見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

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まだ痛々しい傷跡

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「あれ?これって結構面倒な事になってませんか?ロープもぐちゃぐちゃ……。」

 シルヴィは教会の裏側に積まれた荷物の山を指差すと駆け寄った。
 ギーが教会から引っ越した後いらない荷物を片付けているところだったが、教会は今男手が足りないため、シスターから急遽呼び出しのお声がかかったのがロジェたちだった。

 外に出ているこれらの荷物は馬車に積んでこの後処理場まで運んでいくことになっている。しかしぐちゃぐちゃにからまったこのロープはこのままでは使い物にならないだろう。


 ロジェは軽く袖をめくるとシルヴィに向かって手を差し出した。

「貸せ。私がやろう。」

 気の短いロジェはシルヴィからロープを奪うように手を伸ばした。その左腕に、まだ痛々しい傷跡が見えた。何か鋭利な物で切ったような新しい傷だ。

 シルヴィの視線に気がついたロジェはちらっとこちらを見た後で手元を動かしながら器用にロープを解いていく。

「気になるか?」
「えぇ。まだ新しそうですね。」
「そうだな。」

 左腕の切り傷──そういえば、北方から帰ってきた後、ロジェの左腕には包帯が巻かれていたような記憶がある。あれは何時だっただろう?


 ロジェはからまったロープをあっという間に解くと、下を向いたまま手を止めた。


「遠征中に道を外れてしまった部隊が迷い込んだ先で崖から落ちた。それを助けに行った時に何かにひっかけたんだ……木の枝か何か。」
「木の枝、ですか。」

 ロジェは立ち上がってロープを束ねながら苦笑いをした。

「随分鋭利な木の枝だろう?まるでだ。」


 シルヴィはしゃがみこんだままロジェを見上げた。左腕の傷はきちんと手当をされており、幸い傷が浅かったため大事には至らなかったのだろう。
 しかし王子に向かって仮にも剣を向けた者があれば、その場ですぐに処分がくだされたに違いない──レオだ。


「痛かったですか?」
「そうだな、痛かった。でもそれ以上に驚いた。なんで自分は気が付かなかったんだろう、と。」


 シルヴィはロジェに助けられながらその場で立ち上がると、向かい合ってニッコリと笑みを浮かべた。


「ロジェ様はそういう人でしょ?」
「……私が鈍いとでも言いたいのか?」


 シルヴィは肩をすくめると処分する荷物の山に目を向けた。綿のはみ出たクッションや擦り切れたソファー、古いトランクのような形をした物入れも幾つかある。


「真冬に道を誤って北の国境を越えようとしたのですね?それで引き止めようとしたロジェ様に……木の枝がたまたま?」


 ロジェは何も聞こえなかったようなふりをしてロープをひとまず荷物の上に乗せると、後ろから付いてきていたシルヴィに向けて両腕を差し出した。


「シルヴィ、手が汚れたから君が袖を下ろして。」


 何も考えずに近寄ったシルヴィをロジェの両腕が突然がっしりと捕まえた。


「ほら、油断した。」
「ちょっと、ロジェ様?」


 ロジェはシルヴィの耳元でそのまま話しを続けた。話し声が周りに聞こえないように自分を近くに引き寄せただけだというのに、一瞬抱きしめられたと勘違いをしたシルヴィは妙に恥ずかしく感じた。


「あっちが考えを変える気がないんだから、こっちが折れるしかなかった。だからわざわざ真冬に北の国境を越えるような馬鹿な真似は止めて、せめて南にしておけと言った。」
「あのまま二人で北に亡命するつもりだったんですね。」
「そう、何もかも捨ててね。でも当然他の隊員の目もあったし、二人だけを密かに逃がすことなんてできっこない。帰ってきてからも随分苦労したんだ。時間稼ぎをしながらあちこち駆け回って慣れない交渉をして。」


 ロジェはシルヴィを更にきつく抱き寄せると、肩に顔を埋めた。


「だから君にはキツくあたったこともあった。」
「いっぱいいっぱいだったんですね。」
「どう考えても時間が足りなかったんだ。」


 ロジェの背中にそっと両手を回した。
 初めてロジェを見た時、栗色の髪の毛と忠実そうなその雰囲気で大きな犬のように感じたのを思い出した。
 でもそう感じたのはあの時だけで、それ以降は会うたびにいつもイライラとして、怒った顔ばかり見ていた気がする。


──これが本当のロジェ様の姿……。


「シルヴィ様!」
「こら!アンナ邪魔しちゃだめだって。」
「バカ、お前も出るな。」


 教会の方からシルヴィをみつけて駆け寄ってくるアンナと、建物の陰からこちらを覗いていたのかひょっこり顔を出したケビンとジョエルの姿があった。


「……またお前たちか。」

 ロジェはわざとらしくため息をつきながら二人の部下を睨みつけると、駆け寄って来たアンナからシルヴィを遠ざけた。

「あ!」


 アンナはいきなりの事に驚いたのかすぐそばまで来て立ち止まると、ロジェの顔を怯えたように見上げた。


「アンナ、知ってるかい?シルヴィはもうすぐお姫様になるんだよ?」
「え?いつ?明日?」
「いや……明日は無理かな?」
「それじゃ、もう花束はいらないの?」
「花束?」
「そう。お姫様になったらもうここには来ない?」


 ロジェとシルヴィは顔を見合わせるとなるほどと頷きあった。


 シルヴィは身を屈めるとロジェの脇からアンナの方へおいでおいでと手を差し出した。


「来るわよ。それに王子様がアンナに意地悪をした時にはきっとシスターが叱ってくださるわ。」
「王子様はそんなことしないでしょ?」

 こそこそと話をする二人にケビンとジョエルが加わった。


「アンナ、王子様はお姫様の事が大好きなんだよ?だからアンナに取られたくなくて意地悪するんじゃないかな?」
「そうそう、そういうのをヤキモチって言うんだよ。」
「ヤキモチ……」



「おい二人共、荷物を積み込むぞ!早く手伝え!」
「はい!」


 ジョエルとケビンは大きな声で返事をすると既に荷馬車に向かっていたロジェの元へ慌てて駆け寄った。
 シルヴィはアンナの頭にポンと手を置くと、自分も立ち上がってその後を追いかけた。
 アンナはハッと何かに弾かれたように振り向くと、遠くにいるロジェに向かって大声で叫んだ。


「そういえば忘れてた。シスターに呼んで来てほしいって頼まれたんだった!」
「シスターが?」
「隊長、早速怒られるんじゃないですか?」
「ヤキモチ……」

 くくくと笑うジョエルとケビンを置いて、ロジェはシルヴィと共にシスターを探しに行くことにした。



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