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王都エンペラルにて
親の心子知らず 1
しおりを挟むノエルは、ハンナの待つ応接室のドアを軽くノックしてから開けた。
「――ノエルさん!」
応接室のソファに座っていたノエルの育ての母、ハンナ・リンデジャックが、部屋に入ってきたノエルの姿を見て、はじけるように立ち上がる。
「ハンナ、久しぶり。元気そうだね」
数カ月ぶりに会う、ハンナの姿を見て、素直に嬉しいという気持ちが湧き上がる。しかし、それよりもノエルには打ち明けなければならないことがあった。
「…やっぱり…討伐部隊に入ったんですね」
「――えっ!?」
ハンナは、はぁとため息をついて、額を押さえた。そして「座りましょう」と声をかけノエルをソファに座らせると、自分も向かい側のソファに腰を下ろした。
「その、マントにつけたピンバッチに覚えがあります。討伐部隊のものですよね?連絡がつかないことが多いから、治療院ではなく、別のところで働いているのではないかと思いましたが…」
ノエルはそれを聞いて、しまったと思ったがもう遅い。ノエルの深緑色のマントには、討伐第1部隊に所属している証のピンバッチがついていたのだった。
「そうなんだ…魔術師団学校を卒業してすぐに入隊志願して…この間まで、ルノール地方にある立入制限区域に配属されてた」
「立入制限区域に…なんて危険な…!!」
ハンナは驚愕して、口に手を当てる。相当ショックを受けている様子だ。ノエルは慌ててフォローを入れる。
「でも、統合討伐部隊のトップの人たちは本当に優秀で、実力もあるから、今回は特別機動部隊も発動されたけど、誰も欠けることなく、王都に無事帰還できたんだよ?」
「…無事に帰ってこれてよかった…ノエルさんに何かあったら…カレンさんに顔向けできないです…」
ハンナの悲しげな表情を見て、ノエルの胸が痛む。カレンの話になると、ハンナとアーサーに、途端に重苦しい空気が流れるのだ。そういう理由で、ノエルはカレンが生前、聖女であった時にどういうふうに過ごしていたのかなど2人に詳しく聞くことができないでいた。
「アーサーの腕の調子はどう?特効薬はまだある?」
ノエルの養父、アーサー・リンデジャックは、師団長時代に追った傷の後遺症で、長年重い病魔ストレスに悩まされていた。
「アーサーさんは、大丈夫ですよ。ノエルさんが作ってくれた特効薬もまだ充分にあります。ただ、近々王都に来ることになるかもと…王命が下るとの先触れがあったそうです」
「王命…?」
「詳しいことはまだわからないそうです。今日はこれからリンデジャック家にいつもの年次報告書を提出しに行ってきます。そのついでに、ノエルさんの様子を見に来ようときたわけですが…」
ハンナはじろりとノエルに視線を送る。
「うぅ…ごめんなさい。言おうとはしてたんだ。治療士としても、前線に行くことは良い経験にもなるし、精霊の研究にも興味があって…」
「精霊…それで立入制限区域に…まさか、またこれからどこかの前線に派遣されるとか…?」
実は今、統合討伐部隊の新たなる派遣先について、メイを中心に王宮内で根回しが行われているところだった。
統合討伐部隊の隊長、ランドルフ、リッツェン、メイの共通の思いとして、パラビナ王国内の病魔ストレスの蔓延を食い止めるため、少しでも情報を得たいという目論見があった。
ルノール地方の精霊の長、ノームがくれた葉っぱの地図が記す、オラクル地方の精霊の長を探し、情報を集めるために、もっともらしい王命を授かる必要があるのだ。
ノエルも、オラクル地方の精霊の長に会うことができれば、カレン呪いの話を聞けるかもしれないと密かに期待していた。
「うん、おそらく、次の討伐先はすぐに決まると思う。それまでに休暇がもらえたら、タースルに一度帰るつもりだよ」
決意が固いノエルの様子に、ハンナは小さくため息を吐いた。
「そうですね、アーサーさんとも一度直接お話してください。あとは、王都にいる間、王族の方や有力貴族の方達とは距離を置いて接してくださいね…?エンペラルの城下の治療院で働く場合にはそんな機会はあまり無いとは思いますが、討伐部隊だと、王宮と距離が近いので…心配です」
王族や国の有力貴族達は、聖女転移に関わっているため、ノエルの出自に気づく可能性が高い。ハンナの心配はそのような恐れを含んでいた。
「僕は、ただの新人治療士だよ?そんな偉い人たちと深く関わる機会なんてないよ。ハンナは心配し過ぎだよ」
ノエルは、あっけらかんとした調子で、そう返事をする。
「そうですか…?だと良いですけど……あっ、ノエルさん、その琥珀石のピンつけてくれてますね」
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