悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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地下牢と娑婆と

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アレキサンドリアが王宮の地下牢に収監されている──そのことを第二王子が知ったのは、揃いのカップを渡されてから数日後のことだった。

毒のことを知らない第二王子はたいそう嘆いた。きっと、濡れ衣を着せられたのだと考えている。第二王子のなかでは、アレキサンドリアは一貫して無垢な少女なのだ。

しかし会いに行きたくとも、自分自身もまた疑惑をかけられ自室にて謹慎させられている。食わせものの王太子が国王から王命を出させたから、憎たらしいが逆らえない。

それにしても、と思う。謹慎処分にされてはいても王家の王子だ。なのに生活が不便すぎるし周りの扱いが悪すぎる。

「おい、この食事はなんだ?黒パンに透けて見える薄いスープと申し訳程度の玉子料理だけで、どう生きろと?」

「畏れながら、子爵令嬢も同じものを食べて耐えています」

「こんな貧相な食事で飢えに苦しんでいるのか……ああ、サーシャが憐れだ。仕方ない、揃いのカップで茶を飲んでサーシャを想おう。水差しならあるが、この季節に冷たい水など飲んだら腹を壊す。──おい、ティーセットの用意を」

「子爵令嬢はお茶など飲めずに水で耐えています」

「なんだと?サーシャはどこまで苦しみ、不自由な環境に置かれているんだ。サーシャに熱い湯を与えるものはいないのか?……いないから水を飲むしかないのだろうな。あまりにも冷酷な扱いだ。仕方ない、水で我慢するが部屋が冷えている。暖炉にくべる石炭を」

「子爵令嬢は暖炉もなければ、暖を取るものの一切を与えられておりません」

「何ということだ……日当たりの悪くない私の居室でさえ冷えるというのに……サーシャは日差しのない地下牢で一日中寒さに震えているのか?獄中で一人孤独に凍死したら、それは貴族への殺害と変わらぬ。貴族を手にかければ重刑なのは分かっておろう!」

「現在の子爵令嬢は公爵令嬢を害した容疑のある身です。加えて尋問にも応じません。このままでは、さらなる苛烈な手段も考えねばならないと王太子殿下もお考えのようです」

これには第二王子も、衝撃と怒りで身を震わせた。

「サーシャを罪人扱いより惨い待遇に置くとは、人の情けがないのか?!全ては、公女が異国の妙な薬物をサーシャのワインに混入させたことから始まっただろう!公女があのような暴挙に出なければ、今も私とサーシャは寄り添い幸せにすごせていたんだ!公女が……あの女が私たちの運命を狂わせたんだ!」

──同時期、アレキサンドリアは不平不満ばかりを喚いていた。

「もういい加減にしてよ!こんなの食事と言えるの?!固い黒パンに具もなくて透けて見えるような薄いスープ!」

「容疑者といえど貴族の娘だから玉子料理も加えているだろう?第二王子殿下も同じものを召し上がっておいでなんだぞ」

「玉子料理ですって?こんなの、せいぜい卵一つしか使ってない添えものじゃないの!第二王子が何だって言うのよ!私は私なの、ひもじい思いなんて真っ平御免なのよ!──もういい、こんな家畜の餌にもならない食事なんて。お茶を飲むわ、ティーセットを用意して!」

「第二王子殿下すらも水差しの冷たい水で我慢してるんだぞ、容疑者に特別待遇なんて出来るわけないだろう」

「なんですって?!第二王子が冷たい水を飲もうが関係ないわよ!私は一国の王子から愛されてる証のカップでお茶を飲んで、せめて気を紛らわせようとしてるの!なんでお茶も飲めないのよ!──もう、ここは寒すぎるわ!暖炉もない牢屋に、いつまで閉じ込めるつもりなのよ!何か暖を取るものを持ってきなさいよ!」

「尋問にも応じない容疑者が、贅沢だけは一人前に言うんだから呆れるな。自分の行ないが問題だから投獄されてるのが分かってるのか?」

アレキサンドリアは何ひとつ思い通りにならないことに怒り狂った。金切り声で騒ぎ立てる。

「問題だからですって?全部、あの女狐が仕組んだんだせいなのよ!王子が私になびいたのは、私の方が可愛くて女としての魅力に溢れてたからなのに!王子妃になれれば全部上手くいったのに!なんで私は地下牢なんかで苦しめられてるのよ!王子なら私を助けに来るべきでしょ?!嫡子の王子なら相応の権限を与えられて当然なのに、あんな臣下の小娘にやられっぱなしだなんて!」

大層な物言いだが、こんな第二王子を幻滅させる言葉を伝えるものもいない。

それもこれも、ヴィクトリアが手配しているためだ。

そのヴィクトリアは、朝一番に寝間着姿で目覚めの紅茶を口にしながら、二人についての報告を書簡で読んだり人から聞いたり、実に興味深く情報に接していた。

──第二王子の様子は王太子からの書簡で知らせてもらえるし、子爵令嬢に関しては牢番を買収しておいてよかったわ。おかげで二人の言動が伝えられてくるもの。

第二王子もアレキサンドリアも、その身が幽閉されていてなお心は自由奔放のようだ。ぜひとも、そのまま突き進んでもらいたい。

──今のところ、まだカップに仕込んだ薬効は顕著に現れていないようだけれど……それでも、互いへの心情は露骨に出ているようね。特に子爵令嬢ときたら、まあ、何て現金なのかしら。第二王子に求めるものは愛情などではないと、あからさまに態度で示してるじゃない。

予想以上の展開には愉快にもなる。あとは、公爵家令嬢としての表向きの務めを怠らないことだ。

「──ナタリー。例の修道院では、指示した通りに炊き出しを実行しているかしら?」

「はい。お嬢様が去られたあとも、必ず週に一度の炊き出しを大規模に行なっております」

「そう、分かったわ。これからも欠かさず続けるように。──公爵家ではなく、わたくしの名でね」

──お父様は報復するために動こうと決めた私に言ったわ、「剣より強いもので」と。それは人の心から発生する世論よ。貴族も平民も人間だから、心が働く。その心を私に向けて味方に出来れば、たとえ第二王子の立場が王家の一員でも立ち位置は危うくなるの。

そこで、ナタリーがヴィクトリアの異変に気づいて口に出した。

「お嬢様、畏れながら申し上げます。シュミーズドレスに血の染みが見受けられます」

言われてみると、確かにウエスト部分の下が汚れている。下腹部にも鈍痛を感じるし、これはと思い至った。

「……月のものが始まったのかしら?──すぐに助産婦を呼んで。調べさせたいことがあるの」

月のものならば、服毒以降では初めて来たことになる。ヴィクトリアが知りたいのは、服毒の後遺症があるかどうかだ。

あの毒については、赤い靄で見えた範囲でならば、意識不明の間に生と死の狭間で癒したが、見えないどこか──例えば子を宿し生む力が損なわれてはいないかどうか、そこまでは分からない。

呼び出した助産婦は、慎重に診てから言いにくそうに口を開いた。

「お調べ致しましたところ、正常な月のものでございます。現在、公女様の御身は健やかであらせられます。……ただ、申し上げるには憚られますが……お体の細さゆえ……この先もし御子を宿されましても……その、ご出産の際には難産になられるかと……」

「そう、子は宿せるのね。──ならば難産になろうとも構わないわ。下がってよろしい。ナタリー、助産婦には十分な報酬を与えて」

「はい、かしこまりました」

「──え?あの、公女様……私めは失礼を申し上げまして……」

「公女様がお許しになられておいでです。あなたは仕事に見合った報酬を持って帰るように」

「……は、はい……」

恐縮しきっている助産婦は、ナタリーに言われても気にしているようだったが、これ以上の口出しは無用とされていることは理解したようだ。法外な金貨を手渡され、二度驚きながら帰された。

ヴィクトリアはといえば、結果を聞いて満足していた。己が振るった治癒の力が、我が身を毒からも立ち直らせたと判明したのならば、将来子を生むときに難産になろうとも恐れはしない。

──たとえ生みの苦しみが長引こうとも、出血が多くなろうとも、それらに対して備えは出来る。

むしろ困難を乗り越えてみせれば、我が子の父となる未来の伴侶から注がれる愛情は、より一層強まることだろう。

──その方が人生には有利だわ。

ヴィクトリアは危険さえも狡猾に計算していた。

そうして、望む結論を得られたヴィクトリアは、さっそく王太子と話す場を設けた。知略で作り上げた出来事を暴露する時は訪れたのである。

「本日は王太子殿下にご相談と懇願がございましてお越し願いました……身の程を弁えぬお呼び立てをしてしまい、申し訳ございません。ですが、わたくしの手には余る出来事に見舞われましたの」

「公女でも処理出来ない問題か?遠慮はいらはい。逆に、こうして頼りにしてもらえることを嬉しく思う。──話してくれ」

「はい……王太子殿下に申し上げます……実はわたくし、修道院に滞在していたとき刺客に命を狙われたのです……護衛騎士が捕縛してくれましたが、刺客たちは第二王子殿下からとナレステア子爵家令嬢より遣わされたと白状して……わたくし命を奪おうとまでした両名の憎しみが恐ろしくて……」

「刺客が送り込まれた?許しがたい……あえて警備も手薄な修道院で。明らかな害意と殺意が伴わなくては、両者ともに差し向けられはしないだろう。これは高位貴族を狙った重刑に値する。公女は今何を望む?」

「わたくしは司法に則って、裁判で彼らに罪を問いたく存じます。実は、刺客の一人が生き残っているのです。彼を証人にして、全てを明るみに出したいと望んでおります……でなければ第二第三の刺客が送られてまいりますし、わたくしに安寧はございませんもの……生きた心地のない夜をすごすことに疲弊致しました……」

「生ぬるい気もするが、公女の意思を何より尊重したい。何にしろ弟も子爵令嬢も、近頃では公女への耳汚しな言動が顕著になってきている」

「ありがたく存じます、刺客を差し向けられ毒を盛られ……わたくしが心より頼れるお方は、現在王太子殿下のみなのです」

「公女、あなたの悲痛な胸のうちは蔑ろになどしない。──王家のもの立ち会いで二人を裁判にかけよう。……しかし、執務と公務の都合で少なくとも一ヶ月は待たせてしまうが……すまない」

「構いませんわ。どうぞ、衆人の面前で彼らの罪を詳らかのして下さいませ」

「約束する。公女は案ずることなく療養に専念してくれ」

──王太子には魅了の薬といったものは一切使っていない。それを使えば自由に使える便利な駒になるけれど、使えば私を気にかける王太子の心が、薬効で働かなくなるもの。

それに、ヴィクトリアは断罪パーティーのあとからの王太子ならば、なぜか信用出来ると思っている。

──常に気遣われて、私の意思を汲んでもらえてきたからかしら?それとも、操るまでもなく思い通りに出来るから?

知識が豊富なヴィクトリアも、詰まるところ成年前の少女である。

とにかく、第二王子と子爵令嬢を見世物に出来る機会を与えられたヴィクトリアは満足して、公爵家でも見舞いに行く修道院でも、思う存分羽を伸ばしてすごした。

カップの薬効も徐々に効いてきていると王太子の言から確認出来た。裁判では、さぞや面白いものが見られるだろう。

──公開処刑かしら?二人の無惨な結末を堪能出来るのね。

顔には出さずに心を踊らせるヴィクトリアこそが悪女なのだが、それに勘づくものはいなかった。
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