみたら?」

エリカはデーモンさんにリンゴを差し出して言いました。

「どうやって食べるんだ?」

「そうね、いつもはかじり付いて食べるんだけど……これだとれてしまいそうだわ」

エリカはリンゴの表面をコンコンと指でたたいて困った顔をしました。

「この城って包丁ほうちょうはある? リンゴを切りたいんだけど」

「切ればいいのか?」

「ええ」

「そういうことなら私に任せろ」

そう言うとデーモンさんはつめするどとがらせて、エリカの手のひらに乗っているリンゴを、スパッと横に輪切わぎりにしました。

「まあ! あなたって本当にすごいわね! マジックみたいだわ!」

「マジック?」

デーモンさんはキョトンとした表情をして、首をかしげました。

「あ~ん」

エリカは輪切りになったリンゴをひとつつまんで、デーモンさんの口元くちもとへと運んでいきます。デーモンさんはそれに答えるように「あーん」と口を開けて、リンゴをむかえ入れました。

「?! なんあこえわなんだこれは! おいひいおいしい!」

デーモンさんはリンゴをサクサクと咀嚼そしゃくしながら、とても感動した面持おももちで言いました。

「そうでしょうとも!」

そう言ってエリカは、輪切りなったリンゴをひとつ摘んで自分でも食べてみました。

「んっー!」

リンゴは咀嚼するたびに、瑞々みずみずしい果汁かじゅうがジュワッと口いっぱいにあふれ出して、体中にじんわりとるような美味おいしさでした。
エリカはリンゴをサクサクと咀嚼しながら、しあわせそうな表情をかべてほっぺたをおさえます。

「ここにすわって食べましょう!」

エリカは木の根本ねもとを指さして言いました。

んぁーああ!」

デーモンさんはリンゴを口いっぱいに頬張ほおばりながら、エリカに返事をしました。
そうしてエリカとデーモンさんは木の根元に腰を下ろし、日向ひなたぼっこをしながら、ふたりで美味しそうにリンゴを食べました。
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