ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

文字の大きさ
70 / 73

後を継ぐ者

しおりを挟む
「それで、話は戻りますが。リーズの縁談についてマルセル様はどうお考えですか?」

 マルセルは思わずロベールの方へ視線を向けるとどう答えたものかと一瞬迷った。ジャンはそれを見越していたかのように先んじてアルノー侯爵に声を掛けた。

「非公式とは言え国からの申し出です。失礼ながら侯爵にはお断りになるという選択肢は──」
「それならば心配ご無用です。こちらにはこちらの手がありますから。」

 ロベールはマルセルに視線を向けながら何事かを考えているようだったが、やがて意を決したように侯爵に語りだした。

「王太子の事であればマルセルよりも俺──私の方が詳しいかもしれません。王宮で会う事もありましたから。トロメリンの王太子はもう14歳になるというのにまだまだ子どもですよ。何かを自分の意思で決断することもできない。まぁ常に周りの大人が手を差し伸べてくれるのですから今まではそんな必要もなかったのかもしれませんが。いずれは王になって国を背負って行く立場なのですからいつまでもそういう訳にはいかないでしょう。」
「では、ロベール様はリーズの縁談を断った方がいいとお考えですか?」
「いえ、私の口からそこまでは……。ですが妃となられる方は苦労が絶えないだろうと、そう思っています。」

 ロベールの話に耳を傾けながらため息をついたアルノー侯爵の肩に、白い手がポンと乗せられたかと思うと、王女との話し合いが終わったのかいつの間にか王太子が姿を現した。

「それはどこの国にも言える事だ。それにトロメリンの王太子はまだ若い。これからの教育次第で案外化けるかもしれんだろう?違うか?」
「教育を受けていればそうなのでしょう。ですが今アイツの周りには教育係はついていませんからね。」
「王太子だというのに?それは何か……訳アリのようだな?」

 王太子はアルノー侯爵を押すように無理やりベンチに腰掛けると、マルセルの方に身を乗り出した。

「君は別邸に隠れている間に密かに王太子教育を受けていたんだろう?」
「王太子教育──ですか?」

 マルセルが少し驚いたようにアルノー侯爵越しに王太子の青い瞳を見返すと、アルノー侯爵は苦笑を浮かべながら席を立った。

「悪いな、アルノー。」
「気にしないでください、いつもの事でしょう。それよりもマルセル様。殿下は貴方がマリエ様とトロメリン国王の血をひいた王子でいらっしゃることを既にご存じです。」
「君が第1王子なのに王太子ではないという事も知っている。何故なんだ?我が国とは違ってトロメリンは第1王子が王位を継ぐんじゃなかったか?」

 マルセルは花壇の薔薇を眺める振りをしてアルノー侯爵の背後に視線を向けた。図らずも七分咲きの真っ白な薔薇が一輪目に飛び込んでくる。それはあの日ポールの手によって母親の墓に立向けられた薔薇を思い出させた。あの日見た冷たい墓碑にはマリエの名と共に国母の称号が刻まれていた──。

「初めから母と私の存在は隠されておりました。私はこれまで表舞台に立つことは一度もなかった。無論特別な王太子教育など受けておりません。」
「そうなのか?ではなぜステーリア語が話せる?それ以外の知識も一体どうやって手に入れたと言うんだ?」
「王太子殿下、マルセルは昔からずっと本の虫だったんですよ。だから誰かに習った訳ではなく本から得た知識がほとんどです。そうだよな?」

 ロベールが何故か弁解するようにそう説明するとジャンとアルノー侯爵は思わず吹き出した。
 王太子は面白そうに笑っている二人を横目にマルセルをじっと見つめると、真面目な顔をしてその返答を待った。

「本当に?独学だと言うのか?」
「えぇ、ロベールの言う通り、私の知識のほとんどは書物から得たものです。それが、何か?」

 王太子はなるほどと軽く頷くと、マルセルから目を逸らさないままで続けた。

「君は何故自分の正当な権利を主張しなかった?」
「正当な権利?」
「そうだ。自分はトロメリン国王の血をひく正当な後継者なのだと。話を聞いた限りでは少なくとも君には王の適性がある。それなのに何故君ではなく弟が後継者なんだ?そう思う事は無かったのか?」
「殿下、トロメリン側にもいろいろ事情があるのでしょう?それと今回のリーズの話とは関係がないのでは?」

 逸れた話を戻すようにアルノー侯爵が二人の会話に割って入ると、王太子は侯爵に向かって黙れとでも言うように手を挙げた。

「関係があるからこうして本人に聞いているんだ。」
「王宮には私の意思をきちんと伝えています。王位を継ぐ気は毛頭ないと。」
「どうして継ぐ気がない?」

 王太子はマルセルの口からその言葉が出るのを待っていたかのように矢継ぎ早に言葉を繰り出すと、じっと視線を合わせたままマルセルの答えを待った。
 冷たい湖水のように透き通った王太子の瞳を見返しながら、マルセルは王太子とジャンの瞳の色がよく似ている事に今更ながら気が付いた。
 何もかもを見透かすようなその蒼い色の底には好奇心以外の何かが見えはしないか──。マルセルは深く考える間もなく口を開いた。

「王宮のごちゃごちゃした人間関係が嫌だからですよ。単純に……面倒だ。」
「人間関係が面倒?本当にそれだけの理由か?」

 マルセルは自分の口から何らかの言葉を引き出そうとしている王太子の様子に不快感を表すとジャンの方に目を向けた。
 ジャンとロベールは身じろぎもせずにじっと会話を聞いている。──会話に参加する気は全くないのが見て取れる。マルセルがため息を吐きながら王太子に視線を戻すと、王太子は眉間に皺を寄せながら低い声で小さく呟いた。

「もしかして君もマリエ様と同じじゃないのか?」
「は?」

 上目遣いにアルノー侯爵を見やると侯爵も王太子同様マルセルをじっと見つめていたことに気が付いた。
 
──母上と同じ?何が?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

処理中です...