悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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悪役令嬢の甘美な愛

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ヴィクトリアは薬の効果で眠りに就きながら、過ぎ去りし日々を夢に見ていた。

もう、ヴィクトリアを軽んじて蔑ろにする人間もいないし、彼女を疎ましく思い害そうとする人間もいない。全てを排除して、あとは過去にとらわれず未来だけを見て生きてゆける。

それは、なんと清々しいことだろう。

眠りの中でさえ心は晴れ渡っている。

そうして、眠りから目覚めると、新国王が横たわるヴィクトリアに付き添って彼女の白い手を握り、心配そうに見つめていた。

「──ヴィクトリア、目が覚めたのか。気分は悪くないか?何か飲みもので喉を潤した方が……それとも、食欲が少しでもあるのなら、軽いものを用意させるから……」

「……陛下……ずっと傍にいて下さっておられたのですか?」

「当然だ。君は私の大事な婚約者であり、かけがえのない存在なのだから」

──寄り添う陛下の眼差しは、なんて真っ直ぐで真摯で、ぬくもりと闇の瞳の色が美しいのかしら?

「わたくしは、もう大丈夫でございます……お忙しい陛下のお時間を奪ってしまい……」

「気に病むことなど何もない。私は君の傍にいたくて、君が目を覚ましたとき誰よりも一番に気づきたくて、愛する君の目に映りたかっただけなのだから」

歯の浮くような言葉かもしれないが、穏やかで優しい語調は、そう感じさせない。むしろ、ヴィクトリアの心に不思議と沁み入る。

だから彼女も、彼女らしくなくとも真っ正直な言葉を口にした。

「……わたくしは愛することを知りません。それで構わないと思ってまいりました。……ですけれど、陛下の心の闇と眼差しと、握って離さずにいて下さる手が、なぜだか心地よく手放せないと思うのです」

ヴィクトリアは、愛することを知らずにいるには、あまりにも愛されてしまった。

新国王は少し驚きに目を見張り、それから柔らかく微笑んだ。

「……ヴィクトリア、──それが、君なりの愛というものではないかと思えてならないよ」

この一言はヴィクトリアに大きな衝撃を与えた。

──愛?私は利己的にあらゆるものを利用してきたのに、それでも他者への愛情が生まれるというの?私は己が可愛い。他者への感情も、それゆえに生じるもののはず。なのに、それを愛だと言うの?

戸惑いこそあるものの、しかし言われると腑に落ちる。新国王となった婚約者のことを、かつて都合の良い手駒として見ていたヴィクトリアは、いつしか共に歩む相手として──あらゆる出来事を共にする人間として認めていた。

それは、自分でも予想だにしなかった展開だ。それなのに不快ではなく、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「ならば、愛というものは……なんと、わがままで歪で……そして陛下の手のように温かく力強く、心を満たすものなのでしょう。わたくしは陛下に、そうしたものを差し出せておりますでしょうか?」

次期王妃の立場ではなく、一人の乙女として問いかける。そこに無駄な言葉を飾り立てることはない。

新国王は、あいている手でヴィクトリアの髪をそっと撫でた。

「君は、私に応えてくれている。きっとこれからも隣で応えてくれてゆくのだろうと私に信じさせてくれているよ」

ヴィクトリアは疫病の薬を量産すれば他国に高額で売ることも出来たし、恩を売ることも出来て国益になっただろうに、自国民にしか薬を用意しなかった。それは我が身可愛さによる。

それでも彼は、今までのあらゆる出来事を全て肯定してくれているのだ。

「……心に応えて共に生きることが愛ならば、陛下から信じられることを受け入れることが愛ならば……わたくしは拙い愛を胸に宿しているのでしょうね」

ヴィクトリアの未来に仇なすものが全て消え去った今、初めて鈍すぎる自分の心とも向き合えた。

──陛下への思い。共感。培った関係。それらは、いつの間に大きく育ったのかしら?

第二王子のときには微塵も感じなかった充足感と手応えを、ヴィクトリアへの理解を、新国王からは王太子だった頃から感じ取ってきている。

同盟関係。信頼関係。王家との婚姻に求められるそれらだけでは片づかない。

──それこそが彼からの愛によるものであり、全てを排除した私は、今これから彼と共に生きることに期待と希望を隠せない。

ついに、ヴィクトリアは己の心の変化と新国王への想いを、はっきりと自覚して、これもまたひとつの愛としての形なのだろうと認めるに至った。

愛されることを知る彼女は、必然的に愛することを知るときが来る。愛を享受してきた彼女は、愛に涸れた人間ではないのだから。

「わたくしには不得手なこと、経験のないことでございます。陛下と生きることに否やはございませんが、どのように態度で示せば良いのか……」

「人というものは、より良く善良であれと求めるものだが、私たちは心の暗部を通い合わせることで良かれと行動してきただろう?愛は無垢ではない。私たちには、闇を孕んだ愛でこそ力を合わせられる」

──純心だけが愛の形ではない。私たちの歪んだ腹黒い胸のうちもまた、心を通わせるものになる。

それは、ヴィクトリアが望む心のありようだ。誤ちにもなる理念を、新国王は否定しない。

むしろ、望んでくれている。

「……ならば、陛下。わたくしと共に生きて下さいませ。闇も罪も共にしながら、ありのままのわたくしを伴侶にして、国政を担い、わたくしの力をお使い下さい」

心から愛することの喜びも苦しみも、まだ分からない。──それでも、今の心には素直になれる。

果たして新国王は、ヴィクトリアの瞳を真っ直ぐに見つめて誓った。

「その君からの愛を、私は確かに受け取った。決して蔑ろにしないと誓おう」

妙薬にも毒薬にもなるヴィクトリアを、受けとめて受け入れる。

おそらく、それが新国王のヴィクトリアへの愛なのだろう。

──愛するということは清濁混合で、生きている限り純心ではいられない。光のみならず闇も愛を培うものなのね。──けれど、この人とならば、私は自分らしく……そうね、私に萌芽した心を躊躇わず、注げると分かるわ。

正式に婚約していても、あるがままの心を通わせることは初めてで、これまでヴィクトリアは好き勝手なことをしてみても、心のどこかで身構えてきていた。

──この人には、心に鎧をまとう必要がない。危うい自我も報復も、幻滅させないのだわ。

ヴィクトリアの愛は、利己的で計算高いと自覚している。しかし、それをこそ望むという新国王の心に触れて、もはや拒む言葉も心も浮き上がってこない。

──私は、もう偽りの姿を演じなくてもいいのね。少なくとも、この人の前では。

何とも開放的な心持ちだ。彼女は新国王の心に呼応する言葉を返した。

「……わたくしは、心に根ざした冥い情念で、害なすものを排除し……国の民を潤わせましょう」

全ては新国王のために、彼と共に生きてゆく自身のために。

そこに苦労はあれど、共に乗り越える幸福は何ものにも変えがたいだろうとヴィクトリアには分かっていたからこそ。

「親愛に敬愛に恋愛と、そうした愛の形へわたくしの陛下への思いを当てはめることは出来ません。ですが、わたくしは陛下と生きられる未来に感謝しております。──時として、共犯となり」

ヴィクトリアからすれば、立場を超えた率直な返答である。だが、それを聞いた新国王は破顔した。

「その一言さえを聞くことが出来ればと願っていたよ。ヴィクトリア、君を闇と罪で穢すことが怖い。しかし、同時に、闇も罪も君の美しさを翳らせることなど出来ないとも思う」

ヴィクトリアの精神の強さ、困難にも打ち勝つ本当の強さを、心底信じていなければ言えない言葉だ。

気遣うことも愛だが、信じることもまた愛。

ヴィクトリアが望む愛は、まさしく彼女を心から認めて受けとめ、信じ抜く強靭な愛情だった。

「……しかし本来ならば、愚弟が君を蔑ろにしていた時にこそ動くべきだったが……」

「陛下。過ぎたことを思い返して煩悶しても、明日という未来は明るくはなりません。過去は教訓と肥やしでございます。懊悩することは現在と今後の人生の無駄遣いでございます」

「そうして気持ちを切り替えられることこそが、君を輝かせているのだろうね」

「出すぎた言葉ですが……わたくしは、己を浪費することを望みません」

「いや、おそらくは、そう考えられる知性が王妃として、私の望む伴侶としてふさわしいのだと思う」

二人は目を細めて笑みを交わし、半身を起こしたヴィクトリアを、新国王はそっと手を伸ばして抱き寄せて包み込んだ。

そのひと時の甘さを味わい、見つめあって触れるだけの口づけで唇をついばむ。

その間ヴィクトリアが運ばれた部屋には、なんぴとたりとも遠慮して訪れることがなく──もしもこの世に精霊がいれば、祝福に光の粒を舞わせたに違いないとも思える時間をすごした。

──くすぐったくて面映ゆいけれど、不快な気持ちは起こらないのね。

かつてのヴィクトリアならば、色恋や愛なぞ面倒事でしかなかった。

けれど、彼女は己の変化を拒絶しなかった。恐れることすらもなかった。

報復の血なまぐささから離れて味わう蜜月は、寄り添う二人につかの間の安らぎを与えていた。

あとは、婚姻の儀が待ち受けている。

嫡子でありながら立太子も逃した第二王子の婚約者だったヴィクトリアが、王妃として広く認められる時である。
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