悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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命の対価と身の危険

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ヴィクトリアが存分に力を発揮した甲斐あって、今回の疫病では、多くのものを救うことになった。

救えなかった命もあるが、もはや手遅れの患者にも薬を惜しみなく与えた結果、病の苦痛は治まって眠るような最期を迎えたと聞く。

また、彼らの遺族には公爵家と王家が共同で、なぜ患者が助からなかったか説明責任を果たした。

疫病に役立ったヴィクトリアはといえば、女神だの生き神だのと、持て囃されることを正直鬱陶しいと思っている。

──国内の疫病流行と大半の患者は何とか出来たけれど……事実を知った異国から薬の要請が殺到しては面倒なのよね。

その考えは、薬を用意する前からあった。そのため、あらかじめ王太子には国民全てに箝口令を敷くよう伝えており、そうしてくれなければ薬は用意出来かねることも「一介の令嬢である身のお願い」として言ってある。

国民はヴィクトリアを崇め奉っている状態に近い。救いの女神が願うことに背かなかった。

おかげで今のところ、マズリア王国は疫病が避けて通った奇跡の国だと見られており、他国はその要因こそ知りたがっていても、ヴィクトリアにまで追跡は及んでいない。

だが、それに安堵や満足はおぼえない。

──私を神と崇めるものは、自分にとって有益なものを求め続けるし、私が与えることを当たり前だと考えるようになる。それは傲慢だし、不快でしかない。

そうした輩は、ヴィクトリアの一挙一動に過敏な反応をするのも煩わしいのが本音である。理想から外れれば敵になりヴィクトリアを非難するからだ。

ヴィクトリアとしては、そんな目で束縛されることも、崇めているのだから当然の権利だと能力を搾取されることも、厭わしいし真っ平御免なのだ。

──何か……私から視線を移せるような対象を作らなければならないわ。

うってつけの人間は、国民を疫病の危険に晒し、ヴィクトリアに余計な仕事をさせた忌々しい王妃だ。しかし、事実を知らされた民が激昂して暴動を起こすのも面倒だし、本意ではない。

王妃が国民にではなく、自分に対して愚かなまねをしてくれれば使えるのだけれどと、そう思案しつつ彼女は水煙草をくゆらせ、一仕事の疲れを癒した。

それから少しして、王太子とは再び温室で時間を共有出来るようになり、ある日、会いたいと誘われて王宮に出向くと、彼は深刻そうな──それでいて力のみなぎる瞳で、今後のことを話した。

「今回のことで、義母上を庇うため、父上が正式に退位することになった。義母上は王宮の一室に生涯幽閉されるらしい。──もっとも、疫病への初動で遅れをとった父上にも責はある。その点において、義母上は諸悪の根源でも、父上の罪の身代わりでもあると言える」

「王妃殿下に対する処罰が生涯の幽閉とは……」

──生ぬるいわね。国民が疫病流入の原因を知らないでいるのをいいことに、安穏とした余生を与えるなど。

私が王太子殿下の立場ならば、徹底的に叩きのめすのに、とヴィクトリアは彼の詰めの甘さに歯がゆさをおぼえる。

同時に、王太子が実の親をとことん追いつめられない性格だからこそ、ヴィクトリアにも純心を捧げることが出来ていることも理解しているので、ここで余計な口出しは出来ない。

──まあ、王太子殿下も私と共有出来る闇を持っているのだから……いざとなれば王妃くらいは処罰に出るでしょう。

「私たちの結婚の儀に関しては、即位したあと様子を見て執り行なうことになるが……」

「それはお気になさらずに。まずは殿下の地盤を固めることが優先と心得ております」

申し訳なさそうに言った王太子に、温かみのある声音で答える。

「理解が早くて助かるよ。──代わりに、王宮での晩餐に招待したいと思っている。近い将来、家族になる私たちの関係を、より良好なものにするためにも君には受けて欲しい」

「はい、お招きにはありがたく応えさせて頂きますわ」

──第二王子と婚約していた頃とは大違いの扱いね。あれは私とお茶を頂く時間さえも作ろうとしていなかった。

婚約者とはいえ、王宮で王家のものと食事をするなど異例なことだ。それだけ王太子はヴィクトリアに惚れ込んでいるのだろう。

どことなく、ちりちりとするような熱い眼差しからも、その想いが感じ取れる。

それはヴィクトリアを僅かに落ち着かない気持ちにさせるが、なぜだか疎ましさは生まれない。

──この感覚は、どういうものなのかしらね。昂揚感に近いけれど、第二王子たちを追いつめた時の昂揚感とは全く違う。

相も変わらず、感情の機微──色恋には鈍感なままである。これは、この先王太子も苦労するだろう。

「正式な招待状は今日のうちに届けさせる。晩餐は五日後を予定しているから、君が慌ただしくなるかもしれないが、大丈夫かな?」

「お気遣いに感謝致しますわ。ですが、わたくしでしたらお招きに恥じぬ形で参りますので、どうか楽しく有意義な時間を共にするとお思いでおられて下さいませ」

「ありがとう。では、そうさせてもらう。ちなみに好物があれば使いのものに伝えておいて欲しい」

「ご配慮頂き、嬉しく存じます。五日後にお会い出来ることを心待ちにしております」

──王宮の深部、食事の場に行けば……何かを掴めるかもしれない。私から衆目を逸らせるような、国王夫妻の弱みが握れれば助かるわ。もっとも、国王は身の進退を決めた人だから難しいでしょうけれど。

退く決意をした人間は脆くない。その決意は身を強固にするし、つけ入る隙を与えないようにする。

まず、国王は落とせないだろう。

温室での時間はここでお開きになり、ヴィクトリアが帰宅して着替えると、すぐに王宮から招待状を携えた使者が公爵家にやって来た。

娘が即位間近の王太子と王宮で食事すると知った両親は、喜ぶよりも娘を案じる。

「王宮には魔性のものが住まっているだろう。気を引き締めて行きなさい」

「ヴィクトリア、あなたには毒への耐性があるけれど……万が一に備えておいた方がいいわ」

──どうやら、両親も王宮には私を憎むものがいることを分かっているようね。

「はい、お父様、お母様。わたくしは万全を期して臨みます」

まるで戦地に赴くようなやり取りだが、実際のところヴィクトリアは、撒き餌として自ら危険に身を投じるようなものだ。

晩餐までに、清楚で気品のある菫色のドレスをあつらえ、控えめながらも上質な宝飾品を揃えて、ヴィクトリアの纏う鎧は完成した。

王宮には、王太子が遣わした馬車で向かう。何しろ婚約者を乗せる馬車なので、それは気を配らせていることこの上ない、王族のみに許されているものが使われた。

「殿下に拝謁致します、この度はお招き下さり誠にありがたく存じます」

王宮に着いて、恭しく頭を下げて礼をしたヴィクトリアに、王太子が愛おしさを隠しもせず見つめながら、親しみを籠めて言葉をかける。

「楽にして構わない。今宵の君は一段と美しくて、眩しいくらいだ。──しかしこのまま見惚れるばかりで、君に立たせているわけにもいかないね。案内しよう、私について来てくれ」

「はい、ありがとうございます。楽しみでございますわ」

連れて行かれた部屋は、貴賓をもてなすことにも使われる特別なところで、隅々まで贅が凝らされている。

そこで、王太子が直々にヴィクトリアの椅子を引いて着席させた。

まずは飲みものが出され、それから彩り豊かな前菜が来て、メインの料理になったが、ここでなごやかな席は突如として終わりを告げた。

それもそのはず、ヴィクトリアは力が顕現してからというもの、能力の性質ゆえか薬や毒が目視で見分けられるようになっている。

だから、供された魚料理を一目見てすぐに異常を察知出来た。

「──失礼ですが、こちらのお料理に使われている魚は、朱砂で汚染されたものでございます」 

一口も食していないにも関わらず見破ったヴィクトリアに、彼女が毒を操れる能力を持っていることを知る王太子は、疑問符も投げかけず即座に受け答えした。

「──水銀を含んだ魚が、この歓談の場に使われたのか?すぐに料理を調べさせるよう命じる。ヴィクトリア、申し訳ないが……」

「わたくしはまだ口にしておりませぬゆえ、被害はございません。──ですが、主犯は王宮に存在しているかと」

その魚に致死性はなくとも、毒性は確かにある。何ものかによる明らかな害意だ。

──殿下との親睦を深めることを大義名分にしておきながら、王宮で殿下の伴侶を害する人物など一人しかいない。

ヴィクトリアとほぼ同じことを王太子も考えていたようだ。

「……義母上の身辺に重点を置いて調査するよう。義母上は王宮の内部でしか動けぬ身ゆえ、王宮を訪れるものを害そうとも出来る」

──すぐさま王妃を疑ってくれて助かるわ。余計な手間がかからない。

「殿下……わたくしは恐ろしい悪意に触れて、身が震える思いでございます……」

「ヴィクトリア……君には私がついている。手を尽くして君を守ろう。──義母上の専属メイドに私室まで、隈なく捜査して証拠を見つけ出せ。何としてでもだ」

か弱さを演出するヴィクトリアに王太子も応じて、それに便乗する。

そして、衛兵や王太子の私兵に乗り込まれた王妃が癇癪を起こして、「この無礼ものたちが!私を誰と心得て部屋を荒らすか!」と喚き散らすなか調べが進められた。

その結果、捕縛された王妃の専属メイドの衣服のポケットから朱砂の粉末が微量だが発見され、メイドは尋問も待たずに「王妃殿下からのご命令で」と吐いた。

どうにも、王宮の魔性には与するものがおらず、もはや孤立無援なようだ。身柄を拘束され、地下牢に押し込められた。

「義母上には、身の引き際が分からず愚行に出たことを惜しく思う」

「殿下……王妃殿下は罪を認められておいででしょうか?」

「……いや、この期に及んでなお、白々しく拒んでいる」

「まあ、何ということでしょう……失礼を申し上げますが、尋問を行なうものに少しだけ問いたく存じます。お許し願えますでしょうか?」

「ああ、構わない」

許しを得たヴィクトリアは王妃が収監された地下牢に赴いた。

──地下牢というのは、王宮の一角でも蝋燭さえ使い惜しみされるのね。冷えた空気は埃と黴と生臭いものが混ざっていて……愚かな王妃にはお似合い。

「こ、公女様……?このような醜い悪所に、なぜお見えに……」

興味深く観察しつつ目的地に着いて、巷で噂される生き神の来臨に萎縮する調査官へ、小声で──神々しい邪悪でもって命じる。

「ここに来て、わたくしが言うべきは一つよ。……いいこと?丁寧に、根気強く手間を惜しまず、しっかりと尋問なさい」

これは、たとえ王妃相手でも拷問していいと暗に言っている。

──王妃のことは、手を尽くして生き地獄に落としてあげましょう。上手く動いてくれたことね、これで私は被害者として公にも立ち回れる。もう王家に秘匿など一切許さなくてよ。私の安寧のために生け贄となるがいいわ。

王妃には、王太后として王宮でのうのうと生きさせてなどやらない。国民から集まる煩わしい目線は全て、王妃に処罰感情として向かわせる。──それが近い将来、王家に入るヴィクトリアの手始めの決断だった。
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