ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

文字の大きさ
33 / 73

ロベールの贈り物

しおりを挟む
「悪い、意外に手間取ってな。帰りが遅くなった。」
「ロベール、お前それは一体……。」

 ロベールが手にして帰った箱を開けると、そこから取り出したのは明らかに女性用のドレスだった。淡いブルーの薄い布が照明の元で妖しく煌めきを放つのを目にすると、マルセルとジャンは同時に息を呑んだ。

「俺の婚約者に贈り物だと言って、特別に仕立ててもらったんだ。あの店のマダムは話が長くてな。」
「マダム……?」

 ロベールはドレスをソファーの背にそっとかけると、ニヤッと笑みを浮かべた。

「ポールに言われたんだよ。次は王都でも屈指の貴族御用達の宝飾店に指輪を買いに行くことにしたんだ。もし良かったらこれ着てお前も一緒に来るか?」
「は?」

 ロベールはぷっと吹き出すとジャンの方を見ながらウインクをした。

「マルセルは駄目か。ジャンはどうだ?」
「え?」
「このドレスはサイズが調整出来るようになってるからお前でも多分着れる。まぁジャンが着たらスカートの丈が短くはなりそうだが……。」

 マルセルとジャンが顔を見合わせて戸惑っていると、後から入って来たポールがドレスに目を向けながらやんわりと笑った。

「ロベール様、いくらお二人でも流石にドレスに身を包んで街中を出歩かれては男だとバレてしまいますよ。」
「そうか?やってみないことには分からないだろう?マルセル、お前確かマリエ様の髪を持っていなかったか?アレを見本に密かにカツラを作らせようと思うんだが、貸してくれないか?」

 マルセルは眉間に皺を寄せると冷やかにロベールを睨みつけた。

「お前、銀髪のカツラを作って一体何をしようとしてるんだ?」

 ロベールはマルセルに睨まれようが怯むことも無く、ソファーに腰掛けると惚けたように答えた。

「どうするって、決まってるだろ?愛しの婚約者を連れてあちこち出歩くんだよ。それが手っ取り早く俺の婚約の噂を広めることにつながる。」
「……私はそんなドレスを着るつもりはないからな?」
「分かってるよ、からかっただけだろ?第一お前が本当についてくるなら銀髪のカツラなんか必要ないし。」

 ロベールはマルセルの短く切った髪を残念そうに見つめながら小さく舌打ちをした。

「しまった、お前髪をばっさり切ったんだったな。それが残してあればカツラに使えたんじゃないか?」
「いつの話をしているんだ?髪を切ったのはもう随分前の話だ。」
「そうだったか?」

 ロベールが確認するようにポールに視線を向けると、ポールはマルセルの方にふいっと視線を逸らした。

「マルセル様、ロベール様にマリエ様の髪をお持ちしますか?」
「あぁ、本当に必要だと言うのならば見せてやるといい。」
「もちろん必要だ、よろしく頼む。」

 ポールがロベールに向かって目で合図を送ると、ロベールは鼻歌でも歌いだしそうな様子で部屋の外へ出て行った。
 部屋に残されたマルセルとジャンはソファーに置かれたままのドレスに目を向けながら苦笑いを浮かべた。

「ロベールの好みはこんな感じだったのか?いいじゃないか、この淡い色ならマルセルにはピッタリだ。」
「淡いブルーなんだからどちらかと言えばジャン向けだろう?」
「俺は着ないからな?」
「私だって嫌だ。」

 マルセルは真顔になるとジャンに向けて小声で囁いた。

「ロベールの奴、何処までが演技だと思う?」
「演技?」
「学園でも婚約者の惚気話ばかりして回っているらしい。妙に嬉々としているそうなんだが…。」
「演技じゃないんだろ?」
「……。」

 ジャンは不安そうにドレスに目を向けたマルセルの肩を優しく叩くと、大丈夫と小さく声をかけた。

「それくらい許してやれよ。ロベールだって普段は絶対に出来ないような事ができて、今のこの状況を楽しんでるだけだろう。」
「婚約者の自慢話が……か?」
「自分の好きな相手がどんなに素晴らしいか。今までロベールは誰にも言えなかったんだろ?」

 マルセルは物言いたげな眼差しでジャンを見つめるとおもむろに語り出した。

「ジャン、お前は母上にどのくらい会った事がある?」
「え?何だ、いきなり?」

 マルセルはロベールが置いて行ったドレスの方に視線を送るとジャンにそれを示して見せた。

「あれは母上が好きだった色だ。よくあんな色のドレスを着ていた。」
「マリエ様が?」
「そうだ。ロベールもよく知っているはずだ。アイツは私に会いに来る度に母上とも会っていたんだから。」

 マルセルはそう言うなりジャンに背を向けると窓の外の暗くなり始めた庭園に目を向けた。もう見飽きたこの窓辺の景色も、ロベールのくだらない話も何もかもがどうでも良く思えてくる。
 そっと窓に手の平をつけるとひんやりとした感触がそこから全身を伝って来るように感じた。

「ロベールは私に母上の面影を見ているのではないかと時々思うことがある……。」

 ジャンは黙ったままじっとマルセルの横顔を見つめていた。

「ポールもその事に薄々気付いているんじゃないかな。長い付き合いのはずなのにあの二人の間にはまだ妙な距離があるように思えるんだ。」
「それは……まぁ確かに。」
「ロベールが私に誰の面影を重ねて見ていようが、私は構わないんだ。ただ、学園から卒業してから5年間もロベールは偽装結婚を続けなくてはいけない。その頃には私達は25歳だ。」
「子供が数人いてもおかしくはない年齢だな。」
「そうだ。私の為にロベールは無為な時間を過ごそうとしている……。」
「おい、婚約話を外で広めるよう言ったのはマルセルだったよな?」

 背後から聞こえた不機嫌そうな声にマルセルがハッと顔を上げると、ポールに伴われていつの間に部屋に戻って来たのか、ロベールが苛立った様子で腕組みをしたままマルセルを睨みつけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました

当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。 リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。 結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。 指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。 そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。 けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。 仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。 「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」 ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい

和泉鷹央
恋愛
 王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。  そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。 「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」 「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」 「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」 「えっ……!?」 「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」  しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。  でも、コンスタンスは見てしまった。  朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……  他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...