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白い手
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王太子はマルセル達の反応を楽しむように眺めたのち、綺麗な顔を歪めて話し始めた。
「我が一族は見ての通り身体が細く力も弱い。そして病にもかかりやすいようで、古くから病の研究や薬草の活用には国を挙げて取り組んで来た。そのお陰で今の主要な産業、つまりは騎士育成と薬草の商いが成り立っている。」
「ステーリア国内で栽培されている薬草は独自の技術で生産されており薬効が高く、その多くが無許可での輸出を禁止されています。ですから国外の闇市場ではあり得ない程の高値で取引されているようなんですよ。」
「その闇取引の相手がトロメリンということですね?」
マルセルはアルノー侯爵の説明を聞きながらふと王太子の白く細い指に視線をとめ、心の中で小さく首を傾げた。
──ステーリアの王族は身体が細く病弱で色も白い……。
「もちろん闇取引の相手の全てがトロメリンという訳ではない。」
「では我々の船が着いたあの港から国外へ密輸しているんですね?」
「そういう事だ。」
マルセルとジャンがお互いをじっと見つめ合っていると、ロベールが隣りで小さく呟いた。
「あの教会で会った女……。もしかしてあの夜、闇取引の相手と待ち合わせでもしてたんじゃないか?」
「教会で会った女?」
アルノー侯爵がロベールに怪訝な顔を向けるとジャンが即座に反応した。
「えぇ。先日私たちが港の見下ろせる教会へ行った時に不審な人物と出会ったのでその事を言っているようです。」
アルノー侯爵は王太子と何やら頷き合うと、ロベールに向かって再度確認するように問いかけた。
「ひょっとしてその教会と言うのは聖騎士の壁画で有名な丘の上の?」
「聖騎士の壁画?……あぁ、そうです。」
「その壁画を見に我々は夜の教会へ行ったんです。そこで夜の教会には似つかわしくない人物と出くわしたものですから、なんとなく気になってはいたのですが。……流石にそれを密輸と結び付けて考えるのは無理があるかと……。」
「似つかわしくない人物?」
今度は王太子がジャンに向かって問いかけると、その横でアルノー侯爵が頭を振りながら苦笑まじりに席を立った。ジャンはそのままどこかへ向かおうとするアルノー侯爵の背中を目で追いながら王太子に答えた。
「はい。人気のない夜の教会に女性が一人で現れたんです。馬も馬車も待たせていない様子でした。」
「女性が夜の教会に一人……か。まったく。」
王太子はそう言いながらため息を吐き、アルノー侯爵が立ち去った方をじっと見つめた。
「殿下、心当たりがおありなのですね?その女性に。」
確信を持った様子のマルセルの言葉に、王太子は金色の前髪をかき上げながら頷いた。
「あぁ、恐らくは。アルノーが今呼びに行った。」
「え?」
驚いたロベールが椅子から立ち上がり一瞬警戒したような顔になるのと庭園にアルノー侯爵が戻って来たのは丁度同時だった。
アルノー侯爵の陰からおずおずと顔を出したのは薄紫のシンプルなドレスに身を包んだ女性──。
「お兄様、お呼びですか?」
「あぁ、呼んだ。この前教会で聖女様を見たと言っていたアレは本当だったんだな?」
「あの時は全然取り合ってくださらなかったというのに何ですか?いきなり。」
アルノー侯爵は女性と言い争いをはじめた王太子を非難するようにじっと睨むと、マルセル達に向かって両手を上げて見せた。
「殿下の悪い癖なんです、思ったことをすぐに口に出さずにはいられない……。」
「……あぁ、それは……。」
「すまない。だが──」
「こちらは殿下の妹君、つまりステーリアの王女殿下です。先日教会で見かけたという不審な女性はこちらではありませんか?」
「は?王女殿下?」
やはり驚いた様子のロベールを尻目に、マルセルは王太子に対峙したままの王女の横顔をまじまじと見つめた。あの夜出会った女性の顔は正直あまり記憶にない。視線を下に向けてみると白い手に視線が止まった。王女の指は白く細く、王太子のそれとよく似ていた。再び視線を上げると、王女の方もマルセルの存在にやっと気が付いたというように此方を向いたところだった。
王女は青い瞳を殊更大きく見開くと、あの日の夜の様に白い手を口元に当てた。
「あ!貴方は、あの時の聖女様!」
「違う、リーニア。こちらは男性だ。」
「でもお兄様、瞳が紫だわ……。」
「だが銀髪でもない。」
王太子はもう何度目か分からない程のため息を吐くと椅子の肘掛けにもたれかかりながらうんざりした様子を見せた。
「それよりもあれ程注意しただろ?夜の一人歩きは止めろと。お前はどうして私の言う事を聞けないんだ?」
「だって、夜しかゆっくりと外に行けないじゃない?何度もそう言っているのに聞いてくれないのはお兄様の方でしょう?」
アルノー侯爵は再び言い争いに戻った二人を尻目にマルセルの方へ身を屈めると少しここから離れましょうかと声を掛けた。
侯爵は庭園の反対側にある花壇の脇まで3人を先導して歩き、すぐ近くにあったベンチに腰を下ろすと鼻をスンと鳴らした。
「この香りは──薔薇ですね。」
侯爵は大きく伸びをすると目を閉じながら微かに聞こえる王太子の怒鳴り声に穏やかな笑みを浮かべた。
「いつもの事なんですが、一旦あれが始まると長いんですよ。」
「いつもの事……でしたか。」
マルセルが応じながらアルノー侯爵の隣に腰を下すとロベールとジャンは手近なベンチにもたれかかった。
「えぇ、喧嘩というか、お節介と言うか。リーニア様が絡むとあの人も黙っていられないようです。まぁあの二人は年が随分と離れていますからね。」
「兄妹ゲンカ…ですか。」
「はい。最も兄妹とは言え、殿下たちもそれぞれ母親は違うんですが。」
アルノー侯爵はそう言いながら意味ありげにマルセルとジャンを交互に見た。
「我が一族は見ての通り身体が細く力も弱い。そして病にもかかりやすいようで、古くから病の研究や薬草の活用には国を挙げて取り組んで来た。そのお陰で今の主要な産業、つまりは騎士育成と薬草の商いが成り立っている。」
「ステーリア国内で栽培されている薬草は独自の技術で生産されており薬効が高く、その多くが無許可での輸出を禁止されています。ですから国外の闇市場ではあり得ない程の高値で取引されているようなんですよ。」
「その闇取引の相手がトロメリンということですね?」
マルセルはアルノー侯爵の説明を聞きながらふと王太子の白く細い指に視線をとめ、心の中で小さく首を傾げた。
──ステーリアの王族は身体が細く病弱で色も白い……。
「もちろん闇取引の相手の全てがトロメリンという訳ではない。」
「では我々の船が着いたあの港から国外へ密輸しているんですね?」
「そういう事だ。」
マルセルとジャンがお互いをじっと見つめ合っていると、ロベールが隣りで小さく呟いた。
「あの教会で会った女……。もしかしてあの夜、闇取引の相手と待ち合わせでもしてたんじゃないか?」
「教会で会った女?」
アルノー侯爵がロベールに怪訝な顔を向けるとジャンが即座に反応した。
「えぇ。先日私たちが港の見下ろせる教会へ行った時に不審な人物と出会ったのでその事を言っているようです。」
アルノー侯爵は王太子と何やら頷き合うと、ロベールに向かって再度確認するように問いかけた。
「ひょっとしてその教会と言うのは聖騎士の壁画で有名な丘の上の?」
「聖騎士の壁画?……あぁ、そうです。」
「その壁画を見に我々は夜の教会へ行ったんです。そこで夜の教会には似つかわしくない人物と出くわしたものですから、なんとなく気になってはいたのですが。……流石にそれを密輸と結び付けて考えるのは無理があるかと……。」
「似つかわしくない人物?」
今度は王太子がジャンに向かって問いかけると、その横でアルノー侯爵が頭を振りながら苦笑まじりに席を立った。ジャンはそのままどこかへ向かおうとするアルノー侯爵の背中を目で追いながら王太子に答えた。
「はい。人気のない夜の教会に女性が一人で現れたんです。馬も馬車も待たせていない様子でした。」
「女性が夜の教会に一人……か。まったく。」
王太子はそう言いながらため息を吐き、アルノー侯爵が立ち去った方をじっと見つめた。
「殿下、心当たりがおありなのですね?その女性に。」
確信を持った様子のマルセルの言葉に、王太子は金色の前髪をかき上げながら頷いた。
「あぁ、恐らくは。アルノーが今呼びに行った。」
「え?」
驚いたロベールが椅子から立ち上がり一瞬警戒したような顔になるのと庭園にアルノー侯爵が戻って来たのは丁度同時だった。
アルノー侯爵の陰からおずおずと顔を出したのは薄紫のシンプルなドレスに身を包んだ女性──。
「お兄様、お呼びですか?」
「あぁ、呼んだ。この前教会で聖女様を見たと言っていたアレは本当だったんだな?」
「あの時は全然取り合ってくださらなかったというのに何ですか?いきなり。」
アルノー侯爵は女性と言い争いをはじめた王太子を非難するようにじっと睨むと、マルセル達に向かって両手を上げて見せた。
「殿下の悪い癖なんです、思ったことをすぐに口に出さずにはいられない……。」
「……あぁ、それは……。」
「すまない。だが──」
「こちらは殿下の妹君、つまりステーリアの王女殿下です。先日教会で見かけたという不審な女性はこちらではありませんか?」
「は?王女殿下?」
やはり驚いた様子のロベールを尻目に、マルセルは王太子に対峙したままの王女の横顔をまじまじと見つめた。あの夜出会った女性の顔は正直あまり記憶にない。視線を下に向けてみると白い手に視線が止まった。王女の指は白く細く、王太子のそれとよく似ていた。再び視線を上げると、王女の方もマルセルの存在にやっと気が付いたというように此方を向いたところだった。
王女は青い瞳を殊更大きく見開くと、あの日の夜の様に白い手を口元に当てた。
「あ!貴方は、あの時の聖女様!」
「違う、リーニア。こちらは男性だ。」
「でもお兄様、瞳が紫だわ……。」
「だが銀髪でもない。」
王太子はもう何度目か分からない程のため息を吐くと椅子の肘掛けにもたれかかりながらうんざりした様子を見せた。
「それよりもあれ程注意しただろ?夜の一人歩きは止めろと。お前はどうして私の言う事を聞けないんだ?」
「だって、夜しかゆっくりと外に行けないじゃない?何度もそう言っているのに聞いてくれないのはお兄様の方でしょう?」
アルノー侯爵は再び言い争いに戻った二人を尻目にマルセルの方へ身を屈めると少しここから離れましょうかと声を掛けた。
侯爵は庭園の反対側にある花壇の脇まで3人を先導して歩き、すぐ近くにあったベンチに腰を下ろすと鼻をスンと鳴らした。
「この香りは──薔薇ですね。」
侯爵は大きく伸びをすると目を閉じながら微かに聞こえる王太子の怒鳴り声に穏やかな笑みを浮かべた。
「いつもの事なんですが、一旦あれが始まると長いんですよ。」
「いつもの事……でしたか。」
マルセルが応じながらアルノー侯爵の隣に腰を下すとロベールとジャンは手近なベンチにもたれかかった。
「えぇ、喧嘩というか、お節介と言うか。リーニア様が絡むとあの人も黙っていられないようです。まぁあの二人は年が随分と離れていますからね。」
「兄妹ゲンカ…ですか。」
「はい。最も兄妹とは言え、殿下たちもそれぞれ母親は違うんですが。」
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