リンデンヴェール〜乙女は吸血鬼から求愛される〜

城間ようこ

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後日譚〜今日があり、明日へ〜②

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「──本当に、これしか方法はないのですか?」

アルヴィートがディアリエルに震える声で問いかける。懇願のように。

「もう、わたくし達の両家が知るところとなったわ……生きる道は残されていない。分かってちょうだい」

ディアリエルの決意は固い。アルヴィートに握らせた純銀の短剣、その手に自らの手を重ねて切っ先を自分に向けさせた。

「ああ、ディアリエルお嬢様……私には出来ません。愛するあなたを殺めるなど……!」

「殺めるのではないわ、二人で自由になるのよ。全てのしがらみから──追っ手が来るわ、さあ」

ディアリエルの手に力が籠もる。短剣の先が心臓のある場所に触れた。アルヴィートは跳ねるように身を震わせる。

「アルヴィート……来世があるならば、今度こそ貧しい民草であっても構わない、共に生きましょう……愛しているわ」

「ディアリエルお嬢様……!」

演じていて、ふと思う。

魂の契りを交わした一般人は吸血鬼と寿命を共にする。ならば──アルヴィートは、ディアリエルの心臓を貫き彼女の絶命を知る瞬間に己の生命も尽きたのではないか。

それは恐ろしい絶望だ。愛する人を殺めた苦しみを自覚すると共に生命が尽きる。アルヴィートは、来世にかけるよりも今まさにディアリエルの心臓を貫いた自らの罪と、愛する人を喪った慟哭のなかで絶命するのだ。

後も追えないまま、ディアリエルの死に追随して死んでゆく。殺してしまったという斬鬼の念のなかで。

「出来ません……私には、あなた様の未来を奪う事など……!」

「未来はもうないわ。わたくしがあなたに手を伸ばした瞬間に、わたくし達二人は未来を失くしたのよ……あるのは、望む最期だけだわ。アルヴィート、わたくしの願いを叶えてちょうだい。あなたの手で、あなたの腕の中で、わたくしは満たされながら終わりたいのよ……」

「ディアリエルお嬢様、けれど!」

「共に生きられないのなら……共に終わらせて……!」

美矢乃さまの演技は鬼気迫る勢いだった。私はと言えば、生じた疑念に心を乗っ取られ、ディアリエルを殺めた絶望のなかで生涯を終えるアルヴィートに占められていた。

それは、一度は愛する人を殺めた私には過酷すぎた。私は確かに美矢乃さまの心臓を貫いた。美矢乃さまの心臓は確かに一度は止まったのだ。私は美矢乃さまを死に追いやった。これは事実であり過去の拭えない出来事だ。私が生涯背負う十字架なのだ。

寂れた礼拝堂のなか、外から声が聞こえる。──近づいてくる足音は多く、ここに二人が潜んでいることを確信している。残された時間は刹那の時しかない。

「さあ、アルヴィート……帝の血と身分に縛られてきたわたくしを愛し憐れに思うならば自由にして……」

「あ……ああ……」

強い吸血鬼の力が、短剣を手にするアルヴィートに強いる。引きずられるように、アルヴィートは短剣を──。

「愛したわ、最愛のあなた」

「──嫌あっ……!」

私は役を忘れて悲鳴をあげた。美矢乃さまが、周りが固まって私に視線を集めている。けれど、それに気づいて恥じる余裕もなかった。

小道具の短剣を振り落として、私は両手で顔を覆った。その場にうずくまり、押し寄せる慟哭に為す術もない。

「──20分休憩!   千香、あなたは顔を洗って落ち着いて来なさい」

顧問の先生が声をかけてくれる。叱責はなかった。

そうなのだ。演じられない私に、周りは責めようとしない。恐らく美矢乃さまと契りを交わした愛ゆえだと思っているのだろう。しかし、その優しささえもが私を針の筵に立たせる。

美矢乃さまは、うずくまる私に身を屈めて抱き寄せて下さった。温かい。美矢乃さまが私の背をさする。あやすように。

「千香、千香……私は生きているでしょう?   これは現実ではないのよ、あなたの過去でもないの」

私にだけ聞こえる声で呼びかけて下さる。そのお声は慈しみに満ちて優しい。

──けれど。過去、私は美矢乃さまの心臓を貫いた。あの生々しい感触、短剣が美矢乃さまの胸にめり込んでゆく感触、そして美矢乃さまの心臓が止まった絶望もまた現実だったのだ。

「千香さま、どうなさったのかしら……あれほど演じる事に没頭なさってきておいででしたのに」

「そうよね、演技でさえ美矢乃さまを手にかけられないほどお慕いしておいでなのかしら?」

「けれど、度が過ぎておいでではなくて?   美矢乃さまの心臓を刺すのも小道具だし、刺さらないわ。第一、刺す真似だけではないの」

「あのお二人に何かあったのかしら……」

ファンクラブの皆が声をひそめて疑問を交わし合う。それが断片的に聞こえてくる。──いけない。美矢乃さまと私の秘密を暴かれてはいけない。悟られるわけにはいかない。

「千香……大丈夫よ、私はここにいるわ。あなたの目の前で生きているわ。あなたが手にかけるのは私ではないのよ……」

「美矢乃、さま……美矢乃さま……!」

眼差しで美矢乃さまに縋りつく。見つめ返して下さる美矢乃さまのお顔は心から私を案じて下さっている。励まそうとして下さっているのが痛いほど分かる。なのに踏み切れない自分が遣る瀬ない。美矢乃さまと演じたい。これは本心だ。美矢乃さまの卒業公演が終われば1年の間は共に演じられない。今この時を大事にしたい、なのに出来ずにいる。歯痒くて自分の不甲斐なさが情けなくて、感情はぐちゃぐちゃだ。

「千香、あなた明日は練習を休みなさい。宮牙さん、あなたも休んで千香と一緒にいてあげて。いいわね?」

顧問の先生が、突然の休息を告げる。練習しなければならないのに、与えられた役を演じられるようにならなければならないのに。

「ですが、先生……」

「千香、このままで前に進めると思う?──明日は宮牙さんとゆっくり話し合いなさい」

「……はい……本当にすみません……私……」

「人は誰しも壁に突き当たるものなの、生きていれば。千香は乗り越えられる。宮牙さんがいるのだから。──宮牙さん、千香をお願いね」

「はい、先生。私最善を尽くしますわ。──千香、あなた明日は私の部屋に来なさい。朝のうちに来てちょうだい。私も確かめたい事があるわ。あなたが来たら、車を出させてお父様の所に行くわよ」

「……美矢乃さまのお父様の元に……?」

「おかしいと思っていたの。お父様には今日中に連絡しておくわ。調べて頂きたい事もあるし……それが千香に何をもたらすかは分からないけれど、このままではいけないわ」

「……はい……」

私が力なく頷くと、美矢乃さまはふわりと私を抱きしめて下さった。美矢乃さまの香りと温もりを感じる。そうだ、美矢乃さまは今生きていらっしゃる。なのに──。

「──はい、休憩終わり!   冒頭から再開するわよ」

顧問の先生が告げる。結局、この日はクライマックスのシーンをこれ以上練習する事はなかった。立ち位置、台詞回し等の細かい所を見直して指導を受けて、私はと言えば気持ちを取り戻せないままに、どこか上の空と言うべきか、集中出来ずに役を全う出来ず更に自分に落胆した。

美矢乃さまを想う心は確かなのに、確かだからこそ恐れる。自縄自縛だった。

「──千香、帰りましょう」

「美矢乃さま……」

美矢乃さまと私が一緒に帰るのは去年の文化祭公演を成功させる為に顧問の先生から命じられて以降も日常になっていた。もっとも、私から文化祭公演が終わっても一緒に帰りませんかと言ったのだが。

美矢乃さまと過ごす時間は幸せだ。美矢乃さまが私に寄り添って下さるから。それに甘えたい気持ちと、美矢乃さまのご期待に応えられない我が身の情けなさが、一緒にいると胸を疼かせるようになったのは卒業公演の練習が本格的になってからだ。

「さ、行きましょう。千香」

シャワーを浴びて制服に着替え、美矢乃さまと落ち合う。美矢乃さまはごく自然に手を繋ぎ指を絡めてきた。私より少しひやりとした手が、暑さの中で心地いい。これで個人的な煩悶がなければ、私はその感触を純粋に幸福だと享受出来ていただろう。

「……美矢乃さま……申し訳ありません。美矢乃さまの大切な卒業公演ですのに、私が……」

「今は、その話はなしよ、千香。共に歩いていられる時間を味わいたいわ」

「……はい」

「千香、明日は朝の8時に私の部屋に来てちょうだい。朝食を一緒に頂いて、それからお父様に会いに行くわ。今夜はきちんと眠るのよ、いいわね?」

美矢乃さまは、ここのところなかなか寝つけずにいる私に気づいておられるのだろう。諭す声が優しい。足踏みして前を向けない私に失望していてもおかしくはないのに。

「お父様には話をしておいたわ。行けば分かる事があるはずよ」

美矢乃さまのご実家には広々とした書斎がある他、蔵にも蔵書や史書がたくさんある。帝直系のお家柄なのだから、吸血鬼と一般人の関係性について書かれた書物も多いと聞いた事があった。

赴けば分かる事が──それは何だろう?

美矢乃さまのお顔を窺うと、どことなく固い何かを感じる。喜ばしい事とは限らないように思える。

けれど、美矢乃さまは常に私を思って行動して下さる。今の私には必要な何かなのだろう。

「──では、明日の朝に会いましょうね。寮までの道は短すぎるわ……千香と一緒に歩いていると思うと、あっという間に終わってしまうもの」

気づけば互いの寮の別れ道に着いていた。せっかく美矢乃さまと手を繋いで歩いていられたのに、自分の事でいっぱいになっていて惜しい事をしてしまった。

「美矢乃さま……明日も会えるのですから。二人でお休みを頂けましたし」

理由は情けないけれど、自己嫌悪に陥ってばかりでは美矢乃さまを蔑ろにしてしまう。私は繋いでいた美矢乃さまの手を両手で押し包み、胸に抱くように心を籠めて目を伏せた。

まるで贖罪か告解、懺悔する民のようだと思いながら、愛しさが伝わるように。

「千香、反則だわ。……こんなにもいじらしい千香を目の前にしてしまったら、離れられなくなるではないの……」

美矢乃さまが困ったような声で、それとは裏腹にとろけるような眼差しで私を見つめて下さる。

明日、美矢乃さまのお父様から何を聞かされるかは分からない。でも、美矢乃さまのお気持ちを頂いて、私の心は僅かに凪いだ。
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