反逆者は凱旋する

藩野真吾

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それが言うには2

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 彼のチラつかせた「軍権」とは、そのまま、皇帝から与えられた軍団を、指揮する権利のことである。
 勿論、命令を大きく逸脱した行為が発覚すれば解任されるのだが、多少の問題なら見逃されることも多い。

「それで、貴方は何をなされるつもりで?」

 クィントゥスは青い顔をして問う。
 まさか、そんなことはあるまい。武力を用いることにはならない。
 目の前の男は、我々を故郷に返してやるから選挙活動の援助をしろ、とでも言うのだろう。

 大体彼はこんなことを考えているのだろう。生真面目な奴だ。
 持ち上げたジャグが小刻みに震えていて、中身が音を立てる。

「そうだ。クーデターだ」

 首謀者はにこやかに笑って見せる。悪人面では無いのだが...... 目の奥が笑っていない。
 こういう奴は信用が置けない。何か企みがあるときには、わずかでも迷いが生じる。失敗した場合の不安や、行為自体の後ろめたさ、猜疑心から来る警戒感など、怯み、怯えがが言葉、表情、態度から現れたりする。

 そして目の前の奴にはそれが無い。

 この場合は、自分の成功が確定した、とか、己の行為を完全に肯定しているとか、あるいは、天才的な詐欺師だった場合だ。
 いずれにしても簡単に信用していい者ではない。

 先ず。やろうとしていること自体、重罪だ。

 ガイウスの顔は既に液状化している。涙やら鼻水なんかが混じって、本当に液体になったようだった。

「んで、どうするのかね?」

 奴は催促する。

「地元に帰るには、君たちの住んでいた地を取り戻さなきゃならん」
「しかし、今の皇帝にはその気がない。だから奴を失脚させる必要があるのだ」

 すがすがしい。ここまで自分を正当化している者を見たことがあっただろうか?
 この自信が一体どこから来るのだろう。

「その手段が、クーデターだと?」

 ルキウスは未だ目を丸くしている。
 普通じゃ考えられないような流れだ。予想が何度も覆され、言葉の意味を素直に受け取れないほど、頭が疲労しているのだろう。

「そうだ。公算は、ある」

「別の手は無いのか?」

 クィントゥスは状況を未だ掴めていない。マルクスは黙り込んだままだ。状況を見るに、何か一押しが足りないのだろう。
 彼らがどんなに帰省を望んだかは、俺がよく知っている。皇帝の悪口だってたまに耳にした。
 それでも、自ら絶対的な権力に逆らうのには精神的な支柱が必要になるのは明白だ。

「無い。皇帝は自らの地位を守るために議会での勢力を盤石にしているが.......それを打ち崩す程の力は、私は持っていない」

 苦虫を嚙み潰したような、苦悶の表情を浮かべて、言葉をひねり出す。
 これが演技だとしたら相当な役者だ。

「だから、君たちに頼みたいのだ」
「奴は自らの功績に酔い、困窮する民を見捨て、妃との情ごとに耽って政務をおろそかにしている。これは君たちが先ほど言っていたことだ。この国の先を考えるのなら、彼にその座を降りてもらおう」

「それに協力してくれないか?」

 彼が自らの要件を述べた後、静けさが場を覆った。重要な決断になるのだ。無理もない。

 騒ぎの去った酒場にやっと、言葉が一つ浮かぶ。

「俺は......隊長に従う」

 えっ? 俺?

 プブリウスなら真っ先に手を上げるかと思ったのだが、これは意外だ。

「あんたが俺たちの司令官なんだろうが、一番近い上官はこの、アッピウスだ」
「故郷に帰れるのなら、どこでも戦おう。だが、戦友に迷惑をかけても我を貫けるほど薄情でもない」

 規律違反は連帯責任である。彼一人が皇帝に逆らうなら、恐らくは隊全体がその報いを受けるだろう。

「俺もだ。このマルクス、最後は故郷で終わりたい。例えその途上でも後悔はしない。だから、隊長」

「迷惑をかけるが、俺に、俺たちに、この仕事をやらせてくれ」



 それから、ルキウスが続き、クィントゥスはしぶしぶ。ガイウスの真意はわからないが、考えを示していないのはとうとう俺だけになった。

「アッピウス君はどうするのかね?」

「俺は、俺は......」

 この決定は隊全員。百人の指針を決めることになるだろう。俺が靡けば、奴はおそらく、隊を率いることを強制する。
 失敗すれば、同胞は皆処刑。うまくいけば、みんなを地元に帰してあげられる。
 片や、長く望みつづけた帰郷。片や、名誉なき死。

「......俺はクーデターに参加する」

 千載一遇の機会だ。これを逃せば、次は無いだろう。少なくとも、戦える歳ではない。

「そうか」

 賽は、投げられた。留まれば死地。この議員の後ろ盾を失えば、故郷は地平線に消えてもう二度と――

「よかったぁ~」

 ......え?ポルトディヌスの威圧感と言うか、威厳が一気に緩んだぞ?

「いや~君たちが応じてくれてよかったぁ~」

 もしかして。

「えっと、公算は?」
「君たちがいなかったら、無かった」

 悪びれもせず、一仕事終えたような雰囲気を醸し出している。

「おい! さっきの自信ありげな態度はどうした!」

 声を荒げたのはプブリウスだ。相当な熟慮の末、決断したことをこのような男に委ねることになるとは......

 もしかして俺、間違えた?

「君たち次第なんだもん、そりゃ見栄張るしかないでしょ」

 えぇ......

 水を打ったように静まり返った酒場だが、次の瞬間には喧騒で満たされていた。

「失敗したらどうしてくれんだ!」
「おめー責任取れんのか!おお?」
「勇気出して賛同したのに!」

 プブリウスは胸倉、マルクスはジャグで頭を殴打する直前で、ガイウスは足にしがみつき、涙でブーツを濡らしている。
 着衣が乱れ見たくもない男の乳首が露わになっていた。

「まあ、暴力はよくない。その手を放しなさい」
「お前こそ暴力を利用する気に満ちていたじゃないか!」

 みんなの気持ちもわかるが......さすがにやりすぎか。
 さすがに彼がヘソを曲げたらいけない。

「そこまでだ。やめろ」

 ほどなくして、彼は解放された。

「すまない。すまなかった」

 若々しいが、歳を考えれば彼は五十を過ぎている。流石に追撃をかける者はいなかった。
 ポルトディヌスは乱れた息と服を整え、こう続ける。

「ただ、君たち次第なのは、本当だ」
「こんな百人の隊で何ができんだ?」

 クィントゥスの言う通り、この百人隊が命運を左右するなど考えられない。クーデターとなれば首都を占拠することになるのだ。大兵力が動員されるだろう。そんな中、俺たちにしかできない事って?

 皆目、見当もつかない。

「では、作戦の大まかな方針を話す」

 そういうと、反乱の首謀者は、ゆっくりと、語り始める。



「クーデターは、君たちの隊、百人余りで行う」
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