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姫君には鍵をかけて
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Ⅵ
「よく眠ってますわ。疲れたんでしょうね」
冴子はベッドを覗き込み、ブランケットを掛け直すと、そっと目を細めた。毛布の下では少女が微かな寝息を立てていた。
「それで、なんかわかった? その子の身元の手がかりになりそうなこと」
備え付けのドレッサーに腕組みをして寄りかかっていた祐介が低い声で訊ねた。
冴子は複雑な表情で振り向いた。
「……名前はアン・マリー。妖精のお城から来たそうです」
「よ…妖精の、お城⁇」
祐介は間の抜けた声で鸚鵡返しした。
4歳の子供の言うことは、意味がさっぱりわからなかったが、冴子が複雑な顔をしていた理由はよくわかった。
「お伽話にある、妖精の国から来たって意味かな。これくらいの年令の女の子はそーゆうのに憧れるから」
「いえ、それが…」
言い澱んだ冴子の声が急に深刻になった。
「彼女はこう言ったんです。…《妖精の城》と―――正確なフランス語で」
「え……っ⁉」
思わず声を上げかけた祐介は、慌てて口を押さえて声をひそめた。
「だってその子、フランス語はなせなかったんじゃ…」
「ええ。知っているのは、この単語だけだと思いますわ」
「じゃあ…誰かが、その子の住んでいる家、もしくはその子が今まで滞在していた屋敷か何かを、《妖精の城》とフランス語で呼んでたってことか」
「それも、幼い彼女がそれを自然に吸収してしまうほど頻繁に…」
冴子の意味ありげな口調に、祐介はパチンと指を鳴らした。
「身内か!」
頷いた冴子は立ち上がって、愛用のノートパソコンを手に取った。
「この件には、いくつかのキーワードがあります。…フランス人の女性、ドイツ語を話す少女、妖精の城、そして―――ローゼンシュタイン公国」
「ああ、コーヘイが聞いたっていうあの追突事故の…。でも、このローゼンなんとかって、どっかで聞いたことあるんだよな」
「世紀のロマンスですわ」
冴子は開いたパソコンのスイッチを入れ、画面を立ち上げた。
「15年以上前になりますが、ローゼンシュタイン公国の国王でもある大公ルードヴィヒ4世が、ある女優と恋に落ちて、彼女を王妃に迎えたんです。おかげで、この西ヨーロッパの小国の名は一躍世界中に広まりました」
「すっげー玉の輿」
「ごく最近にも一度、話題になっています」
液晶画面の青白い光が、抑揚を押さえた口調で話す彼女と、彼女の細い眼鏡を冴々と照らしだしていた。
「この王妃は昨年、不幸な交通事故で亡くなりました。バカンスの終わりに、コテージから三人のお子さんを寄宿舎に送り届けた帰り、運転を誤って断崖から崖下へ…」
「そうか、それだ。ニュースで何度か見たことがある」
「―――亡くなった王妃は、フランス人でした」
冴子は聡明な目でちらりと祐介を見上げ、慣れた手つきでキーボードにつないだマウスをクリックした。
すると、画面には若く美しい外国人女性が満面の微笑みを湛えて浮かび上がった。
「イエナ・サボー。故カミーユ・ジュレ監督の作品で世に出た女優ですわ。世界的な知名度こそありませんでしたけれど、大公に見初められて結婚してからは四人の子供にも恵まれて、幸福な人生だったと思います」
「四人? さっき子供は三人って…」
「寄宿舎に入っているのは上の三人ですわ。きょうだいは男の子が二人、女の子が二人」
と、そのときベッドの少女が話し声に目を覚ましたのか、寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。
「起こしちゃったかな」
気付いた祐介が囁くと、冴子が気をきかせて歩み寄った。
「どうしたの? お手洗いに行く?」
少女は目をしばたたき、青い光を放つパソコンの画面にじっと見入って、微かな声で呟いた。
「………マイネ・ムテ………」
「なに?」
祐介が聞き返した。すると、冴子がぎこちなく首をめぐらせ、振り向いた。
「彼女、なんて?」
もう一度祐介が聞くと、冴子は彼を凝視したまま、おもむろに少女を抱き締め、押し殺した声で慎重に言った。
「マイネ・ムテ……わたしのママ、と……」
祐介たちは、しばらく驚愕したように硬直して見つめ合った。
少女は確かにパソコンの画面に映っている女性を見て「わたしのママ」と言ったのだ。
それが意味するところは、ただ一つだった。
「…ってことは、その子に《妖精の城》って言葉を教えたのも―――…」
「確認するまでもなさそうですわね」
青白く瞬く液晶画面の中の、十数年前のものであろうその若々しい微笑みは、まばゆいほど鮮やかで美しかった。
「これだけいろんな要素が揃ってて、まさか無関係ってことねーもんな」
祐介は、ふうーっと大きく溜め息をついた。
「―――正真正銘の王女様かよ…」
「おぼろげながら、見えてきたな」
不意に、聞き覚えのある渋い美声が薄明かりの室内に低く響いた。
「コーヘイ」
戸口には、朝まで帰ってこないと思っていた浩平が夜更けの闇を纏って立っていた。
「これで、奴の言っていた『国家犯罪に関わることになる』という意味が、なんとなくわかった」
「ああ? 奴って誰だよ」
「たぶん、ベルンハルトとかいう奴だろう。大使館でフランス人たちが気色ばんで口走った名前だ。事故に遭った秘書官の代わりに本国からやってきたらしい」
「会ったのか、そいつに」
「ああ、さっきな」
ポケットに両手を突っ込んだ浩平は、厚手のカーテンが下りた窓際へ歩み寄った。
「エージェントが連れ回しているからには、ただの子供ではないと思っていたが……あの女、ずいぶん厄介なものを押しつけていってくれたもんだ」
「女って言えば…」
ふと、祐介が決まり悪そうに口を開いた。
「ここに刑事よこしたの、彼女じゃないぜ。彼女、刑事が来たこと知らなかったみたいだから」
「だろうな」
浩平は、そう応えて口元を歪めた。
「なんだよ、わかってたのか?」
「いや。だが、さっき奴のほうが政府に圧力をかけると嘯いていたから、恐らく、奴らが外務省にゆさぶりをかけて警察を動かしたんだろう、とな」
「なるほど。確かに手口はおんなじだ」
祐介は小さく肩を竦めた。
「どーやら、この件の真ん中にいるのはこの子に間違いないみたいだな。問題は、その理由だけど…」
「そいつは、連中に囀ってもらうさ」
カーテンを細く開けた浩平が、冷笑を浮かべて眼下を見下ろしていた。
「今からいちいち調べるのも面倒だからな」
「ひょっとして、おまえ―――」
いやな顔をした祐介が浩平のそばに行き、カーテンの隙間を覗くと、敷地の外の通りにヘッドライトを消した数台の車が止まるのが見えた。
「あれって、もしかして…」
「思っていたより早かったな」
浩平の表情はいかにも楽しげだった。祐介は、どっと肩を落とした。
「おまえさぁ、そのベルンハルトって野郎に会っただけじゃないだろう。…ケンカ売ってきたんじゃねえのか?」
「紳士的に話したぞ。上等の酒も奢ってやったし」
「挑発してどーすんだよ。ありゃどう見たってプロだぞ。飛び道具で武装したガイジンに日本の道理は通用しねえぞ」
「まあ、おまえならカオでタメ張れるかもしれないが、問題はリーチだな」
「ゆーちょーに言ってる場合かッ」
口を尖らせた祐介が、浩平を軽く睨んだ。
「ったく…コーヘイおまえ、その性格なんとかしろよな☆」
「おまえに言われたくない」
祐介を見返した浩平は、薄く笑って目を伏せた。
ベッドの端で少女の肩を抱いていた冴子がぽかんとした顔で二人を眺めていた。切迫した状況のわりに、緊張感のない掛け合い漫才を見せられているような気分だったのだ。
「どーすんだよ、コーヘイ。頭数じゃあっちが上だぜ」
「慌てるな、ユースケ。おれだってあんなのとまともにやり合う気はない」
「んなこと言ったって…」
そう言いかけた祐介を手で制した浩平が、ククッと笑って窓の外に顎をしゃくった。
「3Dのスパイ映画が、ナマで見られるぞ」
彼の言葉どおり、眼下では車から降りてきた複数の人影を、物陰に潜んでいた別の一団が遮ろうとしていた。
「あれはフランス人だろう」
浩平は悠然と笑っていた。
「おまえ…ホテルにフランス人が張ってるの最初っからわかってて、あいつら誘きだしたんだな?」
祐介の呆れ返った口振りにも、彼は意地悪く笑っているだけであった。
「ホントに、いいセーカクしてるぜ」
「漁夫の利ってやつだ。成り行きから見て、フランス人は子供を奪われまいとするだろうからな」
そう言いながら浩平は窓のそばを離れた。
「高見の見物は、ここまでだ。こっちも動くぞ、ユースケ。奴らも子供がここにいる以上、フランス人が張ってることぐらい承知だろうからな」
「じゃあ、なんでわざわざ誘き寄せたりしたんだよ」
「決まってるだろう、フランス人に足止めさせるためだ」
祐介は、はたと手を打った。
「あ、なる……。連中が足ひっぱりあっててくれりゃ抜け出すのも楽勝だ」
「その代わり、あまり色っぽい道行きじゃあないがな」
浩平の皮肉っぽい笑みが合図のようだった。
祐介は踵を返して冴子に歩み寄ると、眠そうな顔をした少女に手を差し伸べた。
「有栖川さん…」
冴子が眉をひそめて呟いた。祐介はちらりと彼女を一瞥した。
「ここにいると、いずれホテルや一般客にも迷惑がかかる。お姫様は、おれたちがちゃんと守るから」
「私にできることは……」
「そのときになったら連絡するよ」
祐介は冴子の額にそっとキスした。
「さあ、おチビちゃん。出掛けようか」
床にひざまずき、促すように手を伸ばした祐介をじっと見ていた少女は、やがておもむろに彼の首にしがみついた。
「さすがだな。幼くても王家の人間だ、誰のそばにいるのが一番安全なのか、教えられずともよく心得ている」
そんな浩平の痺れるような美声を残して、二人は部屋を出ていった。
外国人たちが、駐車場から踊り出た派手なジャガーに気付かぬはずがなかった。
「だから言っただろーが、ジャガーは目立つって!」
助手席の窓から顔を出した祐介が叫んだ。
浩平はくわえ煙草でハンドルをさばいた。
「来た来た!」
祐介はニヤリと笑ってポケットから何やら取り出すと、スリングショットを構えた。
「なんだ、それ?」
「カオルさん特製の閃光弾」
言葉に呼応するかのように、後ろで凄まじい閃光が炸裂した。
「もいっちょ。…食らえ、煙幕弾‼」
深夜の街に、ブレーキ音が響き渡った。
「よく眠ってますわ。疲れたんでしょうね」
冴子はベッドを覗き込み、ブランケットを掛け直すと、そっと目を細めた。毛布の下では少女が微かな寝息を立てていた。
「それで、なんかわかった? その子の身元の手がかりになりそうなこと」
備え付けのドレッサーに腕組みをして寄りかかっていた祐介が低い声で訊ねた。
冴子は複雑な表情で振り向いた。
「……名前はアン・マリー。妖精のお城から来たそうです」
「よ…妖精の、お城⁇」
祐介は間の抜けた声で鸚鵡返しした。
4歳の子供の言うことは、意味がさっぱりわからなかったが、冴子が複雑な顔をしていた理由はよくわかった。
「お伽話にある、妖精の国から来たって意味かな。これくらいの年令の女の子はそーゆうのに憧れるから」
「いえ、それが…」
言い澱んだ冴子の声が急に深刻になった。
「彼女はこう言ったんです。…《妖精の城》と―――正確なフランス語で」
「え……っ⁉」
思わず声を上げかけた祐介は、慌てて口を押さえて声をひそめた。
「だってその子、フランス語はなせなかったんじゃ…」
「ええ。知っているのは、この単語だけだと思いますわ」
「じゃあ…誰かが、その子の住んでいる家、もしくはその子が今まで滞在していた屋敷か何かを、《妖精の城》とフランス語で呼んでたってことか」
「それも、幼い彼女がそれを自然に吸収してしまうほど頻繁に…」
冴子の意味ありげな口調に、祐介はパチンと指を鳴らした。
「身内か!」
頷いた冴子は立ち上がって、愛用のノートパソコンを手に取った。
「この件には、いくつかのキーワードがあります。…フランス人の女性、ドイツ語を話す少女、妖精の城、そして―――ローゼンシュタイン公国」
「ああ、コーヘイが聞いたっていうあの追突事故の…。でも、このローゼンなんとかって、どっかで聞いたことあるんだよな」
「世紀のロマンスですわ」
冴子は開いたパソコンのスイッチを入れ、画面を立ち上げた。
「15年以上前になりますが、ローゼンシュタイン公国の国王でもある大公ルードヴィヒ4世が、ある女優と恋に落ちて、彼女を王妃に迎えたんです。おかげで、この西ヨーロッパの小国の名は一躍世界中に広まりました」
「すっげー玉の輿」
「ごく最近にも一度、話題になっています」
液晶画面の青白い光が、抑揚を押さえた口調で話す彼女と、彼女の細い眼鏡を冴々と照らしだしていた。
「この王妃は昨年、不幸な交通事故で亡くなりました。バカンスの終わりに、コテージから三人のお子さんを寄宿舎に送り届けた帰り、運転を誤って断崖から崖下へ…」
「そうか、それだ。ニュースで何度か見たことがある」
「―――亡くなった王妃は、フランス人でした」
冴子は聡明な目でちらりと祐介を見上げ、慣れた手つきでキーボードにつないだマウスをクリックした。
すると、画面には若く美しい外国人女性が満面の微笑みを湛えて浮かび上がった。
「イエナ・サボー。故カミーユ・ジュレ監督の作品で世に出た女優ですわ。世界的な知名度こそありませんでしたけれど、大公に見初められて結婚してからは四人の子供にも恵まれて、幸福な人生だったと思います」
「四人? さっき子供は三人って…」
「寄宿舎に入っているのは上の三人ですわ。きょうだいは男の子が二人、女の子が二人」
と、そのときベッドの少女が話し声に目を覚ましたのか、寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。
「起こしちゃったかな」
気付いた祐介が囁くと、冴子が気をきかせて歩み寄った。
「どうしたの? お手洗いに行く?」
少女は目をしばたたき、青い光を放つパソコンの画面にじっと見入って、微かな声で呟いた。
「………マイネ・ムテ………」
「なに?」
祐介が聞き返した。すると、冴子がぎこちなく首をめぐらせ、振り向いた。
「彼女、なんて?」
もう一度祐介が聞くと、冴子は彼を凝視したまま、おもむろに少女を抱き締め、押し殺した声で慎重に言った。
「マイネ・ムテ……わたしのママ、と……」
祐介たちは、しばらく驚愕したように硬直して見つめ合った。
少女は確かにパソコンの画面に映っている女性を見て「わたしのママ」と言ったのだ。
それが意味するところは、ただ一つだった。
「…ってことは、その子に《妖精の城》って言葉を教えたのも―――…」
「確認するまでもなさそうですわね」
青白く瞬く液晶画面の中の、十数年前のものであろうその若々しい微笑みは、まばゆいほど鮮やかで美しかった。
「これだけいろんな要素が揃ってて、まさか無関係ってことねーもんな」
祐介は、ふうーっと大きく溜め息をついた。
「―――正真正銘の王女様かよ…」
「おぼろげながら、見えてきたな」
不意に、聞き覚えのある渋い美声が薄明かりの室内に低く響いた。
「コーヘイ」
戸口には、朝まで帰ってこないと思っていた浩平が夜更けの闇を纏って立っていた。
「これで、奴の言っていた『国家犯罪に関わることになる』という意味が、なんとなくわかった」
「ああ? 奴って誰だよ」
「たぶん、ベルンハルトとかいう奴だろう。大使館でフランス人たちが気色ばんで口走った名前だ。事故に遭った秘書官の代わりに本国からやってきたらしい」
「会ったのか、そいつに」
「ああ、さっきな」
ポケットに両手を突っ込んだ浩平は、厚手のカーテンが下りた窓際へ歩み寄った。
「エージェントが連れ回しているからには、ただの子供ではないと思っていたが……あの女、ずいぶん厄介なものを押しつけていってくれたもんだ」
「女って言えば…」
ふと、祐介が決まり悪そうに口を開いた。
「ここに刑事よこしたの、彼女じゃないぜ。彼女、刑事が来たこと知らなかったみたいだから」
「だろうな」
浩平は、そう応えて口元を歪めた。
「なんだよ、わかってたのか?」
「いや。だが、さっき奴のほうが政府に圧力をかけると嘯いていたから、恐らく、奴らが外務省にゆさぶりをかけて警察を動かしたんだろう、とな」
「なるほど。確かに手口はおんなじだ」
祐介は小さく肩を竦めた。
「どーやら、この件の真ん中にいるのはこの子に間違いないみたいだな。問題は、その理由だけど…」
「そいつは、連中に囀ってもらうさ」
カーテンを細く開けた浩平が、冷笑を浮かべて眼下を見下ろしていた。
「今からいちいち調べるのも面倒だからな」
「ひょっとして、おまえ―――」
いやな顔をした祐介が浩平のそばに行き、カーテンの隙間を覗くと、敷地の外の通りにヘッドライトを消した数台の車が止まるのが見えた。
「あれって、もしかして…」
「思っていたより早かったな」
浩平の表情はいかにも楽しげだった。祐介は、どっと肩を落とした。
「おまえさぁ、そのベルンハルトって野郎に会っただけじゃないだろう。…ケンカ売ってきたんじゃねえのか?」
「紳士的に話したぞ。上等の酒も奢ってやったし」
「挑発してどーすんだよ。ありゃどう見たってプロだぞ。飛び道具で武装したガイジンに日本の道理は通用しねえぞ」
「まあ、おまえならカオでタメ張れるかもしれないが、問題はリーチだな」
「ゆーちょーに言ってる場合かッ」
口を尖らせた祐介が、浩平を軽く睨んだ。
「ったく…コーヘイおまえ、その性格なんとかしろよな☆」
「おまえに言われたくない」
祐介を見返した浩平は、薄く笑って目を伏せた。
ベッドの端で少女の肩を抱いていた冴子がぽかんとした顔で二人を眺めていた。切迫した状況のわりに、緊張感のない掛け合い漫才を見せられているような気分だったのだ。
「どーすんだよ、コーヘイ。頭数じゃあっちが上だぜ」
「慌てるな、ユースケ。おれだってあんなのとまともにやり合う気はない」
「んなこと言ったって…」
そう言いかけた祐介を手で制した浩平が、ククッと笑って窓の外に顎をしゃくった。
「3Dのスパイ映画が、ナマで見られるぞ」
彼の言葉どおり、眼下では車から降りてきた複数の人影を、物陰に潜んでいた別の一団が遮ろうとしていた。
「あれはフランス人だろう」
浩平は悠然と笑っていた。
「おまえ…ホテルにフランス人が張ってるの最初っからわかってて、あいつら誘きだしたんだな?」
祐介の呆れ返った口振りにも、彼は意地悪く笑っているだけであった。
「ホントに、いいセーカクしてるぜ」
「漁夫の利ってやつだ。成り行きから見て、フランス人は子供を奪われまいとするだろうからな」
そう言いながら浩平は窓のそばを離れた。
「高見の見物は、ここまでだ。こっちも動くぞ、ユースケ。奴らも子供がここにいる以上、フランス人が張ってることぐらい承知だろうからな」
「じゃあ、なんでわざわざ誘き寄せたりしたんだよ」
「決まってるだろう、フランス人に足止めさせるためだ」
祐介は、はたと手を打った。
「あ、なる……。連中が足ひっぱりあっててくれりゃ抜け出すのも楽勝だ」
「その代わり、あまり色っぽい道行きじゃあないがな」
浩平の皮肉っぽい笑みが合図のようだった。
祐介は踵を返して冴子に歩み寄ると、眠そうな顔をした少女に手を差し伸べた。
「有栖川さん…」
冴子が眉をひそめて呟いた。祐介はちらりと彼女を一瞥した。
「ここにいると、いずれホテルや一般客にも迷惑がかかる。お姫様は、おれたちがちゃんと守るから」
「私にできることは……」
「そのときになったら連絡するよ」
祐介は冴子の額にそっとキスした。
「さあ、おチビちゃん。出掛けようか」
床にひざまずき、促すように手を伸ばした祐介をじっと見ていた少女は、やがておもむろに彼の首にしがみついた。
「さすがだな。幼くても王家の人間だ、誰のそばにいるのが一番安全なのか、教えられずともよく心得ている」
そんな浩平の痺れるような美声を残して、二人は部屋を出ていった。
外国人たちが、駐車場から踊り出た派手なジャガーに気付かぬはずがなかった。
「だから言っただろーが、ジャガーは目立つって!」
助手席の窓から顔を出した祐介が叫んだ。
浩平はくわえ煙草でハンドルをさばいた。
「来た来た!」
祐介はニヤリと笑ってポケットから何やら取り出すと、スリングショットを構えた。
「なんだ、それ?」
「カオルさん特製の閃光弾」
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