悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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2度目の婚約は誓う

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王太子と話す機会を明日に得て、ヴィクトリアは婚約の儀に着けるものの最終的な調整を進めることになった。

これで二度目になる王家の婚約の儀では、ドレスが白いものに限られていて、身を飾る宝飾品の宝石も真珠以外は許されない。

王家における神聖な儀式のため、ドレスも制限は色だけでなく、デコルテや背中を見せるようなデザインは禁じられていて、とかく制約が多い。

それは儀式を控えた食事にも及び、前日の晩餐以降は軽食すら口にすることが出来ない決まりだ。飲みものも、水あるいは糖類を加えないお茶のみが許されている。

第二王子と婚約した際には、まだ幼かったため、望みもしない婚約ごときで、何と我慢を強いられるものかと不愉快でたまらなかったヴィクトリアだが、今回は違う。

令嬢として成長したからだけではなく、それは──儀式の相手にもよるのだろう。

「お嬢様、ドレスの調整も完璧でございます」

「ありがとう。華美に走らず、素材や意匠にはこだわりのあるドレスに仕上がったわね」

「王太子殿下とのご婚約でございますから、ご当主様は公爵家の威信にかけて素晴らしいドレスをと望んでおられましたが……」

「お父様は、わたくしを甘やかしすぎよ。政情や国民感情を考慮すれば、派手やかに着飾ることは望ましくないわ」

言いながら、姿見に映る自身のドレス姿を確認する。首まで詰まったドレスは質素に見えるほどシンプルなようでいて、レースや同系色の刺繍が細やかでヴィクトリアの容姿を引き立てており、おそらく誰もが息を呑む美しさだ。

装飾品は真珠のネックレスとイヤリングのみに留めたのも、より清楚な印象を与える。

──これなら非の打ち所がないわね。

満足していると、ドアがノックされた。

「──入っていいわ」

許可すると、執事長が書簡を大切そうに持ちながら入室してきた。封筒から察するに、王太子からのものだろう。

「失礼致します。──お嬢様、婚約の儀に用意するティアラには、王家の宝物庫で保管されてきたブルーダイヤをあしらいたいと、そのようにお申し出がございました」

「そう、ティアラのために血税が使われることは好ましくないと思っていたのよ。王太子殿下も考えは同じでいて下さったようね」

王子と婚約する場合、令嬢は儀式にて特別に作らせたティアラを王子から与えられ、手ずから頭に飾ってもらうことが出来る。

第二王子からのティアラは、断罪パーティーの直後に王家へ突き返したが、嫡出の王子が用意したとは思えない質素なものだった。

むしろ、ヴィクトリアの輝く髪に飾るには貧相に見えるような、宝石もあしらわない銀細工の華奢なティアラで、儀式が済んだあとは見るのも嫌だと管理を執事長に任せ、放置していたほどだ。

──あの時におぼえた感情は、忘れずにいることで復讐にも役立ったけれど。おかげで容赦なく追いつめても良心の呵責なんて微塵も感じずにいられたもの。

それも終わった過去のことだ。だが、今の王家は何につけても世間からの風当たりが強い。無駄な贅沢は控えるべきだし、何よりヴィクトリア自身が、婚約で浪費させることを好ましくないと考えている。

──今は貴族のみではなく、平民からも支持を集めるべきときよ。

「用件については同意すると伝えて。わたくしは部屋着のドレスに着替えるわ、執事長はもう下がってよろしい。──ナタリー、明日王宮に着ていくドレスを選ぶから手伝って」

「かしこまりました、お嬢様。季節にふさわしい色合いで整えましょう」

「では、私めは失礼致します」

執事長が恭しく退室し、ヴィクトリアはクローゼットから深みのあるボルドーのドレスを出させた。

王太子との対話には、必ず日当たりのいい温室が使われる。彼女は自身の白い肌と、きめの細やかな金髪が光陽に映える装いを丹念に選んで明日に備え、その夜の入浴ではバスタブに蘭の花を浮かべて、ゆったりと全身を磨いた。

──王太子殿下には、何度でも私を好ましく思ってもらわないと。

それが将来のための打算か、己の心のありようによるものか、それは多分両方のようにもヴィクトリアには思える。

王太子に対し、まだ特別な好意は自分の中で自覚してはいないが、ほのかな温かさに似た好感ならば存在していると分かっていた。

たとえ、それが闇のうちの冥い思惑で通じ合ったものによるとしても。

──清潔感に艶やかさを加えて。そこに慎ましさが見え隠れするようにしなくては。

そうして、顔のみでなく髪や指先から爪先に至るまで丁寧に手入れして、翌日の昼過ぎにヴィクトリアは王城へと向かった。

「お待ち申し上げておりました、王太子殿下は先に温室へと入られてございます」

「分かりました」

王太子の侍従が温室までの道のりを案内する。視線の端には時おり、護衛騎士の姿がちらりと映る。

それをさして気にも留めずに王太子の元へ行くと、立って温室の花を眺めていた表情が、ヴィクトリアを認めるなり柔らかに破顔した。

「なかなか顔を合わせる時間が取れずにいて申し訳なかった。公女は遠からず婚姻を誓う女性だというのに」

王太子はヴィクトリアの美しさに釘付けとなっている。どうにも、姿を見る度に惚れ直すようだ。疲れたときに求める甘味のごとく、目で味わっている。

「現在の王宮では、王家の皆様が奔走されておいでのことと思われますので……むしろ王太子殿下のお立場で、わたくしとの時間を設けて下さいましたことに心よりの感謝を申し上げますわ」

「奔走……確かに、王家への民の信頼と崇拝を回復させるために打てる手は常に考えているよ」

そう答える王太子の声音には、微かに疲労が混ざっている。これでは、晴れやかな婚約の儀を演出するにも支障をきたしそうに思えて、ヴィクトリアはさっそく本題に移ることにした。

「お察し致します。──そこで、他ならぬ王太子殿下にご提案をさせて下さいませ。国内では現状、日雇いの単純労働でしか賃金を得られない民も多くございます。これは、当人に専門的な能力を身につける機会がないためです」

「……確かに、多くの民が夕食のパンとスープを得るために苦しんでいる。これは国政でも憂慮されるべきことだ」

「わたくしと致しましては、学びに恵まぬゆえに労働にも恵まれない平民に、知識と技術が学べる場を用意したく存じます」

「民に生きる術を学ばせるということかな?」

「はい、仰せの通りでございます。国で平民に学びの場を、無償にて用意するのでございます。わたくし個人の力は限られておりますゆえ、すべての民に平等な学びは与えることが叶いません。──そこでぜひ、王家のお力添えを賜りたく」

「国が動けば、国力で民を救えるというわけか」

「ご明察でございます。そのためにも、王太子殿下の発言力と行動力に頼りたく、この度お話しさせて頂きました」

「公女の話には王家への配慮もあるのだろう?」

「畏れながら、第二王子により損なわれましたものも、この働きかけで立て直せるかと思われます」

そこまで話して、ヴィクトリアはカップの紅茶で舌を湿らせた。王太子はじっと思案している様子だ。

「……妙案だと思う。国王陛下には、私から進言しよう」

ややあって、王太子が頷いた。次に打つ手は決まっている。

「誠にありがたく存じます。そこで、この件につきましてお願いがございます」

「公女の考えに間違いはないだろう。言ってくれ」

「恐縮ですわ。──この案を、わたくしたちの婚約を祝う炊き出しパーティーにて、王太子殿下自ら公表して頂ければと考えております」

「私から口にすれば、王家への心象も改善されるだろうが……そこに、公女の働きがあることは言及してもいいだろうか?」

「お任せ致します。わたくしは王家に嫁ぐ身でございます。婚約の儀を済ませましたら、単なる公爵家令嬢ではなくなりますゆえ、王家の一員として恥じぬ言動と思索で民を思うことが、さらに多く求められるでしょう」

「分かった。──では、婚約披露の場ですべての民に公言しよう」

「ご理解を賜り、感謝の念に尽きません」

「私の方こそ、公女からの提案には感謝するばかりだ」

──これでいいわ。人心を掴めば、思う通りに動かすことも難しいことではなくなる。国が民に施すならば、民には国のために働く意思も生まれるというものよ。

それはつまり、王家の一員になるヴィクトリアのためにも働くということだ。国益が己の利になる。

「──では、王太子殿下にはお仕事がございましょう?わたくしが私情でお引き留めするわけにはまいりません」

「次に会えるのは婚約の儀と思うと、名残惜しくも思うが……帰りの馬車まで送らせてもらえるかな?」

「はい、ありがたく……喜んでお願い申し上げます」

話し合いは上手く進んだ。ヴィクトリアは満ち足りた笑みをたたえて、差し出された王太子の手に自身の手を重ねた。

そのあとは婚約の儀へ向けて、互いに慌ただしい時をすごして、あっという間に当日を迎えた。

この場に列席が許されるのは、王家と公爵家の一族の他には神職のもののみ。

国王が立ち会っていることは当然だが、ヴィクトリアが見たところ王妃の姿はない。

──王妃殿下も思うところがあるようね。実子が立太子されなかったどころか、あのように惨めな最期を遂げたのだし……王妃としての立場も悪くなっているでしょう。

だからこそ、この場には立ち会うべきなのだが、ヴィクトリアとしては正直に言うと第二王子の実母なぞ邪魔でこそあれ何の益にもならない。

せいぜい自分で自分の首を絞めていればいいと割り切って、王妃を愚かしいものとしてしか考えていない。

「──では、互いの指輪を交換し、神への誓言を述べて下さい」

王宮の教会で並んだ二人は、厳かな雰囲気に似合う佇まいで創造神に誓いを述べる。

「今このときより、互いに支え合い、生涯の敬愛を誓います」

「今このときより、殿下のために力を尽くし、生涯の崇愛を誓います」

王太子がティアラを手に取り、優しくヴィクトリアの頭に飾る。

プラチナをベースにしたティアラは細部まで繊細に作られ、控えめな黄金をアクセントにしている。中央にブルーダイヤが輝き、サイドには小粒の宝石が散りばめられ、ダイヤの美しさを引き立てていた。

豪奢には出来かねる状況で、ここまで凝ったティアラを用意出来た王太子の、ヴィクトリアへの想いは相当なものだ。

「……これほどまでに美しい女性は、公女の他にいないだろうね」

「殿下……」

王太子が演出する空間は甘く、もはやヴィクトリアへの愛おしさを隠さない。列席したもの皆が二人の信頼関係と愛を信じて疑わない雰囲気になった。

ヴィクトリア個人には、心を委ねる信頼や愛こそなくとも、王太子に対しては不思議な信用を胸に抱いている。

今はこれで十分だろう。ヴィクトリアが一筋縄でいかないことは、本人の口から語られた話で王太子も覚悟の上だ。

つつがなく儀式を終えた二人は、衣装直しをして多くの人々から祝福される場に向かう。

王国でも史上最大規模の炊き出しパーティーは、主役を待ちながら始まっていた。

供された料理に舌鼓を打ち、ヴィクトリアが仕込んだ飲みものを、全員が口にして。
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