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王都の夏
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「お二人はいつもこんな景色を見ておられたのですね…」
キャンドルで彩られた広場はそこだけが暗闇にぽっかりと浮かんだ島のようだ。バルコニーの手摺に身を預けてそちらを眺めたままセシリアは二人に尋ねた。
「そうだな、何度目になるかな?」
「6回目…かな?俺が11歳の夏にここで見たのが最初だから。」
「そうか。レジーはその秋に王宮を出て公爵家に戻ったんだったな。」
「それから毎年決まってお二人で花祭りを過ごされてきたのですか?」
「そうなるな。」
レジナルドは時計を確認するとすっと席を立った。
「俺、アイスを持ってくるよう言ってくるよ。」
「レジー…」
その場を去ろうとしたレジナルドをジークフリートはわざわざ立ち上がって制止した。
「…変な気を遣うな。お前が嫌ならば仕方ないが──そうでないなら一緒にここにいろ。」
──気付かれた…か。
セシリアの方を見るとこちらも申し訳なさそうな顔をしてレジナルドの方を見ている。
「俺…邪魔でしょ?」
「今更だ。」
「一緒にアイスクリームを食べようと仰いましたよね?」
「…」
何も言い返せないレジナルドの代わりにジークフリートが侍女に合図を送り三人分のアイスクリームを持ってくるように指示を出す。三人はそれぞれが立ったままの状態でしばらく見つめ合った。
初めに観念して座ったのはレジナルドだった。それに続いて二人が座ると、間もなく目の前にアイスクリームが運ばれてきた。白いアイスクリームを見つめる視界の端で何かが揺れた気がした。
──午前零時、祭りが最高潮を迎える丁度その時、時計台の鐘が鳴り始めると広場では次々と灯りが消されていく。そして王都をひと時の静寂が包む。──それは束の間の恋人達の時間と呼ばれるものだ。この瞬間を手を取り共に過ごすことができたならそれは運命の相手だと…もちろんこれもおとぎ話のようなものなのだが。セシリアは声もなくその様子を眺めている。侍女達が気を利かせて近くの灯りを消し始めると、残ったのは三人が座るテーブルの上にある小さなキャンドルだけだった。
「これを消すとアイスクリームが見えないからな、レジー消すなよ?」
言い伝えなど信じていないとでも言うかのように灯りをつけたまま、珍しい事に一番にアイスクリームに手を出したのはジークフリートだった。
レジナルドはぼんやりとしていた自分を呪った。
「リア様、ほら早くしないと溶けちゃう!」
「あ、そうでした!」
一口食べたジークフリートはスプーンを手にしたまま嬉しそうに笑った。
「冷たい…」
「本当に。口の中で溶けるのですね…。」
「あぁ、これ、これだよ!花祭りはやっぱりこうでないとね!」
「来年もまたここで食べるか?」
「いいね!もうこれ花祭りの定番でいいんじゃない?バルコニーで見物しながらのアイスクリーム!」
再びいつもの調子を取り戻した二人を見て、セシリアは安堵の溜息をつきながらスプーンを置いた。
「私、こんなに幸せでいいんでしょうか…?」
「リア?」
「どうしちゃった?アイスが美味しすぎた?」
眼下では広場に灯りが戻り始めていた。演奏が再開されたのか太鼓のような音が風に乗って再び聞こえ始める。
「そうかも知れません…。」
全てを飲み込むような暗闇とそこにぽっかりと浮かび風に揺らめく灯火の島。その儚げで頼りない灯りに希望を見出す人々が多く集うこの王都。セシリアはそれを上から見下ろす場所に今まさに立っているのだ。
今日この場所に登ってきてから、セシリアはずっと王都を眼下に見ながら考えていた。かつて乳母と共にビューロー侯爵に連れられ希望に満ちてやってきた王都。ここでセシリアを待っていたのは失望と過酷な現実だった。今までのセシリアは王都の邸で息を潜めるように生きてきたのだ。
そんなセシリアに、王都だけではなくヴィルヘルム全土をその手で治める王家と共に歩んでいく運命が待っていることなど一体誰が想像できたというのだろう。
ふと視線を戻すといつの間にかバルコニーにも灯りが戻っていた。そして両側からセシリアを心配そうに見つめる二人の顔…。
「ごめんなさい!私なんだかせっかくの楽しい雰囲気を台無しにしてしまって…。」
「そんなことはない。祭りが終わりに近付くと誰でもしんみりしてしまうものだ。」
「分かる。アイスクリームが溶けちゃうのもなんだか儚く感じちゃうからね…。」
「レジー、お前は少し黙っていろ。」
「あ…」
セシリアの器に残っていたアイスクリームは確かに溶けて半分以上液体になっている。
残念そうにアイスクリームから視線を上げると可笑しそうにこちらを見つめる翡翠の瞳と目が合った。
「まだ、少し残っていますから平気です!」
急いでスプーンを握ると慌てて残りのアイスクリームを口にする。
「リア様って案外抜けてるとこあるよね?」
「一見しっかりしているように見えるのにな。まぁそれも含めて可愛らしいのだが…。」
「その気持ちは…よく分かる。」
「私だけが分かればそれでいい…。」
花祭りが終わると王都に本格的な夏が訪れる──。
キャンドルで彩られた広場はそこだけが暗闇にぽっかりと浮かんだ島のようだ。バルコニーの手摺に身を預けてそちらを眺めたままセシリアは二人に尋ねた。
「そうだな、何度目になるかな?」
「6回目…かな?俺が11歳の夏にここで見たのが最初だから。」
「そうか。レジーはその秋に王宮を出て公爵家に戻ったんだったな。」
「それから毎年決まってお二人で花祭りを過ごされてきたのですか?」
「そうなるな。」
レジナルドは時計を確認するとすっと席を立った。
「俺、アイスを持ってくるよう言ってくるよ。」
「レジー…」
その場を去ろうとしたレジナルドをジークフリートはわざわざ立ち上がって制止した。
「…変な気を遣うな。お前が嫌ならば仕方ないが──そうでないなら一緒にここにいろ。」
──気付かれた…か。
セシリアの方を見るとこちらも申し訳なさそうな顔をしてレジナルドの方を見ている。
「俺…邪魔でしょ?」
「今更だ。」
「一緒にアイスクリームを食べようと仰いましたよね?」
「…」
何も言い返せないレジナルドの代わりにジークフリートが侍女に合図を送り三人分のアイスクリームを持ってくるように指示を出す。三人はそれぞれが立ったままの状態でしばらく見つめ合った。
初めに観念して座ったのはレジナルドだった。それに続いて二人が座ると、間もなく目の前にアイスクリームが運ばれてきた。白いアイスクリームを見つめる視界の端で何かが揺れた気がした。
──午前零時、祭りが最高潮を迎える丁度その時、時計台の鐘が鳴り始めると広場では次々と灯りが消されていく。そして王都をひと時の静寂が包む。──それは束の間の恋人達の時間と呼ばれるものだ。この瞬間を手を取り共に過ごすことができたならそれは運命の相手だと…もちろんこれもおとぎ話のようなものなのだが。セシリアは声もなくその様子を眺めている。侍女達が気を利かせて近くの灯りを消し始めると、残ったのは三人が座るテーブルの上にある小さなキャンドルだけだった。
「これを消すとアイスクリームが見えないからな、レジー消すなよ?」
言い伝えなど信じていないとでも言うかのように灯りをつけたまま、珍しい事に一番にアイスクリームに手を出したのはジークフリートだった。
レジナルドはぼんやりとしていた自分を呪った。
「リア様、ほら早くしないと溶けちゃう!」
「あ、そうでした!」
一口食べたジークフリートはスプーンを手にしたまま嬉しそうに笑った。
「冷たい…」
「本当に。口の中で溶けるのですね…。」
「あぁ、これ、これだよ!花祭りはやっぱりこうでないとね!」
「来年もまたここで食べるか?」
「いいね!もうこれ花祭りの定番でいいんじゃない?バルコニーで見物しながらのアイスクリーム!」
再びいつもの調子を取り戻した二人を見て、セシリアは安堵の溜息をつきながらスプーンを置いた。
「私、こんなに幸せでいいんでしょうか…?」
「リア?」
「どうしちゃった?アイスが美味しすぎた?」
眼下では広場に灯りが戻り始めていた。演奏が再開されたのか太鼓のような音が風に乗って再び聞こえ始める。
「そうかも知れません…。」
全てを飲み込むような暗闇とそこにぽっかりと浮かび風に揺らめく灯火の島。その儚げで頼りない灯りに希望を見出す人々が多く集うこの王都。セシリアはそれを上から見下ろす場所に今まさに立っているのだ。
今日この場所に登ってきてから、セシリアはずっと王都を眼下に見ながら考えていた。かつて乳母と共にビューロー侯爵に連れられ希望に満ちてやってきた王都。ここでセシリアを待っていたのは失望と過酷な現実だった。今までのセシリアは王都の邸で息を潜めるように生きてきたのだ。
そんなセシリアに、王都だけではなくヴィルヘルム全土をその手で治める王家と共に歩んでいく運命が待っていることなど一体誰が想像できたというのだろう。
ふと視線を戻すといつの間にかバルコニーにも灯りが戻っていた。そして両側からセシリアを心配そうに見つめる二人の顔…。
「ごめんなさい!私なんだかせっかくの楽しい雰囲気を台無しにしてしまって…。」
「そんなことはない。祭りが終わりに近付くと誰でもしんみりしてしまうものだ。」
「分かる。アイスクリームが溶けちゃうのもなんだか儚く感じちゃうからね…。」
「レジー、お前は少し黙っていろ。」
「あ…」
セシリアの器に残っていたアイスクリームは確かに溶けて半分以上液体になっている。
残念そうにアイスクリームから視線を上げると可笑しそうにこちらを見つめる翡翠の瞳と目が合った。
「まだ、少し残っていますから平気です!」
急いでスプーンを握ると慌てて残りのアイスクリームを口にする。
「リア様って案外抜けてるとこあるよね?」
「一見しっかりしているように見えるのにな。まぁそれも含めて可愛らしいのだが…。」
「その気持ちは…よく分かる。」
「私だけが分かればそれでいい…。」
花祭りが終わると王都に本格的な夏が訪れる──。
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