見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

文字の大きさ
18 / 31

朝帰り

しおりを挟む
 シスターは少しだけ困惑した表情を浮かべた。

「それに関しては私たちに出来る事は何もないでしょうね。それよりも、シルヴィ様はご自分でもう気付いていらっしゃいますか?」

 シスターは新しい紅茶を注ぎながらシルヴィの顔色をうかがった。
 シルヴィは何かまずい事を口走ってしまったかと目元をハンカチで押さえながら首を傾げた。

「私、また何かおかしなことを言いましたか?」
「いいえ、むしろその逆ですよ。昨日、レオ様にお会いになったのでしょう?その事を真っ先にお話しくださるものだと思っておりました。」
「レオ様の事ですか。それは……確かに。」
「ここに来る馬車の中ではずっと泣いていたと聞きました。ロジェ様は自分のせいだと仰っていましたよ。」
「それは……誤解です。レオ様が無事でいらしたのを確認できたので安心して。あの時はきっと色々な感情が一気に押し寄せてしまったんだと思います。ロジェ様のせいではありません。」


 手の中にあるハンカチをぎゅっと握り締めると、シルヴィは唇を噛んだ。


──ロジェ様があんな優しい声で最後だなんて言うから。

 だから自然と涙が出たとは、口が裂けても言えない。シルヴィの心の内だけに留めておかなくてはならない。



 シスターはそれ以上の事は何も聞かずにシルヴィの手をとると、ポンポンと優しく叩いた。

「誰も貴女を責めたりはしませんよ。」

 シルヴィは曖昧に微笑むと小さく頷いた。




 オードラン伯爵家では夜が明けても帰ってこないシルヴィを心配した使用人達が右往左往していた。
 馬車が門から入って来たのを確認するなり、ある者は伯爵夫人の元へ報告に、ある者は出迎えにと慌てて散っていく。
 馬車から降り立ったシルヴィの元に一番に駆けつけたのはいつも身の回りの世話をしてくれている使用人だった。

「シルヴィ様!ご無事でしたか。」
「えぇ、遅くなってしまって、随分と心配してくれたみたいね。」
「そりゃあもう。最近街中ではひっそりと行方知れずになられる方が多いと聞いていますし。」
「そうなの?」

 使用人はシルヴィを部屋にいそいそと連れて入りながら幾分興奮した調子で話し続けた。

「少し前から立て続けに。ほら、アングラード侯爵家のレオ様、その次はガレル商会の職人が姿を消したらしいですよ。」
「職人?それは知らなかったわ。」
「職人と言ってもガレルのお嬢様の婚約者だとかで。ゆくゆくはガレルを継ぐ方だったらしいですけどね。お陰であの界隈は大騒ぎですよ。他にも遠征から帰ってきてそのまま──」

 使用人の話はまだまだ続いていたが、シルヴィの思考はそこで完全に止まってしまった。
 レオにはもう戻る場所がない、成人の儀の後にこの国から出て行く──ロジェの言っていた事は本当だったのか。


 シルヴィは温かい布を目の前に差し出された事で現実に引き戻された。
 おずおずと目線を上げると先程の使用人が心配そうな顔つきでこちらを見ている。

「少し目元を温めてください。その後で冷やすといいですよ。」

 泣いていた事が分かるのだろう。俯いて布を受け取ると、シルヴィは黙ってそれを顔に押しあてた。

「ガレル商会のいなくなった職人っていうのは、そんなに腕の良い人だったの?だとしたら店にとっても大打撃ね。」
「えぇ。シルヴィ様はガレルのお嬢様をご存知ですか?」
「……えぇ、多分。間違っていなければ。」

 使用人は他に聞いている者がいないのは分かりきっているのに声をひそめた。

「あの方のお気に入りなんですから、それはもうさぞかし……ねぇ?」

 ガレル商会の一人娘は昔から何もかもが派手な事で有名だった。宝飾店の一人娘なだけありその辺の貴族よりも遥かにいい生活を送っていたし、交友関係でも何でも、とにかく他よりは目立つ事を好むようだった。
 そのお眼鏡に叶ったということは、いなくなった職人というのもそれなりに容姿が整っていたに違いない。

「ガレルねぇ……。」

 自分には生涯縁がないと思っていた高級店の名を、ここ最近妙に耳にする気がした。
 レオから贈られたあの指輪が始まりだった。そしてロジェが最近よく姿を見せると聞いたのもあの店の周辺だ。おまけに今聞いた職人の失踪──恐らくその職人はガレルから逃げ出したのだろう。
 偶然というものはこんなにも重なるものだろうか。

 シルヴィは昨夜レオの指に輝いていた指輪を思い出すと苦笑した。

──レオ様のあの指輪までガレル商会の物だったりして。まさかね。


「でもよかったです。シルヴィ様はご無事で。」
「あら、泣き腫らして帰ってきたというのに何があったのかは聞かないままで無事だと言うのね?」
「ジョス様には夜遅くにご連絡があったと聞いていますよ?」
「え?お父様に?」
「シルヴィ様からじゃなかったんですか?」

 使用人がシルヴィの顔から布を取ると詳しく話せと言わんばかりに覗き込んできた。
 シルヴィはその手から冷たい布を奪うと慌てて目元を隠した。
 父親に連絡を入れたのはロジェだろうか。それともジョエルかケビン……。いずれにしても父親には遅かれ早かれ問い質されるに決まっている。
 どこまで話していいものか、全く見当がつかない。

「どうしよう……お父様に怒られる。」

 途方に暮れるシルヴィを見て、使用人はこっそりと笑いをこらえた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

処理中です...