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もどかしい気持ち
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レオが3年前からエドモンに教えを請いながら宝飾品を作っているというのはどうやら本当のようだった。
もともと侯爵家を継ぐ気がなかったというレオは、3年間の修行期間を経た後成人するのを待って職人として独り立ちするつもりだったという。
このことはアングラード侯爵も了承済みの事だというから驚きだ。
それが今回の北方遠征で起きた事故でエドモンが利き手を負傷したことにより急遽予定を変えることになった。
エドモンの怪我の程度は不明だが、元のように利き手が使えるようになるまで相当の時間を要するのは確かだという。その為、エドモンとガレルの娘との婚約の話は一旦白紙に戻り、商会を継ぐという話も立ち消えになった。
結果的にレオとエドモンは二人して国を出ることを決めたという事だった。
これからは心機一転、知らない国で何もかもやり直すつもりだと熱く語るレオは生き生きとしていた。
「それじゃ、ロジェによろしく。」
シルヴィは馬車に乗せられるまで、自分がほとんどしゃべらなかったことに気がついた。
馬車の中からエドモンに目をやると、そちらもまだ何か言い残したことがあるような顔でシルヴィを見ていた。
当然、持ってきた指輪はシルヴィのバッグに入れたままだ。
シルヴィはじっとこちらを見つめているエドモンから目をそらすと、並んで見送ってくれるレオに向かって頭を下げた。
ジョエルがゆっくりと馬車を走らせはじめる。
「エド?どうしてここにシルヴィを連れてきたんだ?まさか余計なことを話したんじゃないだろうな?」
「……腕は動かさなかった。」
「おい、そこじゃないだろ?」
「それより、本当に指輪を作るようあの方から頼まれたのか?」
「本当だよ、約束した。最も、あの顔を見る限りシルヴィにはまだ内緒だったみたいだけどね。先に言ってしまったみたいで、ロジェには悪い事したかな。」
「そんな事、お前が気にする事じゃない。」
「分かってるって。それにしても、シルヴィも随分変わったな。」
「……会ったことがあるのか?」
「大きくなってからは会ってない。小さい頃に何度か一緒になったことがあるんだ。昔はもっと……似てたんだよ、あの二人は。」
「あの二人って?」
小さな馬車は街の中心に向けて走って行く。
レオとエドモンがこの街外れに身を潜めているのは、きっとまだやり残したことがあるからだろう。
シルヴィはバッグから指輪の箱を取り出すと、膝の上でそっと開いた。
レオが初めて作ったという指輪は陽を受けて金色に輝いている。真ん中にはめられた大粒の青い石はまるでレオの瞳のような色をしていた。
またレオに返しそびれた指輪──箱から取り出し覗き込むと内側には流れる様な飾り文字でシルヴィの名が彫ってある。
レオはこの指輪にシルヴィの名を刻む時、一体どんな思いでいたのだろうか。
「ロジェ様は気付いてないのかな、レオ様が指輪に込めた想い。」
気付いていないのはあの日侯爵家に怒鳴り込んでいった父親も同じだ。おそらく父親もこの指輪が男性用だということすら気付いていないだろう。
薔薇や百合のような花が苦手なのも似たようなもので、一般的に言う感性、もしくは感受性のようなものがどこか欠けているのかもしれない。
シルヴィはレオから白百合のようなほのかな香りがしていたことを思い出すと目を細めた。
「そういえば、レオ様は花の香りが苦手だと聞いていたけれど。ギーが言っていたあれは……嘘だったってこと?」
ギーが花卉を届けるために定期的に侯爵家に出入りしていたのは間違いない。しかし、シルヴィに対してそんなくだらない嘘をついても何の得にもならないだろう。
シルヴィの婚約破棄が決まって以降、ギーの態度が極端に変わったのも妙と言えば妙だった。おまけにロジェに相対した時、ギーは幽霊でも見たかのように青い顔をして手も足も出ないようだった。
シルヴィの頭の中で、何かがつながり始めている気がした。しかしまだその輪郭がぼんやりと見え始めた程度ではっきりとは分からない。
シルヴィはしばらくの間指輪を眺めていたが、馬車が街の中心部に差し掛かる前に、注意深くそれを箱に納めバッグに戻した。
──これからどうしよう。
成人の儀は一月後に行われることになったとレオが言っていた。
ロジェはその時までに指輪を作って欲しいとレオに頼んだのだと言う。
シルヴィは、ロジェがレオを成人の儀が終わるまでこの街に引き止めておくために指輪を作るよう頼んだのではないかと考えていた。いわゆる時間稼ぎの為だ。
伯爵邸に近付いたのかジョエルが馬車のスピードを一段と落とした。
窓から外の景色に目をやると邸まではまだもう少し距離がある様な気がした。
シルヴィは何事かと御者席側の小窓を覗き込んだが、ジョエルと馬の頭の向こうに小さく何かが見えるだけだった。
やがて邸の手前で馬車は完全に停止した。と同時に前方から何やら怒鳴る声が聞こえてくる。
シルヴィは何が起きているのか分からず、恐怖で身を強張らせて座席で小さくなった。
大きな音を立てて馬車の扉が開かれる──顔を上げたシルヴィが見たのは、肩で息をしながらこちらを睨みつけているロジェの姿だった。
もともと侯爵家を継ぐ気がなかったというレオは、3年間の修行期間を経た後成人するのを待って職人として独り立ちするつもりだったという。
このことはアングラード侯爵も了承済みの事だというから驚きだ。
それが今回の北方遠征で起きた事故でエドモンが利き手を負傷したことにより急遽予定を変えることになった。
エドモンの怪我の程度は不明だが、元のように利き手が使えるようになるまで相当の時間を要するのは確かだという。その為、エドモンとガレルの娘との婚約の話は一旦白紙に戻り、商会を継ぐという話も立ち消えになった。
結果的にレオとエドモンは二人して国を出ることを決めたという事だった。
これからは心機一転、知らない国で何もかもやり直すつもりだと熱く語るレオは生き生きとしていた。
「それじゃ、ロジェによろしく。」
シルヴィは馬車に乗せられるまで、自分がほとんどしゃべらなかったことに気がついた。
馬車の中からエドモンに目をやると、そちらもまだ何か言い残したことがあるような顔でシルヴィを見ていた。
当然、持ってきた指輪はシルヴィのバッグに入れたままだ。
シルヴィはじっとこちらを見つめているエドモンから目をそらすと、並んで見送ってくれるレオに向かって頭を下げた。
ジョエルがゆっくりと馬車を走らせはじめる。
「エド?どうしてここにシルヴィを連れてきたんだ?まさか余計なことを話したんじゃないだろうな?」
「……腕は動かさなかった。」
「おい、そこじゃないだろ?」
「それより、本当に指輪を作るようあの方から頼まれたのか?」
「本当だよ、約束した。最も、あの顔を見る限りシルヴィにはまだ内緒だったみたいだけどね。先に言ってしまったみたいで、ロジェには悪い事したかな。」
「そんな事、お前が気にする事じゃない。」
「分かってるって。それにしても、シルヴィも随分変わったな。」
「……会ったことがあるのか?」
「大きくなってからは会ってない。小さい頃に何度か一緒になったことがあるんだ。昔はもっと……似てたんだよ、あの二人は。」
「あの二人って?」
小さな馬車は街の中心に向けて走って行く。
レオとエドモンがこの街外れに身を潜めているのは、きっとまだやり残したことがあるからだろう。
シルヴィはバッグから指輪の箱を取り出すと、膝の上でそっと開いた。
レオが初めて作ったという指輪は陽を受けて金色に輝いている。真ん中にはめられた大粒の青い石はまるでレオの瞳のような色をしていた。
またレオに返しそびれた指輪──箱から取り出し覗き込むと内側には流れる様な飾り文字でシルヴィの名が彫ってある。
レオはこの指輪にシルヴィの名を刻む時、一体どんな思いでいたのだろうか。
「ロジェ様は気付いてないのかな、レオ様が指輪に込めた想い。」
気付いていないのはあの日侯爵家に怒鳴り込んでいった父親も同じだ。おそらく父親もこの指輪が男性用だということすら気付いていないだろう。
薔薇や百合のような花が苦手なのも似たようなもので、一般的に言う感性、もしくは感受性のようなものがどこか欠けているのかもしれない。
シルヴィはレオから白百合のようなほのかな香りがしていたことを思い出すと目を細めた。
「そういえば、レオ様は花の香りが苦手だと聞いていたけれど。ギーが言っていたあれは……嘘だったってこと?」
ギーが花卉を届けるために定期的に侯爵家に出入りしていたのは間違いない。しかし、シルヴィに対してそんなくだらない嘘をついても何の得にもならないだろう。
シルヴィの婚約破棄が決まって以降、ギーの態度が極端に変わったのも妙と言えば妙だった。おまけにロジェに相対した時、ギーは幽霊でも見たかのように青い顔をして手も足も出ないようだった。
シルヴィの頭の中で、何かがつながり始めている気がした。しかしまだその輪郭がぼんやりと見え始めた程度ではっきりとは分からない。
シルヴィはしばらくの間指輪を眺めていたが、馬車が街の中心部に差し掛かる前に、注意深くそれを箱に納めバッグに戻した。
──これからどうしよう。
成人の儀は一月後に行われることになったとレオが言っていた。
ロジェはその時までに指輪を作って欲しいとレオに頼んだのだと言う。
シルヴィは、ロジェがレオを成人の儀が終わるまでこの街に引き止めておくために指輪を作るよう頼んだのではないかと考えていた。いわゆる時間稼ぎの為だ。
伯爵邸に近付いたのかジョエルが馬車のスピードを一段と落とした。
窓から外の景色に目をやると邸まではまだもう少し距離がある様な気がした。
シルヴィは何事かと御者席側の小窓を覗き込んだが、ジョエルと馬の頭の向こうに小さく何かが見えるだけだった。
やがて邸の手前で馬車は完全に停止した。と同時に前方から何やら怒鳴る声が聞こえてくる。
シルヴィは何が起きているのか分からず、恐怖で身を強張らせて座席で小さくなった。
大きな音を立てて馬車の扉が開かれる──顔を上げたシルヴィが見たのは、肩で息をしながらこちらを睨みつけているロジェの姿だった。
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