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愛しい人

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 ソフィアが何も気付かないままビューロー侯爵邸に送り届けられた丁度その頃、王都の郊外では王妃がひっそりと馬車を乗り換えているところだった。セシリアと共に王宮の正門から帰還する訳にはいかないため、密かにスコール団長率いる一隊が王妃を出迎えに来ていたのだ。
「ではまた会いましょう、セシリア。」
「はい、必ず。」
 最後にセシリアに声を掛けた王妃は、馬車の扉が開くとそれ以降一切口を開くことも無く、ひっそりとその場を去って行った。

 セシリア一人だけを乗せた馬車は王宮の正門から入って行く。
 完全に停るのを待つ間ももどかしいと視線を上げて窓の外を見ると、到着を待っていた様子のジークフリートとレジナルドの姿が目に飛び込んで来た。

──良かった、レジー様は無事だったんだわ。

 まるで今学園から帰って来たとでも言うように、何も変わらない様子で扉を開けて支えてくれるレジナルドをセシリアが見た瞬間、その手をグッと引かれ、よろける様にジークフリートの腕の中に閉じ込められた。
「お帰り、リア…」
「ただ今…戻りました…。」
「早く会いたくてと共にここで待っていたんだ。そうだよな?エリック?」
「はい、それにしても殿、いきなりの事で…その、セシリア様は少々驚いていらっしゃるのでは?」
 抱きしめたままこちらを見下ろすジークフリートの蒼い目が『話を合わせるように』と言っている気がした。
「ジーク様、皆が見ております…。」
「私は構わない。」
 どこまでが芝居なのか分からない様子でジークフリートはセシリアの額に熱く口付けると、そのまま腰に手を回して歩き出した。
は今リアの従妹殿をビューロー侯爵邸まで送って行った所だ。」
「…そうでしたか。私よりも先にいとこが到着していたのですね?」
「今朝着いてその足で早速騎士団を訪ねてきたそうだ。そんなことより、たった一日会えなかっただけだと言うのにリアに話したい事が沢山ある…。疲れていないか?」
「…少しだけ。」
「エリック、執務室ではなく私の部屋で話そう。何か飲み物を…。」
「では、部屋の方に何かを持っていかせましょう。」
 レジナルドはそう言うとセシリアに向かっていつもの笑顔を見せた。何だかよく分からない状況ながらも、とにかく二人が元気そうなのを見てセシリアは安堵のあまり涙ぐんでいた。
「リア?そんな目でアイツを見たらダメだ。」
「ジーク様、私…本当に心配して…。」
「あぁ、分かっている。私が守ると言っておきながら、一人にしてしまってすまなかった。」

 ジークフリートの部屋に入ると、三人は同時に大きくため息を吐いた。
「流石に無理があるな…」
「練習有るのみだよ、周りからはどう見ても俺の姿はレジナルドだからね?ソフィア嬢の前で俺の名前を呼んで来るような人には予めエリックで呼び慣れといて貰わないと。」
「レジー様はエリック様と入れ替わったということですか?」
「リア、取り敢えず座ろう。きちんと最初から話をしたい。」
 ジークフリートは自らの隣りにセシリアを座らせると、当然のように肩を抱き寄せた。
「何かさ…離宮行ってから一気に距離縮んだよね?」
「そうか?」
「まぁ会えない時間が育む物もあるのかもしれないけど。そこは俺のせいだから何とも…。」

 その言葉の直後、セシリアとレジナルドは二人同時に頭を下げた。

「「本当にごめんなさい」」

「私…軽率な行動を取ってしまって。」
「俺がそもそも大袈裟に騒ぎすぎたんだ。」
「…」
 ジークフリートは何も言わずに手元にある紅茶に砂糖を一つ落とし、くるくるとよくかき混ぜるとそれを一口飲み、眉をしかめた。
「離宮での一件は私が何とかするから二人とももう心配するな。」
「…すまない。」
「それよりも今はソフィア嬢の事だ…。」
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