反逆者は凱旋する

藩野真吾

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朝食とは対義にある夜

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 見通しのきかない戦場なのはお互い様だ。俺たちは奴らに奇襲されたし、俺達も奇襲をかけるつもりだ。
 そもそも戦に攻勢、守勢の区別はあるものの、いつか攻撃しないことには決着が付かないという点で共通である。

 クィントゥスはしぶしぶ、ルキウスは自ら望んで。プブリウスは意気揚々としていて、マルクスは眼がキマっている。
 不気味なのは、ガイウスがただ、黙々とついてくることだ。他の隊員の表情は大体予想が付いていたが、こいつだけは裏切ってくる。

 泣き出すか、或いは空気に当てられて狂うかのいずれだと思っていた。

 違う。

 彼は今、恐らくこの場の誰よりも冷静だ。

 恐れでも、蛮勇でも、はたまた義務でもない理由で、彼は動いている。その足は地を蹴っている。
 ただただ黙って、ついてくるだけ。

 元々こういう「タチ」だったのか?

 この隊で長く付き合っているが、完全には把握できていなかったようだな。隊長として不甲斐ない......



 走り出した百人の一団は、霧の薄くかかる草原を駆けている。踏みしめられた草花はいったんは抵抗し、起き上がるが、二度、三度踏みつけられると完全に折れ、その気力を失っていった。

 踏んだ者はそれに気づかない。目の前にある目的に対しては余りにも小さいことだからなのだろう。
 別に咎める気もないが...... 後になって後悔しない選択であることを祈ろう。

 これから行う事にも、同じく願う。

 ぬるい風が顔を撫でる。乗馬の程では無いが、大気は確実に体温を消耗させてゆく。
 それでも足を止める者はいない。

 胸の内にある感情はそれぞれだが、到着点は一致していたようだ。

 隊が通った後には道ができ、その道は敵陣は後方、首脳部、軍隊の頭へと向かっている。

 情報の集積点たる部分に強い衝撃を加えれば、おのずと集団はよろめく。
 その間に、混乱を与えている間にポルトディヌスは値千金の一手を打つことができるのか?
 できない場合はどうすればいい?

 ......すでに決まっている事だ。走り出した以上、流れを止める事は出来ない。



 一体、どれほどの距離を移動したのだろうか。上限は知れるが、消費した体力は単にその距離以上のものだ。
 恐らく、心理的な負荷もある。ここで敗れればまた軍団が消えることになるのだ。

 そうなった場合、国はどうなる? ここの住民は? 俺達への視線は?

 故郷への道はさらに遠くなり、奪還という火は今以上に小さくなるだろう。
 住人は家族や親友を失う事にもなるかもしれない。

 負けるわけには.....

 どんなに劣勢だとしても、勝負を放棄できるほど我慢強くないからだ。

 幸い脱落者はいないようである。これはクィントゥスのお陰だな。並みの統率力じゃ達成し得ない事だろう。
 極めて優秀な副官だ。

 だが、彼も、次第に大きくなってくるその光景には怯え、直視することを避けていた。


 遠くに見えるのは夥しい数の影。そのさらに奥には轟々と燃え盛る、炎に包まれた野営地を直に確認できた。

「ああ...... みんな」

 クィントゥスの指から力が抜けて、その出で立ちは水に放ったかのような、海月にも似た様相を呈している。
 しかし、一筋の水滴が地に落ちたかと思うと、途端に、熱を帯びた物に変わった。

「ここの草むらで一旦息を整える。ルキウスが矢を放ったら突撃に移るぞ」

 草は背が高く、伏せるだけで簡単に潜伏できる。これでしばらくの休憩となるはずだ。
 息を整え、次の行動に備えるための、重要な時間。

 この場面では突入前最後の調整が行われる。
 指揮系統を明確にし、編成を整え、行動の大まかな方針を共有する為の、作戦の成否を占う休憩時間だ。

 そんなわけで、皆を休ませている間に、もう一度班長で集まることにした。



 見通しのきかない中、最初に這って出てきたのはルキウス。次にマルクス。ガイウスは三番目。プブリウスは四番目。最後は副官。

 大体列順だ。大きな乱れはないようだな。

「最後に動きを確認したいから、皆を呼んだわけだ」
「思う事があれば率直に伝えてほしい」

 声を潜め、会議を始める。少しばかり草を刈り取って、互いの顔が見える程度にはしてあった。
 何の、影響はない。こんなちょっとの異変に気付く奴なんてそうそういないだろうし、気づいたとして見逃すだろう。

「まず、最初にルキウスが矢を射る。この矢は閃光を放つようにするから、目が眩まないように注意する事」

 最初は、本陣の位置報告。

「そしてその光に向かって突進する。先頭は......俺たちが行ってもいいか?」

 眉をひそめたのはプブリウスだ。少し釣り上げ、困った様子で言う。

「それでは、指揮は誰が?」

「勿論、お前だ。そしてお前の所と、俺の班は合併する」

 彼は混迷を深める。眉間のしわは深まる一方だ。

「えっ......いや、そんな大役、務まるわけが無いじゃないですか」

「今までだって、お前が取り仕切っていたようなもんだし、十分にその実力は知ってるよ」
「だからこそ、頼みたい」

 一拍。プブリウスが駄々をこねた記憶は無いが、長い時だった。

「はぁ...確かにそうですが......それは」
「私の好きなようにしていいと言う事ですか?」

 見たことも無いような笑みを浮かべてこちらに視線を送ってきた。その様はマルクスを青ざめさせる程度には、不気味だったらしい。
 なるほど、こういう顔をする奴なのか。こいつは。

「大綱から外れなければな」

 そんな間違いは、間違っても起こさないだろう。



「では」

 とだけ、彼は言った。
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