見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

文字の大きさ
20 / 31

大切な人

しおりを挟む
 ジョエルはどんなに問いただされようが、相手の名前を頑として口にしない。

 いい加減代わり映えのしないやりとりにうんざりしてきたシルヴィは指輪を渡す代わりに自分も連れて行くようジョエルにした。──決して脅した訳ではない。



 根負けしたジョエルによって連れて行かれたのは街外れにある小さな家だった。周囲には大きな畑と農道があるものの、畑で農作業をしている人影が遠くに幾つか見えるだけの静かな所だ。
 シルヴィは相変わらず無鉄砲な自分の行動に呆れると共に、ロジェがどこか見えない所で怒鳴り声をあげているような気がして落ち着かなかった。


 馬車が家の前で止まると、待ち構えていたであろう人影が小屋から顔を出した。
 栗色の短く刈った髪と健康的な小麦色の肌。その右腕には包帯が巻かれている。おそらく年齢はジョエルと同じくらいだろう──シルヴィの知らない男だった。


「ジョエル……話が違うじゃないか。」
「すまない。どうしても指輪だけを渡す訳にはいかないと言われて。」
「とりあえず馬車を隠して来い。」

 包帯の男は自らをエドモンと名乗ると、シルヴィに小屋へ入るよう促した。

「こんな所で申し訳ありませんがあまり人目につきたくないので。狭いですけど、どうぞ。」

 警戒しているシルヴィを置いてエドモンはさっさと先に小屋の中に入っていく。
 入ってすぐの部屋には簡素な机と椅子が2脚だけ置いてあるのが見えた。エドモンは壁際の椅子に自ら腰掛けると、シルヴィを待った。

 ジョエルが戻るのを待つべきか……シルヴィが小屋の入り口で迷っていると、エドモンが腕の包帯を顎で示しながら苦笑した。

「安心してください。利き腕はこの通り、満足に動きませんから。」
「……貴方も北方に行っていたの?」
「はい。雪崩に巻き込まれた時にちょっと怪我を。」

 シルヴィは仕方なく椅子を引き寄せると、出入り口に近い方へ腰を下ろした。
 エドモンは包帯が巻かれた右手を擦っている。シルヴィが想像していたよりも随分と細く華奢な指だ。


「それで、エドモン。どうして貴方に指輪を渡さないといけないの?そもそも、何故貴方は指輪の存在を知っているの?」
「それは……その指輪は貴女の為に作られた物ではないからです。」


 シルヴィは背中に悪寒が走るのを感じた。エドモンがこの指輪のことを詳しく知っているのは明らかだ。一体彼は何者なのだろうか?

「それはレオがの為に作った初めての指輪です。返していただきたい。」


──レオが大切な人の為に作った……初めての指輪?


 一気に飛び込んできた情報量を処理しきれず、シルヴィはエドモンの顔をじっと見つめた。
 エドモンはひるむ様子もなく、強い意思を持った眼差しでこちらを見返してくる。


「私は遠征に出るまでの長い間ガレルで職人をしていました。レオには3年程前から宝飾品の作り方を教えております。」
「職人?レオ様は3年も前からそんな事をしていらしたの?」
「そうです。だから知っているんです。その指輪を作ったのはレオが貴女と婚約をする前でした。」
「私の為に作った指輪でない事は分かっています。」
「そうでしょうね。」

 エドモンは鼻でふっと笑うとジョエルが戻ってきたのを確認した。
 ジョエルは小屋の外で待機するつもりなのかエドモンに向かって静かに頷くと、入り口の扉を閉めた。


「レオ様の大切な人というのは……もしかしてロジェ様の事ですか?」

 エドモンは黙ったままシルヴィに再び目を向けた。一瞬睨むようなその鋭い眼差しが、どこかロジェを思わせるようでシルヴィははっとした。
 思わずエドモンの左手を確認するが、そこには指輪ははまっていないようだ。


「その大事な指輪に貴女の名を刻むように指示されたのはです。」
「ちょっと待って。どういうことかよく分からないわ。」
「私だってあの方が何を考えてそんな事をなさったのか分かりません。だからそれはレオに返していただきたい。」

 シルヴィはバッグをぐっと握りしめた。

 婚約破棄の手紙を受け取った翌日、真紅の小箱を開けた瞬間に気がついていた。この指輪は明らかに大きい──男性用だ。それなのに内側にはシルヴィの名前が刻まれている。
 それが何を意味するのか、あの時も今もシルヴィには全く分からなかった。
 侯爵家に指輪を返しに行った時、侯爵は箱から指輪を取り出してしっかりと確認していた。恐らく侯爵は男性用だと気が付いたはずだ。にも関わらず、指輪はシルヴィのものだと言って返してくれた。
 あの時に迷わず聞くべきだったのに、そうしなかった事が今頃になって悔やまれる。



 しかし今本当にこの男の言う事を信じて指輪を差し出していいものだろうか?
 シルヴィが悩んでいると、扉の外でジョエルが何かを叫んでいるのが聞こえた。

「駄目です!今は──」
「ロジェだろ?いいから……」

 静止するジョエルを強引に押しのけて入り口に姿を見せたのはレオだった。
 レオはすぐ近くに座っているシルヴィの姿を見つけると、驚いてその場で固まった。

「あれ、女の子?邪魔したかな?」
「レオ……お前今日は来ない約束じゃ?」
「昨日またアイツから注文を受けたんだ、急ぎで。こちらは?エドの知り合い?」
「こちらは……シルヴィ様。」
「あぁ。」

 レオはホッとしたように破顔すると小屋の中に入ってきた。

「そう、わざわざ来てくれたんだ。話はロジェから聞いてるよ。それでエド、サイズはもう測ったの?」
「サイズ?何の事だ?」
「急ぎで指輪を頼まれたって今言っただろ?指のサイズに決まってる。」

 レオは一旦奥の方に引っ込むと、ジャラジャラと音を鳴らしながら戻って来た。その手には複数の輪(リング)がある。
 レオは優雅な仕草でシルヴィの前に跪くと、失礼と言いながらシルヴィの左手をとった。香水だろうか、ふわっと白百合のような香りが辺りに漂う。

──何これ。私……夢、見てる?


 レオは美しく微笑みながら、シルヴィの左手に冷たい輪をそっとはめた。
 優しい声がシルヴィに聞えるか聞こえないかというくらい小さく囁く。


「おめでとう。よかったね、シルヴィ。」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...