26 / 31
遠回り
しおりを挟む
「時間はあるんだろう?少し話して行かないか?」
少しどころか聞きたいことはまだ沢山あった。シルヴィは珍しく遠慮がちに尋ねてきたロジェに素直に応じることにした。
ロジェがシルヴィを連れて行った先は王宮の更に奥まった所にある応接室だった。重厚なソファーとテーブル以外余計な装飾は殆ど無い簡素な部屋だ。暖炉には穏やかな火がゆらめき、その上には申し訳程度の花が飾ってある。
広場の成人の日の祝いの喧騒はこの部屋までは届かないようだ。
「君はあの日ジョエルの案内でエドに会っていたんだろう?」
「はい。ご存知でしたか。」
「あの二人をジョエルの家に匿わせたのは私だ。ガレルの関係者に見つかるといろいろ面倒だからな。」
「ガレル商会はエドモンが居なくなっても大丈夫なのでしょうか?」
「あの商会くらいの規模になると職人は山ほどいる。エド一人抜けたくらいで何故そんなに騒ぐ?」
「エドモンは、その……婚約をしていたと思うのですが。」
「あぁ、そっちの話か。ガレルの娘にはもう次がいる、だから問題ない。」
どうしてそこまでの情報をロジェが知っているのか──。シルヴィが口を開きかけた時、ロジェの口から思わぬ言葉が飛び出した。
「あの男、確かギーと言ったか?街で見かけたんだろう?」
「またケビンから聞いたんですね?」
ロジェは小さくため息をつくと、暖炉の前で立ったままでいたシルヴィをそっと引き寄せた。
両腕が優しくシルヴィを抱きしめる。
「君を見ているとイライラする理由が分かった。ギー、ジョエル、ケビン、エドもそうだがレオとも。私が知らないうちに随分と仲良くなったようだな?」
「そんな事ありません。」
優しく包まれた腕の中で、シルヴィは喜びをかみしめた。とても分かりにくいが、この人は今確かに嫉妬してくれている。それを隠そうとせずにきちんと伝えようと努力してくれるのが嬉しかった。
シルヴィの視線の先には暖炉の上に飾られた白い花が見えた。華美でもなく香りもない、控え目な花が──。
ロジェはシルヴィの視線の先にあるものを追いかけるとそういえばと口に出して呟いた。ぎこちなく体を離すと、ロジェは照れくさいのを誤魔化すように話を続けた。
「侯爵邸でレオの部屋に花を飾っていただろう?主の居ない部屋にどうして花を?」
「どうしてと言われましても。エマ夫人からあの部屋の管理は私に任せたと言われていましたから、それで。」
シルヴィはロジェが何故侯爵邸でのそんな些細な出来事まで把握しているのか不思議に思った。
「レオはエドの元で職人として学ぶことを決めた時から、あの邸にはほとんど帰らなくなった。だから君が花を飾っていたあの部屋は使われていなかったはずだ。」
「そうでしたか。私が侯爵邸に出入りしていたのはレオ様が遠征に出られた後でしたから、気が付きませんでした。」
「エマ夫人はレオが将来どうするつもりなのか、随分前から分かっていたのかもしれないな。それなのに私だけが君とレオが別れを選ぶというのがどうにも納得できなくて。なんとかならないのかと一人で騒いでいたという訳か。」
シスターがいつか言っていた。
互いを思い合うがゆえの空回り──とはこの事だったのだろうか。
レオと自分との間には何も存在していなかったのに、ロジェにはそこに何かしらの絆が見えていたのだろう。そしてレオとロジェの間にあった絆という名の糸は、切れてはいないものの今回のレオの旅立ちを機に限りなく細くなってしまった。
「レオは昔から爵位を継ぎたくないの一点張りで、国外に逃れるためには手段を選ばないとまで豪語していた。もしエドに会っていなかったとしても、きっと何か別の手段を使って必ず実行していたと思う。」
「アングラード侯爵も知っておられたのですよね?」
「あぁ。ただし、成人するまでは何があってもこの国にとどまるよう皆で説得したんだ。」
「皆で?」
「あぁ。侯爵夫妻はもとより国王夫妻、それから私と……シスターも。」
ロジェはシルヴィの顔色をうかがいながら話していたが、シルヴィが驚かないのを見ると意外そうな顔をした。
「シスターの名が出ても驚かないんだな。知っていたのか?」
「えぇ。シスターがボドワン家の出身であるという話は聞いていましたから。」
ロジェはそうかと呟きながら懐から時計を取り出して時間を確認した。
「シスターの話をしていたら何か飲みたくなってきたな。それにそろそろ昼食の時間だ。」
「え?もうそんな時間ですか?」
シルヴィははっとあたりを見回して時計を探した。しかしこの部屋には時間がわかるようなものは何も置いていないようだった。
「少しは緊張が解けたか?」
「はい……?何の話でしょうか?」
ロジェはいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、扉の方へ向いながらわざとらしくため息をついた。
「王宮にいるというだけで緊張するんだろう?これからはもっと頻繁に来ることになるんだからもう少し慣れろ。」
「……はい。」
「それから、悪いが私はもう行かなくてはならないから昼食は一緒にとれない。ここに運ばせるからゆっくりしていてほしい。」
「私のことならお構いなく。邸に戻りますから。」
ロジェはシルヴィに向かって何かを言いかけたが首を横にふると扉を開けた。
扉の前にはジョエルとケビンの二人が待機していたようですぐに顔を見せた。
「昼食を持たせる。いいか、逃すな?」
「はい?」
「テラスでのお手振りにはシルヴィ様は?」
「まだ無理だ。今回は止めておく。」
「はぁ……了解しました。」
ポカンと口を開けてロジェを見送る二人に、シルヴィはこそこそと話しかけた。
「ねぇ、お手振りって何?」
「え?あ、ほら王宮のテラスに王族の皆様が勢揃いされて広場の方に向かって手を振られるアレです。今日はロジェ様の成人祝いですから、ね。」
「あぁ……。」
シルヴィは左手の指輪を隠すように手を組むと、身震いした。冗談じゃない、あんな大舞台に連れ出されては寿命が何年あっても足りない。
ロジェも今回は見逃してくれたようだし、ここは黙ってこのまま帰ろう──。
そっと扉から出ようとしたシルヴィは、ジョエルとケビンに両脇を抱えられるようにして部屋に連れ戻され、有無を言わさずソファーに座らされた。
「何?どうして?」
「申し訳ありませんが逃がすなと言われましたので。」
「隊長が珍しく逃げないで行事に参加されているのですから、せめて終わるまで待ってあげてください。」
少しどころか聞きたいことはまだ沢山あった。シルヴィは珍しく遠慮がちに尋ねてきたロジェに素直に応じることにした。
ロジェがシルヴィを連れて行った先は王宮の更に奥まった所にある応接室だった。重厚なソファーとテーブル以外余計な装飾は殆ど無い簡素な部屋だ。暖炉には穏やかな火がゆらめき、その上には申し訳程度の花が飾ってある。
広場の成人の日の祝いの喧騒はこの部屋までは届かないようだ。
「君はあの日ジョエルの案内でエドに会っていたんだろう?」
「はい。ご存知でしたか。」
「あの二人をジョエルの家に匿わせたのは私だ。ガレルの関係者に見つかるといろいろ面倒だからな。」
「ガレル商会はエドモンが居なくなっても大丈夫なのでしょうか?」
「あの商会くらいの規模になると職人は山ほどいる。エド一人抜けたくらいで何故そんなに騒ぐ?」
「エドモンは、その……婚約をしていたと思うのですが。」
「あぁ、そっちの話か。ガレルの娘にはもう次がいる、だから問題ない。」
どうしてそこまでの情報をロジェが知っているのか──。シルヴィが口を開きかけた時、ロジェの口から思わぬ言葉が飛び出した。
「あの男、確かギーと言ったか?街で見かけたんだろう?」
「またケビンから聞いたんですね?」
ロジェは小さくため息をつくと、暖炉の前で立ったままでいたシルヴィをそっと引き寄せた。
両腕が優しくシルヴィを抱きしめる。
「君を見ているとイライラする理由が分かった。ギー、ジョエル、ケビン、エドもそうだがレオとも。私が知らないうちに随分と仲良くなったようだな?」
「そんな事ありません。」
優しく包まれた腕の中で、シルヴィは喜びをかみしめた。とても分かりにくいが、この人は今確かに嫉妬してくれている。それを隠そうとせずにきちんと伝えようと努力してくれるのが嬉しかった。
シルヴィの視線の先には暖炉の上に飾られた白い花が見えた。華美でもなく香りもない、控え目な花が──。
ロジェはシルヴィの視線の先にあるものを追いかけるとそういえばと口に出して呟いた。ぎこちなく体を離すと、ロジェは照れくさいのを誤魔化すように話を続けた。
「侯爵邸でレオの部屋に花を飾っていただろう?主の居ない部屋にどうして花を?」
「どうしてと言われましても。エマ夫人からあの部屋の管理は私に任せたと言われていましたから、それで。」
シルヴィはロジェが何故侯爵邸でのそんな些細な出来事まで把握しているのか不思議に思った。
「レオはエドの元で職人として学ぶことを決めた時から、あの邸にはほとんど帰らなくなった。だから君が花を飾っていたあの部屋は使われていなかったはずだ。」
「そうでしたか。私が侯爵邸に出入りしていたのはレオ様が遠征に出られた後でしたから、気が付きませんでした。」
「エマ夫人はレオが将来どうするつもりなのか、随分前から分かっていたのかもしれないな。それなのに私だけが君とレオが別れを選ぶというのがどうにも納得できなくて。なんとかならないのかと一人で騒いでいたという訳か。」
シスターがいつか言っていた。
互いを思い合うがゆえの空回り──とはこの事だったのだろうか。
レオと自分との間には何も存在していなかったのに、ロジェにはそこに何かしらの絆が見えていたのだろう。そしてレオとロジェの間にあった絆という名の糸は、切れてはいないものの今回のレオの旅立ちを機に限りなく細くなってしまった。
「レオは昔から爵位を継ぎたくないの一点張りで、国外に逃れるためには手段を選ばないとまで豪語していた。もしエドに会っていなかったとしても、きっと何か別の手段を使って必ず実行していたと思う。」
「アングラード侯爵も知っておられたのですよね?」
「あぁ。ただし、成人するまでは何があってもこの国にとどまるよう皆で説得したんだ。」
「皆で?」
「あぁ。侯爵夫妻はもとより国王夫妻、それから私と……シスターも。」
ロジェはシルヴィの顔色をうかがいながら話していたが、シルヴィが驚かないのを見ると意外そうな顔をした。
「シスターの名が出ても驚かないんだな。知っていたのか?」
「えぇ。シスターがボドワン家の出身であるという話は聞いていましたから。」
ロジェはそうかと呟きながら懐から時計を取り出して時間を確認した。
「シスターの話をしていたら何か飲みたくなってきたな。それにそろそろ昼食の時間だ。」
「え?もうそんな時間ですか?」
シルヴィははっとあたりを見回して時計を探した。しかしこの部屋には時間がわかるようなものは何も置いていないようだった。
「少しは緊張が解けたか?」
「はい……?何の話でしょうか?」
ロジェはいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、扉の方へ向いながらわざとらしくため息をついた。
「王宮にいるというだけで緊張するんだろう?これからはもっと頻繁に来ることになるんだからもう少し慣れろ。」
「……はい。」
「それから、悪いが私はもう行かなくてはならないから昼食は一緒にとれない。ここに運ばせるからゆっくりしていてほしい。」
「私のことならお構いなく。邸に戻りますから。」
ロジェはシルヴィに向かって何かを言いかけたが首を横にふると扉を開けた。
扉の前にはジョエルとケビンの二人が待機していたようですぐに顔を見せた。
「昼食を持たせる。いいか、逃すな?」
「はい?」
「テラスでのお手振りにはシルヴィ様は?」
「まだ無理だ。今回は止めておく。」
「はぁ……了解しました。」
ポカンと口を開けてロジェを見送る二人に、シルヴィはこそこそと話しかけた。
「ねぇ、お手振りって何?」
「え?あ、ほら王宮のテラスに王族の皆様が勢揃いされて広場の方に向かって手を振られるアレです。今日はロジェ様の成人祝いですから、ね。」
「あぁ……。」
シルヴィは左手の指輪を隠すように手を組むと、身震いした。冗談じゃない、あんな大舞台に連れ出されては寿命が何年あっても足りない。
ロジェも今回は見逃してくれたようだし、ここは黙ってこのまま帰ろう──。
そっと扉から出ようとしたシルヴィは、ジョエルとケビンに両脇を抱えられるようにして部屋に連れ戻され、有無を言わさずソファーに座らされた。
「何?どうして?」
「申し訳ありませんが逃がすなと言われましたので。」
「隊長が珍しく逃げないで行事に参加されているのですから、せめて終わるまで待ってあげてください。」
0
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる