反逆者は凱旋する

藩野真吾

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栄光に爛れて

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「......そうか、悪いことを聞いた」

 掌にある短刀は重みを増した。
 多分、気のせいだろう。

「いえ、父の記憶なんてほとんどありませんし、他人の様なものです」
「母も幼い内に死んでしまったし、私にとって神殿の人こそ親でしたから」

 温い風が吹く。
 彼の顔は穏やかで、遠い昔を思い返している様な。恐らくは幼少期を見ているのだろう。
 楽しそうな、ただ純朴な少年に戻っていたのだ。

 まあ、彼はたびたび脱柵したり、軍紀を何度も侵しているので、多分今だけなんだろうけど。

「ただ」

 ギリッ、という力強い、弓を引いた時に弦が立てる小さな悲鳴にも似た、歯軋りの音がした。
 自らの感情をすりつぶしているのか、それともへし折れそうな状態を何とかこらえているのか。

「ただ?」

 彼は続ける。
 堰を切ったように、彼の口は回り始めた。

「母さんを一人にして死なせた奴の最後だけは拝みたかった! さぞかし惨い光景だったのだろうな?」
「それこそ母に並ぶくらいの物でなくちゃいけない! 一人で死ぬのは苦しかろう、寂しかろう」

「それが、父がが母さんにしたこと、です」

 息も絶え絶え。矢を虚空に放った弓はこちらに向き直ると思うと、まるで最初から何も無かったのかの様に取り繕う。

「そうか、そうか」

 彼の出自は個人的に気になるところだけども!
 今必要としているのはそれじゃない。

「んで、この短刀は君にしか使えないんだな?」
「そのはずです」

 ルキウスしかこの短刀、神器は扱えない。
 とするならば、その他の人員の役割も決まり、やがて、なせることも見えてくる。

 降りてきたのは一つの考えだった。

 どんな有利な状態でも、勝ち筋が見えることは少ない。使える物が多すぎ、勝つための道を見失ってしまうのだ。
 そのため、予期しない攻撃で覆されることが多い。

 比べて寡兵では、色々なものが制限される。
 そのわずかな隙間から漏れる陽だまりこそ、突破口であり、正解。

 今、この状態の場合、突破口とは、つまりは敵司令部の急襲だ。

「クィントゥス、向こうの司令部はどこにあると思う?」

「なるほど」

 さすがは副官、といった所か。
 こちらの意を汲み取ってくれた様だ。

「ただ、標的が司令部の側近のみとは言え、守備隊がいるでしょう」
「数は一般的に五百程度、圧倒的に劣勢です。何か算段が?」

「今度は」

 前回思案した無謀な突撃ではない。
 その一つの陶片が戦果を受けるための壷を完成させたのだ。
 元の、粉々になった破片は、既にいくつも持っている。

 あとは組み立てるだけだ。

「まず、あれほどの大規模攻撃の後なんだ。魔導士たちは大層疲れている事だろう」
「よって、彼らは戦力に成りえない」

 魔力は時間経過で回復するが、短時間で回復するのは少々難しい。
 だからこそ、今なのだ。明日じゃもう遅い。

「しかし......魔法だけが脅威ではありません。彼らの数と槍も武器なのです」

「それは問題ない。があるからな」

「これ、とは?」

 俺は背中を示すと、自ら、弓と矢を取り出した。
 それは普通の矢尻でなく、先端に何やら飾りがついている。

「鏑矢で敵司令部の位置を報告する」

「しかし、鏑矢で長距離の通信ができる物なのでしょうか?」

 鏑矢とは、飛ばすだけで音が鳴る優れモノだ。かなり大きい音なので、遠くまで聞こえるし、静かであればより遠くまで聞こえる。
 合図に使うと言う事もよくあり、ポルトディヌスならその意を汲み取ってくれるだろう。

 確かに、クィントゥスの言う事も真っ当だ。戦場はうるさいし、そもそも距離が遠すぎる。
 届いたとして、音は相当に小さくなっている事だろう。

「だから、これだ」

 それを解決するには、これを使う。

 矢筒から取り出してみると、本来、鏑があるべき場所には、運貨筒が取り付けている。
 これは先ほど、司令官直筆の書類が入っていた、物である。

 俺は、あろうことかハンコ付のそれを敵に渡しちゃったけど。
 渡したものは向こうに渡っていないだろうけど、形を覚えていたら......。

 偽装されないといいなぁ。

 ともかく、運貨筒には『開封確認』の魔法式が与えられていたはずだ。これの主な役割は『光を放つこと』、それだけだ。

 詳しい仕組みは良く分からない。
 が、この筒の脇には小さな穴があり、そこに魔石をハメると魔法が発動する......はずだ。

 そして、この魔石というのは、実は代替可能だ。
 魔力がこの溝に流れれば、筒は光る。力が大きければ大きいほどよく光る。

 『開封確認』を担保しているのは、帝国直々に認可を貰った工房の技術力と、魔石自体の希少性、運貨筒の気密性が合わさって初めて成り立つもの。
 光自体は単なる印でしかないのだ。

 小さい魔石で判別できるほどの光を放つのなら、そこに神器を繋いでしまえば...... という事である。

「......本気です?」

 失敗すれば、矢に括り付けて飛ばすと言え、回収される可能性も出てくる。
 それだけでなく、これはルキウスにしかものであるから、どのくらいの魔力が発揮できるかも不透明だ。

「せめて実験すれば......」

「そんなことしたら伏せっている場所がバレるだろう」

「いや、だとしても」

 不確実すぎる、というのが彼の意見だ。
 無理もない。やったことの無い、経験がほとんど無いことをやるんだ。

 そりゃ不安にもなる。
 ただ、たとえそうでも。可能性が生まれてしまった以上、撤退は出来ない。
 勝利のキッカケを掴み取ってくる事が、俺たちの、今の使命だからだ。

「そうだとしても、動けるのは俺達だけなんだ」

 クィントゥスは先ほどまでは蛮勇の光の中に倒れることを望んでいたようだったが、今では魔法の光の中に倒れることを拒んでいる。

 恐らく、自分が多くの者を死なせることに抵抗があるのだ。隊長、副官が先走ってしまっては、他も付いて来ざる負えなくなってしまう。それが彼を悩ませている原因だ。

 結局、ポルトディヌスもクィントゥスも同じだ。同じ事で悩んでいる。
 兵の一人一人が抱える問題だ。これは。

 自らの手が血に塗れる事をだ。

 ......ただ、クィントゥスはその重責から逃れることができる。
 彼なら、自らに責任を感じてしまうかもしれないが、それは全くの勘違いだ。

 なぜなら、俺の命令なんだからな。

「ほかに誰がいる? 友軍の到着は援軍を呼んでも一日を要する」
「主力は野営地で釘付け。じゃあ、彼らは誰を頼ればいい?」

「俺たちは、あの戦いから、ずっと」
「最後の部隊なんだ」
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