見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

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一旦 落ち着こう

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 ソフィの父親──ガレル商会の代表の向こうには数人の男性が合図さえあればいつでも取り押さえられる距離を保ちながら待機している。

 ガレル父子は許可がなければこんな王宮の深部にまで立ち入ることはできない。レオを探してここまでたどり着いたというのならば、許可を出したのはロジェしかいない。

 シルヴィはどうしたらいいのか分からず立ち並ぶ人影の中にロジェの姿を探した。
 遅れて現れたロジェは人垣をかき分けるとそのままジョエルの脇を通って部屋の中に入り、シルヴィの隣まで来ると素早くその肩を抱いた。


 黙ってそれを見ていたソフィが我に返ったのか再びヒステリックに叫びだした。

「その女がそうなの?オードランの娘?」
「ソフィ様!落ち着いて下さい。」
「レオ様をどこに隠したのよ!一体どこまで私の事を邪魔したら気が済むの?この泥棒猫!レオ様を返しなさい!」


 ソフィは怒りがおさまらないようでシルヴィに向かって大声でまくし立て続けた。
 父親はソフィから少し距離をとると、ジョエル達が二人がかりで娘を止めているのをどことなく申し訳無さそうな顔で眺めている。


「レオ様の次はロジェ王子にまで媚を売ってるの?もしかしてエドもアンタが隠したんじゃないでしょうね?」


 ロジェはシルヴィを後ろにかばうと、ソフィに向かって冷めた声で告げた。


「いい加減にしたらどうだ、シルヴィは関係ない。それにレオはもう王宮にはいないと言ったはずだ。」
「成人の式典が終わったらすぐにレオ様に会わせてくださるはずじゃなかったのですか?こんなの……約束と違います。私とレオ様の婚約の話はどうなるのです?」

 シルヴィはソフィの言葉に動揺してロジェの背中を見た。しかし後ろからではその表情までは見ることができない。


「レオがいないのだから今この場ではその話はできない。第一君は来るのが遅かった。君が来た時には既にレオは去った後だったはずだ。」
「私は式典が終わったらすぐに会えるようきちんと待機しておりました。」
「そうか。私はレオと会いたいのであればと言ったはずだが?本気で婚約したかったのであれば、待っていても無駄だ。」
「そんな、私は待っているようにと部屋に案内されたから従ったまでです!それに式典には貴族でないと入れないと……。」



 ロジェはシルヴィを振り返ると珍しく笑みを浮かべた。


「残念ながらレオは私とともに一足先に成人として認められていたからな、一般の式典には参加していない。どちらにせよ君とレオが会うことはなかった。レオは逃げたんだ。諦めろ。」

 
 ロジェがジョエルとケビンに向かって手を振ると、二人はガレル親子を部屋から押し出しながら出て行き、そのまま後ろ手に扉を閉めた。何かをまだ喚いているソフィの声が一気に遠のく。


──レオ様があんなに急いで出発されたのは、このせいだったのね。



 口を開くこともできずに突っ立ったままのシルヴィに向かって、ロジェが申し訳無さそうな顔をした。

「……いろいろと、言いたいことはあると思う。分かっている、全て私の責任だ。」
「ガレルの娘の事ならば心配ないとおっしゃいました。」

 ロジェは黙ったまま頷いた。

「もしレオ様が王宮であの娘と顔を合わせていたら、本当に婚約させるつもりだったのですか?」
「それは有り得ない。ソフィは別室に待機させて部屋の前には厳重に見張りを立てていたし、レオも一般の式典には顔を出さなかった。二人がここで鉢合わせることがないよう細心の注意を払っていた。」

 シルヴィは今朝ロジェの馬車で王宮に到着した時、警備の人数が随分と多かったことを思い出した。
 あれはレオとソフィを会わせないための配慮だったということか。

「でも約束されたのでしょう?ソフィを騙すような嘘を仰るなんて、私にはロジェ様が何を考えておられるのか分かりません。」


 ロジェはという言葉に反応するように顔を上げると、シルヴィの両肩に手を置いた。


「いいかシルヴィ、私は嘘はついていない。」
「そうでしょうか。」
「そうだ。ただ、ソフィがレオを探してここまで踏み込んで来るとは思わなかったが……。君は無関係なのに巻き込んでしまって、すまなかった。」


 確かにレオの仮の婚約者となったことで結果的にはソフィの邪魔をすることになってしまった訳だが、その後のレオやエドモンのことについてまで自分が関わっていたように言われる筋合いはなかった。
 シルヴィはうつむくと婚約指輪に輝く大粒のサファイヤをじっと見つめた。ロジェの手がそこに重ねられる。



「エドの怪我を報告しに行った時にソフィはむしろ喜んでいた。それどころかもう自分の次の相手のことしか頭にはないようだった。だからレオが爵位を継がないことが分かった途端、今度はエドの代わりにレオを婿に欲しいと言い出したんだ。」


 シルヴィはロジェの手に光る指輪に視線をうつした。ロジェの指輪のサファイアの方が色が薄く、レオの瞳の色には近い気がする。


「レオからの手紙を受け取った時の君とは全く違う。そう思わないか?」
「そういえば、私の所に手紙を届けに来てくださったのもロジェ様でしたね。」
「君は手紙を開ける時とても緊張していた。でも文面を見て嬉しそうに笑った。覚えているか?」
「……笑っていましたか?」
「レオの無事を確認して微笑んでいる君はとても……綺麗だった。シルヴィ、私は君の事を──」



 コンコンコン と扉がノックされると、外からケビンの呼びかける声が続いた。


「……ちょっと待て。」


 ロジェは慌ててシルヴィから離れると大きくため息をついた。


「とりあえずこれでしばらくの間はゆっくりできる。まだ君に話していないことは沢山ある。これからはゆっくりと私の事が分かってもらえるよう……努力するつもりだ。」
「……はい。」

 めずらしく大人しく頷いたシルヴィを見て、ロジェはぎょっとした。


「おい、どうしてそんな顔を……ケビン達に誤解される!」
「ロジェ様のせいです!」
「いや、私はまだ何も……」


 シルヴィが両手で熱くなった顔を覆うと、扉の外からケビンが申し訳無さそうに声をかけた。


「お邪魔してすみません、オードラン伯爵がお待ちです。」
「分かってる、すぐ行く。」


 ロジェは乱暴にシルヴィの腕を掴んで引き寄せると、真っ赤になったシルヴィを強く抱きしめた。


「そんな顔のままで外には出せない。」
「分かってますから言わないでください。」


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