王太子殿下は甘い物を召し上がりません!

ゆみ

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嵐の後

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 周りの人々を巻き込みながら嵐のように現れそして去って行ったフェルナンドの訪問から早くも二週間が経とうとしていた。あれ以降、リーナのステーリア語の勉強会が開かれる様子はない。それに続く午後のお茶の時間を女同士で過ごすこともすっかり無くなってしまった。
 セシリアは予想外に空いてしまった時間を使って、王家所蔵の図書を見せてもらおうと許可を貰った所だった。侯爵邸では本を読むことで目を背けたい現実から逃避しようともがいていた。しかし今回はその時とは異なり、きちんとした目的があった。
 書棚がずらりと並んだ王宮の一角。案内をしてくれた侍女が重い扉を閉じた後、セシリアは薄暗い天井まで続くその圧倒的な本の量に息をのんだ。王都にある国立図書館よりも古い歴史を持つというここならばきっと目的のものが見つかるはずだ。
 所蔵図書の管理をしているという役人から教えてもらったことを思い出す。
──入口から入って右手…三列目の…。
 これだけの量の中から一人で目当ての本を探し出すのは不可能に近いことだっただろうから、本の置いてある大体の位置を聞いてきたのは正解だった。それでもしばらくその目は本の背表紙の上を彷徨う。
──あった。『ヴィルヘルム王家 系譜』
 その隣にあるステーリア王家の系譜と貴族年鑑も手に取る。王家の系譜はそれほどでもないが貴族年鑑はかなりの厚さで一度には持ちきれそうにない。
 オレンジ色の灯りが付いた備え付けの机の上まで本を運ぶとそっとその表紙をなでる。わずかに角が擦れた緋色の表紙にはヴィルヘルム王家の紋章が箔押ししてある。ヴィルヘルム王家の系譜はそんなに複雑ではないはずだ。それはページをめくるとすぐに分かった。建国の王から現国王まで、その枝は不思議と途切れることなく続いている。どの王にも妃が一人迎えられる一夫一妻制、亡くなった妃に斜線がひいてあり新たな妃が加わっている時代もあった。そして男系継承…。その枝の最後にはジークフリート・ヴィルヘルムの名が記されていた。
 しばらくその名を見つめていたが、そっと本を閉じると次は紺色の表紙のステーリア王家の系譜図を開く。こちらはヴィルヘルムに比べて枝が多く少し入り組んでいる。建国王のすぐ下には二代目国王の名が記されているがその父親は明記されていない──建国王とその横に並ぶ王弟の二人から線が引いてある…。きっとこの系譜図はヴィルヘルムが独自に作ったものなのだろう。ステーリア王家が公文書にこのような系譜図を描くはずがない。そこから下は軽く眺める程度で一気に最後までページをめくる。
 最後にあるのは三人の王子と一人の王女の名前──その最初にあるのはフェルナンドだ。セシリアは息を呑んでその母親である王妃の名をたどる。
「ジャンヌ・ステーリア…。ウォーレン侯爵…第二子。」
 ステーリアの貴族の名前などセシリアが当然知るはずもない。しかしフェルナンドの母である王妃の生まれた家──それは妹であるというセシリアの母の生まれた家でもあるはずだった。
「ウォーレン侯爵…」
 急いでステーリアの貴族年鑑を開く。最初にステーリアの地図がありそこに領主と領地が書かれている。ウォーレン侯爵領はステーリアの東側、つまりはヴィルヘルム側に位置している。ページをめくりウォーレン侯爵の系譜を探そうとしていると、いきなり後ろから声を掛けられた。
「随分熱心に本を見ているのだな?」
「っ?!──ジーク様、驚かさないでください…。」
「私が来たことにも気付かなかったのだろう?…調べたい本というのはこれだったのか?」
 ジークフリートは机に置かれた紺の背表紙に目をやると今度はセシリアの背後から手元に開かれたままの本を覗き込んだ。
「ステーリアの貴族年鑑…何を調べている?」
 ジークフリートが本をおさえるセシリアの手にその手を重ねてくる──どうやら一人でここまで来たようだ。レジナルドがいないところでは最近距離がぐっと近くなった気がする…。
「…ウォーレン侯爵家です…。」
「ウォーレン侯爵というと…母親の生家か。」
 ジークフリートはセシリアの耳元で囁くと、その頬にそっと口付けた。
「…ジーク様はご存じなのですか?」
 椅子を持ってきて隣に座りこんだジークフリートはすぐに頷いた。
「あぁ、以前調べたからな。知っている。」
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