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大切な人 2
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レオはエドモンを待たせているからすぐに出発すると言って聞かなかった。
「ロジェ、君の助言には感謝してるよ。これまでいろいろとありがとう。」
「出来るだけのことはしたつもりだ。」
「あぁ。私の代わりに母の事は頼んだよ。」
「侯爵がいるから心配ないさ。それよりも──」
「じゃ、もう行くよ。」
ロジェは話を遮ってまで行こうとするレオをこれ以上引き止めるわけにも行かず、複雑な表情を浮かべながら手を差し出すと固く握手を交わした。
レオが侯爵家の馬車に乗り込むと、三人を乗せた馬車は程なく動き出す──それは余りにもあっけない別れだった。
ロジェは馬車が見えなくなるとすぐにシルヴィを連れて王宮に引き返した。
廊下を人目のないところまで戻ると一旦立ち止まり、胸元のポケットから何かを取り出すとシルヴィに向けて差し出してきた。──ロジェの手の上にあるのは例の男物の指輪だ。
怪訝な顔をしているシルヴィに向かって、ロジェは慌てて弁解した。
「勘違いするな。婚約を無かったことにする訳ではない。そうではなくてただこれを本来持つべき人の手に返すだけだ。」
そう言いながらロジェは指輪をシルヴィの手に握らせた。
シルヴィは再び自分の所に戻って来た指輪を困惑気味に眺めた。
「この指輪はレオ様が一番初めに作った物だと聞きましたが、それをどうして私に?」
「一番大切な人の為に作った指輪だと言っていた。この通り名前も刻んである。だから、これは君の物だ。」
「名前を刻ませたのはロジェ様だと聞きましたが、違うのですか?」
「いや、私が見た時にはもう既に彫ってあったが?どういうことだ?」
二人は食い違う認識に首を傾げながら改めて指輪を眺めた。
「私が聞いていたのとは違いますね。」
「……私はレオが君の為に作ったのだとばかり思っていたんだが。」
「前にも言った通り、これは男物です。いくらサイズを小さく加工できるとは言っても流石にこれは……。」
「確かに……言われてみればそうだな。」
シルヴィは自分がはめている指輪を抜くと手のひらの上でその2つの指輪を並べた。
「男物の指輪にシルヴィ、女物の指輪にロジェ……」
──レオ様が大切な人の為に……作った?
シルヴィははっと顔を上げた。
「この私の名前が書いてある指輪をレオ様から最初に受け取られたのはロジェ様ですよね?それをレオ様の婚約破棄の時に私に届けてくださったのはどうしてですか?」
「さっきも言った通り、指輪に君の名前が彫ってあったからだ。」
「レオ様が私に渡してほしいと頼まれた訳ではないのですね?」
「あぁ。私の判断だ。」
「その……。私分かったかもしれません。」
「私には何が何だか。」
シルヴィは男物の指輪をロジェに返しながら、自分はもう片方を手に取った。
「あと一つ確認したいのですが。この指輪の内側の文字はロジェ様が指示をされましたか?」
「いや、それはレオが勝手に私の名を……」
「やっぱり。レオ様は指輪の持ち主が大切に思っている人の名前を内側に彫ったんじゃないでしょうか?」
ようやく理解が追いついてきたのか、ロジェはシルヴィが差し出した指輪を受け取りながらわずかに耳を赤らめた。
「婚約破棄の手紙と一緒に指輪を渡されたから、君に渡して欲しいのだとばかり思っていた。もしかしてレオは後の事は私に任せたと伝えたかったのかもしれない。それで……君の大切な人というのは本当にソレであっているのか?」
「はい。レオ様だけは気付いていらしたんですね。」
「私たちは気が付かないうちにレオの手の平の上で踊らされていたのか?アイツは一体どれだけ前からこんな事を企んで……。」
国境を北に越えるにはまだ雪が深すぎた。
レオはエドモンの隣で寒そうにコートの前を掻き合せると、南に向けて走る馬車の御者席で白い息をついた。
「寒っ!海に出る前に二人とも凍ってるよ?」
「だから交代までは後ろにいろと言ったのに。まだ出発したばかりだからもう少し我慢しろよ?」
「分かってるよ。でも一人だといろいろ余計なこと考えちゃうからさ。」
「……例えばロジェ王子の事とか?」
レオは手袋のはまった手を両脇に挟みながら空を見上げて微笑んだ。頭上にはいつの間にか分厚い雲が広がっている。
「あの二人気付くかな~とか?でも二人とも相当鈍いからどうだろう。」
「そんなに気になるならはっきり言ってやれば良かったじゃないか。自分の事は気にしないでさっさとくっつけって。」
「いろいろさ。思うところがあるわけよ。」
エドモンは手綱を両手でしっかりと握りながら顔だけレオの方を向いた。
「まぁ長い間お前はよく耐えたよ。俺なら絶対無理だな。あぁいう回りくどいやり方はできない。絶対すぐに逃げ出したね。」
「本当はもっと早くに逃げ出すつもりだったよ?でもほら、未成年のまま消えちゃうと後々面倒なんだって。そう助言してくれた人がいるわけ。」
「助言ね。」
「きっと、いつか帰りたくなった時の為に──とかそういう事を考えてくれたんだよ。」
「出て行く方は最初から戻って来るつもりもないのに?」
「まぁそれはね。」
レオは両手を上に突き上げるようにして大きく伸びをした。
「あー。最後まで逃げ隠れてばかりだったな。疲れたよホント。」
「だから俺は最初から反対だったんだよ。放っておけばよかったんだ。」
「そしたらきっとアイツは何も行動に移さなかったよ。」
「それは向こうの勝手だろ?自業自得さ。」
レオははるか先に見える丘を目を細めて見つめた。あの丘の手前から日があたっているのが確認できる。もう少ししたらこの馬車も雲の切れ間に入るだろうか──。
「でもまぁなんとか間に合ってよかったよ。約束は無事に果たせたし。」
「婚約指輪?」
「あぁ。まさか目の前で渡すとは思ってもなかったけど。」
「全く、無神経にも程があるな。」
エドモンは街から離れれば離れるほど怖いものがなくなるとでも思っているのかもしれない。ロジェに対して随分と辛辣な物言いをするようになっていた。
「俺は嘘ついてまであそこから逃げ出したんだから、他人の事とやかく言えた立場じゃないけどね。」
「あぁ、ガレルのお嬢様ね。あれはかなりヤバかったな。」
「いくら商会の跡を任せると言われても……あれはな?」
「国境越えるまではせめて包帯くらい巻いとくのが気遣いってもんじゃないの?それとも、もう隠す気もない?」
「大丈夫。あのシスターが紹介してくれた男?今頃はアイツが捕まってるはずだし。今更誰も俺たちを追いかけて来たりしないさ。」
雲に隠れていた太陽が再び姿をあらわし、急に陽射しが二人を照らした。
馬車は少しだけスピードを落とすと、街道を更に南へと下っていく。
「ロジェ、君の助言には感謝してるよ。これまでいろいろとありがとう。」
「出来るだけのことはしたつもりだ。」
「あぁ。私の代わりに母の事は頼んだよ。」
「侯爵がいるから心配ないさ。それよりも──」
「じゃ、もう行くよ。」
ロジェは話を遮ってまで行こうとするレオをこれ以上引き止めるわけにも行かず、複雑な表情を浮かべながら手を差し出すと固く握手を交わした。
レオが侯爵家の馬車に乗り込むと、三人を乗せた馬車は程なく動き出す──それは余りにもあっけない別れだった。
ロジェは馬車が見えなくなるとすぐにシルヴィを連れて王宮に引き返した。
廊下を人目のないところまで戻ると一旦立ち止まり、胸元のポケットから何かを取り出すとシルヴィに向けて差し出してきた。──ロジェの手の上にあるのは例の男物の指輪だ。
怪訝な顔をしているシルヴィに向かって、ロジェは慌てて弁解した。
「勘違いするな。婚約を無かったことにする訳ではない。そうではなくてただこれを本来持つべき人の手に返すだけだ。」
そう言いながらロジェは指輪をシルヴィの手に握らせた。
シルヴィは再び自分の所に戻って来た指輪を困惑気味に眺めた。
「この指輪はレオ様が一番初めに作った物だと聞きましたが、それをどうして私に?」
「一番大切な人の為に作った指輪だと言っていた。この通り名前も刻んである。だから、これは君の物だ。」
「名前を刻ませたのはロジェ様だと聞きましたが、違うのですか?」
「いや、私が見た時にはもう既に彫ってあったが?どういうことだ?」
二人は食い違う認識に首を傾げながら改めて指輪を眺めた。
「私が聞いていたのとは違いますね。」
「……私はレオが君の為に作ったのだとばかり思っていたんだが。」
「前にも言った通り、これは男物です。いくらサイズを小さく加工できるとは言っても流石にこれは……。」
「確かに……言われてみればそうだな。」
シルヴィは自分がはめている指輪を抜くと手のひらの上でその2つの指輪を並べた。
「男物の指輪にシルヴィ、女物の指輪にロジェ……」
──レオ様が大切な人の為に……作った?
シルヴィははっと顔を上げた。
「この私の名前が書いてある指輪をレオ様から最初に受け取られたのはロジェ様ですよね?それをレオ様の婚約破棄の時に私に届けてくださったのはどうしてですか?」
「さっきも言った通り、指輪に君の名前が彫ってあったからだ。」
「レオ様が私に渡してほしいと頼まれた訳ではないのですね?」
「あぁ。私の判断だ。」
「その……。私分かったかもしれません。」
「私には何が何だか。」
シルヴィは男物の指輪をロジェに返しながら、自分はもう片方を手に取った。
「あと一つ確認したいのですが。この指輪の内側の文字はロジェ様が指示をされましたか?」
「いや、それはレオが勝手に私の名を……」
「やっぱり。レオ様は指輪の持ち主が大切に思っている人の名前を内側に彫ったんじゃないでしょうか?」
ようやく理解が追いついてきたのか、ロジェはシルヴィが差し出した指輪を受け取りながらわずかに耳を赤らめた。
「婚約破棄の手紙と一緒に指輪を渡されたから、君に渡して欲しいのだとばかり思っていた。もしかしてレオは後の事は私に任せたと伝えたかったのかもしれない。それで……君の大切な人というのは本当にソレであっているのか?」
「はい。レオ様だけは気付いていらしたんですね。」
「私たちは気が付かないうちにレオの手の平の上で踊らされていたのか?アイツは一体どれだけ前からこんな事を企んで……。」
国境を北に越えるにはまだ雪が深すぎた。
レオはエドモンの隣で寒そうにコートの前を掻き合せると、南に向けて走る馬車の御者席で白い息をついた。
「寒っ!海に出る前に二人とも凍ってるよ?」
「だから交代までは後ろにいろと言ったのに。まだ出発したばかりだからもう少し我慢しろよ?」
「分かってるよ。でも一人だといろいろ余計なこと考えちゃうからさ。」
「……例えばロジェ王子の事とか?」
レオは手袋のはまった手を両脇に挟みながら空を見上げて微笑んだ。頭上にはいつの間にか分厚い雲が広がっている。
「あの二人気付くかな~とか?でも二人とも相当鈍いからどうだろう。」
「そんなに気になるならはっきり言ってやれば良かったじゃないか。自分の事は気にしないでさっさとくっつけって。」
「いろいろさ。思うところがあるわけよ。」
エドモンは手綱を両手でしっかりと握りながら顔だけレオの方を向いた。
「まぁ長い間お前はよく耐えたよ。俺なら絶対無理だな。あぁいう回りくどいやり方はできない。絶対すぐに逃げ出したね。」
「本当はもっと早くに逃げ出すつもりだったよ?でもほら、未成年のまま消えちゃうと後々面倒なんだって。そう助言してくれた人がいるわけ。」
「助言ね。」
「きっと、いつか帰りたくなった時の為に──とかそういう事を考えてくれたんだよ。」
「出て行く方は最初から戻って来るつもりもないのに?」
「まぁそれはね。」
レオは両手を上に突き上げるようにして大きく伸びをした。
「あー。最後まで逃げ隠れてばかりだったな。疲れたよホント。」
「だから俺は最初から反対だったんだよ。放っておけばよかったんだ。」
「そしたらきっとアイツは何も行動に移さなかったよ。」
「それは向こうの勝手だろ?自業自得さ。」
レオははるか先に見える丘を目を細めて見つめた。あの丘の手前から日があたっているのが確認できる。もう少ししたらこの馬車も雲の切れ間に入るだろうか──。
「でもまぁなんとか間に合ってよかったよ。約束は無事に果たせたし。」
「婚約指輪?」
「あぁ。まさか目の前で渡すとは思ってもなかったけど。」
「全く、無神経にも程があるな。」
エドモンは街から離れれば離れるほど怖いものがなくなるとでも思っているのかもしれない。ロジェに対して随分と辛辣な物言いをするようになっていた。
「俺は嘘ついてまであそこから逃げ出したんだから、他人の事とやかく言えた立場じゃないけどね。」
「あぁ、ガレルのお嬢様ね。あれはかなりヤバかったな。」
「いくら商会の跡を任せると言われても……あれはな?」
「国境越えるまではせめて包帯くらい巻いとくのが気遣いってもんじゃないの?それとも、もう隠す気もない?」
「大丈夫。あのシスターが紹介してくれた男?今頃はアイツが捕まってるはずだし。今更誰も俺たちを追いかけて来たりしないさ。」
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