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後日譚〜今日があり、明日へ〜③
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──寮に帰宅して、着替えてベッドに身を任せる。もうじき夕飯の時間だと言うのに、食欲も空腹感もなかった。練習で疲れているはずなのに横たわっていても眠気も訪れない。
けれど、食事を抜いたりしてしまえば美矢乃さまに心配をおかけしてしまう。美矢乃さまのお蔭で僅かに凪いだ心は、私に横たわる事を許したけれど──演じられない自己嫌悪と、明日の朝に美矢乃さまのご実家へ伺うと言う緊張感が押し寄せてきた。
美矢乃さまは何かをお父様に調べさせるようだけれど、それが何かは皆目見当がつかない。昨年、お父様によって様々な事を知らされた。他にもまだ私の知らない何かがあるのだろうか。
どちらにせよ、美矢乃さまは私の為にならない事はなさらないと信じている。今回も、私が演技に向かい合える為に手を回して下さったのだろう。
「お夕飯……どうしよう」
食堂に行けば、今の私の気持ちとは裏腹に活気に満ちている。美矢乃さまのファンクラブの皆さまもいるだろう。何やら、話しかけられても相手を出来る気がしない。ましてや、今回の演目について訊かれたら──言葉に詰まるのは目に見えている。もしかしたら、美矢乃さまのお相手として役目を全う出来ていない私への不満も言われるかもしれない。
実際、今の私は全く役に立っていないのだ。それどころか足を引っ張っていて、美矢乃さまだけでなく部員の皆さまに迷惑をかけてしまっている。
時計を見やると、夕飯の時間でも最盛期になっていた。今は人が大勢集まるところには行きたくない。食堂が閉まる直前に軽いものでも頂こうか。そう考えていると、誰かが私の部屋のドアをノックした。
「はい、どなた様でしょうか?」
もしかしたら美矢乃さまのファンクラブ会員の方かもしれないと少し身構える。けれど、返答は「宮牙さまに頼まれて来たのですが、大丈夫でしょうか?」と言う大人の声だった。
「美矢乃さまに……?」
「はい、おそらく和泉さんは食欲があまりないだろうと、お腹に優しい雑炊を作って差し上げるように言われましたのでお持ちしました」
「美矢乃さまが……はい、どうぞお入りください。ありがとうございます」
ドアの鍵を開けて迎え入れる。食堂でも何度も見かけた職員の方だった。雑炊にしては土鍋が大きい気もするけれど、美矢乃さまは来たる明日に備えて栄養をしっかりとるようにとのお考えなのだろう。
「こちら、テーブルに置きますので熱いうちにお召し上がりください。海鮮雑炊です」
「本当にありがとうございます、お手数をおかけしてすみません」
「いえ、寮生の健康を守るのが私達の仕事ですよ」
美矢乃さまといい、寮の職員の方といい、優しさが沁みる。私は感謝して頂く事にした。雑炊ならば食欲がなくても食べやすい。
土鍋の蓋を開けると、優しい匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。お椀に少しずつ移して、レンゲで口に運ぶ。塩分は控えめで出汁が効いていて、匂いに負けない優しい味だった。
美矢乃さまのお心遣いが嬉しい。美矢乃さまは、今こんなありさまの私でも大切に想って下さっているのだと思うと優しい味わいの雑炊と相まって不覚にも目頭が熱くなった。
──が、土鍋が大きい。鍋料理の二人前や三人前くらいある。……美矢乃さまは私の胃袋をブラックホールだと思っているのだろうか。いや、きっと育ち盛りだと思っているのだと言い聞かせる。雑炊は美味しかったけれど、さすがに食べきれず、作って下さった厨房の方には申し訳ないけれど腹八分目で残す事にした。それでもこれだけ食べられたのだから、私を思いやって下さる美矢乃さまや他の方の力は偉大だ。
「ご馳走様でした」
手を合わせて、頭を下げる。とりどりの海の幸が使われた雑炊は、十分に食べ応えもあった。これで、お風呂に入って、お肌のお手入れを済ませて歯磨きすれば温かい気持ちでベッドに潜れるだろう。
私は頃合いを見て、食堂に人が少なくなった辺りに食器を戻しに行った。
「美味しかったです。ありがとうございました。食べきれなくてすみません」
謝ると、厨房の方は笑いながら「食べきれたら大食いアイドルになれますよ、何しろ宮牙さまが和泉さんに栄養をとらせるようにと言うので……一人前では過酷な練習の後では足りないに違いないからと仰せで」と言った。やはり、美矢乃さまは私の胃袋を誤解なさっている。
人目を避けて自室に戻り、明日に備える事にしても、美矢乃さまの暴走が心を満たしている。この気持ちのまま眠れたら、きっと安らかな眠りにつける。
──そう思ったけれど、深層心理が働きかける夢は残酷だ。
夢の中で私は、いつかあったように美矢乃さまの胸を短剣で貫いていた。縋りつき、傷を舐めて癒そうとする。美矢乃さま、と何度も呼びかける。心臓が止まった美矢乃さまのお顔が青ざめて、いつも私を温かく見つめて下さっていた瞳は固く閉ざされている。
美矢乃さま、美矢乃さま、美矢乃さま──冷たくなってゆく美矢乃さまに覆いかぶさり、私は悲鳴のように美矢乃さまを呼んだ。現実では、美矢乃さまは目を覚まして下さったのに。なのに、夢の中では私は美矢乃さまを殺めただけなのだ。
──美矢乃さま。そう叫ぶ自分の声で目を覚ます。カーテンの向こうが少し明るくなっている。うなされていたのか、寝汗で汗みずくになっていた。
「シャワー浴びないと……」
身体が熱い。火照った身体は、起きてなお汗が引かない。時計を見ると、まだ早めの時間だった。これなら、ゆっくりシャワーで汗を流しても美矢乃さまとの待ち合わせに十分間に合う。
私はからからに渇いた喉を、備え付けの冷蔵庫から出したスポーツドリンクで潤し、バスルームへ向かった。何しろ美矢乃さまのお父様にお会いするのだ、身綺麗にしていかなくては失礼にあたる。丁寧に髪と身体を洗い、バスルームの鏡で自分の顔を見る。我ながらひどい顔をしている。
あのような夢を見て晴れやかな顔をしていられる訳もないけれど、このままでは美矢乃さまにご心配をおかけしてしまう。鏡と向き合い、笑顔を作ってみせ、ぎこちない笑顔に溜め息をついて、お化粧を薄く施して誤魔化す事にした。
薄化粧を済ませて、着替えを選ぶ為にクローゼットを開ける。寮に入りたての頃は質素なファストファッションの洋服ばかりだったクローゼットは、美矢乃さまと魂の契りを交わしてから一変した。何しろ美矢乃さまと美矢乃さまのお父様が何かにつけて洋服を見繕い、贈って下さるのだ。その度に恐縮しているのだけれど、お二人は私を着飾らせる事を喜んでいて、断りきれずに受け取るはめになっていた。
少し悩み、シンプルだけれど一目で上質だと分かるベビーブルーのワンピースを選ぶ。朝食は美矢乃さまと頂くので、着替えれば美矢乃さまのお部屋に向かうだけでいい。
私はワンピースに袖を通し、姿見で身だしなみをチェックしてから部屋を出た。演劇部では男役なので髪は短いから、ブラシで梳いて軽くブローするだけで良かった。
あまり寮の人に会いたくない、そう思いながら廊下を歩いて外に出る。幸いにも、美矢乃さまのファンクラブの方々にも会わずに済んだ。今の私では会わせる顔がない。
美矢乃さまの吸血鬼コースの寮までは、ゆっくりの徒歩で15分ほどかかる。心なし緊張しながら寮の中に入ると、既に玄関で美矢乃さまが私を待っていて下さっていた。シンプルだけれど一目で上質だと分かるオフホワイトのワンピース……これは、どう見ても私のワンピースと色違いのお揃いだ。
美矢乃さまは私を見るなり喜色を浮かべて腕を絡めてきた。
「ごきげんよう、千香。千香が部屋を訪ねてくれる楽しみ以上に、私とした事が千香の出迎えをしたい欲求に負けてしまったわ。──千香、やはり私服の千香の愛らしさも格別ね。千香ならそのワンピースを選んでくれると信じていたわ。これがペアルックというものかしら。嬉しいわ」
「あの、美矢乃さま……なぜお揃いのお洋服を……」
「あら、私とお父様が選んだプレゼントのお洋服は全て私と色違いのお揃いよ。千香にも私にも似合うお洋服を選ぶ事は楽しみなのですもの」
「……美矢乃さま……」
何だろう、罠にはまった気持ちがしないでもない。けれど、平常運転で接して下さる美矢乃さまのご様子に接していると、なぜか心が落ち着くのだ。結局私は美矢乃さまをお慕いしているという事なのだろう。
「さ、千香。食堂で軽いものを頂きましょう。昨夜はお雑炊だけだったでしょう? 千香もお腹がすいているはずだわ」
「美矢乃さま、昨夜はお気遣いありがとうございました。美味しかったです。……量の多さに驚きましたが……」
「あら千香、あれくらいは食べなければ駄目よ。育ち盛りですもの。それに、演劇部での厳しい稽古で消耗しているのよ?」
……何となく、美矢乃さまの食生活が気になったものの、訊くのは堪える。こんなにもほっそりとした美矢乃さまが、あの土鍋の大きさに疑問を抱かないと言う事実には突っ込みたいところだったけれど。
「千香、あなたは吸血鬼コースの朝食は初めてよね? 美味しさは保証するわ、楽しみにしてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
目立つのは避けたいけれど、美矢乃さまは私と腕を組んで身を寄せたまま食堂へといざなう。当たり前だけれど、この寮にいるのは全員が吸血鬼の方々だ。吸血鬼の方は美しい容姿の方が多いけれど、間近で見ると迫力が一般人と違う。オーラと言うものだろうか?
「千香にも頂きやすいように用意して頂いたのよ、一般人は朝からお肉はあまり入らないでしょう?」
「そうですね……ハムやソーセージなら少しは頂きますが……」
美矢乃さまのお気遣いは、どこまでも優しい。用意された朝食は、スライスしたバケットをトーストしたものに、ベリーを乗せて蜂蜜をかけたノンシュガーのヨーグルトとカフェオレだった。このメニューなら私でも食べやすい。
「さ、頂きましょう。お父様とお会いするのですもの、万全を期さなければ」
一体どのような話が待ち受けていれば、そうなるのか。けれど、美矢乃さまは分かっていらっしゃるのだろう。緊張が込み上げてくるけれど、私は美矢乃さまと食事を前にお祈りをしてヨーグルトのスプーンを手にした。
……この時、私は何が待ち受けているのか知らなかった。
私の、今は亡き両親に関する推測。
何も、分かっていなかった。
ただ、美矢乃さまと寄り添い、迎えの車に乗って、美矢乃さまのご実家へと向かったのだ。
けれど、食事を抜いたりしてしまえば美矢乃さまに心配をおかけしてしまう。美矢乃さまのお蔭で僅かに凪いだ心は、私に横たわる事を許したけれど──演じられない自己嫌悪と、明日の朝に美矢乃さまのご実家へ伺うと言う緊張感が押し寄せてきた。
美矢乃さまは何かをお父様に調べさせるようだけれど、それが何かは皆目見当がつかない。昨年、お父様によって様々な事を知らされた。他にもまだ私の知らない何かがあるのだろうか。
どちらにせよ、美矢乃さまは私の為にならない事はなさらないと信じている。今回も、私が演技に向かい合える為に手を回して下さったのだろう。
「お夕飯……どうしよう」
食堂に行けば、今の私の気持ちとは裏腹に活気に満ちている。美矢乃さまのファンクラブの皆さまもいるだろう。何やら、話しかけられても相手を出来る気がしない。ましてや、今回の演目について訊かれたら──言葉に詰まるのは目に見えている。もしかしたら、美矢乃さまのお相手として役目を全う出来ていない私への不満も言われるかもしれない。
実際、今の私は全く役に立っていないのだ。それどころか足を引っ張っていて、美矢乃さまだけでなく部員の皆さまに迷惑をかけてしまっている。
時計を見やると、夕飯の時間でも最盛期になっていた。今は人が大勢集まるところには行きたくない。食堂が閉まる直前に軽いものでも頂こうか。そう考えていると、誰かが私の部屋のドアをノックした。
「はい、どなた様でしょうか?」
もしかしたら美矢乃さまのファンクラブ会員の方かもしれないと少し身構える。けれど、返答は「宮牙さまに頼まれて来たのですが、大丈夫でしょうか?」と言う大人の声だった。
「美矢乃さまに……?」
「はい、おそらく和泉さんは食欲があまりないだろうと、お腹に優しい雑炊を作って差し上げるように言われましたのでお持ちしました」
「美矢乃さまが……はい、どうぞお入りください。ありがとうございます」
ドアの鍵を開けて迎え入れる。食堂でも何度も見かけた職員の方だった。雑炊にしては土鍋が大きい気もするけれど、美矢乃さまは来たる明日に備えて栄養をしっかりとるようにとのお考えなのだろう。
「こちら、テーブルに置きますので熱いうちにお召し上がりください。海鮮雑炊です」
「本当にありがとうございます、お手数をおかけしてすみません」
「いえ、寮生の健康を守るのが私達の仕事ですよ」
美矢乃さまといい、寮の職員の方といい、優しさが沁みる。私は感謝して頂く事にした。雑炊ならば食欲がなくても食べやすい。
土鍋の蓋を開けると、優しい匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。お椀に少しずつ移して、レンゲで口に運ぶ。塩分は控えめで出汁が効いていて、匂いに負けない優しい味だった。
美矢乃さまのお心遣いが嬉しい。美矢乃さまは、今こんなありさまの私でも大切に想って下さっているのだと思うと優しい味わいの雑炊と相まって不覚にも目頭が熱くなった。
──が、土鍋が大きい。鍋料理の二人前や三人前くらいある。……美矢乃さまは私の胃袋をブラックホールだと思っているのだろうか。いや、きっと育ち盛りだと思っているのだと言い聞かせる。雑炊は美味しかったけれど、さすがに食べきれず、作って下さった厨房の方には申し訳ないけれど腹八分目で残す事にした。それでもこれだけ食べられたのだから、私を思いやって下さる美矢乃さまや他の方の力は偉大だ。
「ご馳走様でした」
手を合わせて、頭を下げる。とりどりの海の幸が使われた雑炊は、十分に食べ応えもあった。これで、お風呂に入って、お肌のお手入れを済ませて歯磨きすれば温かい気持ちでベッドに潜れるだろう。
私は頃合いを見て、食堂に人が少なくなった辺りに食器を戻しに行った。
「美味しかったです。ありがとうございました。食べきれなくてすみません」
謝ると、厨房の方は笑いながら「食べきれたら大食いアイドルになれますよ、何しろ宮牙さまが和泉さんに栄養をとらせるようにと言うので……一人前では過酷な練習の後では足りないに違いないからと仰せで」と言った。やはり、美矢乃さまは私の胃袋を誤解なさっている。
人目を避けて自室に戻り、明日に備える事にしても、美矢乃さまの暴走が心を満たしている。この気持ちのまま眠れたら、きっと安らかな眠りにつける。
──そう思ったけれど、深層心理が働きかける夢は残酷だ。
夢の中で私は、いつかあったように美矢乃さまの胸を短剣で貫いていた。縋りつき、傷を舐めて癒そうとする。美矢乃さま、と何度も呼びかける。心臓が止まった美矢乃さまのお顔が青ざめて、いつも私を温かく見つめて下さっていた瞳は固く閉ざされている。
美矢乃さま、美矢乃さま、美矢乃さま──冷たくなってゆく美矢乃さまに覆いかぶさり、私は悲鳴のように美矢乃さまを呼んだ。現実では、美矢乃さまは目を覚まして下さったのに。なのに、夢の中では私は美矢乃さまを殺めただけなのだ。
──美矢乃さま。そう叫ぶ自分の声で目を覚ます。カーテンの向こうが少し明るくなっている。うなされていたのか、寝汗で汗みずくになっていた。
「シャワー浴びないと……」
身体が熱い。火照った身体は、起きてなお汗が引かない。時計を見ると、まだ早めの時間だった。これなら、ゆっくりシャワーで汗を流しても美矢乃さまとの待ち合わせに十分間に合う。
私はからからに渇いた喉を、備え付けの冷蔵庫から出したスポーツドリンクで潤し、バスルームへ向かった。何しろ美矢乃さまのお父様にお会いするのだ、身綺麗にしていかなくては失礼にあたる。丁寧に髪と身体を洗い、バスルームの鏡で自分の顔を見る。我ながらひどい顔をしている。
あのような夢を見て晴れやかな顔をしていられる訳もないけれど、このままでは美矢乃さまにご心配をおかけしてしまう。鏡と向き合い、笑顔を作ってみせ、ぎこちない笑顔に溜め息をついて、お化粧を薄く施して誤魔化す事にした。
薄化粧を済ませて、着替えを選ぶ為にクローゼットを開ける。寮に入りたての頃は質素なファストファッションの洋服ばかりだったクローゼットは、美矢乃さまと魂の契りを交わしてから一変した。何しろ美矢乃さまと美矢乃さまのお父様が何かにつけて洋服を見繕い、贈って下さるのだ。その度に恐縮しているのだけれど、お二人は私を着飾らせる事を喜んでいて、断りきれずに受け取るはめになっていた。
少し悩み、シンプルだけれど一目で上質だと分かるベビーブルーのワンピースを選ぶ。朝食は美矢乃さまと頂くので、着替えれば美矢乃さまのお部屋に向かうだけでいい。
私はワンピースに袖を通し、姿見で身だしなみをチェックしてから部屋を出た。演劇部では男役なので髪は短いから、ブラシで梳いて軽くブローするだけで良かった。
あまり寮の人に会いたくない、そう思いながら廊下を歩いて外に出る。幸いにも、美矢乃さまのファンクラブの方々にも会わずに済んだ。今の私では会わせる顔がない。
美矢乃さまの吸血鬼コースの寮までは、ゆっくりの徒歩で15分ほどかかる。心なし緊張しながら寮の中に入ると、既に玄関で美矢乃さまが私を待っていて下さっていた。シンプルだけれど一目で上質だと分かるオフホワイトのワンピース……これは、どう見ても私のワンピースと色違いのお揃いだ。
美矢乃さまは私を見るなり喜色を浮かべて腕を絡めてきた。
「ごきげんよう、千香。千香が部屋を訪ねてくれる楽しみ以上に、私とした事が千香の出迎えをしたい欲求に負けてしまったわ。──千香、やはり私服の千香の愛らしさも格別ね。千香ならそのワンピースを選んでくれると信じていたわ。これがペアルックというものかしら。嬉しいわ」
「あの、美矢乃さま……なぜお揃いのお洋服を……」
「あら、私とお父様が選んだプレゼントのお洋服は全て私と色違いのお揃いよ。千香にも私にも似合うお洋服を選ぶ事は楽しみなのですもの」
「……美矢乃さま……」
何だろう、罠にはまった気持ちがしないでもない。けれど、平常運転で接して下さる美矢乃さまのご様子に接していると、なぜか心が落ち着くのだ。結局私は美矢乃さまをお慕いしているという事なのだろう。
「さ、千香。食堂で軽いものを頂きましょう。昨夜はお雑炊だけだったでしょう? 千香もお腹がすいているはずだわ」
「美矢乃さま、昨夜はお気遣いありがとうございました。美味しかったです。……量の多さに驚きましたが……」
「あら千香、あれくらいは食べなければ駄目よ。育ち盛りですもの。それに、演劇部での厳しい稽古で消耗しているのよ?」
……何となく、美矢乃さまの食生活が気になったものの、訊くのは堪える。こんなにもほっそりとした美矢乃さまが、あの土鍋の大きさに疑問を抱かないと言う事実には突っ込みたいところだったけれど。
「千香、あなたは吸血鬼コースの朝食は初めてよね? 美味しさは保証するわ、楽しみにしてちょうだい」
「はい、ありがとうございます」
目立つのは避けたいけれど、美矢乃さまは私と腕を組んで身を寄せたまま食堂へといざなう。当たり前だけれど、この寮にいるのは全員が吸血鬼の方々だ。吸血鬼の方は美しい容姿の方が多いけれど、間近で見ると迫力が一般人と違う。オーラと言うものだろうか?
「千香にも頂きやすいように用意して頂いたのよ、一般人は朝からお肉はあまり入らないでしょう?」
「そうですね……ハムやソーセージなら少しは頂きますが……」
美矢乃さまのお気遣いは、どこまでも優しい。用意された朝食は、スライスしたバケットをトーストしたものに、ベリーを乗せて蜂蜜をかけたノンシュガーのヨーグルトとカフェオレだった。このメニューなら私でも食べやすい。
「さ、頂きましょう。お父様とお会いするのですもの、万全を期さなければ」
一体どのような話が待ち受けていれば、そうなるのか。けれど、美矢乃さまは分かっていらっしゃるのだろう。緊張が込み上げてくるけれど、私は美矢乃さまと食事を前にお祈りをしてヨーグルトのスプーンを手にした。
……この時、私は何が待ち受けているのか知らなかった。
私の、今は亡き両親に関する推測。
何も、分かっていなかった。
ただ、美矢乃さまと寄り添い、迎えの車に乗って、美矢乃さまのご実家へと向かったのだ。
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