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迷走
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ロジェはいきなり声もなく涙をこぼし始めたシルヴィを見て、驚きのあまり声も出ないようだった。しかしすぐに自分には何もできないと悟ったのか馬車の行き先を変更するようジョエルに告げるとそれきり黙ったままこちらを見ないようにしている。
ロジェに呼ばれて後ろを振り向いたジョエルは、シルヴィが泣いているのを目の当たりにしてぎょっとしていた。きっと状況の分からない大男たちも気が気ではないだろう。
シルヴィはハンカチで涙を押えながら途方に暮れていた。泣いてはだめだと思えば思うほど涙は湧いてくる。
その理由を尋ねられても自分ですらうまく説明ができなかった。
ただただ三人に申し訳ないと思うばかりだった。
馬車が教会に着く頃、ようやく朝陽が顔を現した。
窓から差し込む眩しい光を背に、ロジェはようやく落ち着いた様子のシルヴィに向かって恐る恐る声をかけた。
「今シスターを呼んでもらっている。一人で歩けるな?」
「はい。」
ロジェはそうかと小さく頷くと自分は一人馬車を降り、シルヴィを残したままそっと扉を閉めた。駆けつけたシスターと二言三言交わすと、振り向きもせずこのまま帰って行くようだ。
シルヴィは遠ざかって行く背中をただぼんやりと見送るしかなかった。
シスターはいつもの場所で温かいお茶を振る舞ってくれた。添えられたパンは朝食のつもりだろうか。あたたかい気持ちはそれだけでシルヴィの心を癒やしてくれる。
「こんな早い時間から突然申し訳ありませんでした。少し落ち着いたら一人で戻れますから。」
「いいんですよ、どうかゆっくり休んで行って下さい。それに、ここに寄られたのはロジェ様の判断なのでしょう?シルヴィ様が気になさることではありません。」
「ありがとうございます。こんなひどい顔のままで帰ったら何を言われるか分からないので、助かりました。」
「……もしかして、レオ様の事で何か分かったのですか?」
「シスターは何でもお見通しなんですね。」
シスターはシルヴィが小さい頃からずっとこの教会にいる。
きっとシルヴィが貴族の子ども達と礼拝の合間に遊んでいたあの当時から、変わらずずっと見守り続けてくれてきたのだろう。
「何でもという事はありませんよ。でもあなた達は昔からあまり変わりませんからね。」
シスターは嬉しそうにそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「互いに思いやっているつもりでも、空回りしてしまっているだけという事は往々にしてあるものです。」
「……空回り、ですか。」
「特にロジェ様は……。まぁああいうのは持って生まれた性格なんでしょうけれどね。」
「シスターはロジェ様とレオ様を生まれた頃からご存知なのですか?」
「えぇ。特にロジェ様とは古い付き合いになりますね。」
「そうでしたか。だからロジェ様は今日もシスターを頼って来られたのですね。」
「まぁ可愛い甥っ子の頼みですから、私も出来る限りの事は……。」
シスターは笑いながらシルヴィに向かって片目を閉じた。
最初、何を言っているのか理解できなかったシルヴィはシスターの言葉の意味が分かると思わず咳き込んだ。
「あら、ごめんなさいね。そんなに驚くとは思わなくて。」
「甥っ子って、シスターは一体どういう?」
「大昔にボドワンの家に生まれたというだけです。今では余り関わりがありませんけれども。」
ボドワンとはこの国の王家一族の名だ。
シスターはロジェ第三王子の事を甥っ子と言っているのだから国王の何番目かの姉妹ということになるが──現国王には兄弟姉妹果たして何人いただろうか。
そのうちの一人が王都の教会でシスターをしていたとしても特段おかしな話でもない。
「全く知りませんでした。」
「だからといってシルヴィ様との関係は今までと何も変わりませんよ。」
シルヴィはティーカップに視線を落とすと頷いた。
王家や貴族たちとは一線を引いた付き合いをしていると思っていた教会にも、見えないつながりが存在しているのを思い知らされた気分だ。
「昨日の夜は、ロジェ様がレオ様とお会いになるというので遠くからこっそり覗かせて頂いたんです。ただそれだけで、別にロジェ様との間に何かあった訳では……。」
「シルヴィ様、大丈夫ですよ。誰にも口外いたしません。」
シルヴィはシスターに訳の分からない言い訳をしている自分がとても恥ずかしかった。再び感情が高ぶり目頭が熱くなる。
「シスター、私これからどうしたらいいでしょうか?今朝、ロジェ様と一緒にいる所をギーに見られてしまったんです。」
「ギー?」
「はい。きっと仕事に向かっている所だったと思います。変に誤解されているんじゃないかと。」
「なるほど。」
「私、ロジェ様にはご迷惑ばかりおかけしてしまって。」
「ロジェ様は……あの方はそういう類のことはハッキリとおっしゃる方でしょう?迷惑だと、シルヴィ様に面と向かってそう仰ったのですか?」
「……いいえ。でも、私といるとイライラすると仰っていました。」
シスターは冷たくなったパンを小さく千切ると、目を細めて笑みを浮かべた。
「ギーがこの事を誰かに話してしまうかもしれません。ロジェ様はもうすぐ成人の儀を迎えられるのに……。お相手の方にまで変な噂が伝わったりしたらと思うと──。」
「あら。ロジェ様にはそういうお相手がいらっしゃるの?」
シスターは柄にもなく慌てた様子でパンを飲み込んだ。
「えぇ、そう聞きました。」
ルイーズから──心の中でシルヴィはこっそりと付け加えた。
ロジェに呼ばれて後ろを振り向いたジョエルは、シルヴィが泣いているのを目の当たりにしてぎょっとしていた。きっと状況の分からない大男たちも気が気ではないだろう。
シルヴィはハンカチで涙を押えながら途方に暮れていた。泣いてはだめだと思えば思うほど涙は湧いてくる。
その理由を尋ねられても自分ですらうまく説明ができなかった。
ただただ三人に申し訳ないと思うばかりだった。
馬車が教会に着く頃、ようやく朝陽が顔を現した。
窓から差し込む眩しい光を背に、ロジェはようやく落ち着いた様子のシルヴィに向かって恐る恐る声をかけた。
「今シスターを呼んでもらっている。一人で歩けるな?」
「はい。」
ロジェはそうかと小さく頷くと自分は一人馬車を降り、シルヴィを残したままそっと扉を閉めた。駆けつけたシスターと二言三言交わすと、振り向きもせずこのまま帰って行くようだ。
シルヴィは遠ざかって行く背中をただぼんやりと見送るしかなかった。
シスターはいつもの場所で温かいお茶を振る舞ってくれた。添えられたパンは朝食のつもりだろうか。あたたかい気持ちはそれだけでシルヴィの心を癒やしてくれる。
「こんな早い時間から突然申し訳ありませんでした。少し落ち着いたら一人で戻れますから。」
「いいんですよ、どうかゆっくり休んで行って下さい。それに、ここに寄られたのはロジェ様の判断なのでしょう?シルヴィ様が気になさることではありません。」
「ありがとうございます。こんなひどい顔のままで帰ったら何を言われるか分からないので、助かりました。」
「……もしかして、レオ様の事で何か分かったのですか?」
「シスターは何でもお見通しなんですね。」
シスターはシルヴィが小さい頃からずっとこの教会にいる。
きっとシルヴィが貴族の子ども達と礼拝の合間に遊んでいたあの当時から、変わらずずっと見守り続けてくれてきたのだろう。
「何でもという事はありませんよ。でもあなた達は昔からあまり変わりませんからね。」
シスターは嬉しそうにそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「互いに思いやっているつもりでも、空回りしてしまっているだけという事は往々にしてあるものです。」
「……空回り、ですか。」
「特にロジェ様は……。まぁああいうのは持って生まれた性格なんでしょうけれどね。」
「シスターはロジェ様とレオ様を生まれた頃からご存知なのですか?」
「えぇ。特にロジェ様とは古い付き合いになりますね。」
「そうでしたか。だからロジェ様は今日もシスターを頼って来られたのですね。」
「まぁ可愛い甥っ子の頼みですから、私も出来る限りの事は……。」
シスターは笑いながらシルヴィに向かって片目を閉じた。
最初、何を言っているのか理解できなかったシルヴィはシスターの言葉の意味が分かると思わず咳き込んだ。
「あら、ごめんなさいね。そんなに驚くとは思わなくて。」
「甥っ子って、シスターは一体どういう?」
「大昔にボドワンの家に生まれたというだけです。今では余り関わりがありませんけれども。」
ボドワンとはこの国の王家一族の名だ。
シスターはロジェ第三王子の事を甥っ子と言っているのだから国王の何番目かの姉妹ということになるが──現国王には兄弟姉妹果たして何人いただろうか。
そのうちの一人が王都の教会でシスターをしていたとしても特段おかしな話でもない。
「全く知りませんでした。」
「だからといってシルヴィ様との関係は今までと何も変わりませんよ。」
シルヴィはティーカップに視線を落とすと頷いた。
王家や貴族たちとは一線を引いた付き合いをしていると思っていた教会にも、見えないつながりが存在しているのを思い知らされた気分だ。
「昨日の夜は、ロジェ様がレオ様とお会いになるというので遠くからこっそり覗かせて頂いたんです。ただそれだけで、別にロジェ様との間に何かあった訳では……。」
「シルヴィ様、大丈夫ですよ。誰にも口外いたしません。」
シルヴィはシスターに訳の分からない言い訳をしている自分がとても恥ずかしかった。再び感情が高ぶり目頭が熱くなる。
「シスター、私これからどうしたらいいでしょうか?今朝、ロジェ様と一緒にいる所をギーに見られてしまったんです。」
「ギー?」
「はい。きっと仕事に向かっている所だったと思います。変に誤解されているんじゃないかと。」
「なるほど。」
「私、ロジェ様にはご迷惑ばかりおかけしてしまって。」
「ロジェ様は……あの方はそういう類のことはハッキリとおっしゃる方でしょう?迷惑だと、シルヴィ様に面と向かってそう仰ったのですか?」
「……いいえ。でも、私といるとイライラすると仰っていました。」
シスターは冷たくなったパンを小さく千切ると、目を細めて笑みを浮かべた。
「ギーがこの事を誰かに話してしまうかもしれません。ロジェ様はもうすぐ成人の儀を迎えられるのに……。お相手の方にまで変な噂が伝わったりしたらと思うと──。」
「あら。ロジェ様にはそういうお相手がいらっしゃるの?」
シスターは柄にもなく慌てた様子でパンを飲み込んだ。
「えぇ、そう聞きました。」
ルイーズから──心の中でシルヴィはこっそりと付け加えた。
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