59 / 76
6
長すぎた不在
しおりを挟む
「陛下、お座り下さい。」
「いや、落ち着いてなど居られぬ。」
スコール団長は国王を鋭い目で睨みつけると、抑えた低い声で絞り出すように告げた。
「レジナルドは私の息子です…。」
ゴクリと唾を飲み込んで小さく頷くと、国王はそのまま崩れ落ちるように椅子に座った。
「そうだったな…。すまん、お前の方が落ち着いてなど居れんはずなのに。」
「私は大丈夫です。ジークフリート殿下にも連絡がつきましたから状況は掴めております。」
「…そうだ、分かっている。」
「陛下、陛下の気がかりは王妃様の事でしょう?」
「…王都へ戻ると…そう確かに連絡があったのだな?」
「…はい。」
第一騎士団にレジナルドの第一報が入った直後、その連絡は追いかけるように入ってきた。陛下宛のその連絡こそが今回の事件の真相を伝えるものだったのは言うまでもない。しかしジークフリートからの連絡には真相だけではなく王妃帰還の報までもが含まれていた。決して表沙汰にすることなく、細心の注意を払って王妃を王宮へ連れ込むこと──喫緊の課題は其方だ。第一騎士団は今この時も全力でこの任務にあたっている。正直、レジナルドの件は有耶無耶にできる程の事態だ…。
国王は一段声を低くしてスコール団長に確認した。
「声は戻っているのだな?」
「はい、殿下も確認されたと言うことです。」
国王はもう同じやり取りを何度も繰り返していた。信じられないのはスコールも同様だった。ただ落ち着いていられるのはジークフリートの手紙を何度も読み返したからだ。簡潔に纏められたそれは混乱する状況をよく伝えており、騎士の書く報告書さながらだった。
あの幼かった王子が我を抑えてこれだけの事を自力で納めようと努力しているのだ。レジナルドの父として、騎士団を纏めるものとして、そして国王の補佐として…スコールにはそれを手助けする他道などない。
「陛下、ひとまずお部屋へ戻りましょう。」
まだ混乱している国王は執務室ではなく私室で控えている方がいいだろう。王妃の部屋は続き部屋だ。今総出で整えている最中の筈だった。九年の不在は流石に長すぎた…。果たして王妃の帰還までにすべての事が間に合うだろうか。
──陛下にもそれまでには何とか落ち着いて頂かないと…。
スコールは近くにいた騎士を呼び寄せると、陛下の部屋に酒を一杯だけ持って来るよう指示を出した。
「…陛下、王妃様の相手はそんなにお嫌なのですか?」
自室でソファーに沈み込み何事か思い悩む様子の国王に、スコールは問いかけた。
「今更声が出ましたから戻りますと言われてもどうしていいか分からんだろう?九年の月日は長すぎた…。」
──ならば、どうして途中で迎えに行かなかったのか…。
スコールは思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。そんな月並みな言葉で詰られる程国王は何もして来なかった訳ではない。ジークフリートもスコールも、きっとリーナも王妃を王都に連れ帰るよう最大限の努力をしてきたはずだ。
「王妃様が離宮から戻られるという事は周りからしてみれば慶事でしょう…。」
「隠れてコソコソと帰るのでは意味が無い。本来ならば王宮の正面から堂々と入ってこなければならんのだ…。」
「王妃様にとって王宮は思い出したくもない場所なのでしょう。足を踏み入れる事さえお嫌なはずです。」
「──リーナがしばらく王宮から離れたいと言ってきた…。母親の顔を今は見たくないと…。」
「リーナ様が…。」
「あれは幼い頃から母親の代わりをしっかりと務めてくれた。いろいろと思うところがあるのだろう…。」
「…」
レジナルドが王妃に剣を向けたとの知らせを聞いた時には一瞬目の前が真っ白になった。バトラー公爵家はこれで終わったのかと、自らの進退まで考えかけた。しかし今心配しなければならないのはバトラー公爵家のことではない、ヴィルヘルム王家の方だ。このままではこの一家は近い将来離散する…。
──唯一の救いはジークフリート殿下か…。
スコールはジークフリートとレジナルドの馬が王宮の門を潜るのをこれ程待ち焦がれたことは今までなかったことに改めて気が付いた。
「いや、落ち着いてなど居られぬ。」
スコール団長は国王を鋭い目で睨みつけると、抑えた低い声で絞り出すように告げた。
「レジナルドは私の息子です…。」
ゴクリと唾を飲み込んで小さく頷くと、国王はそのまま崩れ落ちるように椅子に座った。
「そうだったな…。すまん、お前の方が落ち着いてなど居れんはずなのに。」
「私は大丈夫です。ジークフリート殿下にも連絡がつきましたから状況は掴めております。」
「…そうだ、分かっている。」
「陛下、陛下の気がかりは王妃様の事でしょう?」
「…王都へ戻ると…そう確かに連絡があったのだな?」
「…はい。」
第一騎士団にレジナルドの第一報が入った直後、その連絡は追いかけるように入ってきた。陛下宛のその連絡こそが今回の事件の真相を伝えるものだったのは言うまでもない。しかしジークフリートからの連絡には真相だけではなく王妃帰還の報までもが含まれていた。決して表沙汰にすることなく、細心の注意を払って王妃を王宮へ連れ込むこと──喫緊の課題は其方だ。第一騎士団は今この時も全力でこの任務にあたっている。正直、レジナルドの件は有耶無耶にできる程の事態だ…。
国王は一段声を低くしてスコール団長に確認した。
「声は戻っているのだな?」
「はい、殿下も確認されたと言うことです。」
国王はもう同じやり取りを何度も繰り返していた。信じられないのはスコールも同様だった。ただ落ち着いていられるのはジークフリートの手紙を何度も読み返したからだ。簡潔に纏められたそれは混乱する状況をよく伝えており、騎士の書く報告書さながらだった。
あの幼かった王子が我を抑えてこれだけの事を自力で納めようと努力しているのだ。レジナルドの父として、騎士団を纏めるものとして、そして国王の補佐として…スコールにはそれを手助けする他道などない。
「陛下、ひとまずお部屋へ戻りましょう。」
まだ混乱している国王は執務室ではなく私室で控えている方がいいだろう。王妃の部屋は続き部屋だ。今総出で整えている最中の筈だった。九年の不在は流石に長すぎた…。果たして王妃の帰還までにすべての事が間に合うだろうか。
──陛下にもそれまでには何とか落ち着いて頂かないと…。
スコールは近くにいた騎士を呼び寄せると、陛下の部屋に酒を一杯だけ持って来るよう指示を出した。
「…陛下、王妃様の相手はそんなにお嫌なのですか?」
自室でソファーに沈み込み何事か思い悩む様子の国王に、スコールは問いかけた。
「今更声が出ましたから戻りますと言われてもどうしていいか分からんだろう?九年の月日は長すぎた…。」
──ならば、どうして途中で迎えに行かなかったのか…。
スコールは思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。そんな月並みな言葉で詰られる程国王は何もして来なかった訳ではない。ジークフリートもスコールも、きっとリーナも王妃を王都に連れ帰るよう最大限の努力をしてきたはずだ。
「王妃様が離宮から戻られるという事は周りからしてみれば慶事でしょう…。」
「隠れてコソコソと帰るのでは意味が無い。本来ならば王宮の正面から堂々と入ってこなければならんのだ…。」
「王妃様にとって王宮は思い出したくもない場所なのでしょう。足を踏み入れる事さえお嫌なはずです。」
「──リーナがしばらく王宮から離れたいと言ってきた…。母親の顔を今は見たくないと…。」
「リーナ様が…。」
「あれは幼い頃から母親の代わりをしっかりと務めてくれた。いろいろと思うところがあるのだろう…。」
「…」
レジナルドが王妃に剣を向けたとの知らせを聞いた時には一瞬目の前が真っ白になった。バトラー公爵家はこれで終わったのかと、自らの進退まで考えかけた。しかし今心配しなければならないのはバトラー公爵家のことではない、ヴィルヘルム王家の方だ。このままではこの一家は近い将来離散する…。
──唯一の救いはジークフリート殿下か…。
スコールはジークフリートとレジナルドの馬が王宮の門を潜るのをこれ程待ち焦がれたことは今までなかったことに改めて気が付いた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる