見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

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終わりと始まり

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 ジョエルが部屋の前でロジェに羽織らせたコートにはかすかに見覚えがある。後ろからついて来ているケビンを振り返ると、シルヴィはこっそりとそちらを指さして確認した。

「ねぇ、あのコートって昨日私に掛けてくれたコートじゃない?」
「そうだと思いますけど。あ、ポケットに何か入れてましたか?」
「違う、何も入れてないの。大丈夫よ。」

 シルヴィは両手を頬にあてるとぎゅっと目を閉じた。
 まさか昨夜借りたコートがロジェ本人の物だったとは。これは非常にまずい。口の悪いロジェがときおり見せる気遣いにコロッとやられてしまいそうな自分がいる。


 小さい頃からシルヴィの好きになる相手は決まって年上のちょっと悪そうな子だった。
 その辺にいる貴族の子息はみんな絵に描いたように優しいばかりで、同じ貴族であるというだけで蝶よ花よとチヤホヤされるのはシルヴィには気疲れするばかりで面白くも何ともなかった。
 初恋の相手はそんな人ではなかった。教会で何度か一緒になったことのあるやんちゃな男の子で、顔はもちろん名前も覚えていない。でもその子が喧嘩と気が強かったことだけは鮮明に憶えている。何時でも一緒にいるもう一人の男の子のことを小さな騎士のように必死になって守っていた。

──騎士に守られるのはいつでもお姫様か王子様の役目って決まってるんじゃなかった?

 シルヴィがその二人がロジェとレオだったのではないかと気がついたのはつい最近のことだった。つまり、を守っていたのだろうと。

 しかし昨夜レオの姿を見てそれはシルヴィの勘違いだったと確信した。ジョエルとケビンの言う通り、レオは見た目だけで言わせれば完璧な王子様だった。金髪碧眼で色白、物腰も柔らかくおそらくはその声色までも優しいに違いない。
 ──ということはつまり、シルヴィの初恋の相手、小さな騎士はレオではなくて幼き日のロジェだったということになる。
 

 なかなか屋敷から出てこない二人を不思議に思ったのかジョエルが入り口までわざわざ引き返してきて声を掛けた。

「おい、どうかしたのか?」
「いや。シルヴィ様が隊長のコートのポケットに何か入れたのかと思って、話を聞いてただけだよ。」
「コート?」

 同じく引き返してきていたロジェはすぐに自分のコートの事だと気が付いたようで、ポケットを上からぽんぽんと叩いて確認した。
 その何気ない仕草すらかっこよく見えてしまう今の自分は、完全に頭がどうかしてしまったようだ。

「違うんです、本当に何でもないですから。」

 とにかく急いで出発しなければ夜が完全に明けてしまう。シルヴィはおかしな考えを頭から追い出すと冷たい外へ一歩踏み出した。
 白み始めた空を背景に開け放たれた門からは通りを足早に行き交う人々が目に入る。人々は皆寒そうに背中を丸めて通り過ぎていく。
 その中で一人だけ通りの向こう側で立ち止まりこちらをじっと見ている人物がいた。

 シルヴィは何気なく目を向けた先にいたその人物から目が離せなくなった──あれはギーだ、間違いない。
 ロジェはシルヴィがまた動かなくなったことに気がつくと、ゆっくりと背後を振り返りその視線の先を辿った。

「あの男……こんな時間に一体何を?」
「ギーは市場に働きに出ているんです。」
「市場?あぁ、確かこの通りの先にあったかもしれないな。」

 ロジェはしばらく通りの向こうのギーをじっと睨んでいた。しかしギーの方も固まったようにその場から動かない。

「隊長、どうします?完全に気付いてるみたいですけど?」
「どうせあの男には何もできない。放っておけ。」
「奴に妙な噂でも立てられたりしたら厄介な事になりませんか?」
「私は構わない。勝手に言わせておけばいい。」

 ロジェはギーの事など気にする様子もなく、ジョエルとケビンを御者台に座るよう急かすとシルヴィと共に馬車に乗り込んだ。
 狭い車内で肩の触れそうなほど近くに乗ってきたロジェにシルヴィの鼓動がはねた。

「どうした?顔が赤いぞ。」
「そうですか?外が思ったより寒かったせいかもしれません。」
「……そうか。」

 ギーはここで見たことを付き合いのある貴族たちの間で触れ回るだろうか?少なくともルイーズの耳くらいには届くかもしれない。
 また根も葉もない噂話で後ろ指をさされることになるかと思うとシルヴィは気が重かった。しかも今回は自分一人の事ではなくロジェまで巻き込んでしまう。もし、ルイーズの言っていたという人の所まで噂が届いてしまったとしたら……。


 走り出した馬車の振動でシルヴィは我に返った。
 レオに会わせてもらったことで、侯爵家の一件は区切りがついたことになる。となるともうこれ以降はこうしてロジェの世話になるようなこともないだろう。

 ロジェの横顔をそっと見ると、すぐに気が付かれたようで視線がぶつかった。

「何だ?」
「いろいろと……ありがとうございました。」
「いきなりどうした?」
「レオ様の件ではお世話になりました。もうお会いするのはこれが最後になるでしょうから、お礼をと思って。」

 ロジェは大きく一つ頷くとシルヴィから視線をそらし再び窓の外を見た。

「君といると本当にイライラする。」

 ぽつりと吐かれた毒にしんみりとした気分が大いに削がれた。
 こっちが下手に出て柄にもなく礼まで言ったというのに──。

「そうみたいですね。私が会う時大抵ロジェ様は不機嫌そうに怒ってらっしゃいます。」
「どうしてなんだろうな。レオの手紙を伯爵家に届けに行ったあの時から、もうずっとだ。」
「それは申し訳ありませんでした。でも安心してください、私は今後一切ロジェ様のお邪魔は致しませんから。」
「……全くどうして君はいつもそうなんだ。最後まで私達はこんな風に争わなくてはいけないのか?」

 そう嘆くロジェの声はあまりにも優しく、気が付くとシルヴィは大粒の涙を流していた。


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