王太子殿下は甘い物を召し上がりません!

ゆみ

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 その日、午後から空には雲が掛かり始めた。夕立前の王宮の中庭では、庭師が何やら薔薇の花壇の前にかがみこんで作業をしている。部屋の窓からそれを見かけたセシリアは、ほんの気まぐれで降りてみることにした。今日は午後からリーナ王女もジークフリートも予定があるらしく珍しく暇を持て余していたのだ。
 庭師は雨が降る前に散り始めた薔薇の花びらなどを片づけているところらしく、セシリアが手伝いたいと申し出ると優しく教えてくれた。スカートの裾を気にしながら、葉の上に落ちている花弁をつまみあげる。中には傷ひとつないビロードのような花弁もあり、セシリアはその香りを確かめると、ハンカチにそっと挟み込んだ。
 王族の居室や執務室があるのは王宮の北棟。セシリアのいる庭園は北棟から西棟へと巡る回廊に面していた。西棟は王宮を訪れる客人のための部屋や舞踏会、謁見の為の大広間がある。今セシリアの部屋がある場所は北棟のリーナ王女の近くだが、茶会で倒れた後しばらく滞在していた客間は西棟にあった。
 セシリアがふと目を上げると北棟から西へと回廊を巡る一団があり、中でもひと際目立つ男性と目があった。少し暗い色の金髪にまるで夜空のように紺色に輝く瞳、その肌は透けるように白く滑らかだ。まだ若いようだがセシリアより2つか3つ年上といったところか。
 ──どこかで見かけたような?
 西棟へ向かっているということは身分もそれなりにある方なのだろう──そんなことを考えながら頭を下げたまま必死で思い出そうとしていたセシリアに向け、その人は破顔すると駆け寄るように近づいてくる。
「君がビューロー侯爵令嬢だね?一目でわかったよ」
「はい──セシリアと申します」
 一目でわかった…ということは初対面なのだろうか?顔を上げてようやく気が付いた。既視感を覚えるのも無理がない。この方は、自分と全く同じをしている。
「私はフェルナンド。ステーリアから先ほど来たところだ。」
 フェルナンド・ステーリア王太子殿下──。セシリアは慌てて礼を取る。リーナ王女とジークフリート殿下が揃って用があるというのはそういうことだったのか。恐らくは北棟で王族揃っての歓迎があったのだろう。
 なおも顔を上げずにいると、フェルナンドがセシリアの頭を撫でるように触った。
「殿下!」
 あまりのことに慌てて顔を上げると、フェルナンドは更に間合いを詰め、セシリアの髪をひと房取るとうっとりと唇を寄せてくる。
『君とは色々と話さなければならない。そのために僕はこの国へ来たんだよ。』
 強い調子のステーリア語ではっきりとそう告げると、フェルナンドは甘く微笑んだ。
『…私のような者が殿下から直々に伺うようなお話があるとは…』
 フェルナンドの顔が近くにありすぎてセシリアの声もだんだんと小さくなってしまう。その様子に満足したのかフェルナンドはもう一度髪に口付けをするとそっと手を離した。
『君は何も知らなさすぎる。僕が教えてあげるよ。』
 ステーリア語で流暢に交わされる二人の会話に、やっと我に返った近衛騎士が間に割って入ると、隣国の王太子は大げさな身振りでセシリアから離れ、そのまま西棟へ去って行った。
「何なの…一体」
 ぎゅっと手を握りしめたまま西棟へ去るフェルナンドの背中を見送る。ふと視線を感じ北棟を見上げると、ジークフリートの執務室の窓に人影が動いたように見えた。
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